学位論文要旨



No 118121
著者(漢字) 近藤,竜彦
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,タツヒコ
標題(和) アフラトキシン生産阻害物質アフラスタチンA、ブラストサイジンAの作用機作の解析
標題(洋)
報告番号 118121
報告番号 甲18121
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2510号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 作田,庄平
内容要旨 要旨を表示する

 アフラトキシン類は、Aspergillus flavusやAspergillus parasiticusなどが生産するカビ毒で、天然有機化合物中でもっとも強い発ガン性を有する。現在、熱帯、亜熱帯地域における農作物のアフラトキシン汚染は大きな経済的、人的被害をもたらし世界的な問題となっている。しかしアフラトキシン汚染に対する防除法は確立されておらず、早急な防除法の開発が求められている。放線菌が生産するアフラスタチンA(AsA)およびブラストサイジンA(BcA)はA. parasiticusの生育をほとんど阻害することなく、そのアフラトキシン生産を特異的に阻害する。したがってこれらの化合物は耐性菌の蔓延しにくい有用な汚染防除剤として応用が期待される。これらの化合物の作用点の解析は、現在不明であるアフラトキシン生産調節機構の解明への手がかりを与え、さらにより効果的なアフラトキシン汚染防除剤の開発につながる。本研究では、AsAおよびBcAの作用機構の解明を目的として以下の実験を行った。

(1)アフラトキシン生合成遺伝子の転写に対する影響

 これまでにAsAは、アフラトキシン生合成経路のごく初期の中間体であるnorsolorinic acidの生産を0.25μg/mlの低濃度で阻害することが知られ、AsAはnorsolorinic acidより上流の生合成過程に作用していることが示唆されていた。アフラトキシンの生合成に関してはこれまで多くの研究が行われ、その生合成遺伝子は約75kbpの大きなクラスターを形成しており、そのクラスター内にコードされたDNA結合タンパク質AflRの働きにより生合成酵素をコードする遺伝子群の転写が活性化されることが明らかになっている。

 そこで、AsAがアフラトキシン生合成酵素をコードする遺伝子(pksA、ver-1、omtA)とその調節遺伝子(aflR)の転写に与える影響についてRT-PCR法を用いて解析した。その結果、添加したAsAの濃度に依存してすべての遺伝子の転写が抑制されていることが明らかになった。さらにaflRに関しては、TaqMan PCR法を用いてmRNAの定量を行い、RT-PCR法による解析結果を確認した。また、BcAを添加した際にもこれらの遺伝子の転写は抑制されていた。AsAおよびBcAがアフラトキシン生合成という二次代謝を開始するためのマスタースイッチであるaflR遺伝子の転写を抑制していることから、これら化合物の作用点はこれまでほとんど知見の得られていないaflR遺伝子発現よりも上流のアフラトキシン生産調節機構であることが示唆された。

(2)アフラトキシン生産菌の炭素代謝に与える影響

 これまでにaflR遺伝子の転写を制御する機構に関する分子レベルでの知見はほとんど得られていないが、アフラトキシンの生産は炭素源、窒素源などの栄養要因、温度、pHなどの環境要因によって制御を受けていることが報告されている。中でも炭素源の重要性が知られていることから、一次代謝系での炭素代謝とAsAの作用の関係に着目し実験を行った。まず、炭素源としてグルコースだけを含むグルコース無機塩(GMS)培地でA. parasiticusを培養したところ、AsAはA. parasiticusに対し致死的に作用した。この結果はAsAの作用が炭素代謝に関連していることを示唆していた。そこでAsAがA. parasiticusのグルコース消費とエタノール生産に与える影響を調べた。AsAの添加により菌の生育阻害が認められないポテトデキストロース培地でAsA存在下(1.0μg/ml)および非存在下でA. parasiticusを培養し、培養上清サンプル中のグルコースとエタノールの濃度をそれぞれTLC、酵素を用いた定量法によって調べた。その結果、AsA非添加区ではアフラトキシン生産が活発な培養2日目を除いて培養上清中にはほとんどエタノールが蓄積されなかったのに対し、添加区では培養6日目まで培養上清中のエタノールの濃度は上昇し、7日目から急激にその濃度が低下した。また、添加区では菌体のグルコース消費が活発になっており、エタノール濃度が低下する7日目にはほぼ完全に消費されていた。このグルコースとエタノールについての代謝変化はBcAを添加した場合にも同様に認められた。

 このエタノールの蓄積という現象の原因を調べるために、エタノールの代謝に関連する遺伝子の転写に対するAsAの影響を調べた。A. parasiticusのエタノール代謝系遺伝子の配列は未知であったため、まず、Aspergillus nidulansのaldA(aldehyde dehydrogenase)およびfacA(acetyl CoA synthetase)遺伝子の塩基配列をもとにプライマーを作製し、A. parasiticus由来遺伝子におけるそれぞれのPCR増幅断片の塩基配列を解析した。得られた断片は、A. nidulansの対応する塩基配列といずれも80%前後の相同性を有していたことから、それぞれA. parasiticusのaldA、facAであると判断した。そこで、これらのプライマーを用いてAsA存在下、非存在下におけるaldA、facA、遺伝子の転写についてRT-PCR法により解析した。その結果、AsAの添加によってaldA、facAの転写が抑制されることが明らかになった。

 以上の結果は、AsAあるいはBcAはアフラトキシン生産菌の一次代謝系の炭素代謝に大きな影響を与え、その結果としてアフラトキシンの生産を抑制することを示唆した。

(3)アフラトキシン生産菌のビオチン酵素に対するBcAの影響

 BcAと相互作用するタンパク質を探索するため、BcAのヘミアセタール部分にスペーサーを導入し、光反応性のアリルアジド基とビオチンが結合したBcAの誘導体を調製した。この誘導体を菌体抽出液とインキュベートし、BcAと特異的に相互作用するタンパク質を、ビオチン残基をHRP-avidinを用いたウェスタンブロッティングで検出する実験の過程で、内在性のビオチン酵素に関する次のような現象を見いだした。

 アフラトキシン生産非誘導性のペプトン無機塩(PMS)培地からアフラトキシン生産誘導培地であるGMS培地へ置換培養する際に、培地にBcAを添加し、菌体抽出液中のビオチン化酵素のビオチン化の様子をHRP-avidinを用いたウェスタンブロッティングによって経時的に観察した。その結果、BcAの添加により、培地を置換してから12時間以上経過するとビオチン酵素に対応する2本の主要なバンドが消失することがわかった。生体内で発現量の多いビオチン酵素は、一次代謝に関連するピルビン酸と二酸化炭素からオキサロ酢酸を合成する反応を触媒し、クエン酸回路にC4化合物を供給する役割を果たすピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)と、アセチルCoAと二酸化炭素からマロニルCoAを生成する反応を触媒するアセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)が知られる。マロニルCoAは脂肪酸だけでなく、ポリケタイド化合物の前駆体でもある。よってACCはアフラトキシン生産の前駆体供給の面で重要な役割を担っていると考えられることから、ビオチン酵素の代謝系とBcAの作用との関連が示唆された。前述のように、BcAはGMS寒天培地上ではA. parasiticusに対し致死的に作用するが、GMS寒天培地に脂肪酸を添加した培地ではこの致死性が消失した。出芽酵母のビオチントランスポーター欠損株は脂肪酸要求性となるという報告があり、この結果もBcAの作用とビオチン酵素の代謝系との関連性を示唆するものであった。

 カビは一般にビオチンを自ら合成できることが知られており、またGMS培地にビオチンを添加してもBcAの致死性が消失しなかったことから、これらの現象の原因がビオチン生合成やビオチン輸送の阻害などにより菌体内でビオチンが欠乏したためである可能性は低い。ビオチン酵素の代謝系の1つの酵素には、ビオチンをビオチン酵素に結合する酵素であるビオチンーアポプロテインリガーゼ(BPL)があり、BcAの作用点としてBPLの阻害が考えられた。そこでBPLの活性を検出する系を確立し、BPL活性にBcAが与える影響を調べることにした。まず、配列が明らかになっている出芽酵母のPCのうちビオチン化される残基を含むC末端側約100残基のペプチドを大腸菌で大量発現して精製しBPLの基質を得た。A. parasiticusの菌体抽出液に基質とビオチン、さらに結合反応に必要なATPを加えてインキュベートした。アセトン沈殿により基質を回収し、SDS-PAGEで展開後HRP-avidinを用いたウェスタンブロッティングを行った結果、菌体抽出液中のBPLにより基質がビオチン化されることが確認された。そこで、BcA存在下で同様の実験を行ったところ、5μg/mlの濃度で基質のビオチン化が阻害されることがわかった。

 BcAを培地に添加することによって培養上清にエタノールが蓄積されるという現象と、一次代謝におけるビオチン酵素の役割とを関連づけて考えると、BcAの作用と菌体の応答について次のようなモデルが考えられる(図)。BcA存在下ではBPLの働きが阻害されることによってビオチン酵素の活性が低下し、脂肪酸合成能力が低下すると同時に、TCAサイクルを活発に回転させるためのコンポーネントが不足している。その結果、グルコースから解糖によって生じたピルビン酸をアセチルCoAを経てクエン酸回路により好気的に代謝することも、脂肪酸やアフラトキシンの合成に利用することもできず、還元反応を経てエタノールに代謝しているというものである。

図 BcAの炭素代謝とビオチン酵素、ビオチン-アポプロテインリガーゼ(BPL)系に対する作用モデル

審査要旨 要旨を表示する

 アフラトキシン類は、Aspergillus flavusやAspergillus parastiticusなどが生産するカビ毒で、天然有機化合物中でもっとも強い発ガン性を有する。現在、熱帯、亜熱帯地域における農作物のアフラトキシン汚染は大きな経済的、人的被害をもたらし世界的な問題となっているが、アフラトキシン汚染に対する防除法は確立されておらず、早急な防除法の開発が求められている。放線菌が生産するアフラスタテンA(AsA)およびブラストサイジンA(BcA)はA. parasiticusの生育をほとんど阻害することなく、そのアフラトキシン生産を特異的に阻害する。したがって、これらの化合物は耐性菌の蔓延しにくい有用な汚染防除剤として応用が期待される。これらの化合物の作用点の解析は、現在不明であるアフラトキシン生産調節機構の解明への手がかりを与え、さらにより効果的なアフラトキシン汚染防除剤の開発につながる可能性がある。本研究は、AsAおよびBcAの作用機構の解明を目的として行われたもので、序論とそれに続く4章からなる。

 まず、序論では、上記の背景を述べたあと、第1章では、AsAのアフラトキシン生合成遺伝子の転写に対する影響を調べている。アフラトキシンの生合成遺伝子は約75kbpの大きなクラスターを形成しており、そのクラスター内にコードされたDNA結合タンパク質AflRの働きにより生合成酵素をコードする遺伝子群の転写が活性化されることが明らかになっている。そこで、AsAがアフラトキシン生合成酵素をコードする遺伝子(pksA, ver-1, omtA)とその調節遺伝子(aflR)の転写に与える影響を解析した結果、添加したAsAの濃度に依存してこれらすべての遺伝子の転写が抑制されていることを明らかにした。このことから、AsAの作用点はaflR遺伝子発現よりも上流のアフラトキシン生産調節機構であることが示唆された。

 第2章では、アフラトキシン生産菌の炭素代謝に与える影響を調べている。これまでにaflR遺伝子の転写は栄養要因や環境要因によってを制御されていることがわかっており、ここでは特に炭素源に注目して実験を行った。炭素源としてグルコースだけを含むグルコース無機塩(GMS)培地で培養したところ、AaAはA. parasiticusに対し致死的に作用したことから、AsAの作用が炭素代謝に関連していることを示唆した。そこでAsAがA. parasiticusのグルコース消費とエタノール生産に与える影響を調べたところ、培養6日目まで培養上清中のエタノールの濃度は上昇し、7日目から急激にその濃度が低下した。また、添加区では菌体のグルコース消費が活発になっており、エタノール濃度が低下する7日目にはほぼ完全に消費されていた。この現象はBcAを添加した場合にも認められた。そこで、エタノールの代謝に関連する遺伝子の転写に対するAsAの影響を調べた。aldA(aldehyde dehydrogenase)およびfacA(acetyl CoA synthetase)遺伝子をクローニングし、その転写レベルヘの影響を調べたところ、AsAによって共に抑制されることが明らかになった。このことから、AsAおよびBcAはアフラトキシン生産菌の一次代謝系の炭素代謝に大きな影響を与え、その結果としてアフラトキシンの生産を抑制することが示唆された。

 第3章では、アフラトキシン生産菌のビオチン酵素に対するBcAの影響を調べている。BcAと相互作用するタンパク質を探索する過程で、BcAを添加後12時間以上経過するとビオチン酵素であるピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)とアセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)の2本の主要なバンドが消失することがわかった。カビは一般にビオチンを自ら合成でき、またGMS培地にビオチンを添加してもBcAへの致死性が消失しなかったことから、これらビオチン酵素にビオチンを結合する酵素であるビオチンーアボプロテインリガーゼ(BPL)に影響していることが推定された。そこで、BcA存在下でビオチン化基質に対してA. parasiticusの菌体抽出液、ビオチン、ATPを加えてインキュベートしたところ、5μg/mlの濃度で基質のビオチン化が阻害されることがわかった。

 第4章では、BPLのクローニング、およびその大腸菌を用いた大量発現について述べている。これは、BcAがBPLに直接作用することを示すためのものであるが、明確な結果を得るまでには至っていない。

 以上、本論文はカビの二次代謝産物であるアフラトキシンを対象にして、その生合成を特異的に阻害するアフラスタチンおよびブラストサイジンの阻害機構をさまざまな角度から検討したもので、学術的、応用的貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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