学位論文要旨



No 117897
著者(漢字) 内藤,明日香
著者(英字)
著者(カナ) ナイトウ,アスカ
標題(和) TRAF6遺伝子欠損マウスを用いたTRAF6生理機能の解析
標題(洋)
報告番号 117897
報告番号 甲17897
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4368号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,雅
内容要旨 要旨を表示する

 TNF receptor associated factor6(TRAF6)はTNF受容体スーパーファミリーのCD40に会合する分子として当研究部で同定されたアダプター蛋白質であり、現在ではIL-1R/TLRファミリーからのシグナル伝達にも関与することが知られている。N末端側からRING finger,zinc finger,coiled-coilモチーフを持ち、C末端にはTRAF-Cと呼ばれるTRAFファミリー蛋白質間で保存された領域を有する。TRAF6を培養細胞に過剰発現させるとAP-1やNFκBといった転写因子の活性化が起こることから、TRAF6は免疫応答や炎症反応の場面において細胞の刺激応答を制御する分子であると考えられてきた。しかしながら培養細胞を用いた解析は生理的条件の再現、個体機能の検証という点で限界がある。そこで本研究では遺伝子欠損マウスを用いることにより、TRAF6の生理機能を個体レベルで検討することを目的とした。

 TRAF6遺伝子欠損マウスの作製

 ITRAF6の遺伝子破壊は、下流へのシグナル伝達に重要と考えられるRINGfingerの一部を含むエクソンと、ネオマイシン耐性遺伝子との置換により行われた。TRAF6遺伝子型ヘテロマウスは正常に発育し繁殖した。これらマウスの掛け合わせによりTRAF6欠損マウスを得た。TRAF6遺伝子の破壊をゲノムDNAのサザンブロッティングで確認し、ウェスタンブロッティングによりTRAF6遺伝子産物が完全長、変異体のどちらの形でも発現していないことを確認した。

 TRAF6欠損マウスは一部胎生致死でありその原因は脳神経発生の異常であると考えられた。出生した個体も徐々に発育障害を示し、生後3週間以内に死亡した。また与免疫系の異常としてリンパ節の欠損、B220+/IgM+の未熟B細胞分化異常を示した。加えて、TRAF6欠損マウスは骨形成、体毛の発生に異常を示し、その分予メカニズムを明らかにするため、つぎに詳細な解析を行った。

 大理石骨病

 TRAF6欠損マウスでは切歯萌出が見られないことから硬骨化の異常亢進を示す、大理石骨病が疑われたが、X線断信画像(図1)および骨組織切片から海綿骨の異常造成が確認された。硬骨化進の原因としては破骨細胞の機能障害あるいは骨芽細胞の機能亢進が考えられる。そこで骨組織切片を破骨細胞マーカーであるTRAPで染色すると、TRAF6欠損マウスでは破骨細胞が観察されなかった。従って大理石骨病の原因は破骨細胞の分化障害であると考えられた。破骨細胞の分化成熟には骨芽細胞による誘導シグナルが必要であることから、新生行頭蓋冠由来骨芽細胞と破骨細胞プロジェニターを含む脾臓細胞を用いて、共存培養法による破骨細胞の誘導実験を行った。その結果、TRAF6欠損マウスの骨芽細胞は野性型脾臓細胞の分化を誘導することができるのに対し、TRAF6遺伝子欠損脾臓細胞は野性型骨芽細胞の分化誘導に応答できないことが分かった。さらに、骨芽細胞由来の破骨細胞誘導因子RANKligand(RANKL)とM-CSFの共刺激による破骨細胞の誘導系でも遺伝子欠損マウスの脾臓細胞は分化しなかった。一方M-CSF刺激のみでは野生型と同程度のマクロファージが誘導されたことから、TRAF6欠損マウスではRANKL刺激応答性が失われているものと考えられる。

 無汗性外胚葉形成不全症

 TRAF6欠損マウスは、外胚葉形成不全症(Hypohidrotic ectodermal dysPlaisia,HED)のモデルマウスであるdownles(d1)、tabby(ta)、crinkled(cr)と酷似した耳の裏、尾の体毛欠損を示す。HEDは毛包、汗腺、歯の形成不全を伴う遺伝性疾患で、ヒトではX染色体遺伝型と常染色体遺伝型が知られている。

 TRAF6欠損マウスの表現型とHEDとの類似性を確認するため、毛包の組織学的な観察を行った。生後11日のTRAF6ヘテロおよび遺伝子欠損マウスの尾部組織切片を観察した所、TRAF6欠損マウスでは完全に毛包が欠失していた(図2)。一方TRAF6欠損マウスの背部皮膚組織切片においては、太い毛包のみが欠損していた。マウスの体毛は、形態と発生時期の違いによりguard hair,awl,auchen,zigzagの4種類に分類される。dl,ta,crマウスでは、guard hair,zigzagの体毛が欠損しており、残ったawlの形態も異常である事が知られている。一方TRAF6欠損マウスでは、その表現型からguard hairの発生に異常を来していると考えられる。そこで、発生時期に遡ってguard hair分子マーカーのβ-カテニン、MAdCAM-1の免疫染色を行った。野生型胎仔の皮膚組織では、表皮全体に加えhair plugで強いβ-カテニンの発現が確認されたが、TRAF6欠損マウスの皮膚ではβ-カテニンの発現は見られず、hair plugの形成も確認されなかった。また野生型胎仔のホールマウント免疫染色では体全体にドット状のMAdCAM-1の発現が見られるのに対し、TRAF6欠損マウスでは完全に消失していた。従って、TRAF6欠損マウスではguard hairが毛包形成の最初期段階であるplug形成期から阻害されている事が明らかとなった。

 さらにTRAF6欠損マウスの毛幹形態を顕微鏡観察したが、14日齢の野生型同腹仔の体毛ではguard hair,awl,zigzagの特徴を有する毛が認められたのに対し、TRAF6欠損マウスではdlマウスより更に変型したawl様の体毛が観察された。

 また、体毛以外にHEDで異常の見られる表皮付属器官においてもTRAF6欠損マウスは顕著な異常を示した。手掌の汗腺と汗管は完全に欠損しており、眼瞼のマイボーム腺、雄の包皮腺、離生殖腺近傍の脂腺といった独立脂腺も欠損、あるいは痕跡程度に萎縮していた。さらに興味深いことにdl,ta,crマウスにおいては異常の見られない、毛包に附随する皮脂腺もTRAF6欠損マウスでは極端な萎縮を示した。

 近年、ヒトX染色体遺伝型HEDの原因遺伝子としてTNFスーパーファミリーに属するectodisplasin-A(EDA-A)が、常染色体遺伝型についてはEDAの受容体であるectodermal dysplasia receptor(EDAR)が同定された。さらにtabbyはEDA-Aの、downlesはEDAR、のマウスホモログであることが報告され、crについてはdeath domeinを介してEDARに会合するアダプター蛋白質EDARADDである事が明らかとなった。加えて、毛包に発現が局在する新規TNFRスーパーファミリーメンバーとして、XEDAR,TROYが同定された。そこで、これらの受容体のシグナル伝達とTRAF6の相互作用を検討した。

 EDAR,XEDAR,TROYの細胞質内領域とTRAF6を培養細胞に強制発現させ、その会合を確認した所、TRAF6はXEDARと強く、TROYとは弱い結合を示した。EDARとはEDARADDを共発現させた場合にのみ会合が見られた。さらに最も強い相互作用を示したXEDARについて、CD40の細胞外領域とキメラ受容体を作成した。これをマウス胎仔繊維芽細胞(MEF)に発現させ、抗CD40抗体で刺激すると、野生型MEFではNFκの活性化が見られたのに対し、TRAF6遺伝子欠損MEFでは全く見られなかった。皮膚特異的にNFκBの活性化を抑えたトランスジェニックマウスがHEDを示すことから、毛包、汗腺、独立脂腺の形成にはEDA-EDAR-EDARADD-NFκBのシグナルが必要であると考えられている。TRAF6欠損マウスの示すHEDとEDARADDを介したEDARとの会合は、このシグナル伝達経路とTRAF6の密接な関わりを示唆するものである。さらにTRAF6欠損マウスはdlマウス等では見られない、毛幹形態の異常、皮脂腺の萎縮を示すことから,XEDARやTROY、あるいは未知の受容体のシグナル伝達を介して多様な表皮付属器官の形成を担っている可能佳が示された。

 本研究によりTRAF6が骨形成や表皮付属器官の発生に極めて重要な役割を担っていることが見い出された。マウス個体を用いることにより初めて、個体の発生や恒常性の維持といった複雑な生命現象におけるTRAF6の新たな機能が明らかとなったといえる。また、様々な受容体の下でTRAF6という一つの分子が担うシグナルが、各々異なったアウトプットを見せる事実は非常に興味深い。TRAF6遺伝子欠損マウスには再本研究では分子メカニズムの解明に至らなかった表現型も残されており、今後の課題であると同時に、TRAF6を通した新たな生命現象解明の入り口となることが期待される。

図1.TRAF6遺伝子欠損マウスと野生型マウス脛骨骨幹部のX線断層画像。

図2、尾部皮膚組織のヘマトキシリン1エオシン染色象。矢印は毛包を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 TNFreceptor associated factor6(TRAF6)はTNF受容体スーパーファミリー、IL-1R/TLRファミリーからのシグナル伝達に関与するアダプター蛋白質である。TRAF6を培養細胞に過剰発現させると転写因子AP-1やNFκBの活性化が起こる為、TRAF6は免疫応答や炎症反応において細胞の刺激応答を制御する分子であると考えられてきたが、培養細胞を用いた解析は生理条件の再現、個体機能の検証という点で限界がある。本論文は遺伝子欠損マウスを用いることによりこの問題点を克服し、TRAF6の生理機能を個体レベルで検証することを目的としている。

1.TRAF6遺伝子欠損マウスの作製と表現型の観察

 TRAF6遺伝子欠損マウスについて本論文では次の表現型を見い出している。(1)脳神経発生異常による一部個体の胎生致死。(2)出生した個体の離乳前の死亡。(3)大理石骨病。(4)無汗性外胚葉形成不全症。(5)リンパ節の欠損。(6)B220+/IgM+の未熟B細胞の減少。(7)Tリンパ球のIL-1刺激応答性の消失。(1)(2)(5)についてはその原因の解明には至っていないが、(6)に関しては胎仔肝細胞移植を行うとB細胞の分化が正常に戻る事から、大理石骨病発症による骨髄微細環境の異常が原因であると示唆されている。

2.TRAF6遺伝子欠損マウスにおける大理石骨病

 TRAF6欠損マウスでは切歯萌出が見られないことから、硬骨化の異常克進を示す大理石骨病を疑い、組織学的な解析によりTRAF6遺伝子欠損マウスが破骨細胞の欠損による大理石骨病を示す事を見い出した。破骨細胞の分化成熟には骨芽細胞由来のRANKL,M-CSFによる誘導が必要であるが、初代培養系を用いた分化誘導実験により、TRAF6欠損マウスの破骨前駆細胞はM-CSFには応答できるもののRANK刺激に応答できず、その為、破骨細胞に分化できない事を明らかにした。この結果より破骨細胞分化におけるRANKシグナル伝達にTRAF6が必須であることが明らかとなった。

 3.無汗性外胚葉形成不全症

 無汗性外胚葉形成不全症(Hypohidrotic ectodermal dysp1asia,HED)は表皮付属器官である毛包、汗腺、皮脂腺、歯の形成不全を示す遺伝病である。ヒトや疾患モデルマウスの研究から、原因としてTNFスーパーファミリーのEDA-A1、その受容体EDAR、アダプター分子EDARADDを介し、NFκBを活性化するシグナル伝達の障害が考えられている。

 TRAF6遺伝子欠損マウスはHEDモデルマウスであるdownles(dl)と酷似した耳の後部、尾の体毛欠損を示した為、組織の免疫染色や形態観察により病態の確認を行った。その結果、TRAF6遺伝子欠損マウスがguard hair,zigzag毛包の欠損、エクリン汗腺、独立脂腺(マイボーム腺、肛門の独立脂腺、包皮腺)の形成不全においてはdl/dlマウスと同様のHEDを示す一方で、毛包附随型の皮脂腺、毛幹の形態に関してはdl/dlマウスには見られない異常を示すことを明らかにした。

 dl/dlマウスの原因遺伝子、EDARに加えて、毛包に発現が局在する新規TNFRスーパーファミリーメンバーとしてXEDAR,TROYがある。これらの受容体の細胞質内領域とTRAF6を培養細胞に強制発現させると、TRAF6はXEDARと強く、TROYとは弱い結合を示し、EDARとはEDARADDを共発現させた場合にのみ会合が見られた。さらに最も強い相互作用を示したXEDARについて、CD40の細胞外領域とのキメラ受容体をマウス胎仔繊維芽細胞(MEF)に発現させることにより、XEDARによるNFκBの活性化にTRAF6が必要である事を示した。以上の結果よりTRAF6がEDAR,XEDAR,TROYのシグナル伝達を介して多様な表皮付属器官の形成を担っている可能性を示した。

 本論文ではTRAF6が個体の生存、骨組織、表皮付属器官、リンパ節等の器官形成に必須であることを明らかにした。これらの知見はマウス個体を用いることにより初めて見い出されたものであり、TRAF6の生理機能のみならず個体の発生や恒常性の維持といった生命現象の理解に大きく貢献するものである。

 なお、本論文は吾妻さくら、井上純一郎、勝木元也、佐藤瑞穂、高木智、高津聖志、田中栄、中尾和貴、中村健司、西岡恵里、西川伸一、宮崎剛、山本離、吉田尚弘との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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