学位論文要旨



No 117839
著者(漢字) 濱中,真志
著者(英字)
著者(カナ) ハマナカ,マサシ
標題(和) 非可換ソリトンとDブレイン
標題(洋) Noncommutative Solitone and D-branes
報告番号 117839
報告番号 甲17839
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4310号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 助教授 筒井,泉
 東京大学 教授 和達,三樹
 東京大学 助教授 白石,潤一
内容要旨 要旨を表示する

1 動機

 弦理論のソリトン解であるDブレインの発見は,弦理論の非摂動論的側面の研究を可能にしただけでなく,重力理論と場の理論の架け橋として多くの目覚ましい対応関係を我々に提示した.超弦理論は10次元時空で定義される一方で,現実の世界は4次元として認識されている以上,超弦理論から如何にして4次元を引き出すかというのは,非常に重要な問題である.従来はそのために余分な6次元をコンパクト化するのが主なアプローチであったが,Dブレインの種々の配置からさまざまな場の理論を再現することが可能になり,それに向けての可能性が大きく広がった.

 Dブレイン上の場の理論は既知の結果,特に非摂動論的側面を見事に説明し,多くの新しい知見をもたらした.一方Dブレインは開弦の境界として定義されているため,開弦の摂動論的扱いからその力学を説明することも可能である.特に最近は背景に一様B場(磁場)の入った系の解析が,非可換空間上の(Non-Commutative=NC)場の理論の手法で行えるようになり,タキオン凝縮といった弦理論の非摂動論的力学の解明にも大きな役割を果たした.したがってDブレイン上に誘起される場の理論を詳しく研究することは弦理論から場の理論についての予言を引き出す上でも,弦理論の側面を理解する上でも重要なのである.特に非可換ソリトン(非可換空間上の場の理論のソリトン)はより低い次元のDブレインそのものに対応するため,その厳密な取り扱いからDブレインの様々な性質を詳しく調べることができる.

2 非可換空間の特徴

 非可換空間は座標関数同士の積の非可換性:[xi,xj]=iθij(1)で特徴づけられる.θijは反対称な実定数で非可換パラメータと呼ばれる.この関係式は,量子力学の正準交換関係[q,p]=ihに類似しており,「空間の不確定性関係」を導く.したがって非可換空間上では,粒子の位置は完全に決めることができず,ある広がった分布を持つ.その結果,可換な空間上では存在した場の特異点が,非可換空間上では解消されるということが起こりうる.これは素朴な考察にすぎないが,非可換空間上の場の理論では特異点の解消が一般に実際起こり,その結果例えばU(1)インスタントンといった新しい物理的対象が現れる.通常の取り扱いが困難な特異な場の配位が解析可能となったということも近年の爆発的進展の一因である.

3 博士論文の内容の要旨

 この博士論文では,非可換ソリトンについてDブレイン力学への応用も含めて詳しく議論する.

 まず,主に非可換インスタントンや非可換モノポールをAtiyah-Drinfeld-Hitchin-Manin(ADHM)/Nahm構成法と呼ばれる手法を用いて厳密に構成し,その性質を調べる.ADHM/Nahm構成法は明快なDブレイン解釈を持つため,厳密解の構成や解析からDブレインの性質について様々なことを解明することができる.特に非可換空間に特有のU(1)インスタントンについて詳しく議論する.非可換インスタントンの性質は,非可換性パラメータの自己双対性に依存する.これまで主に調べられてきたものはゲージ場と非可換性パラメータの自己双対性が逆の場合であった.私はそれらの自己双対性が同じ場合について調べる.その結果,Dブレインの崩壊現象に関わるSenの予想の確証に重要な役割を果たした"Solution Generating Technique"という手法の本質的な部分がADHM構成法の中から必然的に導出されることが明らかになった.さらに周期インスタントン解といった新しいソリトン解を構成し,そのフーリエ変換などさまざまな性質を調べる.周期ゼロの極限で,この配位はフラクソンと呼ばれる,(3+1)次元Yang-Mills-Higgs理論におけるBPSソリトンに一致する.フラクソンは非可換空間特有のソリトンでありモノポールというよりはむしろ渦に近い性質を持つ.フラクソンのNahm構成法に構成も直接行うことができる.これらのゲージ理論から得られた結果は全て,弦理論のT双対変換や行列模型による解釈と一致する.これは私の個人研究に基づく.

 次に"Solution Generating Technique"の応用についていくつか議論を行う.特に(3+1)次元Yang-Mills-Higgs理論への応用では上記の研究で得られた知見を応用し,(3+1)次元Yang-Mills-Higgs理論におけるBPS方程式を不変に保つ変換を見出した.これにより,既知のソリトン解から新しいソリトン解が生成される.その新しいソリトン解についても詳しく調べる.これは寺嶋靖治氏との共同研究に基づく.

 最後に今後の一つの方向性として,ソリトン理論や可積分系の非可換化について議論する.私達は非可換空間上のLax方程式の生成法を提唱し,様々な新しい非可換Lax方程式を見出した.これらの結果は既知の結果と全て一致し,可積分系の非可換化の一意性を示唆している.したがって私達はWard予想の非可換版にあたる予想を提唱した:「非可換Lax方程式は可積分であり,4次元非可換(反)自己双対Yang-Mills(NC ASD YM)方程式の次元還元によって得られるであろう.」(図1参照.)これは可積分系研究の新しい地平を切り開く可能性を秘めており,可積分系のq変形に匹敵する豊かな研究成果が期待される.弦理論との関わりも非常に興味深い.これは戸田晃一氏との共同研究に基づく.

 この博士論文は上の研究成果とこの分野のこれまでの発展の総合報告である。

図1:可積分系研究の新しい地平

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、非可換空間上で定義された場の理論におけるソリトンの構成についての論文提出者の研究をまとめたものである。非可換空間とは、座標変数にHeisenberg代数型の非可換性を導入した空間で、必然的に非可換な関数環を取り扱うことになる。そのため通常の可換な空間とは違った興味深い様相が現れる。その一つが、非可換ソリトンの存在である。これは、非可換性が解の存在を支えていて、可換の場合には対応物が存在しないようなソリトン解である。例えばYang-Mills理論を考えるとゲージ群がabelianの場合にはインスタントン解は通常存在しないが、非可換空間ではnon-abelianの場合のようなインスタントン解が存在する。

 非可換空間上の場の理論は、背景B場中のDブレインの有効理論などに現れ、タキオン凝縮や低次元Dブレインの形成などの解析に非可換ソリトンが有用であるなど、弦理論の中で重要な役割を担っている。

 本論文は、8章およびAppendixからなる。第1・2章で研究の背景説明と非可換場の理論の基本事項の解説をした後、第3章では、通常の場合に良く知られているADHM構成を非可換の場合へ拡張することにより非可換インスタントン解を構成している。特に、従来とは逆のケース、つまりゲージ場の場の強さの自己双対性と非可換パラメータの自己双対性を同じに取った場合の解析を行い、その場合にはADHM構成に現れる行列変数がブレイン上のスカラー場として自然に解釈でき、そのDフラット条件がちょうどADHM方程式を与えることを見出した。

 第4章では、モノポールへ議論を拡張し、Nahm構成として知られている構成法を非可換の場合へ拡張した。第5章では周期的時空上でのインスタントン解(カロロン)の非可換版を構成した。第6章では、非可換ソリトンについて既知の重要な手法を解説している。

 第7章で、論文提出者は、新たな方向として、非可換可積分系の研究を提唱している。その手始めとして、非可換Lax対の構成法を議論しそれに基づいて、非可換KdV方程式、非可換Burgers方程式等を具体的に定義して見せた。非可換の場合の可積分性をどのように特徴づけられるのかなどまだまだ解明すべき点は多いが、新たな方向性として大変興味深い流れの先鞭を付ける研究であり今後の進展が注目される。

 なお、第7章の内容については、大学院生の戸田晃一氏との共同研究に基づくものであるが、本論文提出者が主体となって研究の立案および解析の実行をおこなったものであり、本人の寄与が十分であると判断できる。

 以上により、審査委員一同は、本論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると認める。

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