学位論文要旨



No 117356
著者(漢字) 河野,肇
著者(英字)
著者(カナ) コウノ,ハジメ
標題(和) 脂質ラフト融合によるFcγ受容体信号伝達の開始
標題(洋)
報告番号 117356
報告番号 甲17356
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1964号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 講師 福本,誠二
内容要旨 要旨を表示する

 Fc受容体よりの信号伝達は、リガンド結合鎖の細胞外部分の物理的凝集が、Srcファミリーキナーゼ(SrcPTK)による信号伝達鎖のリン酸化という生化学的な反応に変換されることにより開始する。Fc受容体とSrcPTKには、直接に結合する部位はなく、いかにしてこれらの分子が会合し、信号伝達が行われるかは明らかではない。SrcPTKの一部はそのN末端がパルミチン酸化を受け、脂質ラフトと呼ばれる膜ドメインに集積している。架橋された抗原受容体、特にリガンド結合鎖は生化学的には可溶化剤抵抗性の脂質ラフト画分(DIM; detergent insoluble membrane)へ移行する。形態学的には受容体凝集部にラフトの集合がみられる。定常時の個々のラフトは非常に小さく、それぞれ独立しており、そのタンパク構成は一様ではない。Fc受容体の凝集により、脂質ラフトを筏として様々な信号伝達分子が集合すると考えられる。Fc受容体のラフト画分への移行や同部位へのラフトの集合が細胞内信号伝達もしくは細胞骨格の再構成によるのか、逆にこれらが細胞内信号伝達、特にSrcPTKによる受容体信号伝達鎖のITAMリン酸化へと導くのかは明らかではない。

 RAW264.7マクロファージにおいて、低親和性Fcγ受容体(FcγR)、すなわちFcγRIIbおよびFcγRIIIaのリガンド結合鎖(α鎖)は凝集をうけるとショ糖密度勾配遠心法にて分離したDIMへ移行した。また、共焦点顕微鏡における観察において、FcγR−α鎖は凝集前では可溶化剤処理にて膜上から消失するが、凝集後は細胞膜上に可溶化剤不溶性集積巣を形成し、同部位には脂質ラフトマーカーであるガングリオシドGM1の共集積がみられた。ショ糖密度勾配遠心上のDIMへの移行はSrcPTK活性抑止状態(SrcPTK阻害剤PP2前処置、もしくはSrcPTKを負に制御する機能亢進型C-terminal Src kinase (mCsk)の発現)でも保たれていた。更に、共焦点顕微鏡における観察において、mCsk発現株においてもFcγR凝集によるFcγR−α鎖の可溶化剤不溶性集積巣を形成およびラフトの融合、共集積がみられた。次に、FcγRとラフトの会合がアクチン細胞骨格の再構成によるかを検討するために、F−アクチンを脱重合させるLatrunculin Aの前処置を行った。Latrunculin Aの前処置にては、近位チロシンリン酸化信号伝達は全く影響を受けず、FcγRは凝集依存性にラフトと会合した。これらの結果より、FcγRの凝集によるFcγRのラフトとの会合および脂質ラフトの融合は細胞内信号伝達や細胞骨格再構成とは独立した事象であると判明した。

 次に、FcγR−α鎖と、SrcPTKとの共在を操作することによる信号伝達を検討した。コレステロール減少剤methyl-β-cyclodextrin(MβCD)処理にては、凝集依存性のFcγR−α鎖のDIMへの移行は保たれていたが、LynがDIMから除かれ、FcγR凝集はLyn活性化へつながらなくなった。これらLynのDIMからの離脱及び信号伝達の阻害は可逆的であり、MβCD/コレステロール複合体によるコレステロール回復により部分的に回復がみられた。次にmCskを強発現させ、内因性のSrcPTK活性を抑制した後に、mCskの影響を受けない常時活性型SrcPTKを共発現させた系を用いての機能回復実験を行った。Lynおよびc-SrcのN末端のパルミチン酸化部位のシステイン残基が、これらSrcPTKのDIMとの会合および信号伝達の媒介に必要であった。しかしDIMに会合したLynが媒介し得る貪食をラフト会合型c-Srcは媒介できないことが判明した。これらの所見より、凝集によるFcγR−α鎖のラフト画分への移行およびSrcPTKとの共在が細胞内信号発生に重要であることを示した。

 最後に、単量体のマウスFcγRIIb、細胞質部分を欠失した分子(FcγRIIb-trunc)、欠失部分にγ鎖のITAMを結合したキメラ分子(FcγRIIb-γITAM)をラット好塩基性白血病細胞に異所性に発現させ、リガンド結合鎖がラフト融合に果たす役割について検討した。これらの分子は凝集を受けるといずれも同様にショ糖密度勾配遠心上DIM画分へ移行した。また、共焦点顕微鏡における観察においては、これら分子は同様に凝集により自身の可溶化剤不溶性の獲得のみならず、ガングリオシドGM1の不溶性も上昇し、ラフト再構成が誘導されることが示された。FcγRIIb-γITAM分子の凝集では細胞内カルシウム濃度上昇がみられ、FcγRIIb分子ではみられなかった。意外なことにFcγRIIb-trunc分子の凝集により、FcγRIIb-γITAMより弱いものの、細胞内カルシウム濃度上昇がみられた。このFcγRIIb-trunc分子のカルシウム反応はSrcPTK阻害剤PP2、MβCDなどにより阻害された。即ちSrcPTK活性およびラフトの統合性に依存していることが明らかとなった。これらの結果から、リガンド結合鎖の凝集によりラフト融合が発生し、細胞内の生化学的な初期信号を導くと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、Fc受容体の信号伝達の初期機構について、特に脂質ラフトとの関連から解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1)RAW264.7マクロファージにおいて、低親和性Fcγ受容体(FcγR)、すなわちFcγRIIbおよびFcγRIIIaのリガンド結合鎖(α鎖)は凝集をうけるとショ糖密度勾配遠心法にて分離したDIMへ移行した。また、共焦点顕微鏡における観察において、FcγR-α鎖は凝集前では可溶化剤処理にて膜上から消失するが、凝集後は細胞膜上に可溶化剤不溶性集積巣を形成し、同部位には脂質ラフトマーカーであるガングリオシドGM1の共集積がみられた。ショ糖密度勾配遠心上のDIMへの移行はSrcPTK活性抑止状態(SrcPTK阻害剤PP2前処置、もしくはSrcPTKを負に制御する機能亢進型C-terminal Src kinase (mCsk)の発現)でも保たれていた。更に、共焦点顕微鏡における観察において、mCsk発現株においてもFcγR凝集によるFcγR-α鎖の可溶化剤不溶性集積巣を形成およびラフトの融合、共集積がみられた。次に、FcγRとラフトの会合がアクチン細胞骨格の再構成によるかを検討するために、F−アクチンを脱重合させるLatrunculin Aの前処置を行った。Latrunculin Aの前処置にては、近位チロシンリン酸化信号伝達は全く影響を受けず、FcγRは凝集依存性にラフトと会合した。これらの結果より、FcγRの凝集によるFcγRのラフトとの会合および脂質ラフトの融合は細胞内信号伝達や細胞骨格再構成とは独立した事象であると判明した。

 2)FcγR-α鎖と、SrcPTKとの共在を操作することによる信号伝達を検討した。コレステロール減少剤methyl-β-cyclodextrin (MβCD)処理にては、凝集依存性のFcγR-α鎖のDIMへの移行は保たれていたが、LynがDIMから除かれ、FcγR凝集はLyn活性化へつながらなくなった。これらLynのDIMからの離脱及び信号伝達の阻害は可逆的であり、MβCD/コレステロール複合体によるコレステロール回復により部分的に回復がみられた。次にmCskを強発現させ、内因性のSrcPTK活性を抑制した後に、mCskの影響を受けない常時活性型SrcPTKを共発現させた系を用いての機能回復実験を行った。Lynおよびc-SrcのN末端のパルミチン酸化部位のシステイン残基が、これらSrcPTKのDIMとの会合および信号伝達の媒介に必要であった。しかしDIMに会合したLynが媒介し得る貪食をラフト会合型c-Srcは媒介できないことが判明した。これらの所見より、凝集によるFcγR-α鎖のラフト画分への移行およびSrcPTKとの共在が細胞内信号発生に重要であることを示した。

 3)単量体のマウスFcγRIIb、細胞質部分を欠失した分子(FcγRIIb-trunc)、欠失部分にγ鎖のITAMを結合したキメラ分子(FcγRIIb-γITAM)をラット好塩基性白血病細胞に異所性に発現させ、リガンド結合鎖がラフト融合に果たす役割について検討した。これらの分子は凝集を受けるといずれも同様にショ糖密度勾配遠心上DIM画分へ移行した。また、共焦点顕微鏡における観察においては、これら分子は同様に凝集により自身の可溶化剤不溶性の獲得のみならず、ガングリオシドGM1の不溶性も上昇し、ラフト再構成が誘導されることが示された。FcγRIIb-γITAM分子の凝集では細胞内カルシウム濃度上昇がみられ、FcγRIIb分子ではみられなかった。意外なことにFcγRIIb-trunc分子の凝集により、FcγRIIb-γITAMより弱いものの、細胞内カルシウム濃度上昇がみられた。このFcγRIIb-trunc分子のカルシウム反応はSrcPTK阻害剤PP2、MβCDなどにより阻害された。即ちSrcPTK活性およびラフトの統合性に依存していることが明らかとなった。これらの結果から、リガンド結合鎖の凝集によりラフト融合が発生し、細胞内の生化学的な初期信号を導くと考えられた。

 以上、本論文は、Fcγ受容体の信号伝達の開始は脂質ラフト融合によることを明らかにした。本研究はFc受容体の信号伝達機構に新たな視点を与えたものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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