No | 117211 | |
著者(漢字) | 趙,銀敏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チョウ,ウンミン | |
標題(和) | イネのファイトアレキシン生合成に関与するジテルペン環化酵素遺伝子の単離・解析 | |
標題(洋) | Cloning and characterization of diterpene cyclase genes involved in biosynthesis of phytoalexins in rice | |
報告番号 | 117211 | |
報告番号 | 甲17211 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2407号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 植物は動物のような免疫系を持たないが、カビ、細菌、ウィルスなどの病原体の感染を特異的な機構で認識し、種々の抵抗性反応を示し生存を図っている。このような植物の抵抗性反応を誘導するものを一般にエリシターと呼ぶが、病原体の感染を受けた植物では、病原体や植物の細胞表層由来の断片などがエリシターとなってファイトアレキシンと呼ばれる低分子の抗菌性物質を含む様々な抵抗性反応が誘導される。イネ液体培養細胞は、多くの菌類の細胞表層を構成する多糖であるキチンやβグルカン断片(オリゴ糖)をエリシターとしてナノモルレベルで認識し、様々な防御応答を開始する。 ところで、近年、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノステロイドに続く第7の植物ホルモンと考えられているジャスモン酸(以下JA)が、エリシターによって誘導される二次代謝産物の生産のためのシグナル伝達物質として機能している例が数多く報告されている。これらの二次代謝産物は、ファイトアレキシン及びその関連物質であることが少なくないことから、エリシター誘導のファイトアレキシン生産においてJAが普遍的なシグナル伝達物質として機能している可能性が高いと考えられる。イネ(Oryza sativa L. cv. BL-1)液体培養細胞においては、エリシター(N-acetylchitoheptaose)処理によりジテルペン化合物であるmomilactone A(以下MA)が主要ファイトアレキシンとして生産されることが知られているが、我々の研究グループにより、この系においてもJAがエリシターシグナルの伝達物質として重要な機能を果たしていることが明らかにされている。以上の事実は、個々のイネ液体培養細胞が、エリシターやJAをシグナル伝達物質として受容し、一連のシグナル伝達経路を経てファイトアレキシンを生産していることを意味する。 そこで、本研究では、上記のようなJAの情報伝達機構解明研究の一環として、イネ液体培養細胞におけるジテルペン系ファイトアレキシンの生合成酵素遺伝子を単離し、機能解析を行なうことを目的とした。このような遺伝子が単離同定され、その遺伝子発現制御機構が解明されれば、JAの情報伝達経路解明の足がかりになると考えられる。 I.イネ液体培養細胞におけるファイトアレキシン生合成に関与するジテルペン環化酵素遺伝子のクローニング イネの葉部においては病原菌の感染により、phytocassanes A-D、momilactones A-C、oryzalexins A-F、Sなど多種類のジテルペン系ファイトアレキシンの生産が誘導されることが知られている。イネBL-1液体培養細胞においては、エリシター処理により主要なファイトアレキシンとしてMAが生産されることはすでに述べたが、cv. Koshihikariの培養細胞ではmomilactone類、phytocassane類の生産も誘導される。これらのファイトアレキシンは、Fig.1に示すように、geranylgeranyl diphosphate (GGDP)から生合成されると考えられるが、その環化酵素遺伝子は、ジベレリン生合成系のGGDPからent-copalyl diphosphate (ent-CDP)への変換を触媒するcopalyl diphosphate synthase (CPS)、ent-CDPからent-kaureneへの変換を触媒するent-kaurene synthase (KS)等のジテルペン環化酵素遺伝子と相同性を有している可能性が考えられた。そこで、これまでに様々な植物およびカビから単離されてきたCPS、KS等の保存配列に基づいて設計したdegenerate primersを用い、PCRによりイネのジテルペン系ファイトアレキシンの生合成に関与するジテルペン環化酵素のクローニングを試みた。Templateとして、エリシター処理後8時間のイネ液体培養細胞から精製したmRNAを用いてRT-PCRを行なったところ、予想された約550 bpのDNA断片が増幅された。このDNA増幅断片にコードされるアミノ酸配列は他の植物由来のジテルペン環化酵素のものと相同性を示したので、このDNA増幅断片を含むcDNA全長のクローニングをrapid amplification of cDNA ends (RACE)-PCR法により試みた。その結果、550 bpDNA増幅断片の上流・下流側に相当すると考えられるクローンが得られたが、塩基配列決定の結果、それらは互いに異なるタンパク質をコードしていた。そこで、これらの増幅断片にコードされる遺伝子をそれぞれOsDTC1、OsDTC2と名づけ、それぞれの全長を5'-RACEと3'-RACEにより単離することを試みた。その結果、OsDTC1については、ORF全長を含むcDNAクローニングに成功し、それが829アミノ酸残基をコードすることが明らかになった。OsDTC2については、N末端を含む558アミノ酸残基をコードするcDNA断片が取得されている。 II.他のテルペン環化酵素との一次構造の比較とRT-PCRによる発現解析 OsDTC1、OsDTC2にコードされるタンパク質の推定アミノ酸配列を他のテルペン環化酵素と比較してところ、テルペン環化酵素の中でジテルペン環化酵素においてのみ極めて高度に保存され、モノテルペン、セスキテルペン、トリテルペン等の環化酵素には見られないSAYDTAWモチーフがOsDTC1, OsDTC2の両酵素に存在しており、これらがともにジテルペン環化酵素であるものと推定された。OsDTC1、OsDTC2はジベレリン生合成系の酵素であるKSとは35-39%のidentityを示したが、CPSとのidentityはそれより低く、20%以下であった。KS活性にはDDXXDモチーフが関与し、同モチーフの最初のアスパラギン酸が二価金属イオン(Mg2+)を介した酵素と基質由来のリン酸基との複合体形成に重要な役割を担っていると考えられているが、DDXXDモチーフはOsDTC1、OsDTC2の両酵素に見出された。しかしながらCPS活性に関与していることが知られているDXDDモチーフはOsDTC1、OsDTC2ともに存在しなかった。以上より、OsDTC1、OsDTC2ともにGGDPを基質とする環化反応には関与せず、CDP、ent-CDP、あるいはsyn-CDPを基質とする環化反応を触媒する可能性が示唆された。 ところで、現在までにクローニングされている植物由来のジテルペン環化酵素においては、そのN末端にセリン、スレオニンのような水酸基を持つアミノ酸残基および塩基性アミノ酸残基を多く含んでおり、その領域はプラスチド(葉緑体に代表される色素体)移行シグナルペプチド(トランジットペプチド)として機能することが知られている。OsDTC1、OsDTC2ともにSignal P programによる検索結果、N末端側にトランジットペプチド様配列が存在していることが示された。したがって、これらの酵素はリボゾーム上で生合成されたのちプラスチドに移行し、成熟酵素タンパク質としてプラスチド内に局在しているものと考えられる。イネ培養細胞におけるOsDTC1、OsDTC2 mRNAの発現解析をRT-PCRにより行なったところ、OsDTC1、OsDTC2ともにエリシター処理後8時間で極大を示し、以後漸減することが示された。イネ液体培養細胞において、エリシターを処理すると処理後8時間くらいからMAの生産が始まり、24-48時間後で集積量が最大に達することが知られている。したがって、OsDTC1、OsDTC2はともにMAの生産が始まる時期に合成されプラスチドへ移行して安定に機能しているものと考えられる。 III.組換えタンパク質調製と機能解析 OsDTC2全長をpGEXベクターに連結し、グルタチオンS−トランスフェラーゼとの融合タンパク質となるように発現ベクターを設計した。得られたプラスミド(pGEX-OsDTC1)を大腸菌に導入し、組換え融合タンパク質の調製を試みた。大腸菌は30℃で培養し、組換えタンパク質の生産誘導は、大腸菌の生育が対数期後半に達した時にisopropyl-β-D-thiogalactopyranosideを終濃度1mMとなるように添加することによって行なった。菌体破砕液の可溶性画分をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動をしたところ、pGEX-OsDTC1プラスミドを持つ大腸菌抽出物からGST-OsDTC1タンパク質と思われるバンドを検出することができた。そこで、Glutathione Sepharose 4Bアフィニティーカラムにより精製し、得られたタンパク質のN末端アミノ酸配列を決定したところ、予想される融合タンパク質のものと一致したことから、GST-OsDTC1の生産が確認された。 OsDTC1のジテルペン合成酵素活性を調べるために、GST-OsDTC1またはGST(コントロール)を含む大腸菌の抽出物と基質としてGGDP及びCDP(CDP、ent-CDP、あるいはsyn-CDP)、コファクターとして500 mM MgCl2・6H2Oを加えて30℃で1時間インキュベーションした。反応液をn-hexaneにより抽出し、得られた抽出物をGC-MSにより分析した。OsDTC1はアミノ酸配列から予想した通りGGDPを基質とした変換実験では変換活性を示さなかったが、CDP及びその異性体を基質とした場合は変換活性を示した。CDPを基質にした場合にはジテルペン炭化水素A、ent-CDPを基質にした場合はジテルペン炭化水素Bへの変換が認められた。A、Bは、お互いに鏡像体であると考えられるが、まだ同定には至っていない。一方、syn-CDPを基質とした場合は、標品が入手困難なため同定には至っていないがmomilactone類の生合成中間体である9β-pimara-7,15-dieneと推定されるジテルペン炭化水素Cと未同定のジテルペン炭化水素Dへの変換が認められた。化合物A(B)、C、Dはいずれもエリシター処理したイネ液体培養細胞において内生のジテルペン炭化水素として検出されている化合物であり、以上の事実は、OsDTC1がイネにおけるジテルペン系ファイトアレキシンの生合成酵素の一つとして機能していることを強く示唆するものと考えられる。反応産物A、B、C、Dの同定、OsDTC2の機能解明を行なうことが急務と考えている。 Fig.1 Biosynthetic pathways of momilactone A and its related compounds | |
審査要旨 | 本論文は、高等植物における生体防御機構に関する研究の一環として行なった、イネ液体培養細胞におけるジテルペン系ファイトアレキシン生合成に関与するジテルペン環化酵素遺伝子の単離・機能解析に関するもので、4章からなる。 第1章では、研究の背景と目的について述べている。 第2章では、イネ液体培養細胞におけるジテルペン系ファイトアレキシン生合成に関与するジテルペン環化酵素遺伝子の単離について述べている。これまでに様々な植物およびカビから単離されてきたジテルペン炭化水素環化酵素の保存配列に基づいて設計した縮重プライマーを用いたPCRにより、エリシター処理しファイトアレキシン生合成を誘導したイネ培養細胞からジテルペン環化酵素のクローニングを試みた。その結果、植物由来のジテルペン環化酵素のものと相同性を示す2種類のcDNA断片が増幅された。これら2種の遺伝子をOsDTC1、OsDTC2と命名しそれぞれのcDNA全長を単離するため5'-RACEと3'-RACEを行なったところ、OsDTC1については、ORF全長を含むcDNAクローニングに成功し、それが830アミノ酸残基をコードすることが明らかになった。OsDTC2については、N末端を含む553アミノ酸残基をコードするcDNA断片が取得されている。 OsDTC1、OsDTC2にコードされるタンパク質の推定アミノ酸配列を他のテルペン環化酵素と比較したところ、テルペン環化酵素の中でジテルペン環化酵素においてのみ極めて高度に保存され、モノテルペン、セスキテルペン、トリテルペン等の環化酵素には見られないSAYDTAWモチーフがOsDTC1, OsDTC2の両酵素に存在しており、copalyl diphosphate(CDP)などの基質由来のリン酸基と酵素との二価金属イオン(Mg2+)を介した複合体形成に重要な役割を担っていると考えられるDDXXDモチーフがOsDTC1に見出された。OsDTC2はcDNA全長がクローニングされていないためDDXXDモチーフが存在しているかどうかは明らかではない。一方、geranylgeranyl diphosphate(GGDP)の環化に関与することが知られているDXDDTAモチーフはOsDTC1にもOsDTC2にもともに存在しなかった。以上より、OsDTC1、OsDTC2ともにGGDPを基質とする環化反応には関与せず、CDP、ent-CDP、あるいはsyn-CDPを基質とする環化反応を触媒する可能性が示唆された。OsDTC1、OsDTC2ともにN末端側にトランジットペプチド様配列が存在しており、これらの酵素はリボゾーム上で生合成されたのちプラスチドに移行し、成熟酵素タンパク質としてプラスチド内に局在しているものと考えられる。イネ培養細胞におけるOsDTC1、OsDTC2 mRNAの発現解析をRT-PCRにより行なったところ、OsDTC1、OsDTC2ともにエリシター処理後8時間で極大を示し、以後漸減することが示された。イネ液体培養細胞において、エリシターを処理すると処理後8時間くらいからジテルペン系ファイトアレキシンの生産が始まり、24-48時間後で集積量が最大に達することが知られている。したがって、OsDTC1、OsDTC2はともにジテルペン系ファイトアレキシンの生産が始まる時期に合成されプラスチドへ移行して安定に機能しているものと考えられた。 第3章では、cDNA全長が得られたOsDTC1の機能解析について述べている。OsDTC1のORF全長をpGEXベクターに連結し、グルタチオンS−トランスフェラーゼとの融合タンパク質(GST-OsDTC1)となるように発現ベクターを設計した。得られたプラスミド(pGEX-OsDTC1)を大腸菌に導入し30℃で培養した。組換えタンパク質の生産誘導は、1 mM isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside(IPTG)を添加することによって行なった。菌体破砕液の可溶性画分をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行なったところ、pGEX-OsDTC1プラスミドを持つ大腸菌抽出物からGST-OsDTC1タンパク質と思われるバンドを検出することができた。そこで、Glutathione Sepharose 4Bアフィニティーカラムにより精製し、得られたタンパク質のN末端アミノ酸配列を決定したところ、予想される融合タンパク質のものと一致したことから、GST-OsDTC1の生産が確認された。 OsDTC1のジテルペン炭化水素環化酵素活性を調べるために、GST-OsDTC1を含む大腸菌の抽出物と基質としてGGDP及びCDP(CDP、ent-CDP、あるいはsyn-CDP)、コファクターとして500 mM MgCl2・6H2Oを加えて30℃で1時間インキュベーションした。反応液をn−ヘキサンにより抽出し、得られた抽出物をガスクロマトグラフィー・マススペクトロメトリーにより分析した。OsDTC1はGGDPを基質とした変換実験では変換活性を示さなかったが、CDP及びその異性体を基質とした場合は変換活性を示した。CDPを基質にした場合には収率10%でジテルペン炭化水素P1、ent-CDPを基質にした場合も収率10%でジテルペン炭化水素P2、1%未満でent-pimara-8, 15-dieneへの変換が認められた。P1、P2は、お互いに鏡像体であると考えられるが、まだ同定するには至っていない。一方、syn-CDPを基質とした場合は、収率1%未満でpimara-8, 15-dieneとaphidicol-15-eneへの変換が認められた。P1(あるいはP2)を含む上記変換物はいずれもエリシター処理によりイネ液体培養細胞において生産が顕著に促進される内生のジテルペン炭化水素であることから、以上の事実は、OsDTC1がイネにおけるジテルペン系ファイトアレキシンの生合成酵素の一つとして機能していることを強く示唆するものと考えられた。 第4章では、本研究で得られた結果を総括し今後の展望について述べている。 以上、本論文はイネのジテルペン系ファイトアレキシンの生合成に関与するジテルペン炭化水素環化酵素遺伝子を単離した初めての例になると考えられ、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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