No | 116928 | |
著者(漢字) | 中間,崇 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカマ,タカシ | |
標題(和) | クラスIのアミノアシルtRNA合成酵素による基質の認識機構 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116928 | |
報告番号 | 甲16928 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4191号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)は,ATPによるアミノ酸の活性化と活性化されたアミノ酸のtRNAへの結合の2段階からなる反応によって,アミノ酸をそれに対応するtRNAに特異的に結合させる酵素である.aaRSはタンパク質に含まれる各アミノ酸に対応する形で20種類存在し,これらは平行β-sheetを持つRossmann foldを触媒ドメインとするクラスIと逆平行β-sheetを触媒ドメインとするクラスIIの2つに大別することができる.それぞれのクラスに含まれるaaRSはアミノ酸配列上の相同性からさらに3つずつのサブクラスに分類することができる(Ia,Ib,IcおよびIIa,IIb,IIc). aaRSには,複数種存在するアミノ酸あるいはtRNAの中から特異的なアミノ酸あるいはtRNAだけを選択することが遺伝情報の正確な発現のために要求されている.本研究はこのaaRSによる基質の厳密な認識機構を解明することを目的としている. クラスIaのaaRSの1つであるシステイニルtRNA合成酵素(CysRS)はアミノ酸が基質として活性部位に結合する段階で本来の基質であるシステインと形や化学的性質が似ているセリンをほぼ完全に識別することができることが報告されている.また,CysRSはもう1つの基質であるシステインtRNA (tRNACys)と結合するときにアンチコドンの塩基やアクセプターステムに存在するDiscriminatorと呼ばれる塩基を認識しているが,それに加えてtRNACysの三次構造の形成に関わっている塩基対もtRNACysの認識に重要な役割を果たしていると考えられている.これらの認識機構を高次構造の面から明らかにするために私は高度好熱菌Thermus thermophilus HB8株由来のCysRSを用いてX線結晶構造解析を行った.位相決定はセレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法によって行い,最終的には2.3Aまでの分解能の原子モデルを得ることができた.結晶の非対称単位中でCysRSは図1aに示すような2量体を形成していた.CysRSは他のクラスIのaaRSと同様にRossmann foldからなる触媒ドメインを持ち,他のクラスIaおよびIbのaaRSに共通して存在しているConnective PolypeptideドメインおよびStem Contact Foldドメインや他のクラスIaのaaRSに共通して存在しているα-helix-bundleドメインも持ち合わせていた.さらにCysRSには他のクラスIaのaaRSにはみられない構造としてN末端側に逆平行β-sheet構造が,C末端側にα-α-β-β構造がそれぞれみられた.これらの機能を推測するためにクラスIaのaaRSでtRNAとの複合体の結晶構造が明らかになっている酵母のアルギニルtRNA合成酵素の系をもとにしてtRNACysとの結合モデルを構築した(図1b).その結果,N末端側の逆平行β-sheet構造はtRNACysの三次構造の形成に関わっている塩基対(15:48および13:22:46)の,もう一方のポリペプチド鎖のC末端側のα-α-β-β構造はアンチコドンの塩基の近くにそれ ぞれ配置されており,それぞれの認識に関わっている可能性があることが示唆された.このことに関する生化学的な実験結果は今のところ得られていないが,今後の生化学的解析あるいはtRNACysとの複合体の結晶構造解析によってその詳細が明らかになると思われる.一方,アミノ酸結合部位と思われるところにFo-Fc mapで5σ以上という強い電子密度の存在が見られた.この近傍には全てのCysRSで保存されているシステイン残基2残基とヒスチジン残基1残基が存在していることから,この強い電子密度はこれらのアミノ酸残基に結合している亜鉛イオンによるものであると思われる.そこで,クラスIaのaaRSでアミノ酸との複合体の結晶構造が明らかになっているT. thermophilusのイソロイシルtRNA合成酵素の系をもとにしてL−システインとの結合モデルを構築したところ,その亜鉛イオンの近くに基質となるL−システインの側鎖が配置されていた(図1c).現時点ではこれらのアミノ酸残基および亜鉛イオンの機能に関する生化学的な実験結果が得られてはいないが,この結合モデルからこれらのアミノ酸残基や亜鉛イオンは基質であるアミノ酸の識別に重要な役割を果たしているのではないかと推測される. 一方,クラスIのaaRSとアミノ酸の活性化によって生成される反応中間体であるアミノアシルAMP (aa-AMP)の複合体の結晶構造がこれまでの間に複数報告されているが,aaRSによるaa-AMPの認識機構の共通性に関してはほとんど議論されていなかった.そこで,私はクラスIaのaaRSの1つであるイソロイシルtRNA合成酵素(IleRS)の系の場合を調べるために,T. thermophilus HB8株由来のIleRSの結晶構造をサーチモデルにした分子置換法によりIleRSとIle-AMPの非水解アナログであるIle-AMSとの複合体の結晶構造を3.0Aまでの分解能で決定した(図2a).この結晶構造によって明らかにされたIleRSによるIle-AMSの認識機構はイソロイシンの部分に関しては以前明らかにされたIleRSによるイソロイシンの認識機構とほぼ同様であった.また,この結晶構造と今まで報告されている他のクラスIのaaRSとアミノアシルAMPの複合体の結晶構造を比較するによって,クラスIのaaRSによるアミノアシルAMPを構成するアミノ酸,リン酸,リボース,アデニンのそれぞれを認識するアミノ酸残基あるいはその高次構造上での位置に関してクラスI全体あるいは各サブクラスごとに共通性があることが明らかになった(図2b).その一方で,aa-AMPの認識に共通して関わっているaaRSのアミノ酸残基は結合能をほとんど変えないまま変化することがあり,その変化による違いを利用して真正細菌由来のaaRSだけを阻害する抗生物質も存在している.その1つが,真性細菌由来のIleRSを選択的に阻害するmupirocin (Pseudomonic acid A)である.MupirocinはPseudomonas fluorescensによって合成される化合物で,実際に海外ではmethicillin耐性のStaphylococcus aureus (MRSA)などの治療に用いられている.しかし,真核生物由来のIleRSに似た第2のIleRS (Type II IleRS)の遺伝子をもつプラスミドによってmupirocinへの耐性を獲得したMRSAの出現が問題となってきている.このmupirocinとIleRSとイソロイシンtRNAの複合体の結晶構造はS. aureusの系ですでに報告されていたが,IleRSのmupirocinに対する感受性の生物種による違いに関しては今までほとんど議論されていなかった.私はT. thermophilus HB8株由来のIleRSの結晶構造をサーチモデルにした分子置換法によりIleRSとmupirocinとの複合体の結晶構造を2.5Aまでの分解能で決定した(図2c).この結晶構造とIleRSのアミノ酸配列の比較によって,mupirocinの結合に関わっているアミノ酸残基のうち,His581,Leu583(残基名と残基番号はT. thermophilus IleRSのものである)に相当するアミノ酸残基が真正細菌(または古細菌)由来のIleRSと真核生物由来のIleRS,そしてType II IleRSとで異なっていることが明らかになった.これらのアミノ酸残基に関するIleRSの種々の変異体を作成し,これらの変異体についてmupirocinに対する感受性を測定したところ,もともとT. thermophilus IleRSのmupirocinに対する感受性は大腸菌由来のIleRSの約1/100であったのであるが,mupirocinの認識に関わるアミノ酸残基をすべて真核型に変換した変異体ではmupirocinに対する感受性が野生型の約1/10とさらに低下していた.また,mupirocinの認識に関わるアミノ酸残基をすべてType II IleRS型に変換した変異体でもmupirocinに対する感受性が野生型の約1/10に低下していた.これにより,mupirocinに対する感受性の違いを引き起こすアミノ酸残基を特定することに成功した.将来的にはここで明らかにされた認識機構が新薬の創製に役立つことが期待できると思われる. 図1 (a) T. thermophilus CysRSの結晶構造.(b) T. thermophilus CysRSとtRNACysの結合モデル.(c) T. thermophilus CysRSとL−システインの結合モデル. 図2 (a)T. thermophilus IleRSによるIle-AMSの認識機構.(b)クラスIのaaRSの間で共通しているaa-AMPの認識機構.(c)T. thermophilus IleRSによるmupirocinの認識機構. | |
審査要旨 | アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)はアミノ酸のATPによる活性化と活性化されたアミノ酸のtRNAへの転移という2段階の反応によってアミノ酸をtRNAに結合させる酵素である.aaRSはタンパク質に含まれる各アミノ酸に対応する形で20種類存在し,触媒ドメインの構造によってクラスI(10種類)とクラスII(10種類)の2つに大別することができる.aaRSはアミノ酸配列上の相同性からさらに3つずつのサブクラスに分類することができる(Ia,Ib,IcおよびIIa,IIb,IIc). aaRSには,複数種存在するアミノ酸あるいはtRNAの中から自らに対応するアミノ酸あるいはtRNAだけを選択することが遺伝情報の正確な発現のために要求されている.論文提出者はクラスIaに属するイソロイシンとシステインの系に関して基質の認識機構をX線結晶構造解析を用いて原子レベルの分解能で解明する研究を行った. 本論文は4章からなり,第1章は研究の背景と概要について述べられている. 第2章ではイソロイシルtRNA合成酵素(IleRS)による反応中間体であるイソロイシルAMP (Ile-AMP)アナログおよび真正細菌や古細菌由来のIleRSを選択的に阻害する抗生物質であるmupirocinの認識機構について述べられている.論文提出者はThermus thermophilus由来のIleRSとIle-AMPアナログの複合体の結晶構造をT. thermophilus由来のIleRS単独の結晶構造をサーチモデルとした分子置換法で決定した.さらにこの結晶構造を他のクラスIのaaRSとアミノアシルAMP (aa-AMP)の複合体の結晶構造と比較することでクラスIのaaRSによるaa-AMPの認識機構にはクラスごと,あるいはサブクラスごとに共通性があることを明らかにしている.また,論文提出者はT. thermophilus由来のIleRSとmupirocinとの複合体の結晶構造をT. thermophilus由来のIleRS単独の結晶構造をサーチモデルとした分子置換法で決定している.そして,この結晶構造と種々の生物種由来のIleRSのアミノ酸配列のアラインメントからmupirocinに対するIleRSの感受性に影響するアミノ酸残基を推定し,これらのアミノ酸残基を置換した変異体がmupirocinに対するIleRSの感受性を変化させていることをtRNAIleのアミノアシル化活性の阻害活性を定量化することで明らかにしている. 第3章ではT. thermophilus由来のシステイニルtRNA合成酵素(CysRS)の結晶構造解析について述べられている.論文提出者はT. thermophilus由来のCysRSの結晶構造をセレノメチオニン置換体の多波長異常分散法で決定している.その結果,CysRSには他のクラスIまたはクラスIaのaaRSには存在していなかった固有のドメインが両末端に存在していることを明らかにしている.さらに,論文提出者はCysRSと基質であるL−システインおよびtRNACysとの結合モデルの構築によってCysRSとアミノ酸およびtRNAの結合様式を推測している.アミノ酸においては,その結合部位であると考えられるところに亜鉛イオンと思われる金属イオンが結合していることを見いだし,その金属イオンが本来の基質であるL−システインの認識に関わっている可能性があることを結合モデルの構築によって示している.一方,tRNAにおいては,CysRSに特徴的なN末端側のextensionがアミノアシル化に重要であるとされる領域の1つを認識している可能性があることを結合モデルの構築によって示している. 第4章は第2章ならびに第3章での成果をまとめたものである. なお,本論文第2章は,東京大学の横山茂之教授,濡木理助手との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める. | |
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