学位論文要旨



No 115528
著者(漢字) 中川,秀敏
著者(英字) NAKAGAWA,Hidetoshi
著者(カナ) ナカガワ,ヒデトシ
標題(和) 数理ファイナンスへの確率解析の応用
標題(洋) An Application of Stochastic Calculus to Mathematical Finance
報告番号 115528
報告番号 甲15528
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第148号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 山田,道夫
 東京大学 助教授 吉田,朋広
 東京大学 助教授 高橋,明彦
内容要旨

 本論文では、数理ファイナンスに関連する問題を3つ取りあげている。最初に「デフォルト(債務不履行)リスク」についての二つの問題を論じる。一つは、フィルタリングモデルと呼ばれる数学モデルを設定し、ある1次元確率過程の0への初到達時刻.(デフォルト時刻と呼ぶ)の、部分的情報による条件付き分布を考察するという問題で、もう一つは、いわゆるアファイン型のハザード率過程を所与として、デフォルトリスクを含む金融商品の価値評価に必要となる期待値の計算公式を与えるというものである。

 次に、「均衡モデルから導出される短期金利モデル」について論じる。生産-消費均衡モデルの均衡の存在、および、短期金利と状態価格の関係についてセミマルチンゲールのクラスで考察している。

 Part1.デフォルトリスクに関するあるフィルタリングモデル

 T>0をある定数、(,B,(Bt)t∈[0,T],P)をある完備な確率空間とする。また、(Bt),(B’t),(Wt)をそれぞれ独立な1,N1,N2-次元(Bt)ブラウン運動とする。

 次で与えられるフィルタリングモデルを考える。

 1次元確率過程(Xt)t∈[0,T]、N1-次元確率過程(Zt)t∈[0,T]を次の確率微分方程式の解とする。

 

 ,0,b0は有界で連続微分可能な関数(にはもう少し強い条件を仮定する)とする。

 ここで、非負値確率過程(ランダム時刻)

 

 と定義する。(ただし、のときは、()=+∞とおくことにする。)

 このをデフォルト時刻と呼ぶことにする。

 N2-次元確率過程(Yt)t∈[0,T]を次の確率微分方程式の解とする。

 

 ただし、1,b1はやはり有界で連続微分可能な関数とする。また、特に、は、(>0はある定数、はN2-次元単位行列)を満たすと仮定する。

 また、フィルトレーション()および(Ft)を

 

 と定義する。

 とする。このとき、確率測度Pの下で次のDoob-Meyer分解が成り立つ。Nt=Mt+At:Mtは(P,(Ft)t∈[0,T])-マルチンゲール、AtはA0=0を満たす非減少な(Ft)-可予測過程。

 以上の設定の下で次の問題を考える。

 「発展的可測過程h(t)で

 

 を満たすものは存在するか、また存在するとき、h(t)はどのような表現を持つか。」

 このh(t)は、数理ファイナンスにおいては「ハザード率過程」などと呼ばれるものであり、デフォルトリスクを説明する指標として用いられることが少なくない。

 上の問題に対しては、次のように取り組んでいく。まずX,ZとYを独立にし、かつXをブラウン運動とする、Pと同値な確率測度に変更する。また、とおく。

 以下で、とし、また、

 

 とする。

 定理2.3.tは次の確率積分方程式の解である。

 

 ただし、(s),(s)は、ある(Ft)-可予測過程。(具体的な形はここでは省略)また、は、(,)-ブラウン運動。

 最終的には、楠岡([3])の結果とあわせて、次の主定理を得る。

 定理3.1.

 

 とする((t;Y),(t;Y)の具体的な表現は省略)とき、h(t)は確率測度Pの下での()-ハザード率過程である。

 上で得られた関係式は、不完全情報の下でのデフォルトリスクモデルについてのDuffie-Lando([2])の主張と結果的に同じものになる。論文中ではさらに、Pの下でのデフォルト時刻の(Ft)-条件付き分布と、ハザード率過程h(t)との関係についても考察している。

 Part 2.アファイン型ハザード率過程を仮定されたデフォルトリスクをもつ金融商品の価値評価

 以下では、ハザード率過程h(t)は次のようなアファイン型モデルで与えられると仮定する。

 

 ただし、Bはある1次元ブラウン運動であり、m,は次の形の関数とする。

 

 ただし、mi(t),i(t)(i=1,2)は確定的な関数で、2≠0かつ

 

 を満たすとする。

 さらに、a(t)とb(t)は次の常微分方程式系の解とする。(a,0とする)

 

 定理1.1.h(t)を[0,T]上、確率微分方程式(2)の解とする。このとき、

 

 ただし、

 

 この結果の応用例として、クレジット・デフォルト・スワップと呼ばれる金融商品の価値評価を論文中では考える。

 なお、Part2.の内容は一部、青沼君明氏との共著論文[1]の内容とも関連している。

 Part 3.均衡モデルから導出される短期金利モデルについての一考察

 短期金利が均衡理論の枠組みからどのように説明できるか、ひいては、何らかの均衡条件によって経済学のスキームに相反しない短期金利モデルのクラスが制限されるか、という問題を考える。

 (,F,P)を完備な確率空間、(Ft)t∈[0,T]を通常の仮定を満たすフィルトレーションとする。また、L={(xt)t∈[0,T] R-値発展的可測過程とする。

 Xを連続セミマルチンゲールとし、i=1,・・・,mに対し、Ui:L+→Rを増加関数とする。さらに、

 とおく。

 定義1.2. 生産-消費均衡とは、次の条件を満たす確率過程の集まり[(S*,*),*,(ci*,i*)],

 (0)*は正値セミマルチンゲール

 (1)*が次の最大化問題の解:

 

 

 (3)各i(i=1,・・・,m)に対し、(ci*,i*)が次の最大化問題の解:

 

 (4)

 特に、この*を状態価格過程と呼ぶ。

 生産-消費均衡の存在については、

 定理1.5.m=1とする。また、(x,t)をux(x,t)のxについての逆関数とする。

 次の条件を満たす正値局所マルチンゲールNが存在すると仮定する。

 (1)

 (2)はマルチンゲール。ただし、

 

 このとき、

 

 は生産-消費均衡、ただし、

 

 以下、m=1かつ>0はある定数)として考える(これをLOGモデルと呼ぶことにする)。

 Aを、状態価格過程を標準分解したときの有限変動項とする。

 

 を満たす確率過程R考え、特にdRt=rtdtとなるとき、rを短期金利過程と呼ぶ。

 次のような設定を考える。

 Yを次の確率微分方程式の解とする。(Bは(Ft)-ブラウン運動とする。)

 

 また、Xが

 

 を満たすとする。(実際には、係数の微分可能性や解のある種の可積分性など、適当な条件を課す)

 このとき、短期金利と生産-消費均衡の関連を述べる結果として次を得た。

 定理3.5.短期金利過程rは、Pと互いに絶対連続な確率測度Qの下で、の偏導関数、,,から決まる関数,を用いて

 

 と表される。ただし、Qは次で決まる。

 

 また、はQの下での標準ブラウン運動である。

 特に、がxについて、単調なとき、

 

 と表される。

参考文献[1]Aonuma,K.and Nakagawa,H.:Valuation of Credit Default Swap and Parameter Estimation for Vasicek-type Hazard Rate Model.Submitted(1998).[2]Duffie,D.,Lando,D.:Term Structure of Credit Spreads with Incomplete Accounting Information.Working paper(1998)[3]Kusuoka,S.:A Remark on default risk models Models.Adv.Math.Econ.1,69-82(1999)[4]Nakagawa,H.:Valuation of Default Swap with Affine Class Hazard Rate.Proceedings of the Japan Academy,Vol.75,Series A,No.3,43-46(1999).[5]Nakagawa,H.: A Remark on Spot Rate Models Induced by an Equilibrium Model.J.Math.Sci.Univ.Tokyo,6,453-475(1999).
審査要旨

 本論文の構成は以下の3つの研究よりなっている。

 1.系過程、観測過程とも多次元であるようなフィルタリングモデルにおいて、系過程のある停止時刻をデフォルト時刻とするデフォルトリスクモデルを考察し、そのハザード過程の存在を示し、その具体的な形を示した。

 2.アファイン型のハザード率過程の下で、デフォルトリスクを含む金融商品の価値評価に必要となる期待値の計算公式の導出を行った。

 3.ある生産-消費均衡モデルにおいて短期金利過程となりうるセミマルチンゲールのクラスの研究を行った。

 最も重要な結果である最初の結果は以下のようなものである。

 T>0は定数、(,B,(Bt)t∈[0,T],P)を完備な確率空間とする。系過程として

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 を考える。デフォルト時刻

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 で与えられ、観測過程は

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 で与えられるものとする。ただし、(Bt),(B’t),(Wt)をそれぞれ独立な1,N1,N2-次元(Bt)t∈[0,T]-ブラウン運動である。

 フィルトレーション()および(Ft)を

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 で定義する。

 115528f47.gifとする。確率測度Pフィルトレーション(Ft)の下でのDoob-Meyer分解をNt=Mt+Atとおく。ただし:Mtは(P,(Ft)t∈[0,T])-マルチンゲール、AtはA0=0を満たす非減少(Ft)-可予測過程である。

 本論文では(()t∈[0,T])-発展的可測過程h(t)が存在して、

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 となるものが存在することを証明し、その形を具体的に与えた(定理3.1)。

 その証明の過程においてf:[0,T]×→Rが有界Bt-adaptedである時の

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 を与える公式など、今後この方面の研究において頻繁に利用されると思われる有用な公式を与えている。

 このように本論文ではデフォルトリスクのモデルの理論的研究のための新しい方向性を打ち出し、有効な公式を与えており、高く評価できるものである。

 よって、論文提出者 中川秀敏 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

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