学位論文要旨



No 115380
著者(漢字) 堀江,徹
著者(英字)
著者(カナ) ホリエ,トオル
標題(和) クリプトスポリジウム症における防御免疫機構に関する研究
標題(洋) Analysis on protective immune responses against Cryptosporidium infection
報告番号 115380
報告番号 甲15380
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1566号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 増田,道明
内容要旨

 AIDSでは、トキソプラズマ症やクリプトスポリジウム症などの寄生虫症の合併が、しばしば患者の予後に大きな影響を及ぼす。本研究では、これらの日和見寄生虫感染症のなかでも、致死的な下痢症をもたらし、いまだに特効薬がないクリプトスポリジウム症について研究を行った。

 クリプトスポリジウム症に対する感染防御機構は、CD4+ヘルパーT細胞(Th)及び、細胞性免疫に関わるインターフェロンガンマ(IFN-)が重要であるとされており、中和抗体によってそれらの作用を阻害すると、クリプトスポリジウム原虫感染に対する感受性が高まるとの報告がある。しかし、IFN-産生細胞や分子レベルでの原虫に対する免疫応答機構は不明であった。そこで、Cryptosporidium muris(C.muris)を用いて、IFN-に関連した防御免疫機構について検討した。

 IFN-遺伝子欠損マウス(GKO)におけるオーシストの排泄パターンを調べたところ、野生型のC57BL/6、ヘテロ接合体及びGKOでの比較では、潜伏期、オーシスト数の最大値とそれを示す時期は同様であった。野生型は感染4週間以降にオーシスト排出が減少し、感染から回復するが、GKOは引き続きオーシストを排出していた。したがって、本研究からIFN-が本原虫の排除に必須であることが初めて明らかになった。C.muris感染野生型マウスの胃組織には、好中球とCD4+T細胞ならびにCD8+T細胞が集積していた。原虫を排除できないGKOでも野生型と同様にCD4+T細胞が集積していたことから、回復期の感染防御にはCD4+T細胞とIFN-の共存が必要であることが示唆された。

 様々な感染症において、特定の種類の白血球走化能をはじめとする種々の活性を亢進させるものとしてケモカインが知られている。ケモカインのMonokine induced by IFN-(Mig)やIFN- inducible protein of 10 kDa(IP-10)はIFN-によって誘導され、Th1細胞の走化性や活性化を亢進させる。野生型におけるMigとIP-10のmRNAは、胃組織でそれぞれ感染6日後と1日後より発現しており、MigやIP-10のレセプターでThl細胞に発現しているCXCR3は感染13日後に発現していた。一方、GKOではIP-10の発現時期は野生型より短く、IFN-依存性であるMigの発現は認められなかった。

 IFN-は活性化T細胞に働き、キラー活性を増強させるとともに、感染細胞のMHCクラスI分子及び抗原提示関連分子の発現をより一層促進し、感染細胞がT細胞に認識される効率を上昇させる。このようなIFN作用は一連のIFN誘導因子によってもたらされ、これらの遺伝子発現に関わる転写活性因子としてInterferon Regulatory Factor-1(IRF-1)の存在があり、IRF-1欠損マウス(IRF-1 KO)はTh1反応が見られないマウスとして知られている。C.muris感染に伴い発現が認められたIP-10は、遺伝子上流のIFN stimulatory response element(ISRE)を介したIFN-からのシグナル伝達の他にIRF-1の作用を受けていることから、IRF-1 KOを用いた実験を行った。IRF-1 KOのオーシスト曲線はGKOとほぼ同様のパターンを辿ったことから、IRF-1はC.murisの排除に必須であることが明らかになった。IRF-1 KOの病理組織ではGKOと同様に好中球とCD4+T細胞が認められ、胃組織にはMigとIP-10のmRNAの発現が認められた。GKOでIP-10が発現していることと併せて考えると、MigやIP-10が感染防御に果たす役割は低いものと考えられた。

 以上の研究により、C.muris感染における防御免疫機構は、回復期にはIFN-およびIRF-1が必須であることが示唆された。CXCR3陽性細胞がC.murisの排除に直接関与しているかは今後の検討を要するが、本研究はクリプトスポリジウム症におけるIFN-に関連した防御免疫機構に新たな知見を提供した。

審査要旨

 本研究は、AIDSの致死的な合併症として重要であるクリプトスポリジウム症における防御機構の詳細を明らかにするため、IFN-およびIRF-1遺伝子欠損マウスを用いた研究を行い、下記の結果を得ている。

 1.IFN-遺伝子欠損マウス(GKO)にCryptosporidium muris(C.muris)を感染させ、オーシストの排泄パターンを調べたところ、野生型のC57BL/6、ヘテロ接合体およびGKO間の比較では、潜伏期、オーシスト数の最大値とそれを示す時期は同様であった。野生型は感染4週間以降にオーシスト排出が減少し感染から回復するが、GKOは引き続きオーシストを排出していた。したがって、IFN-が本原虫の排除に必須であることが示された。

 2.C.muris感染後の野生型マウスの胃組織には、好中球とCD4+T細胞ならびにCD8+T細胞が集積していた。原虫を排除できないGKOでも野生型と同様にCD4+T細胞が集積していたことから、回復期の感染防御にはCD4+T細胞とIFN-の共存が必要であることが示唆された。

 3.野生型におけるケモカインのMigとIP-10のmRNAは、それぞれ感染6日後と1日後より発現しており、MigやIP-10のレセプターでThl細胞に発現するといわれているCXCR3は感染13日後に発現していた。一方、GKOではIP-10の発現時期は野生型より短く、IFN-依存性であるMigの発現は認められなかった。以上のようにC.muris感染に伴う感染局所でのケモカインの発現動態が明らかになった。

 4.C.muris感染に伴い発現が認められたIP-10は、遺伝子上流のIFN stimulatory response elementを介したIFN-からのシグナル伝達のほかにIRF-1の作用を受けていることから、IRF-1欠損マウス(IRF-1 KO)を用いた実験を行った。野生型は感染4週間以降にオーシスト排出が減少し感染から回復するが、IRF-1 KOは引き続きオーシストを排出し、GKOとほぼ同様のパターンを辿った。このことから、IRF-1はC.murisの排除に必須であることが明らかになった。

 5.IRF-1 KOの感染後の胃組織では、GKOと同様に好中球とCD4+T細胞が認められ、MigとIP-10のmRNAの発現が感染9日後に認められた。GKOでIP-10が発現していることと併せて考えると、MigやIP-10が感染防御に果たす役割は低いものと考えられた。

 以上、本論文はIFN-およびIRF-1遺伝子欠損マウスの解析から、C.muris感染における回復期の防御免疫機構には、IFN-及びIRF-1が関与していることを明らかにした。MigおよびIP-10の発現動態が明らかになったが、これらが感染防御に果たす役割は低いものと考えられた。本研究ではこれまで未知に等しかった、C.muris感染におけるケモカインやIRF-1の関与を調べたことで、新たな知見を提供するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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