審査要旨 | | 本論文は,ケテン誘導体の新規反応に関する研究の成果ついて述べたものであり,6章より構成されている。 第1章は序論であり,有機合成化学におけるケテン誘導体の重要性並びにケテン誘導体の反応性と合成法について述べるとともに,本研究の目的と意義を述べている。 第2章では,ピリジニウム塩を用いた不斉Staudinger反応について述べている。即ち,安定で取扱い容易なカルボン酸から系内で直接ケテンを発生させる方法の開発を試み,種々の脱水剤のうち2-クロロ-1-メチルピリジニウム塩が極めて優れた脱水剤であり,室温で反応が円滑に進行して高収率で-ラクタムが得られることを見出している。更に,生成物には2種の立体異性体が生成する可能性があるが、シス体のみが生成することを明らかにしている。次に,本反応をエリトロ-2-アミノ-1,2-ジフェニルエタノール(ADPE)を不斉補助基として用いる光学活性-ラクタム合成に応用し,高収率,高ジアステレオ選択的に反応が進行することを明らかにし,本反応の有用性を示している。 第3章では,第2章で見出した2-クロロ-1-メチルピリジニウム塩によるケテン発生法を不斉[2+2]付加環化反応に応用した結果について述べている。まず,反応が比較的進行しやすい分子内反応に注目し,優れた不斉誘起能を示したADPEから誘導した光学活性カルボン酸を基本骨格とした基質を設計して反応を試み,目的とする不斉[2+2]分子内付加環化生成物が好ジアステレオ選択性で得られることを見出している。 第4章では,不斉Staudinger反応で有効であった光学活性オキサゾリジノン基に着目し,これを有するケテンシリルアセタールの不斉Ireland-Claisen転位反応について述べている。即ち,幾つかの光学活性オキサゾリジノン基の内でもシス-2-アミノ-3,3-ジメチル-1-インダノールから誘導したオキサゾリジノンを不斉補助基として有するエステルを基質とし,エーテル溶媒中,シリル化剤に塩化ジメチルシランを用いることにより,高選択的に反応が進行することを見出している。この高選択性は,位に不斉補助基を導入した基質のIreland-Claisen転位反応としては今までにないものであり,本反応は有機合成化学上有用な反広となるものと期待される。 [60]フラーレンは近年盛んに研究対象として取り上げられ,[60]フラーレンの求電子性に基づいた極めて多様な反応がこれまでに開発されている。一方,ケテンも高い求電子性を有していることから,ケテンと[60]フラーレンとの反応は困難のように思われる。第5章では,ケテンの極めて特異な反応性を考慮すれば[60]フラーレンとの反応も可能ではないかとの信念に基づき行ったケテンと[60]フラーレンとの反応について述べている。多くの試行錯誤の末,フェノキシケテンが[60]フラーレンと反応し何らかの生成物が得られるとを見いだし,種々の機器分析手段を駆使するにより生成物がユニークな構造を有する1/2付加体であることを明らかにしている。更に,本反応の一般性を検討し,アルコキシケテン及びアリールオキシケテンに特異的な反応であることを明らかにしている。このように,[60]フラーレンと求電子剤との新たな反応が見出されたことは,フラーレン化学にとって意義深い。 第6章では,本論文を総括するとともにケテン化学の将来展望を述べている。 以上のように,本論文では,簡便なケテン新発生法の開発,ケテンあるいはその誘導体を用いた新しい不斉合成反応の開拓,ケテンの特異な反応性を活用した新規反応の開発について述べている。その成果は,有機合成化学及び有機工業化学の発展に寄与するところ大である。 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |