抗原受容体遺伝子のV(D)J組み換えは、免疫グロブリン(Ig)遺伝子、T細胞受容体(TCR)遺伝子ともに共通の組み換えシグナル配列(RSS)および共通の組み換え酵素系を用いているにも拘わらず、その組み換えの組織および分化段階は厳密に制御されている。免疫グロブリン遺伝子の場合、その組み換えはT細胞では起こらず、B細胞のみで起こり、また分化段階に関しては、先ずproB段階で免疫グロブリン重鎖遺伝子の組み換えが起こり、その後preB段階において免疫グロブリン軽鎖遺伝子の組み換えが起こる。 当研究室ではトランスジェニックマウスを用いた実験系により、Ig 軽鎖遺伝子組み換えの組織(B/T)特異性を制御するシスエレメントを探索した(図1)。その結果、3’エンハンサー( E3’)内のPU.1結合配列が、Ig 遺伝子組み換えのB/T特異性を負に制御するシスエレメントであることを明らかにした(Cell.83,1113-)。 一方、Ig 遺伝子組み換えの分化段階(proB/preB)特異性の制御に関しては、 E3’を欠失させた組み換え基質(図1.3’-d、3’-x)で特異性が失われることから同様に E3’の関与が示唆されたが、どのシスエレメントが制御を行っているのかは明らかにされていなかった。また、B/T特異性の場合と異なりproB/preB特異性の制御では、C エキソンに E3’のみを付加させた基質(図1.3’-dE)で特異性が回復しないことから、C エキソンと E3’の間の領域に新たなシスエレメントが存在する可能性が考えられた。そこで、本研究では様々な変異あるいは欠失を導入したトランスジェニックマウスを作成し、Ig 遺伝子組み換えのproB/preB特異性を制御する E3’内のシスエレメントの塩基レベルでの同定、およびC エキソンと E3’の間の領域に存在する制御エレメントの探索を試みた。 Ig 遺伝子組み換えのproB/preB特異性を制御する E3’内のシスエレメントの同定 E3’のコア領域には、転写制御上重要なCRE結合配列、BSAP結合配列、PU.1結合配列、Pip/NF-EM5結合配列の4つシスエレメントが存在する。本研究ではコントロールの組み換え基質3’-r(図1)をもとに、これらのシスエレメントに個別に変異を導入したrmCRE、rmBSAP、rmPU.1、rmEM5の4種類の変異型組み換え基質を作成し、マウスに導入した(図2a)。これらの組み換え基質におけるproB/preB特異性の有無を検定するために、それぞれの組み換え基質を導入したトランスジェニックマウスの骨髄細胞からproB(B220+/CD43+)細胞およびpreB(B220+/CD43-)細胞をセルソーターを用いて分画した。それぞれの細胞からゲノミックDNAを調製し、V 遺伝子、J 遺伝子に対するプライマーを用いてPCR法によりV -J 組み換え産物を増幅した。増幅された組み換え産物はJ 領域をプローブとして用いサザンハイブリダイゼーションを行い検出した。その結果、全てのトランスジェニックマウスにおいて、内在性Ig 遺伝子の組み換え産物は予想通り主にpreB細胞の分画からのみ検出された(図2b)。それに対して外来性組み換え基質の組み換えは、基質rmCRE、rmBSAP、rmEM5に関しては内在性Ig 遺伝子同様、preB細胞において主に組み換え産物が検出されたが、基質rmPU.1においてはproB細胞からすでに組み換え産物が検出され、proB/preB特異性が失われていた。この結果から、PU.1結合配列(GAGGAA)がIg 遺伝子組み換えのB/T特異性のみならず、proB/preB特異性に関しても抑制的な制御を行っていることが明らかになった。 図1.これまでに作成された組み換え基質の構造と組み換えの特異性 図2 変異型組み換え基質の構造とproB/preB特異性の検定Ig 遺伝子組み換えのproB/preB特異性を制御する E3’内のシスエレメントを同定するために作成したトランスジェニック組み換え基質の構造を模式的に示す(a)。組み換え産物の増幅の際に用いたPCR primer( )および、サザンブロッティングに用いたJ probeを併せて図中に示す。また、各トランスジェニックマウスのproB細胞、preB細胞における内在性Ig 遺伝子(b)およびトランスジェニック組み換え基質(c)の組み換えの有無をPCR-サザンハイブリダイゼーションにより検出した。C エキソンと E3’の間の領域における制御エレメントの探索 C エキソンと E3’の間の領域にproB/preB特異性を制御する新たなシスエレメントが存在するか否かを検定するために、C エキソンと E3’の間の領域に約3kbずつの欠失を持った欠失型組み換え基質dA、dB、dCを作成し、マウスに導入した(図3)。これらの組み換え基質における組み換えの特異性を検定するためにV -J 結合部分におけるNヌクレオチドの有無を解析した。V(D)J組み換えではその結合部分にランダムな塩基が挿入される場合がある。このランダムな塩基の挿入はN(non-germline)ヌクレオチドと呼ばれ、TdT(terminal deoxynucleotidyl transferase)によって付加されることが知られているが、TdTはproB細胞においてのみ発現しており、preB細胞ではほとんど発現していないことから、内在性Ig 遺伝子においてはNヌクレオチドの挿入頻度は10%程度と非常に低く、また挿入されるNヌクレオチドの数もほとんどの場合1bp程度であることが知られている。組み換え基質dA、dB、dCに関して、その結合部分をPCR法によって増幅し、塩基配列を決定してNヌクレオチドの有無を解析した結果、Nヌクレオチドの挿入頻度は全て約10%程度であった。この結果は、これらの基質においてproB/preB特異性が正常に保たれていることを示している。従ってC エキソンと E3’の間の領域に第2の制御エレメントが存在するというよりは、むしろ E3’がproB/preB特異性を制御する際にC エキソンと E3’の間にある程度の物理的な距離が必要であると考えられた。 図3 欠失型組み換え基質の構造 表1 欠失型組み換え基質のV -J 結合部分におけるNヌクレオチドの検出それぞれの組み換え基質の組み換え産物を増幅し、その塩基配列を決定し、Nヌクレオチドの有無を解析した。解析したクローンの内でNヌクレオチドを持つクローンの数を、Nヌクレオチドの数(0個、1個、2個、3個)に従って示した。また、括弧内にはそれぞれのNヌクレオチドを持つクローンの頻度(%)を併せて示した。 E3’に結合する新たな因子の探索 トランスジェニックマウスを用いた解析により、T細胞、proB細胞においてPU.1結合配列に結合し、Ig 遺伝子の組み換えを抑制する因子の存在が示された。PU.1結合配列に結合する因子としてはPU.1とSpi-Bが知られており、ともにproT細胞およびproB細胞において発現が確認されているが、これらの因子はIg 遺伝子の組み換えが生じるpreB細胞においても発現しているため、これらの因子そのものが組み換えの抑制因子として機能する可能性は低い。そこで本研究では組み換えの抑制因子として E3’のPU.1結合配列近傍に結合する新たな因子の存在を想定し、そのような因子をSouth Western法により探索した。その結果、 E3’のコア領域に結合する新たな因子をコードする遺伝子を単離することに成功した。in vitro translationにより、得られた遺伝子のコードするタンパク質を合成し、ゲルシフト法による解析を行った結果、この因子は E3’内のBSAP結合配列に対して特異的に結合することが明らかになり、BMBP(BSAP motif binding protein)と命名した。BMBPのリンパ球における発現をRT-PCR法により解析した結果、B細胞では分化の進んだ段階(splenic B)において、T細胞では未分化な段階(CD3loT)においてのみ発現が認められた(図4)。BSAP結合配列に結合する既知の因子BSAPはB細胞の全ての分化段階で発現が認められており、BMBPはBSAPとは異なる、分化段階特異的な興味深い発現パターンを示すことが明らかになった。BMBPの生理的機能を調べるために、ノックアウトマウスの作成などを現在行っている。 図4 RT-PCRによるBMBPの発現解析 |