本論文はアクチンN末端のアセチル化の機能について述べられている。 これまでに研究されてきたすべてのアクチンはN末端がアセチル化されている。この反応の経路についてはよく研究されてきた。これらの研究からアクチン特異的な酵素の関与が明らかになるなど、N末端のアセチル化がアクチン特異的な因子で実現することが分かってきている。これらのことはアクチンのN末端アセチル化がアクチンの機能上、重要であることを示唆している。しかし、その機能上の重要性はほとんど不明のままである。 一方、これまでの研究からアクチンN末端アミノ酸残基1-4に存在する負電荷アミノ酸残基がアクトミオシンの機能に重要であることが分かっている。N末端のアセチル化はN末端アミノ基のもつ正電荷を取り除くことで、アクチシN末端における実質的な負電荷の数を増やすことから、アクトミオシンの機能に関与している可能性がある。 この可能性を検証するために、論文提出者は本研究において、N末端がアセチル化されていないアクチン(非アセチル化アクチン)を発現・精製し、生化学的な特性を野生型と比較した。非アセチル化アクチンの調製は、N末端に遺伝子工学的にヒスチジンタグとfactor Xaの認識配列(-Ile-Glu-Gly-Arg-)とを付加したDictyostelium actinをニッケルカラムで分離した後、factor Xaを作用させることにより行った。こうして調製したアクチンのN末端はブロックされていないアミノ基を持っており、非アセチル化アクチンと同等である。 こうして得られた非アセチル化アクチンは重合条件下(100mM K+,5mM Mg2+)では重合し、脱重合条件下(0.2mM Ca2+)では脱重合した。ネガティブ染色を利用した電子顕微鏡観察により、非アセチル化アクチンは重合条件下で正常なフィラメントを形成することが明らかになった。アクチンの内在蛍光(励起:300nm、発光:335nm)が重合に伴い減少をすることを利用して、重合の時間経過を追った結果、野生型アクチンと比較して、非アセチル化アクチンの核形成速度に変化はなかったが、伸長速度は1.5倍になった。このことはアクチンのN末端アセチル化がアクチンフィラメントの伸長に小さな影響を与えることを示している。 超遠心を利用した共沈法により、ヘビーメロミオシン(HMM)はATP非存在下、非アセチル化アクチンフィラメントと共沈した。このことは、非アセチル化アクチンがATP非存在下、ミオシンと強く結合することを示している。 非アセチル化アクチンはHMMのATPaseを活性化した。野生型アクチンと比較したところ、Vmaxに変化はみられなかったが、Kappは3.6倍になった。この結果は、アクチンのN末端アセチル化がアクチン・ミオシン間の弱い相互作用を強めるという独自で重要な役割を果たしていることを表している。 In vitro motility assayにおいて、野生型・非アセチル化両アクチンはATPの非存在下、HMMに強く結合した。このことは、非アセチル化アクチンがATP非存在下、ミオシンと強く結合することを示している。一方、ATPの存在下では、メチルセルロースを加えなかった場合、野生型アクチンは滑った。しかし、非アセチル化アクチンはHMMから離れ、拡散し、滑らなかった。ATP存在下、メチルセルロースを加えた場合、野生型アクチンは滑ったが、非アセチル化アクチンは拡散しやすかった。それでも、少数、滑るフィラメントが観察された。非アセチル化アクチンでは野生型アクチンに比べ、滑り速度が0.72倍に低下していた。これらのことは、非アセチル化アクチシではATP存在下でのアクチン・ミオシン間の弱い相互作用が弱まっているが、ミオシンとの間で滑り運動をする能力は残っていることを示している。 なお、本論文は、若林健之、安永卓生、佐伯喜美子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、アイデアを案出し、分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |