学位論文要旨



No 114982
著者(漢字) 山口,尚秀
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,タカヒデ
標題(和) 微小ジョセフソン接合2次元配列の電気伝導
標題(洋) Transport Properties of Two-Dimensional Small-Josephson-Junction Arrays
報告番号 114982
報告番号 甲14982
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3746号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家,泰弘
 東京大学 教授 塚田,捷
 東京大学 教授 石本,英彦
 東京大学 助教授 河野,公俊
 東京大学 助教授 長谷川,修司
内容要旨

 超伝導体の島状電極がまわりの島状電極とうすい絶縁体をはさんで結合しているジョセフソン接合の2次元配列は、量子相転移やトポロジカル転移といった特異な相転移がおこりうる系として注目を集めてきた。

 量子相転移は、通常の熱的ゆらぎによる相転移とは異なり、温度0の極限において量子力学的なゆらぎによって生ずる転移である。2次元接合配列の状態は、各島状電極の超伝導の位相i、または余剰クーパー対の数niによって表すことができる。(iは島状電極の座標)このiとniは交換関係[ni,i]=iをみたす量子力学的な変数であり、一方の量子ゆらぎが小さければもう一方が大きくゆらぐ。接合面積が比較的大きい場合、iが良い量子数となり、ジョセフソン結合エネルギー-EJcos(i-j)(i,jは隣り合った島状電極の座標)によって各島状電極は同じ位相をとろうとする。このためT=0では位相iの秩序状態となり、2次元配列に電圧0で超伝導電流が流れうる。一方、接合面積が非常に小さい(接合の静電容量Cが非常に小さい)場合には、帯電効果によってクーパー対のトンネルが抑制される。すなわちniのゆらぎが抑えられ、iが大きくゆらぐ。このiの量子ゆらぎによって、EJ/EC(EC≡e2/2C:帯電エネルギー)が臨界値より小さくなると、2次元配列は超伝導体から絶縁体に転移(SI転移)すると予想されている(図1の中の矢印A)。さらに、各接合に並列にシャント抵抗RSがついている場合、その値の逆数が巨視的変数iの量子力学的運動に対する"摩擦"の大きさをあらわす。たとえEJ/ECの値が小さくても、この摩擦が大きくなるとiの量子ゆらぎは抑えられ、再び超伝導体に転移すると予想されている(図1の中の矢印B)。これらのSI転移は"量子相転移"、"巨視的量子現象に対する摩擦の効果"という非常に興味深い物理を含み、多くの理論家によって調べられてきた。上述のSI転移を温度T=0におけるEJ/EC-RQ/RS平面上(RQ≡h/4e2=6.45k:量子抵抗)の相図として表すと、図1のようになる。しかし試料作製技術の困難さから、シャント抵抗を付加した微小接合配列の実験は例がない。そのため、今までに実験で調べられたのは、図1のなかでRQ/RS=0の軸上(シャント抵抗なしの配列)だけである。

図1 理論的に予想されているシャント抵抗付き2次元配列のT=0における相図。(RQ≡h/4e2=6.45k)

 われわれは、電子線リソグラフィーと斜め蒸着の方法を用いて、各微小ジョセフソン接合(Al-AlOx-Al〜0.01m2)に常伝導の抵抗体(Cr細線、幅〜0.1m、長さ〜1m,3m,6m,8m)を付けた配列の作製を試みた。(図2)途中で真空を破らずに接合電極と抵抗体を連続して蒸着し、両者の電気的接触を良くした。さらに、シャント付き2次元配列の複雑な描画パターンをコンピューターによって自動生成できるようにし、随時パターンの変更を加えながら電子線露光などの条件出しを繰り返した。こうしてEJ/EC-RQ/RS平面においてSI転移の臨界値近くのパラメータをもった配列を系統的に作製することに成功した。長さの異なるCr抵抗付き配列と、またCr抵抗を付けていない配列を同一基板上に作製することで、ECとEJは等しく、シャント抵抗RS(すなわち摩擦の強さ)だけが異なる配列の組を得ることができた。このような配列の組を、EC/EJの値を変えて4組作製した。

図2 各接合にシャント抵抗を付加した微小ジョセフソン接合2次元配列。(〜8mのシャント抵抗のもの。)

 希釈冷凍機で40mK程度まで冷却し電気伝導をしらべた結果、EJ/ECの値は同じでも、シャント抵抗値が高い配列(接合のみの配列も含む)ではゼロバイアス抵抗R0が温度をさげるとともに上昇する(絶縁体的)のに対し、シャント抵抗値が低い配列では抵抗が下がること(超伝導的)を見出した。(図3)同様の違いは低温におけるIV特性においても確認され、低バイアスにおいてクーロンブロッケード的な場合とジョセフソン電流的な場合がみられた。このRSの違いだけによる大きな特性の変化は、摩擦によるSI転移を明確に示している。

 この転移のRSの臨界値はEJ/ECの値に依存した。dR0(T)/dTの低温での符号とIV特性から導いたT→0におけるEJ/EC-RQ/RS平面の相図を図4に示す。黒丸は絶縁体、白丸は超伝導体をあらわす。シャント抵抗をつけていない配列(RQ/RS=0)においてはSI転移の境界は0.23<(EJ/EC)cr<0.84にあり、これは以前のL.J.Geerligsらの実験結果(EJ/EC)cr〜0.67や、また理論の予想(EJ/EC)cr1と矛盾しない。一方、シャント抵抗を付加することによって超伝導領域が拡大し、0.369<RQ/RS<0.542において(EJ/EC)cr=0になっていることがわかる。M.P.A.Fisherは接合容量Cが島状電極の自己容量C0よりずっと大きく、また各接合にオーミックなシャント抵抗がついているd次元配列における相図をくりこみ群をもちいて求めた。彼の理論によると2次元配列において、(EJ/EC)crはRQ/RSとともに小さくなる。また、EJ/EC→0におけるSI転移の境界はRQ/RS=1/d.すなわち2次元では0.5にある。(図1)これら彼の理論は本実験をよく説明する。以上のようにわれわれは、2次元配列における摩擦によるSI転移をはじめて明瞭に確認し、またそれと量子ゆらぎ(EJ/ECの大きさ)によるSI転移との関係を明らかにした。

 シャント抵抗をつけていない配列においては、低バイアス部分にDCジョセフソン電流のような抵抗の低い領域がある。(絶縁体的な配列では、それよりさらに低バイアス部分にクーロンギャップが見える。)しかしこのDCジョセフソン電流のように見える部分の最大値は、Ambegaokar-Baratoffの式を使ってEJから得られる古典的なDCジョセフソン電流の臨界値ICよりずっと小さい。(〜3%以下)一方、シャント抵抗をつけた配列では、個々の接合の臨界電流をあらわすと考えられる電流値が、RSが小さくなるほど増大し、EJ/EC=0.84、RS=0.8kの配列ではICの50%近くまで回復した。"微小"接合系において、"摩擦"によるこのような臨界電流の大きな回復は注目すべきものだとわれわれは考える。

 さらに,垂直な磁場によるSI転移が、どのようなEJ/EC,RSの値をもつ配列において起こるかを調べた。RQ/RS>0.53の配列については垂直磁場によってSI転移は起こらなかった。それに対し、RQ/RS0.53でかつ磁場0で超伝導的なふるまいをするものでは、磁場によって周期的に超伝導体から絶縁体への転移がみられた。S.Teitelの計算によると垂直磁場によってEJは周期的に実効的に〜0.6EJまで減少すると考えられる。これによりRS/RQ<0.5でかつ臨界値より少し大きなEJ/ECをもつ配列は超伝導相から絶縁体相の領域に入ることができるが,RS/RQ>0.5には絶縁相がないため転移がおこらないとして、実験結果を定性的に説明することができる。図4における各点から下に伸びる線がEJの磁場による実効的な変化に対応し、白から黒への変化がSI転移を表す。

図表図3 シャント抵抗の異なる4つの配列のゼロバイアス抵抗の温度依存性。どの配列もEJ/EC=0.13。RS→∞はシャント抵抗をつけていない配列を表す。 / 図4 シャント抵抗を付加したジョセフソン接合2次元配列の温度0における相図。丸から下に伸びる線は磁場によるEJの実効的な減少を示す。

 以上のように、シャント抵抗を付加した微小ジョセフソン接合2次元配列の電気伝導を調べ、次の結果を得た。

 (1)摩擦によるSI転移をはじめて明確に確認し、さらにT=0のEJ/EC-RQ/RS平面における相図を得た。理論的な予想はこれをよく説明する。とくにEJ/EC→0においてRQ/RSの臨界値が0.5付近になることを確認した。

 (2)どのような値のEJ/EC,RSをもつ配列において磁場によるSI転移が起こるかを調べた。その結果は磁場によるEJの実効的な減少と理論的な相図から説明できる。

 (3)シャントを付けていない配列では量子ゆらぎによって抑圧されている臨界電流が、シャント抵抗をつけた配列では大きく回復した。

 上記の量子相転移はT→0における転移であるが、2次元配列は熱的ゆらぎによっても特異な相転移("トポロジカル"転移)をおこす。EJ/EC<<1(かつRQ/RS<<1)の場合には、niが良い量子数となり、系は2次元クーロンガス(正負の電荷が距離の対数に比例するようなポテンシャルで長距離相互作用をする系)として記述され、電荷対の解離によるKosterlitz-Thouless(KT)転移が起こると予想される。この転移については神田らによってその前駆現象とみられる現象が報告されているだけで、電荷間の長距離クーロン相互作用の影響はみられないと主張しているグループもあった。われわれは、接合の性質は等しいが形状の異なる配列を作り、その電気伝導を比較することで、長距離クーロン相互作用が伝導に寄与しており電荷KT転移の描像で実験結果が説明できることを見出した。具体的には、幅が狭い配列ほど、また配列中の接合を欠落させる割合を増すほど、温度を下げるとともに配列の抵抗がより急激に上昇した。これらの結果は、長距離相互作用の強さが、幅が狭いほど、また接合を抜くほど強くなるという簡単に導かれる予想と一致し、KT転移の描像で説明できる。たとえば幅が狭いほど正負の電荷が対になりやすく(対は電場に反応しない)、低温にするにしたがって抵抗がより急激に上昇するのである。

 以上のように本研究では、微小ジョセフソン接合2次元配列における量子ゆらぎ、摩擦、磁場、長距離クーロン相互作用の関わる相転移現象について実験し、多くの知見を得ることができた。

審査要旨

 本論文は微小ジョセフソン接合を2次元的に配列した系における超伝導絶縁体転移に関する研究をまとめたもので,5つの章からなる.序章に続いて,第2章で本研究の背景となる関連分野のこれまでの研究および理論的基礎を概観している.第3章と第4章が本論文の中核をなしている.第3章では,シャント抵抗を付加したジョセフソン接合アレイにおける超伝導絶縁体転移の実験が述べられ,量子相転移における摩擦(エネルギー散逸)の効果が議論されている.第4章では,有限温度における熱ゆらぎによる転移の問題に関して,特に長距離クーロン相互作用が重要な役割を果たす電荷KT転移の描像が成立することを主張している.最後の第5章に本研究のまとめが述べられている.

 微小な接合容量Cをもつトンネル接合では,電子が接合の一方から他方にトンネルしたときの1電子帯電エネルギーEC=e2/2Cが重要な役割を果たし,クーロン・ブロッケードと呼ばれるトンネルの抑制効果が起こることが知られている.微小超伝導トンネル接合(ジョセフソン接合)では,この帯電エネルギーECとジョセフソン結合エネルギーEJcosとの兼ね合いで系の振る舞いが決まる.EJ>>ECのときは接合を挟む2つの超伝導体の位相差がゼロの状態が安定となり,超伝導電流が流れる.位相差とクーパー対の数とは互いに正準共役な関係にあり不確定性関係が成り立つため,位相差が確定した状態(超伝導状態)はクーパー対の数のゆらぎが大きい.それに対してEJ<<ECのときは,クーロン・ブロッケード効果によってクーパー対の数のゆらぎが抑えられるため,位相のゆらぎが大きくなり,系は絶縁体的振る舞いを示す.位相を量子力学的変数とみなすと,系の振る舞いはジョセフソン結合エネルギーが与える洗濯板ポテンシャル中の質点の運動に対応する.EJ/EC>>1で質点がポテンシャルの谷に局在した状態が超伝導,EJ/EC<<1の非局在状態が絶縁体に対応する.この超伝導絶縁体転移(SI転移)はパラメターEJ/ECによって惹き起こされる量子相転移の一種である.

 接合に並列にシャント抵抗を付加すると,それは位相変数の量子力学的運動に対する摩擦の役割を果たす.量子抵抗RQ=h/4e2=6.8kとシャント抵抗RSとの比RQ/RSが摩擦の大きさを表すパラメターとなる.先に述べたEJ/EC<<1の絶縁体状態でも,摩擦を大きくしてゆくと位相変数のゆらぎが抑えられて超伝導が復活することが予想される.このような物理的描像をもとに,単一ジョセフソン接合および接合列について理論的な相図が提案されていた.これに対して実験的には,(シャント抵抗のない)2次元ジョセフソン接合列におけるSI転移や単一接合におけるシャント抵抗の効果についての研究は既に行われていたが,シャント抵抗を付加した2次元ジョセフソン接合列についての実験は未開拓であった.本研究ではこの問題に関して系統的な研究を行った.

 電子線描画と斜め蒸着の手法を用いて,微小ジョセフソン接合(Al/Al2O3/Al:接合面積〜0.01m2に並列シャント抵抗(Cr細線)を付加したものの2次元配列を作製した.シャント抵抗であるCr細線の長さの異なるいくつかの試料およびとシャント抵抗なしの試料を同一基板上に同時作製することで,データの信頼性を格段に向上させることに成功している.このような組をEJ/ECの値を変えて4組作製し,それらについて低温での電気抵抗および電流電圧特性の測定からSI転移の全体像を調べた.

 (1)シャント抵抗のない系でのSI転移境界が0.23<(EJ/EC)cr<0.84にあることが見出された.これは以前に報告されている実験結果や理論の予想と矛盾しない結果である.

 (2)シャント抵抗の付加によって(EJ/EC)crの値は減少し,0.369<(RQ/RS)<0.542の範囲にある(RQ/RS)crにおいて(EJ/EC)cr=0となる.

 (3)弱い垂直磁場をかけると,接合列の単位胞あたりの磁束量子の数f(フラストレーションパラメター)によって位相の関係が変化するため,実効的にEJの値を下げる効果がある.このことを利用して1つの試料でEJ/ECの値をある範囲にわたって変化させることで,SI転移の様子をさらに詳しく調べることができる.相境界付近に位置する試料では,磁場によるEJ/ECの変化によるSI転移が観測された.

 (4)以上のような一連の測定から求められた(EJ/EC)-(RQ/RS)平面上の相図は理論的予測と良く一致している.

 (5)超伝導的振る舞いを見せる試料の電流電圧特性のゼロバイアス付近はジョセフソン電流的な振る舞いを見せるが,その最大値はAmbegaoker-Baratoffの式から予想される臨界電流値Icに比べて非常に小さい(〜0.3%).シャント抵抗を付加した系ではIcの50%程度まで回復することが見出された.

 以上が本研究の主要な成果であるが,この他に有限温度における相転移についても研究を行っている.有限温度における相転移については,電荷対の解離による電荷KT(Kosterlitz-Thouless)転移の描像が提案され,その前駆現象的な抵抗の温度依存性が報告されているが,電荷間の長距離クーロン相互作用の効果が見られないと主張するグループもあり,明確な結論が得られていなかった.本研究では個々の接合の性質を一定に保ったまま,配列の形状が異なる一連の試料を作製し,それらの電気伝導を比較した.実験結果は,長距離クーロン相互作用の効果の重要性を示唆するものであり,電荷KT転移の描像を支持するものである.

 本研究では2次元ジョセフソン接合列におけるSI転移に関して「位相の量子ゆらぎによる相転移」と「摩擦による相転移」という2つの側面を系統的に示すことに成功したもので,この分野における重要な寄与をなしたものと認められる.なお,本論文の中核をなす研究内容は指導教官らとの共著論文として学術誌に印刷公表されているが,実験の遂行および結果の解析の大部分は論文提出者が主体となって行ったものと判断される.

 以上のことから,本論文は博士(理学)の学位授与に値するものと認める.

UTokyo Repositoryリンク