学位論文要旨



No 114804
著者(漢字) 金,勲
著者(英字)
著者(カナ) キム,フン
標題(和) 量子トラップサイトを有するn-AlGaAs/GaAsヘテロ接合FETにおける伝導特性と単一電子蓄積効果に関する研究
標題(洋) Transport Characteristics and Single-Electron Storage Effects in n-AlGaAs/GaAs Heterojunction FETs with Embedded Quantum Trap Sites
報告番号 114804
報告番号 甲14804
学位授与日 1999.11.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4557号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 高橋,琢二
内容要旨 1

 電子デバイスの微細化は、半導体作製技術の急速な立ち上がりに伴い、電子をドブロイ波長と同程度のサイズの領域に閉じ込めることを実現させ、様々な新機能素子への応用を可能としている。本研究では低次元の電子系を用いた量子トラップメモリ素子の動作機構の解明や実用化を向けた室温動作の実現を目的とする。実験としては集束イオンビーム注入法を用い、高速電子電界トランジスタ(HEMT)構造にナノスケールのビームを入射することによって低次元の伝導電子チャネルを形成すると同時に注入時に発生する欠陥をトラップサイトに使用することを試みた。形成されたトラップ準位はシングルレベルとして存在し、チャージング効果が従来のリソグラフィ法で作られたものと比べると非常に大きいと言える。また、動作機構の確立のためにInAs量子ドットメモリ構造も作製し伝導特性の比較を行った。トラップサイトとして、Ga-FIB注入により形成されたシングルトラップレベルとMBEで成長した自己形成InAsドットを用い、それらの伝導特性および単一電子蓄積効果について詳細に調べた。

 本論文の構成は以下の通りである。第2章では、Ga集束イオンビーム法を用いたナノ構造の作製について、エッチング法と注入法でそれぞれ作った例をいくつか上げた後、主に注入法を用いた素子において、2次元電子ガスチャネルの閉じ込め効果や局在状態を調べるために、チャネル幅依存性や温度依存性などの伝導特性に関して述べる。第3章では、Ga-FIB注入で作製したFET構造をゲートバイアス依存性などで、電子トラップ過程とメモリ効果について得られた結果を述べる。第4章では、電子の捕獲過程とメモリ効果において、トラップサイトの分布や種類の違いを調べるために、InAs量子ドットをチャネル近傍に埋め込んだ構造の電気伝導と電流のヒステリシス特性について述べる。第5章では、第3章と第4章で示した結果を比較し、構造による単一電子蓄積効果の最適化や考察について述べる。第6章は結論である。以下本稿では論文の主要な部分である第2章から第5章までの要旨を述べる。

2Ga-FIB法を用いたナノ構造の作製とその伝導特性

 この章ではGa集束イオン注入法を用いた伝導チャネルの低次元化の実現と欠陥などの残留ポテンシャルが伝導特性に及ぼす影響を調べることを目的とし、チャンネル幅や温度依存性などの伝導特性の変化について調べた。また、この不純物の影響による伝導電子の局在効果において、主に単電子効果の観点から調べた。図1に作製したデバイスのSEM像を示す。2次元電子ガス層を含んだFETに集束Gaイオンを描画した構造である。その伝導特性を図2にドレイン電流のゲート電圧依存性について示す。明瞭な電流の振動が観測され、ゲートバイアスによって電子のトンネリングが制御されることが分かる。Vg=0V付近では、co-tunnelingのような大きいピークとピークのスプリット現象が見られ、ゲートバイアスの増加と共に局在状態のカップリングが一つの原因と考えられる。また、電流振動のピーク間隔が約60mVであることより、電子がトンネリングに関与する最小の局在アイランドのキャパシタンスは約2.7aFと見積もられる。

図表図1 作製したデバイスのSEM像 / 図2 電流振動特性

 Gaイオンビーム注入法を用いた低次元チャネルの形成において、主にイオンが注入された部分は高抵抗化し注入されてないところは閉じ込められるという性質を確認しており、それを応用したデバイスとその電子物性について調べた。特に、微小領域へのイオン注入法は、注入条件(加速電圧、ドーズ量)とポスト熱処理の違いによって基板の電気的性質は敏感に変化すると推測される。これは、注入されたイオンや格子の乱れの状態が変わり、伝導特性に大きく影饗することが原因であると考えられる。これらの特性を用いて単電子トランジスタの動作を確認することによって、ナノ構造作製の手法として新たな概念の素子を作製することができた。

3局在準位を介する単一電子メモリ効果

 FIB描画によって人為的に作られたトラップサイトにおける電子状態を選択的に書き込み読み出しすることでメモリデバイスへの応用を試みた。以下、直・交流特性よりしきい値の変動による電流のヒステリシス効果とその電子捕獲機構について調べた。電流のヒステリシス幅の変化が最大のゲート電圧の値を増加させることによって、あるステップの幅を持ちながら増加することが分かる。図3にしきい値変化のゲート電圧依存性について示す。これは、ゲート電圧によってトラップサイトに電子が捕獲される時、規則的なエネルギーで制御された結果であると考えられる。この電子捕獲機構は、図4に示すようにトラップサイトがゲートとチャネルにわたって分布しており、ゲートバイアスをかけることによりチャネルの電子が離散的に捕獲されることが読み取れる。さらに、この単電子メモリ素子は室温で1時間以上の記憶保持特性を維持していることが分かった。

図表図3 しきい値のゲート依存性 / 図4 電子捕獲機構のバンド図 / 図5 記憶保持時間特性

 このようにGa-FIB注入法を使って作製したメモリ素子は、数少ない電荷の有無を敏感にセンシングする低次元のチャネルとシングルトラップサイトを同時に形成することが可能であるメリットを持つ。また、この方法は高密度の素子を作製できる特徴と高温で安定に動作することが長所と言える。

4InAs量子ドットを介する伝導特性と単一電子メモリ効果

 本章では横型トラップサイトであるInAs量子ドットをチャネル近傍に埋め込んだ構造を使って、伝導特性や電子捕獲機構について調べた。特に、ドットの形状などの違いにより、ゲートへのリーク成分がドットの初期状態の変化やしきい値変動に及ぼす影響についても調べた。図6にデバイスの構造とバンド図を示す。この構造は高速二次元電子チャネルの近傍に0次元電子のトラップサイトを挿入し、表面ゲート電圧によって、ドット内に一つの電子やホールを出しいれさせるという概念の量子ドット電界効果トランジスタ(QD-FET)である。

 量子ドットの電子占有状態をゲートの初期値を変えることによって、電流のヒステリシス特性を制御することができた。さらに、ドットの形状依存性より、トラップされた電子をゲート側に放出することによってヒステリシスの方向を変えることも可能になった。その結果を図7に示す。ゲート電圧の初期値を変えることによってしきい値シフトの方向依存性が反転していることが分かる。

図表図6 デバイスの構造とバンド図 / 図7 電流ヒステリシス特性
5量子トラップサイトの違いによるトラッピング機構の比較

 この章では、異なる電子状態を保つ量子トラップサイトの分布や構造などがしきい値の変化特性とメモリ動作の全般に関わる特徴の違いについて調べた。まず、縦型の場合は単電子効果の温度特性が非常に良く、書き込み消去時間が早いことが分かった。反面、トラップサイトが比較的にチャネルから遠いところに存在する横型は、捕獲された電子の消去が困難であり、これを解決するためにはチャネルとドット間の距離を変えながら特性を評価する必要性がある。さらに、ドットはサイズなどの分布があるので、理想的に電子が同時にすべてのドットにトラップされる確率は低い。したがって、第3章で示したゲートバイアス増加によるしきい値変動の量子化などの現象は起こりにくい。また、電子捕獲の状態を感知するチャネルが2次元なので感度が低く伝導特性自体に単電子捕獲現象を明瞭に観測するのは難しい。しかし、トラップサイトの明確なエネルギーレベルが推測でき、数やサイズなどの制御が欠陥などによって作られるトラップサイトと比べて比較的簡単にできることは非常に魅力的である。

 このようにトラップサイトの種類や分布の違いによる特性変化を調べることによって、メモリ素子の品質向上に寄与するだけでなく、新しいデバイスへの応用も考えられる。これらの知見は、単電子メモリデバイスの可能性をさらに開くだけでなく、低次元電子物性を研究するための基礎研究の対象となる可能性も示している。

6結言

 研究の結果、Ga-FIB注入により伝導チャネルの低次元化に成功し、その伝導特性から、有効チャネル幅が狭くなるに連れて伝導電子の局在化が起こり、それを通した単電子効果が発生することが分かった。また、トラップサイトの分布が異なるInAs量子ドットを用いた場合は、一回の電子捕獲が行われると、低温では書き込み消去ができなく、ドットの形状依存性によるリーク成分がしきい値シフトの方向を決めるという結果を得た。特に、トラップサイトの分布や形状の違いで、電子捕獲機構と単一電子蓄積特性が大きく変化することが分かった。このような研究より、単電子効果を用いたメモリ動作や低次元電子系の物性に関して新たな知見を得ることができた。

審査要旨

 電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor:FET)は、増幅・演算・記憶用の素子として、エレクトロニクスで不可欠の役割を果たしている。このFETの記憶機能を高める試みとして、電子伝導層(チャネル)の近傍に、電子を捕獲する機能を持つ量子箱(ドット)構造や結晶欠陥を意図的に導入した素子構造に関する研究が、近年活発化している。本論文では、(n-AlGaAs/GaAs)ヘテロ構造を用いたFET構造を対象として、チャネルの近傍にGaイオンの注入やInAsナノ結晶(量子箱)の成長などにより電子を捕獲する機能を持つトラップ領域を導入した素子構造について、電子の伝導特性と蓄積効果を調べた研究が記されている。本論文は"Transport characteristics and single-electron storageeffects in n-AlGaAs/GaAs heterojunction FETs with embedded quantum trap sites"(量子トラップサイトを有するn-AlGaAs/GaAsヘテロ接合FETにおける伝導特性と単一電子蓄積効果に関する研究)と題して英文で記されており、6章よりなっている。

 第1章は「序論」であって、本研究の背景と目的を記している。

 第2章では、n-AlGaAs/GaAsヘテロ接合を用いたFETの伝導チャネルに、集束したGaイオンを高濃度かつ線状に注入し、一対のくさび状の高抵抗層を設けることで、長さ5m程の電流経路の実効幅W*を縮めたFET試料を形成し、その電子伝導特性を、試料の寸法、温度、電極に加える電圧などの関数として調べた研究について記している。特に、注入したGaイオンとそれの作る欠陥が空間的に拡がる上に、電子の空乏効果も作用するため、くさび対の名目上の距離Wがlmになると、低温での電流路の実効幅W*は零となり、ソースとドレイン間の電圧Vdを一定以上に設定しない限り伝導の生じないクーロンブロック的な傾向を示すことを見出している。さらに、この非線型伝導特性は、ゲートに加える電圧Vgに強く依存し、特定の電圧領域では振動的に増減することを見出し、それらの伝導特性は、チャネル内に電子を局在させる量子箱的な領域が、集束Gaイオン注入によって形成されるために生じている可能性の高いことを指摘している。

 第3章では、n-AlGaAs/GaAsヘテロ接合FETのチャネルにGaイオンを局所的に注入し、伝導路の(名目上の)幅Wと長さLを共に1mに絞り込んだFET素子を対象として、ゲート電圧Vgで制御可能なメモリー効果を見出すとともに、そのメカニズムを明らかにするための研究について記している。まず、このメモリー効果は、散乱Gaイオンの作用でゲートとチャネルの間に導入される局在準位によって、チャネル内の電子が捕縛されるため、FETのしきい値Vthを正方向にシフトさせることで生じることを示している。さらに、チャネル伝導率のヒステレシス幅Vthは、試料温度の増加と共に減るものの室温でも維持されること、シフト量Vthは印加したゲート電圧Vgの最大値を増すにつれて階段的に増大する特性を持ち、局在準位への電子の流入に単電子効果が影響している可能性のあることなどを示している。さらに、この素子のゲート電極とソース電極(およびチャネル)間の容量CgsとコンダクタンスGgsを、電圧Vgや周波数fの関数として調べ、素子内の電子の局所的な流れや損失機構を推定する上で有効な知見を提供している。

 第4章では、n-AlGaAs上にGaAsを堆積して形成した逆ヘテロ構造FETにおいて、界面にできる伝導チャネルと表面に設けたゲート電極の間に、InAsからなる自己形成量子箱を挿入した場合に得られる様々なメモリー特性に関する研究が記されている。特に、ゲート電圧の走査方法を工夫すると、空の量子箱に伝導路の電子を一個ずつ注入でき、FETのしきい値Vthを正方向にシフトさせることが可能となるだけでなく、電子で充満した量子箱から電子をゲート方向に流出させることで、逆方向のシフトも起こし得ることを見出している。さらに量子箱への電子の流入・流出プロセスに検討を加えて、量子箱を空のままに保つ条件や、充満したままに保つ条件の存在することを示し、バイアス電圧の加え方に加えて、量子箱の形状や密度の適切な設定により、メモリー動作が様々な形で制御できることを指摘している。

 第5章では、3章と4章で論じた2種のメモリー素子について、量子箱などの局在準位とチャネルやゲート電極との間の電子の授受を解明するために行った研究について記している。特に、ゲートとソース間のコンダクタンスGgsや容量Cgsを、様々なバイアス電圧において周波数の関数として計測・解析することにより、チャネルから量子箱などの局在準位への流入過程、チャネル内の電流による損失過程、チャネルとゲートとの間の電子電流などの成分を分離して検出できるため、メモリー素子のトラップおよび保持機構に新知見の得られることを示している。

 第6章は結論であり、本研究で得られた量子的なトラップサイトを活用しヘテロFETのメモリー機能に関する主要な知見について纏めている。

 以上これを要するに、本論文は、量子箱や点欠陥で捕縛した電子の有無を利用した次世代メモリーの可能性を探るために、n-AlGaAs/GaAsヘテロ接合FETを対象に、チャネルとチャネル近傍の局在準位間の電子の授受の機構とその制御可能性を明かにしたものであって、先端学際工学に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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