ヒトの染色体の不安定化を伴う遺伝性疾患としてブルーム症候群、ウェルナー症候群、ナイミーヘン症候群等が知られており、これらの染色体不安定化はときとして非相同的組換えによって引き起こされる。非相同的組換えとは、相同性がない、もしくは短い相同性しか有しないDNA間で起こる組換えのことであり、その結果DNAの欠失、挿入、染色体の転座といった現象を引き起こし、このため、さまざまな疾患をもたらす。非相同的組換えの機構についてはまだ不明な点が多く、この機構を解明することで、ヒトの染色体の不安定化のメカニズムを明らかにすることができるものと期待できる。本研究では、遺伝学的知見も豊富でかつ、扱いも簡便な大腸菌を用いて、非相同的組換え機構の解析を行った。 まず、非相同的組換えを定性的かつ、定量的に検出できる系を開発した。mini-Fプラスミド上の欠失変異を薬剤耐性の青いコロニーとして検出することができ、このとき回収したプラスミドの構造の解析から、組換え部位にはほとんど相同性が見られなかった。よって、今回の系で検出した欠失は非相同的組換えによって引き起こされていることが確認された。そこで、非相同的組換えに関わる因子を明らかにするために、さまざまな変異株を用いアッセイを行い、以下のことを明らかにした。 第一に、sbcB変異株で組換え頻度が上昇することを見出した。sbcB遺伝子産物は3’-5’一本鎖DNAエキソヌクレアーゼであり、このエキソヌクレアーゼが、非相同的組換えを抑制することを示した。 第二に、5’-3’二重鎖DNAエキソヌクレアーゼを発現させる変異(sbcA)により、組換え頻度が上昇することを見出した。このことから、3’末端側の一本鎖DNAが突出したDNA構造は、非常に非相同的組換え反応が起こりやすいことが示唆された。 第三に、sbcA変異により上昇した組換え頻度が、SbcB蛋白質の供給により、抑制されることを見出した。このことは、3’-5’エキソヌクレアーゼが、3’末端側の一本鎖DNAが突出したDNA構造の一本鎖DNA部分を消化することにより、非相同的組換えが抑制されることを示している。 第四に、sbcD変異により組換え頻度が低下することを見出した。さらに、野生株においてDNAパリンドローム上に組換え部位を持つ組換え体の割合が、sbcD変異株では低下することが示された。SbcD蛋白質がパリンドロームを介して非相同的組換えを促進することが明らかになった。そしてSbcDがパリンドロームに切断を入れることにより非相同的組換えを誘起するという、新しいモデルを提唱した。 近年の研究から、染色体の不安定化を示すヒトの遺伝性疾患であるウェルナー症候群の原因蛋白質WRNが、ヘリケース活性に加えて3’-5’エキソヌクレアーゼ活性を有すること、さらに癌抑制遺伝子p53にも3’-5’エキソヌクレアーゼ活性があり、p53の変異により、非相同的組換えを伴った転座を引き起こすことが報告された。しかし、3’-5’エキソヌクレアーゼの寄与については不明であった。今回の研究は、3’-5’エキソヌクレアーゼの欠損により、実際に非相同的組換えによる欠失が引き起こされることを初めて明らかにしたものであり、ヒト細胞における染色体の不安定性の原因を探る上で、その意義が大きい。さらにsbcD遺伝子はヒトのMRE11のホモログでもあり、染色体不安定化を示すナイミーヘン症候群の原因蛋白質と複合体を形成することが知られている。しかし、染色体不安定化の機構についてはほとんど分かっていなかった。本研究から、SbcD蛋白質による非相同的組換えの促進にパリンドロームが深く関与していることを発見したことは、ナイミーヘン症候群における染色体の不安定性の原因を考える上でその意義は大きいといえる。 本研究は、ヒトの染色体不安定化のメカニズムを解明する上で大きな貢献をしたものであり、分子生物学、分子遺伝学への寄与は大きいと考えられる。従って、博士(薬学)の学位に値することを認める。 |