ステロイド/甲状腺ホルモンや脂溶性ビタミンAおよびD、多不飽和脂肪酸などを含めた低分子量脂溶性生理活性物質(以下脂溶性リガンドと略す)は動物の生命活動維持に必須な因子である。これら脂溶性リガンドの作用発現メカニズムは、核内レセプターを介し、リガンド分子情報を遺伝情報へと変換し伝達することにある。そのためリガンド存在量及び質はこの情報伝達系を規定する要因の一つである。一方、核内レセプター群には生体内リガンドが不明である、いわゆるオーファンレセプターが近年数多く見出されているが、その多くは生理的意義が不明である。従って、リガンド産生を制御するリガンド代謝調節酵素の同定やオーファンレセプターリガンドの同定は、極めて興味深い課題である。本論文では新規発現クローニング法を開発し、リガンド代謝調節過程におけるリガンド産生鍵酵素遺伝子を単離し、更にその遺伝子の性状を調べたものである。以下、5章より構成されている。 第1章序論では、本研究に至る背景及び意義を説明し、脂溶性リガンド産生制御を担う鍵酵素の重要性ならびに産生されたリガンドによる遺伝子発現制御機構について述べている。 第2章では、核内レセプターリガンドを産生制御する新規リガンド産生鍵酵素遺伝子の単離を目的に考案した発現クローニング法を述べている。この手法はリガンド依存的な核内レセプターの転写活性能を指標として酵素活性を検討したものであり、リガンド前駆体をcDNA発現ライブラリーの導入により、活性型リガンドに変換させ、核内レセプターの転写を誘導させるものである。まず核内レセプターに属するVDR及びPPARを利用した発現クローニング法の確立を試み、これら両者の活性型リガンド及びリガンド前駆体の転写活性を示す濃度差の条件を見出し、発現クローニング法確立のための条件を設定した。 第3章では実際にこの手法を用い、VDRリガンド産生鍵酵素(1水酸化酵素)遺伝子及びPPARリガンド産生鍵酵素遺伝子の単離を試みている。1水酸化酵素は腎臓にて活性型ビタミンDを産生する鍵酵素として、酵素活性は古くから確認されていた。しかしその活性が極端に低く、本酵素の精製は長い間成功しなかった。当研究室で作出されたVDR遺伝子欠損マウスは、血中活性型ビタミンD濃度が顕著に高く、本酵素遺伝子の過剰発現が考えられた。そこでVDR遺伝子欠損マウスの腎臓より発現cDNAライブラリーを構築し単離を試みた。その結果、VDRリガンド産生活性を保持した新規遺伝子の単離に成功した。実際に1水酸化酵素活性を示すかをVDRの転写活性能で検討し、この際生じる前駆体代謝物をHPLC法にて測定している。その結果、本来転写活性を示さない前駆体が、VDRリガンドに変換され転写活性を誘導すると共に、この際生じたリガンド前駆体代謝物が活性型ビタミンDであることを見出している。これらのことより、本遺伝子が1水酸化酵素遺伝子であると結論している。 一方、本発現クローニング法は他の核内レセプター群への応用が可能であるため、PPARをはじめとするリガンド未知なオーファンレセプターのリガンド同定にも有用と考えられた。そこでPPARを介した発現クローニングにより、血管内皮における新規PPARリガンド産出酵素遺伝子の単離を試みている。 第4章は1水酸化酵素遺伝子の発現機構の解析を行い、活性型ビタミシの産生制御のメカニズムに迫った。野生型及びVDR遺伝子欠損マウスを用いたノザン解析を行い、本遺伝子の局在性ならびに活性型ビタミシDによる遺伝子発現制御機構を検討した。本遺伝子発現は腎臓特異的であり、VDR遺伝子欠損マウスでは発現量が顕著に増加することより、活性型ビタミンDがVDRを介して転写レベルで負に制御することが判明した。またマウスによる個体レベルの血中活性型ビタミンD濃度の挙動は、本遺伝子発現量の解析結果と相関しており、血中活性型ビタミンD値の厳格な制御機構を強く示唆するものであった。 第5章では論文全体を総括し、発現クローニング法の応用性ならびにビタミンD1水酸化酵素遺伝子の性状が判明した点を論じている。またオーファンレセプターリガンド同定の可能性が述べられている。更に核内レセプター転写共役因子を巧みに用いた改良法も考案している。本手法は他の核内レセプターリガンド産生鍵酵素遺伝子の探索に汎用でき、未だ不明なリガンド産生制御機構を解明できると期待される。 以上、本論文は核内レセプターの転写促進能を利用した新たな発現クローニング法を確立することで、リガンド産生鍵酵素遺伝子同定の新たな道を招いた。本研究は低分子量脂溶性生理活性物質研究において、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |