学位論文要旨



No 114139
著者(漢字) 野上,識
著者(英字) Nogami,Satoru
著者(カナ) ノガミ,サトル
標題(和) 出芽酵母の利己的DNA、VDEに関する分子生物学的研究
標題(洋) Study of the yeast selfish DNA element, VDE encoding a site-specific homing endonuclease
報告番号 114139
報告番号 甲14139
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3628号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 渡辺,昭
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 河野,重行
 東京大学 助教授 館野,正樹
内容要旨

 単細胞真核生物である出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの第四染色体上にあるVMA1遺伝子座には、個体の生存にとっては不必要な遺伝子が挿入されている。この遺伝子は個体の生存に有利になるような積極的な働きはしないし、通常の状態では細胞に害をおよぼすような働きもしない。この遺伝子は実に巧妙なやり方で己の遺伝子を効率良く後代に伝達するために特殊化している。

 この利己的DNA産物(以下VDE:VMA1-derived endonuclease)は、自己をコードする領域(以下VDE遺伝子)が挿入されていないVMA1遺伝子(VMA1())の、挿入されるべき箇所を認識して切断する部位特異的エンドヌクレアーゼである。DNA切断後、VDE遺伝子が挿入されているVMA1遺伝子(VMA1(+))を鋳型にして切断修復が行われる結果、切断された箇所にVDE遺伝子が挿入される。この現象はGimble and Thorner(1992)によって発見され、遺伝子ホーミングと呼ばれている(図1)。遺伝子ホーミングの結果、VDE遺伝子はメンデルの法則に従わず、大部分の半数体がVDE遺伝子を持つ対立遺伝子を持つことになる。このようにしてVDE遺伝子は効率良く自己遺伝子を持つ個体をふやすことができる。VDEが引き起こす遺伝子ホーミングは、減数分裂期に特異的に起こることが知られている。

図1 VDEが触媒する減数分裂期特異的遺伝子ホーミング。VDEによるDNA切断は、VDE遺伝子を持つ対立遺伝子を鋳型とした相同組換えによって修復される。その結果、VDE遺伝子を持つ対立遺伝子が半数体で優先的に増える。

 興味深いことに、VDEには、上で述べたエンドヌクレアーゼ活性の他に、もう一つの酵素活性がある。VDEはVMA1遺伝子産物との融合蛋白質として翻訳された後、自分自身を自己触媒的に切り出し、無傷のVDEとVma1タンパク質をつくり出す。Hirata et al.(1990)によって発見されたこの現象を蛋白質スプライシングという(図2)。異常な蛋白質スプライシング反応は自己の機能発現のみならず、VMA1遺伝子産物の機能発現をも阻害することから、正常な反応を阻害する変異は淘汰される。したがって蛋白質スプライシング反応は利己的DNAの維持に必要であり、利己的DNAの伝播に必要な遺伝子ホーミング機能とあわせて、利己性を発揮する上で必須な機能である。

図2 VDEが触媒する蛋白質スプライシング。VDEは、液胞ATPaseのサブユニットであるVma1蛋白との融合タンパク質として転写・翻訳される。その後の自己触媒的反応によって2つの蛋白質が同時に作られる。

 私は、博士課程において、VDE遺伝子産物が持つ全く異なる二つの酵素活性のうち、遺伝子ホーミング機能を司るエンドヌクレアーゼ活性に着目した。蛋白質スプライシングに関する知見およびアッセイ法はすでに修士課程で蓄積・確立しており、博士課程において確立したエンドヌクレアーゼ活性に関わる技法・知見を用いることで、この二つの活性の相関を初めて論ずることができるようになった。これらの研究によって利己的DNAとしての機能発現のメカニズムを分子生物学的に解明することを研究目的とした。

結果と考察1)酵母細胞内でのエンドヌクレアーゼ活性を介したVDEの新しい機能1-1)非自己遺伝子の遺伝子ホーミング

 まず遺伝子ホーミングにおけるVDE認識・切断配列(以下VRS:VDE recognition sequence)の存在の必要十分性を検討するため、以下の実験を行った。基本となるアイディアは、VRSをゲノム中の別の場所に導入した場合に、遺伝子ホーミングが起こるかどうか、ということである。VMA1遺伝子座のかわりの別の場所としてMSB1遺伝子座を、また鋳型DNAとしてVDE遺伝子のかわりにマーカー遺伝子URA3を用い、VDEを別の染色体あるいはプラスミド上のVDE遺伝子から供給して、VDEが非自己の遺伝子URA3遺伝子を伝播させうるかどうかについて検討した(図3A)。ランダム胞子解析および四分子解析、塩基配列解析の結果、URA3遺伝子が減数分裂後にエンドヌクレアーゼVDEの認識・切断部位に挿入されることがわかった(図3B)。一方VRSを持たない対照群や、VDE遺伝子の存在しない対照群ではURA3遺伝子の挿入は起こらなかった。したがってこの遺伝子ホーミングに必要な標的遺伝子側のDNA領域はVRSのみで十分であり、VDEはそのエンドヌクレアーゼ活性を通じて自分自身以外の遺伝子をも伝播させる能力を持っていることが明らかとなった。出芽酵母には、VDEとホモロジーのある部位特異的エンドヌクレアーゼHOが存在しており、これは非自己の遺伝子座であるMAT遺伝子座を切断し、HMLあるいはHMR遺伝子座の情報でMAT遺伝子座を置き換えることで接合型変換を引き起こしている。今回見い出した非自己遺伝子の遺伝子ホーミングは、HOの接合型変換という細胞の利益にもかなった現象と分子機構の上では極めて類似している。したがってVDE遺伝子がそれ以外の部位特異的エンドヌクレアーゼ遺伝子と大きく違う点は「その産物が自己の入るべき場所を認識する」という点にあり、それがVDEの利己性を生んでいると考えられる。

図3 VDEが触媒するMSB1遺伝子座でのURA3遺伝子のホーミシグ。A、実験原理。二倍体株において、片方のMSB1遺伝子をVRSで破壊し、遺伝情報の受け手側(recipient)とした。もう片方のMSB1遺伝子はVRSに相当する部分を更にURA3遺伝子で破壊してあり、こちらを遺伝情報の供給側(donor)とした。この株を胞子形成させ、ランダム胞子解析および四分子解析を行った。受け手側にはVRS導入部位の近くにLEU2遺伝子を挿入してあり、遺伝子ホーミングが起こってURA3マーカーが挿入されるとその半数体ではロイシン及びウラシルに非要求性になる。B、ランダム胞子解析の結果。遺伝子ホーミングが生じると、(Leu+Ura-)胞子が減少し、減少分だけ(Leu+Ura+)胞子が増加するはずである(expected)。VRSを導入し、VDE遺伝子が存在する場合にのみ(Leu+Ura+)胞子の減少と(Leu+Ura+)胞子の増加がみられた(observed)。
1-2)減数分裂時の細胞死効果

 一般的には、DNA二重鎖の切断は、有害である。従って相同組換えや非相同組換え等によるDNA切断修復のシステムは生物一般に高度に保存されている。また出芽酵母においてそれらの遺伝子の変異体では、細胞内にもともと存在するエンドヌクレアーゼHOによるDNA切断ですら致死となる。したがってVDEによるDNA切断は潜在的には有害なはずである。そこで遺伝子ホーミングが起きる場合とは異なり、相同染色体に修復の鋳型がない場合のVDEの働きに注目した。VRSをホモで持つ二倍体酵母にVDEをプラスミド上で発現させたところ、体細胞分裂時の増殖速度及び胞子形成率には影響は見られなかったが、胞子の発芽率が著しく低下した(図4)。このことは、VRSをホモで持つような株では、VDEは減数分裂過程に有害な効果を持つということを示唆する。したがってVDEは遺伝子ホーミングによってVDE遺伝子を持つ半数体を増やすだけではなく、VDE遺伝子を持たない対立遺伝子を持つ半数体を殺すことによっても自己遺伝子の効率良い伝達を図っている可能性が示唆される。この新しく発見した機能は、特にVDE遺伝子が初めてVMA1遺伝子座に挿入されるとき、あるいは宿主細胞がVDE遺伝子を排除しようとしたときに有効だったと考えられる。

図4 四分子解析による胞子の発芽率。VMA1遺伝子座にVDE認識・切断配列をホモで持つ2倍体株にVDE遺伝子をプラスミドから供給し、胞子形成を行った。四分子解析は、1つの子嚢由来の四つの胞子を縦に並べてある。VDE認識・切断配列をホモで持つ2倍体株は、VDEが発現している状態では減数分裂後の胞子の発芽率が低下する。
2)各種VDE変異体の詳細な解析

 VDEはエンドヌクレアーゼと蛋白質スプライシングという二つのユニークな酵素活性を持つが、それらの機能が立体構造上どの領域に局在するかを明らかにするため、部位特異的変異体を作成し、その機能を調べた。VDEは最近明らかになった立体構造の上で、大きく二つのドメインに分けられる。蛋白質スプライシング機能に必須な残基が集中しており、シート構造が主であるDomain Iと、エンドヌクレアーゼの活性中心残基がある球状のDomain IIである(図5)。しかしながら、Domain Iの分子表面上に互いに近傍で一列に並んでいる塩基性アミノ酸が存在しており、これらの残基はリン酸基バックボーンとの相互作用を介した基質DNAの認識あるいは結合に関わっているものと考えられた。そこでこの塩基性アミノ酸残基4つについてそれぞれをアラニンに置換したところ、蛋白質スプライシングには変異の影響がなかったものの、遺伝子ホーミングの頻度が野生型にくらべて低下しているものがあった(図6)。したがって蛋白質スプライシングに関与する残基の集中しているDomain I中のアミノ酸残基の中でも、蛋白質スプライシングではなく、遺伝子ホーミングに重要な役割を果たしている残基があることがわかった。

図5 VDEの三次元構造と各種変異の位置。蛋白質スプライシング変異として同定された残基は斜体で表した。図6 変異VDEによる遺伝子ホーミングと蛋白質スプライシング。A、遺伝子ホーミング。VMA1遺伝子座に関してVRSを持つ対立遺伝子とVDE遺伝子を持つ対立遺伝子をヘテロで持つ2倍体株を作成した。この株のVDE遺伝子はエンドヌクレアーゼ活性中心残基に変異を導入してあるため、ここから供給されるVDEはエンドヌクレアーゼとして機能しない。ここに各種変異VDE遺伝子をプラスミドから供給し、減数分裂後の胞子を四分子解析した。VMA1遺伝子座の二つの対立遺伝子は、コロニーPCR法を用いて検出した。黒三角で示したプライマーを用いてVMA1遺伝子を増幅すると、VDE遺伝子の挿入されているVMA1遺伝子は、その分だけ長いDNAが増幅される。遺伝子ホーミングが起こらない場合、2つの対立遺伝子は2:2に分離するが(vectorおよびR90A)、遺伝子ホーミングが起こった場合、VDE遺伝子の挿入されている対立遺伝子に偏った分離を示す(WT、R91Aなど)。B、蛋白質スプライシング。VDE遺伝子領域に変異を導入したVMA1遺伝子をVMA1遺伝子破壊株で発現させ、細胞抽出液をWestem解析した。レーン1、R90A:レーン2、R91A:レーン3、H170A:レーン4、K173A:レーン5、野生型。いずれも正常に蛋白質スプライシングが起こっているため、抗Vmal抗体で70kDa、抗VDE抗体で50kDaの産物が検出される。

 このほかに、当研究室でこれまでに単離されているVDE変異体もあわせて、1)で発見した新機能を含め、VDEの引き起こす様々な活性を検討した。エンドヌクレアーゼ活性に関わる機能と、蛋白質スプライシングに関わる機能の、それぞれ片方だけが失われた変異体が存在していた(表)。このことから、二つの機能に関わる領域は分離可能であることが証明できた。

表 各種VDE変異体の性質それぞれの活性は、以下に示す方法で調べた。VMA1遺伝子座およびMSB1遺伝子座での遺伝子ホーミング活性:それぞれ図7A、図4を参照。細胞死効果:図5を参照。これらはVDE遺伝子の存在しない株を用い、変異VDE遺伝子をプラスミドから供給して実験を行った。エンドヌクレアーゼ活性:大腸菌発現系を用いて大量発現した変異VDEを陽イオン交換クロマトグラフィーにより精製し、これを用いてVRSを持つプラスミドの切断能をin vitroで測定した。蛋白質スプライシング能:図7Bを参照。表には示していないが、変異VMA1遺伝子によるVMA1遺伝子欠損の相補能および大腸菌発現系を用いた異種細胞内での蛋白質スプライシング能も併せて見ている。++、+、±、-は野生型を++、ベクターなどネガティブコントロールを-としたときの相対的な活性の強さを示す。
3)減数分裂期特異的遺伝子ホーミング

 VDEによる遺伝子ホーミングは減数分裂期に特異的に起こる。また、1)で発見したVDEの二つの新機能も、減数分裂期に特異的に起こることを確かめた。この機構のモデルとして、以下の二つが考えられる。I)体細胞分裂時にはVDEによるDNA切断は起こっていない。II)体細胞分裂時にVDEによるDNA切断は起こっているが、すみやかに修復されるため遺伝子ホーミングが起こらない。この二つを区別するために、出芽酵母の体細胞分裂期にDNA切断修復に関わっている遺伝子に欠損を持つ株を作成した。rad52変異体は相同組換えに欠損を持つため、出芽酵母のもう一つの部位特異的エンドヌクレアーゼHOによるDNA切断に対して感受性を示す。従ってII)のように体細胞分裂時にVDEによるDNA切断が起こるとすると、この変異体ではVDEの発現が増殖に影響を与えると考えられる。しかしながら、このrad52変異体でVDEを過剰発現したところ、VDE認識・切断配列が存在する場合でも酵母の増殖に対してVDE過剰発現の効果がみられなかった(図7)。また出芽酵母におけるもう一つのDNA切断修復系の遺伝子であるHDF1遺伝子を破壊した場合もVDE過剰発現の効果は見られなかった。もしたがって体細胞分裂期にはVDEによるDNA切断が起こっていないと考えられ、体細胞分裂時にVDEのエンドヌクレアーゼ活性を抑制している何らかの機構が存在することが示された。

図7DNA切断修復欠損変異体でのVDEの過剰発現は生育に影響を与えない。VRSを持つ野生型株、RAD52遺伝子破壊株(rad52)、HDF1遺伝子破壊株(hdf1)、RAD52 HDF1遺伝子二重破壊株(rad52hdf1)にそれぞれベクター(vec)およびVDE遺伝子(VDE)あるいはHO遺伝子(HO)をGAL1プロモーターで発現させるプラスミドを導入した。形質転換体をGalactose培地あるいはGlucose培地で3-4日培養した。
まとめ

 VDE遺伝子産物は、蛋白質スプライシングとエンドヌクレアーゼという全く異なる二つの酵素活性を持つ。修士課程における蛋白質スプライシング変異体の解析と、博士課程におけるエンドヌクレアーゼ活性に着目した解析により、この二つの活性の実に巧妙なコンビネーションによるVDE遺伝子の利己性の獲得、維持、伝播の分子機構が明らかとなってきた。まず利己性の「獲得」には、領域的に分離されているこの二つの酵素活性がくみ合わさったうえで、「自己挿入位置の認識能」を得ることが必要であった。そして一度確立した利己的DNA、VDE遺伝子のゲノム内での「維持」に関しては、蛋白質スプライシングおよび細胞死効果が大きな役割を果たす。すなわち、蛋白質スプライシング反応を阻害する変異は有害変異として淘汰される。また蛋白質レベルでのスプライシングでは、イントロンの場合と異なり、逆転写によってこの遺伝子がゲノムから失われるということがない。仮に相同組換え等によってVDE遺伝子が排除されたとしてもその細胞は細胞死効果によって生存しにくい。さらに、VDE遺伝子の「伝播」に関しては、DNA切断が細胞の死を引き起こしかねない体細胞分裂時には切断を抑制し、修復の鋳型となる相同染色体が対合している減数分裂時にのみDNA切断活性を生じる仕組みによって、細胞へむやみな害をおよぼすことなく伝播を図っている。本研究を通じて浮き彫りになったVDE遺伝子の実体は、機能のすべてが自己のために働く究極の利己的DNAであるといえる。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第一章は酵母細胞内でのエンドヌクレアーゼ活性を介したVDEの新しい機能の解析、第二章はVDE変異体の詳細な解析の解析、第三章では、減数分裂期特異的遺伝子ホーミングを解析した。これらの研究によって利己的DNAとしての機能発現のメカニズムを分子生物学的に解明することが可能になった。

 まず、第一章では遺伝子ホーミングにおけるVDE認識・切断配列(以下VRS:VDE recognition sequence)の存在の必要十分性を検討するため、以下の実験を行った。VMA1遺伝子座のかわりの別の場所としてMSB1遺伝子座を、また鋳型DNAとしてVDE遺伝子のかわりにマーカー遺伝子URA3を用い、VDEを別の染色体あるいはプラスミド上のVDE遺伝子から供給して、VDEが非自己の遺伝子URA3遺伝子を伝播させうるかどうかについて検討した。ランダム胞子解析および四分子解析、塩基配列解析の結果、URA3遺伝子が減数分裂後にエンドヌクレアーゼVDEの認識・切断部位に挿入されることがわかった。一方VRSを持たない対照群や、VDE遺伝子の存在しない対照群ではURA3遺伝子の挿入は起こらなかった。したがってこの遺伝子ホーミングに必要な標的遺伝子側のDNA領域はVRSのみで十分であり、VDEはそのエンドヌクレアーゼ活性を通じて自分自身以外の遺伝子をも伝播させる能力を持っていることが明らかとなった。

 また、減数分裂時の細胞死効果についても検討した。一般的には、DNA二重鎖の切断は、有害である。例えば相同組換えや非相同組換え等によるDNA切断修復のシステムは生物一般に高度に保存されている。また出芽酵母においてそれらの遺伝子の変異体では、細胞内にもともと存在するエンドヌクレアーゼHOによるDNA切断ですら致死となる。したがってVDEによるDNA切断は潜在的には有害なはずである。そこで遺伝子ホーミングが起きる場合とは異なり、相同染色体に修復の鋳型がない場合のVDEの働きに注目した。VRSをホモで持つ二倍体酵母にVDEをプラスミド上で発現させたところ、体細胞分裂時の増殖速度及び胞子形成率には影響は見られなかったが、胞子の発芽率が著しく低下した)。このことは、VRSをホモで持つような株では、VDEは減数分裂過程に有害な効果を持つということを示唆する。したがってVDEは遺伝子ホーミングによってVDE遺伝子を持つ半数体を増やすだけではなく、VDE遺伝子を持たない対立遺伝子を持つ半数体を殺すことによっても自己遺伝子の効率良い伝達を図っている可能性が示唆される。この新しく発見した機能は、特にVDE遺伝子が初めてVMA1遺伝子座に挿入されるとき、あるいは宿主細胞がVDE遺伝子を排除しようとしたときに有効だったと考えられる。

 第二章では各種VDE変異体の詳細な解析を行った。VDEはエンドヌクレアーゼと蛋白質スプライシングという二つのユニークな酵素活性を持つが、それらの機能が立体構造上どの領域に局在するかを明らかにするため、部位特異的変異体を作成し、その機能を調べた。VDEは最近明らかになった立体構造の上で、大きく二つのドメインに分けられる。蛋白質スプライシング機能に必須な残基が集中しており、シート構造が主であるDomain Iと、エンドヌクレアーゼの活性中心残基がある球状のDomain IIである。しかしながら、Domain Iの分子表面上に互いに近傍で一列に並んでいる塩基性アミノ酸が存在しており、これらの残基はリン酸基バックボーンを介した基質DNAの認識あるいは結合に関わっているものと考えられた。そこでこの塩基性アミノ酸残基4つについてそれぞれをアラニンに置換したところ、蛋白質スプライシングには変異の影響がなかったものの、遺伝子ホーミングの頻度が野生型にくらべて低下しているものがあった。したがって蛋白質スプライシングに関与する残基の集中しているDomain I中のアミノ酸残基の中でも、蛋白質スプライシングではなく、遺伝子ホーミングに重要な役割を果たしている残基があることを明らかにした。

 このほかに、これまでに単離されているVDE変異体もあわせて、新機能を含め、VDEの引き起こす様々な活性を検討した。エンドヌクレアーゼ活性に関わる機能と、蛋白質スプライシングに関わる機能の、それぞれ片方だけが失われた変異体が存在していた。このことから、二つの機能に関わる領域は分離可能であることが証明された。

 第三章では、減数分裂期特異的遺伝子ホーミングについて解析した。VDEによる遺伝子ホーミングは減数分裂期に特異的に起こる。また、たVDEの二つの新機能も、減数分裂期に特異的に起こることを確かめた。この機構のモデルとして、以下の二つが考えられる。I)体細胞分裂時にはVDEによるDNA切断は起こっていない。II)体細胞分裂時にVDEによるDNA切断は起こっているが、すみやかに修復されるため遺伝子ホーミングが起こらない。この二つを区別するために、出芽酵母の体細胞分裂期にDNA切断修復に関わっている遺伝子に欠損を持つ株を作成した。rad52変異体は相同組換えに欠損を持つため、出芽酵母のもう一つの部位特異的エンドヌクレアーゼHOによるDNA切断に対して感受性を示す。従ってII)のように体細胞分裂時にVDEによるDNA切断が起こるとすると、この変異体ではVDEの発現が増殖に影響を与えると考えられる。しかしながら、このrad52変異体でVDEを過剰発現したところ、VDE認識・切断配列が存在する場合でも酵母の増殖に対してVDE過剰発現の効果がみられなかった(図8)。したがって体細胞分裂期にはVDEによるDNA切断が起こっていないと考えられ、体細胞分裂時にVDEのエンドヌクレアーゼ活性を抑制している何らかの機構が存在することが示された。

 なお、本論文第二章は、大矢禎一と、佐藤能雅博士、安楽泰宏博士、と共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54684