学位論文要旨



No 114113
著者(漢字) 謝名堂,由香
著者(英字)
著者(カナ) シャナドウ,ユカ
標題(和) 大腸菌の非相同的組換えにおけるDNA結合蛋白質の役割
標題(洋)
報告番号 114113
報告番号 甲14113
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3602号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 大坪,栄一
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 講師 名川,文清
内容要旨

 非相同的組換えはDNAの相同性のない領域、あるいは非常に短い相同性が存在する領域で起こり、染色体の大きな構造変化をもたらし、遺伝性疾患や癌化の原因となることが知られている。その機構を明らかにするために、溶原菌からの特殊形質導入ファージの切り出しを指標として非相同的組換えを検出する系(Spi-アッセイ系)を用いて、大腸菌DNA結合蛋白質(Fis,IHF,HU,H-NS)の非相同的組換えへの関与について調べた。

 Fis及びIHF蛋白質は、大腸菌の部位特異的組換え因子であり、塩基配列に依存してDNAに結合し湾曲させる働きが知られている。HU及びH-NS蛋白質は、大腸菌内に大量に存在するヒストン様蛋白質であり、塩基配列に依存しないでDNAに結合し、染色体を凝縮させる役割が知られている。これらのDNA結合蛋白質は、DNAの複製、組換え、転写等に関与し、細胞内で重要な役割を担っていることが報告されている。

図1 Spi-アッセイ系

 大腸菌に溶原化しているファージが誘発されると、通常はプロファージ両端に位置するatt部位での部位特異的組換えによってファージDNAが切り出されるが、極く低い頻度でatt部位以外で非相同的組換えによる切り出しが起こり、プロファージ座近傍の大腸菌の遺伝子(galまたはbio)を取り込んだ特殊形質導入ファージが形成される。通常の切り出しによって形成された野生型のファージは、P2ファージが溶原化された大腸菌上では増殖することが出来ないため、P2溶原菌上ではプラークを形成しない。一方、特殊形質導入ファージのうちred及びgam遺伝子の両方を含まない形で切り出されたファージはP2溶原菌上でプラークを形成することが出来る(Spi-表現型)。Spi-ファージ形成頻度を非相同的組換え活性の指標として、様々な変異株を用いて非相同的組換え因子の探索を行った。

紫外線によって誘導される非相同的組換えにおけるFis及びIHF蛋白質の促進的な役割

 プロファージの通常の切り出しは、Int、Xis、Fis、IHF蛋白質がファージDNAの両端のatt部位に結合して、組換え部位同士を近付けるような高次構造を形成して行われることが知られている。まず、初めに、Int及びXis蛋白質が特殊形質導入ファージ形成の際の非相同的組換えに必要でないことを、Spi-アッセイを行って確認した(図2)。この結果をもとに非相同的組換えを高感度に検出する新規の系を開発し、これを用いて大腸菌部位特異的組換え因子であるFisが紫外線照射によって誘導される非相同的組換えに関与していることを示した(図3)。IHFも、この非相同的組換えに部分的に関与していることが示唆された。fis遺伝子変異株から得られたSpi-ファージDNAの組換え部位を解析したところ、野生株と同様に組換えのホットスポットが存在し(表1)、DNAの短い相同配列間で組換えが起こっていることが示された(図4)。従って、この組換えは、通常の非相同的組換えにおいて観察される「DNAの短い相同性に依存する非相同的組換え」のタイプであることが示唆された。Fis蛋白質は、DNAに結合してDNAを湾曲させる働きがあることが知られている。以上の結果から、「二重鎖切断によって切り出されたDNA断片にFis蛋白質が結合し、DNAを湾曲させて末端同士を近付けることにより非相同的組換えを促進している」というモデルを提唱した。

図2 int及びxis遺伝子の変異がSpi-ファージの形成に与える影響図3 fis遺伝子の変異がSpi-ファージの形成に与える影響表1 紫外線照射条件下で形成されたSpi-ファージの組換え部位の分布図4 ホットスポットIの塩基配列
自然に誘導される非相同的組換えにおけるHU蛋白質の抑制的な役割

 HU蛋白質は大腸菌内に大量に存在するヒストン様蛋白質であり、hupA及びhupB遺伝子にコードされているヘテロダイマーから構成されている。初めに、従来のSpi-アッセイ系を利用して、DNAに損傷を与えない条件下で誘導される非相同的組換えに、HU蛋白質が抑制的に働いていることを示した(表2)。HU欠損変異株で形成されたSpi-ファージDNAの組換え部位を解析した結果、野生株と比較してホットスポットIの割合が減少し、多くのものが短い相同性を必要としない組換えによって形成されていた(図5)ので、DNAジャイレースによる組換えであることが示唆された。HU欠損変異株で上昇した非相同的組換えはDNAジャイレースAサブユニットの過剰発現、または、DNAジャイレースの温度感受性変異(gyrBts)の導入により野生株に近いレベルにまで抑制されることが分かった(表3、4)。従って、この組換えは、予想通りDNAジャイレースに依存する組換えであった。また、HU蛋白質はin vitroの系において、DNAジャイレースの活性を促進することが知られている。以上の結果から、「HU蛋白質は、DNAジャイレースの機能を正常に維持することにより非相同的組換えを抑制する」というモデルを提唱した。

表2 hupA hupB二重変異がSpi-ファージの形成に与える影響図5 hupA hupB二重変異株から形成されたSpi-ファージの組換え部位の塩基配列表3 DNAジャイレースAサブユニットの過剰発現による組換えの抑制表4 gyrB遺伝子変異による組換えの抑制
線によって誘導される非相同的組換えにおけるH-NS蛋白質の抑制的な役割

 H-NS蛋白質も大腸菌内に大量に存在するヒストン様蛋白質であり、これまでにbglY(hns)遺伝子の変異によって染色体及びプラスミドDNAの欠失変異の頻度が上昇することが報告されている。今回、線によって誘導される非相同的組換えにH-NSが抑制的に働いていることが示唆された(図6)。

図6 hns遺伝子の変異がSpi-ファージの形成に与える影響

 hns遺伝子変異株から得られたSpi-ファージDNAの組換え部位を解析したところ、野生株と同様に組換えのホットスポットが存在し、DNAの短い相同配列間で組換えが起こっていることが示された。以上の結果から、「H-NS蛋白質がDNAに結合して線によるDNA二重鎖切断を防ぐことにより、非相同的組換えを抑制する」というモデルを提唱した。

まとめ

 Fis及びIHF蛋白質は紫外線によって誘導される非相同的組換えを促進する。

 HU蛋白質はDNAジャイレースによって誘導される非相同的組換えを抑制する。

 H-NS蛋白質は線によって誘導される非相同的組換えを抑制する。

 これまでに、大腸菌のDNA結合蛋白質が、部位特異的組換えの反応において重要な役割を演じることが知られていたが、今回の研究において、多くのDNA結合蛋白質が、種々の内的あるいは環境のストレスに対応して、非相同的組換えに促進的または抑制的に働く役割を持つことが明らかになった。この結果は、高等生物においてもDNA結合蛋白質がゲノムの安定性の維持に重要な役割を果たしていることを示唆している。

審査要旨

 非相同的組換えは相同性の殆ど存在しないDNA間で起こり、染色体異常をもたらし、遺伝性疾患や癌化の原因となることが知られている。組換え部位の短い相同配列の有無により二つのタイプに分類されているが、そのメカニズムについては殆ど明らかにされていない。本研究では、特殊形質導入ファージの切り出しの際の非相同的組換えを検出する系(Spi-アッセイ系)を用いて、非相同的組換えに関与する因子の探索を行った。

 第2章では、紫外線によって誘導される「短い相同配列に依存する非相同的組換え」をFis蛋白質が促進していることを示した。まず、初めに、通常の切り出しのファージ側の部位特異的組換え因子(Int,Xis)がbio形質導入ファージの形成に必須ではないことを明らかにした。この問題は、1971年(Little&Gottesman)以来懸案となっていたものであり、これが解決したことにより特殊形質導入ファージの切り出しの際の非相同的組換えがファージDNAに特異的な現象ではなく、染色体の他の領域での切り出しと共通する普遍的な現象であることが示されたことになる。さらに、この系を利用して、大腸菌側の部位特異的組換え因子の非相同的組換えへの関与について調べた。fis変異株では、Spi-ファージ形成量が、紫外線照射条件下で野生株の約1/10に減少した。組換え体の組換え部位の解析の結果、ホットスポットが存在し、組換えが短い相同配列間で起こっていることが分かった。Fis蛋白質は、DNAを湾曲させる働きがあることが知られている。これらをもとに、「二重鎖切断によって切り出されたDNA断片にFis蛋白質が結合し、DNAを湾曲させて末端同士を近付けることにより非相同的組換えを促進している」というモデルを提唱した。

 第3章では、DNAジャイレースによって誘導される「短い相同配列に依存しない非相同的組換え」をHU蛋白質が抑制していることを示した。HU欠損変異によって、自然条件下でのSpi-ファージ形成頻度が約20倍上昇した。HU欠損変異株から形成されたbio形質導入ファージの組換え部位には相同配列が殆ど存在しないことから、DNAジャイレースによる非相同的組換えが誘導されていることが示唆された。この可能性について検討するために、DNAジャイレースのサブユニットを過剰発現させるプラスミドをHU欠損変異株に導入してアッセイを行ったところ、Aサブユニットの過剰発現により非相同的組換えの上昇が抑制された。また、DNAジャイレースの温度感受性変異によっても非相同的組換えの上昇は抑制された。以上の結果から、HU欠損変異株で誘導される非相同的組換えはDNAジャイレースに因るものであることが示された。この結果は、HU蛋白質がDNAジャイレースの機能の発現に重要な役割を果たしていることを示したものである。

 第4章では、線によって誘導される「短い相同配列に依存する非相同的組換え」をH-NS蛋白質が抑制していることを示した。hns変異株では、線照射条件下でのSpi-ファージ形成頻度は、野生株の約10倍の値であった。組換え部位の解析の結果、ホットスポットが存在し、短い相同配列を介して組換えが起こっていることが分かった。以上の結果から、「DNAが線によって傷を生じたり、酵素的な切断を受けたりするのを、H-NS蛋白質がDNAに結合して保護することによって非相同的組換えを抑制する」というモデルを提唱した。また、組換え部位がランダムに分布していないことから、線によって誘導される非相同的組換えが、「線による直接的なDNA切断によるのではなく、DNAの傷が間接的にDNA切断のよるものである」という新しいモデルを提唱した。

 本論文は、大腸菌のDNA複製、部位特異的組換え、転写等、様々な反応において重要な役割を担っているDNA結合蛋白質が、非相同的組換えにおいても重要な役割を果たしていることを明らかにしたものである。この研究の成果は、生物全般におけるDNA二重鎖切断修復や染色体異常のメカニズム等の研究にも大きく寄与するものと考えられる。なお、本論文は、加藤潤一博士、池田日出男博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与するに値することを認める。

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