太陽系内の固体粒子は、太陽を中心とする楕円運動を行っているが、惑星間塵のように、粒子のサイズが小さい場合、太陽の放射圧により、その軌道は永年的に変化する。軌道の軌道長半径をa、離心率をeとすると、その変化は、 のように記述できる。ここで、=3L/8c2sで、Lは太陽のルミノシティ、cは光速、s、はそれぞれ、粒子のサイズと密度を表す。これを、ポインティング・ロバートソン効果という(図1)。図1から、小惑星や彗星など、太陽から遠く離れた場所で生成した粒子がポインティング・ロバートソン効果によって地球軌道近傍まで来ることが可能であることがわかる。そのタイムスケールは、サイズ300m、密度3程度の粒子で105〜107年程度である。このようにして軌道進化している粒子が地球に捕獲される可能性があるのは、粒子の軌道の近日点距離rpが1AUより小さく、かつ遠日点距離raが1AUより大きいとき、すなわち、 を満たすときである。上式を満たすのは、図1では2本の点線に囲まれた領域となる。すなわち、地球に捕獲される惑星間塵粒子はこの領域内の軌道を持つものに限定される。 図1 ポインティング・ロバートソン効果による軌道進化の軌跡。 一方、惑星間塵粒子は軌道進化を行う間、宇宙線の照射を受け、内部に10Be(半減期1.5×106年)、26Al(半減期7.1×105年)などの宇宙線生成核種を蓄積する。これら宇宙線生成核種の生成量は、宇宙線の照射履歴を反映するが、それは粒子の起源や運動履歴に依存する。したがって、惑星間塵粒子中の10Be、26Alの含有量を測定すれば、惑星間塵粒子の起源や運動に関する情報を得ることができると考えられる。 地球上で採取できる惑星間塵粒子のサンプルの候補として、深海底より採取されるスフェルールと呼ばれるサイズ300m程度の球粒が挙げられる。深海底スフェルールは化学組成がコンドライトに類似しており、地球外の隕石または微小粒子が大気突入過程で溶融、球形化したものと考えられている。深海底スフェルールの起源としては、(i)惑星間空間でも小さな固体粒子として存在し、ポインティング・ロバートソン効果を受けて軌道進化をしていたものと考えるモデル、(ii)月や地球軌道近傍の小惑星表面から他の惑星間塵などの衝突によって生じたフラグメントが地球に落ちてきたと考えるモデル、(iii)隕石が地球に落下する際、大気突入時に破壊し、そのフラグメントがスフェルールとなったと考えるモデル、の3通りが考えられる。 宇宙線の性質や、10Be、26Alの生成反応の特徴から、上記の3つのモデルの場合について、10Be、26Alの予想される生成率は異なる。まず、コンドライトに類似の化学組成を考えると、10Beは、核子あたり1GeV以上の高いエネルギーの宇宙線によって生成される。この反応に寄与するのは、銀河宇宙線と呼ばれる、太陽系外に起源を持つ宇宙線である。また、高エネルギーの宇宙線は、物質中の数m程度の深さまで入り込むことができるため、10Beは、物質中の比較的深い場所まで分布する。一方26Alは、核子あたり数十MeV程度のエネルギーの宇宙線によって生成される。このエネルギー領域では太陽フレアによって生じる太陽宇宙線が卓越している。したがって、大部分の26Alは、太陽宇宙線によって生成する。その生成量は太陽からの距離の2乗に反比例する。また、太陽宇宙線は、固体物質のごく表面で止まってしまうため、大きな天体の内部では反応を起こさない。逆に惑星間塵のような小さな天体では、太陽宇宙線の照射を4方向(全方向)から受けるため、最も効率的に26Alを生成する。具体的な計算によれば、上記3つのモデルにおける10Be、26Alの生成率は、物質1kgあたり、(i)10Be=8atoms/min、26Al=500atoms/min、(ii)10Be=12-20atoms/min、26Al=250-300atoms/min、(iii)10Be<26atoms/min、26Al<70atoms/min、となる(いずれも1AUでの計算値)。さらに、(i)の場合には粒子は軌道進化を行うため、その時間的空間的な履歴によって10Be、26Alは平衡に達せず、その生成量は様々である。また、(ii)の場合でも、表面が惑星間塵の衝突などにより、一定の速度で削れていく場合には10Beの生成量は6dpm/kg程度まで下がる。これは実際の月の岩石の測定結果から確かめられている。 以上から、深海底スフェルール中の10Be、26Alの含有量を測定すれば、これらの起源が推定できる。さらに、(i)のモデルにあてはまる多数のスフェルールについて10Be、26Alの分布を調べることにより、惑星間塵の運動の特徴についての情報を得ることができる。 本研究の目的は、実際に深海底スフェルール中の10Be、26Alを定量し、その起源および惑星間空間での運動について調べることである。そこで、太平洋上のサイト(9°30’N,174°18’W,5760m-depth)で採取された深海底堆積物中より、スフェルールを採取し、東京大学原子力研究総合センタータンデム加速器研究施設(MALT=Micro Analysis Laboratory Tandem)のタンデム加速器を用いて、AMS(加速器質量分析)により10Be、26Alを測定した。 AMSとは、広義の質量分析技術の一つであるが、イオン化した核種を、加速器によって十数MeVまで加速することによって得られる様々な利点を生かし、通常の質量分析より格段に感度を向上させたものである。その一つの特徴として、イオンが十数MeVのエネルギーを持つため、そのエネルギーや、媒質中のエネルギー損失を測定することが可能である。これによって通常の質量分析では不可能である同重体分離を可能としている。 しかし、MALTにおける最終イオン検出システムは、媒質中でイオンをエネルギー損失させ、その残留エネルギーのみを固体検出器で測定するというものであった。そのため、感度が十分でなく、スフェルールのサンプルの場合、(1)10Beにおいては、同重体10Bが十分分離できず、測定不可能であった。また(2)26Alの場合、最終検出器の同じエネルギーチャンネルに26Alとは異なると思われる成分が混じりこみ、そのためバックグラウンドレベルが高く、測定不可能であった。 本研究ではこれら、(1)、(2)の問題点を解決するため、イオンの媒質中でのエネルギー損失量、および残留エネルギーの両方を測定可能なガスカウンターを開発した(図2)。 図210Be、26AlのAMS測定用ガスカウンター。 この新しいガスカウンターを使用することにより、以下のような成果が得られた。(1)については、10Beに対する同重体10Bは分離することができたが、カウンターの入射窓で10Bと反応して生成すると考えられる7Beの影響を完全に取り除くことができず、測定結果に大きな誤差を生じた。(2)については、従来の測定システムでバックグラウンドレベルを高くしていた成分は、17Oであることを明らかにし、なおかつこれを完全に分離することができた。 このカウンターを用いて、本研究では40個の深海底スフェルールについて10Be、26Alを測定した。測定結果を、図3に示す。 図3には、スフェルールの起源としてのモデル(i)、(ii)、(iii)から予想される範囲を同時に示した。これを見ると、ほとんどのサンプルがモデル(i)の範囲に入ることが分かる。すなわち、これらの粒子は惑星間空間での軌道進化の途上で地球に捕獲されたものであると考えられる。 これらのうち、26Alの比較的高いサンプルは、モデル(i)の領域の境界に沿って分布する傾向がある。これは、軌道進化の過程としては、図1の点線で示した境界と対応する。すなわち、惑星間塵粒子の軌道の近日点距離rpまたは遠日点距離raが1AU、すなわち地球軌道と一致した場合に選択的に地球に捕獲される傾向にあることを示している。この点について本研究ではさらに、ポインティング・ロバートソン効果を仮定した場合の軌道進化の過程での地球への捕獲の確率、またそのときの大気突入による消滅/生存の確率を数値的に調べ、rp=1AUおよびra=1AUの条件のとき、ともに極大となることを確認した。このことからも、これらの粒子がポインティング・ロバートソン効果による軌道進化を行っていたことを強く示唆する。 モデル(i)に入るサンプルの軌道進化の出発点を推定すると、実際の小惑星の軌道要素の分布より、地球軌道に近いものが多い。このことから、実際の惑星間塵粒子の運動に関しては、ポインティング・ロバートソン効果の他に、惑星間塵の相互衝突、惑星による重力的な擾乱が働いているものと考えられる。 図3 スフェルール中の10Be、26Alの測定データ。モデル(i)(ii)(iii)については本文参照。 |