内容要旨 | | 1Introduction 近年、実験技術の向上により、ハロー構造の研究等不安定核物理の研究が活発に行われている。不安定核は安定核に比べ中性子過剰、または陽子過剰である事で特徴づけられる。中性子過剰核または陽子過剰核では1番下の軌道から緩く束縛された状態付近または非束縛状態まで核子がつまっている。緩く束縛された状態では、特にs波の場合、トンネル効果により波動関数が大きく広がる事が知られている。また、幅が比較的広い非束縛状態の場合、波動関数の局在性は悪くなり、連続状態の影響も重要になる。これらの波動関数は安定核の局在性の良い波動関数と大きく異なる事ため、様々な新しい現象が期待される。 その例の一つとして、ドリップライン付近またはそれを越えた不安定核に於ける鏡映対称性の破れが近年議論されている。この鏡映対称性の破れに関しては、主にThomas-Ehrman効果の立場から議論がなされて来た。さて、鏡映原子核11Be-11Nは11Beの基底状態がハローをもっているだけでなく、変形していると考えられる事から、Thomas-Ehrman効果だけでなく、変形がこの鏡映対称性の破れに何らかの影響を与えると考えられる。例えば、F.C.Barkerの計算によれば、11Be-11Nの基底状態間のクーロンシフトはS factorに強く依存する事がわかっている[1]。また、最近11Nに関する新しい実験値がいくつも出て来ており、それまで観測されていたレベル[2]に加えて、現在までに及びの3つのレベルが観測され、さらに上のレベルの同定が進められており、[3-5]11Nに関するより進んだ研究が可能となった。一方理論的には近年コアと核子の相互作用として変形Woods-Saxonポテンシャルを用いた結合チャネル計算が11Be、8B及び19C等に対して行われており、我々はこのモデルを改良して11Be及び11Nの構造及び鏡映対称性の破れ等を調べた。 また、ドリップラインまたはそれを越えた不安定核に於ける鏡映対称性の破れを議論する際、幅が広い状態を扱う事がある。実際、11Nの基底状態はE=1.30±0.04(MeV),と大きな幅をもつ[5]。この場合、共鳴波動関数の局在性は悪く、非共鳴波動関数の影響が重要になる。例えば、11Beの基底状態のバレンス核子の平均自乗半径(RMS半径)は6.4±0.7(fm)[6]である事を考えると、11Nの基底状態を議論するには6.4±0.7(fm)付近のバレンス核子の波動関数を議論する必要があるが、この領域はコアの十分外側にある事から非共鳴波動関数の影響が重要になると考えられる。そこで共鳴波動関数、非共鳴波動関数双方の影響をみるために波動関数の局在性に着目してエネルギーレベル等を調べた。 2モデル並びに11Beの低励起状態 結合チャネル計算の改良としてまず、近似的にPauli効果を考慮する1s1/2並びに1p1/2軌道に対する直交条件模型を用いた。さらに変形ポテンシャルに於いて表皮の厚さを正しく扱った。変形Woods-Saxonポテンシャルのパラメータは変形度、ポテンシャル半径、ポテンシャルの深さを除いて通常のパラメータを用いた。ポテンシャル半径は10Beのinteraction半径の実験値を用いた。変形度は変形Woods-Saxonポテンシャル模型から求められた変形度2=0.707を用いた。ポテンシャルの深さは11Beの、及びのレベルを再現するように決定した。また、バレンス核子のRMS半径、第一励起状態から基底状態間のB(E1)遷移を計算した。結果は実験より多少大きいが、この原因の一つとしてコアのオーバーラップを1と仮定している事が考えられる。 3変形コアに於けるハロー構造3.1S factor 変形コアに於けるハロー構造を調べる為、はじめに軌道に於けるS factorの振舞を調べた。ポテンシャルの深さ以外は11Beと同じパラメータを用いた。計算の結果、緩く束縛されるに従いs波の確率は急速に1に近づいていく事がわかった。すなわち、ハローが形成されるに従い、s波の確率が増して行く事がわかった。この計算結果を変形Woods-Saxonポテンシャルの計算結果と比較すると、束縛エネルギーがゼロの極限ではどちらもs波の確率は1に近づくが、定量的なs波の確率は全く異なる事がわかった。この理由を調べるために、結合チャネル計算に於いてE[2+]のエネルギーをゼロにして同様の計算を行った。その結果、結合チャネル計算に於いてE[2+]のエネルギーを10Beの2+の励起エネルギーにとった通常の計算と大きく異なる事がわかった。この事から、s波の確率はコアの励起エネルギーに強く依存する事がわかった。変形Woods-Saxonポテンシャル計算はコアの励起エネルギーの影響を取り入れる事が困難である事から、s波の確率を変形Woods-Saxonポテンシャルで記述できない事がわかった。 3.2異常基底状態への影響 11Beは基底状態が通常の状態でなく状態である事で特徴ずけられる。我々はこの異常基底状態とハローの関連を調べた。11Beの異常基底状態は大塚、福西、佐川のVariational Shell Model(VSM)計算[7]により主にsd混合によって引き起こされると考えられている。所が、上述の議論によればハローが成長するに従いs波の確率が増大する。よってsd混合は弱まり、異常基底状態は正常基底状態に近づいていくと考えられる。我々はこの事を計算で確かめた。即ち、この観点から立つとハローは基底状態のレベルの逆転に寄与するのでなく、逆にレベルの逆転を抑える方向に働く事がわかった。 4励起関数と密度分布 10C+pの、及び状態を用いて励起関数を計算し、実験を定性的に再現した。さらに波動関数の局在性を大まかにみるため、波動関数の密度分布の図を議論した。実験によって求められたエネルギーレベルは、共鳴状態の明確な定義が記述されていない事により、幅の広いレベルに対してはエネルギーレベルを厳密に比較できないと言った問題があるが、この事を考慮した範囲で密度分布の図は実験によって求められたエネルギーレベルとほぼ一致した。状態はコア付近の波動関数の局在性が非常に良いが、状態ではコア付近の波動関数の局在性は非常に悪く、かつコア付近では共鳴エネルギーから離れたエネルギーの波動関数の影響も重要である事がわかった。構造、反応は波動関数が局在している部分からの寄与が一般に重要であるからこの場合、共鳴エネルギーからかなり離れたエネルギーの波動関数もこの系を考える上で考慮しなければならない。共鳴エネルギーからかなり離れたエネルギーの動径波動関数は共鳴エネルギーに於ける動経波動関数と大きく異なる事を考えると、この場合にはこの系を詳しく議論するには共鳴軌道の立場からだけでなく局在という観点から調べる方法が良いと考えられる。11Nの低励起状態のエネルギーレベルを議論した。その結果、状態と状態のエネルギーはほぼ実験のエネルギーレベルと一致したが、状態のエネルギーは実験のエネルギーレベルより多少小さくなる事がわかった。状態のエネルギーは幅が大きいため、これはエネルギーレベルの定義に依存した問題であると考えられる。 5球形ポテンシャルに於ける鏡映対称性の破れ 球形ポテンシャルに於ける鏡映対称性の破れに関する話題として(1)ハロー構造(2)表皮の厚さの影響(3)行列要素の3つの問題を議論した。要旨では(2)について説明する。ドリップライン付近ではポテンシャルの形は調和振動子ポテンシャルと全く異なり、その形は主に表皮の厚さに左右される。そこで表皮の厚さがハローや鏡映対称性の破れに重要な役割を果たすと考えられ、これらをWoods-Saxonポテンシャルモデルで調べた。まず、ハロー構造に於いて波動関数の広がりは表皮の厚さに強く依存する事がわかった。これは緩く束縛された状態では、原点から古典的転回点までの距離がポテンシャル半径と比べて遥かに大きくなる事が重要な理由である事がわかった。さらに11Be-11N間のクーロンシフトへの影響を調べた。その結果、クーロンシフトは表皮の厚さに強く依存する事がわかった。 6変形コアに於ける鏡映対称性の破れ6.1波動関数図1:(E)||22 of 1d5/2 elastic channel as a function of (solid lines)in(a)and(b).(E)||22 of 2s1/2,1d5/2 and 1d3/2 inelastic channels as a function of are also drawn in dashed,dot lines and dot dash lines,respectively in(a)and(b).Psfact(Rmax)for11N(solid line)and that for 11Be(dashed line)are drawn in(c). 変形コアに於ける鏡映対称性の破れを調べる為に、共鳴エネルギーに於ける波動関数を調べた。状態に於いては11Nと11Beで寿命が大きく異なるために振幅が大きく異なる事が確かめられた。この振幅の違いは、一種の鏡映対称性の破れとみなす事ができる。状態は11Nが非束縛状態であり、11Beでは束縛状態である。11Beの状態はハローをもつので、ハロー部分の鏡映対称性の破れが重要であると考えられるが、コアの外側の波動関数をみると、確かに11Nと11Beで全く波動関数が異なる事がわかった。状態に於いては状態同様のコアの外側の波動関数の鏡映対称性の破れが起こっているだけではなく、d波に比べs波の振幅が11Nに於いてより大きくなっている事がわかった。即ち、S factorに関する鏡映対称性の破れが起こっている事がわかった。これは上述のハローとS factorの関係に密接に関連している事を指摘した。 図2:(E)||22 of p1/2 elastic channel(solid lines)in(a)and(b),(E)||22 of p3/2 and f5/2 inelastic channels as a function of are drawn in dashed and dot lines,respectively in(a)and(b).Psfact(Rmax)for 11N(solid line)and that for 11Be(dashed line)are drawn in(c).図3:(E)||22 of 2s1/2 elastic channel as a function of (solid lines)in(a)and(b).(E)||22 of 1d5/2 and 1d3/2 inelastic channels as a function of are drawn in dashed lines,dot lines respectively in(a)and(b).Psfact(Rmax)for 11N(solid line)and that for 11Be(dashed line)are drawn in(c).6.2エネルギーレベル コアが変形と球形の場合のエネルギーレベルを比較した。、状態に於いては変形と球形の場合でエネルギーレベルに大きな違いはみられなかったが、状態の場合は変形依存性が大きい事がわかった。この原因の1つはd波に比べs波の振幅が11Nに於いてより大きくなっている事からsd混合が弱まり、レベルの逆転が抑えられるため、さらに局在性の強いd波の影響と考えられる。 7summary 11N-11Be間の鏡映対称性の破れを結合チャネル計算を用いて調べた。コアーバレンス相互作用として変形Woods-Saxonポテンシャルを用いた。近似的にPauli効果を考慮するため1s1/2並びに1p1/2軌道に対する直交条件模型を用いた。連続状態の効果を取り入れるため、離散的な固有値をもつ粒子放出の境界条件でなく、連続的な固有値をもつ正しい境界条件を用いてハミルトニアンの固有状態を調べた。11N-11Be間の鏡映対称性の破れを様々な側面から議論した。その中でも重要な結果の1つとして新しいタイプの鏡映対称性の破れ、即ちSファクターに関する鏡映対称性の破れがあることがわかった。ここで用いた方法は共鳴状態のみならず非共鳴状態(連続状態)の効果を取り入れる事ができるといった利点があり、例えばHF+RPA,殻効果等への適用が考えられる。 参考文献[1]F.C.Barker.Phys.Rev.,C53,(1996).[2]W.Benenson et al.Phys.Rev.,C9,(1974).2130.[3]V.Guimar aes,S.Kubono,et.al.Proceedings of the International Symposium on Physics of Unstable Nuclei,Niigata,Japan(1994),Nucl.Phys.,A588,(1995).161C.[4]M.Thoennensen et al.in Proceedings of the International Conference on Exotic Nuclei and Atomic Masses ENAM-95,,(1995).237.[5]L.Axelsson,M.J.G.Borge,S.Fayans,V.Z.Goldberg,,et al.Phys.Rev.,C54,(1996).R1511.[6]T.Nakamura et al.Phys.Lett.,B331,(1994).296.[7]T.Otsuka,N.Fukunishi,and H.Sagawa.Phys.Rev.Lett.,70,(1992).1385. |
審査要旨 | | 本論文は不安定核特に陽子または中性子ドリップラインに近い領域の軽い原子核の1粒子的性質とそれに関連する問題を論じたもので7章から成る。 第1章は序論と論文の構成が述べられている。近年、不安定核ビームを用いた原子核研究の進展は目覚しく、研究対象となる核種の範囲を大幅に広げた。それにより、これまでに知られていた安定核近傍での原子核の理解の常識を破る実験事実が数多く発見された。中性子または陽子の分離エネルギーが極端に小さい場合に見られるハロー構造はその一つで、ドリップライン付近の原子核の性質に興味ある影響を及ぼしている。この論文ではチャンネル結合の方法を用いて、ハロー構造をもつ鏡映核11Beと11Nの1粒子状態の性質を比較し、鏡映対称性の破れ等に対するハロー構造の影響を調べている。 第2章では11Beの構造を調べ、採用する模型に現れるパラメータを確定する。模型としては、この核を1個の中性子の運動が芯核10Beの基底状態(0+)と第一励起状態(2+)に結合している系とする。この模型を解く手法として、束縛状態と散乱状態を統一的に扱える、Kapur-Peirlsの境界条件を用いるR行列理論に基づくチャネル結合法を定式化する。10Beは変形した芯とみなし、中性子との相互作用を変形1粒子ポテンシャルとして芯の回転準位との結合を記述する。芯に含まれる中性子とのPauli原理は、中性子の波動関数がポテンシャルの球形部分での1s1/2および1p3/2軌道の波動関数と直交するという条件で近似的に考慮する。注目する状態が共鳴準位の場合の共鳴エネルギーと幅の定義を明確にし、その波動関数の局在性についての考察がなされている。用いられる変形Woods-Saxon型ポテンシャルのパラメーターは、半径と変形パラメーターは他の分析により得られた値に固定し、深さのパラメーターはパリティに依存するとして、11Beの1/2+と1/2-状態のエネルギーを再現するように定める。共鳴準位として現われる5/2+状態のエネルギーと幅の計算値は観測値をほぼ再現した。また、中性子半径の計算値は実験値と矛盾しない値であったが、1/2-から1/2+へのE1遷移強度は約2倍過大評価であった。 第3章では、このような模型における1粒子のハロー構造についての議論が展開される。1粒子の束縛エネルギーが小さくなるに従い、特にS波では、芯との結合が弱くなって、分光学的因子が1に近づくことを確認した。また、1/2+と1/2-の順序が通常の殻模型の予言と逆転していることについては、変形芯との結合が重要であるが、ハローが成長するとともに結合が弱まり、逆転効果を弱めることを示した。 第4章では、11Beの鏡映核にあたる11Nの共鳴構造を調べた。ここでは、1/2+、1/2-および5/2+状態はすべて陽子-10C散乱での共鳴準位として現われる。陽子と10Cの散乱問題を上記のチャネル結合法で分析し、実験的に得られている後方散乱の励起関数が、おおまかには再現できることを示した。第2章の定義に従って共鳴準位のエネルギーと幅を求め、11Beとの比較を容易にして、以下の鏡映対称性の破れに関する考察の準備をした。 第5章では球形ポテンシャルでの鏡映対称性の破れが議論した。ハロー構造を持つ1粒子状態では、エネルギーのズレがクーロンポテンシャルの1次の摂動では十分には説明されず、波動関数の差異による核ポテンシャルの期待値も考慮すべきことを示した。また核ポテンシャルの表面層の厚さ、diffuseness、に波動関数の変化を通じて非常に鋭敏であることなどを明らかにした。 第6章では、変形した芯との結合系における鏡映対称性の破れを、11Beと11Nの場合に考察した。1/2+、1/2-、5/2+、それぞれの波動関数の形、分光学的因子、エネルギー等を両者で比較し、特にS波が主要になる1/2+の場合には分光学的因子での鏡映対称性の破れが顕著で、11Nの構造決定に重要な役割を果たしていることが示されている。 第7章はこれらの結果のまとめである。 本論文は束縛状態と散乱状態を統一的に扱えるR行列理論に基づくチャネル結合法を、近似的にせよ、Pauli原理の効果も取り入れ定式化し、ハロー構造を持つ原子核の分析に有効に応用した。この初めての試みは高く評価される。そこで共鳴状態も含めて、ハロー構造の鏡映対称性の破れに対する影響を詳しく分析したことは、ドリップライン付近の原子核の特徴的な側面を理解する上で重要であり、不安定核の物理への十分な貢献であると認められる。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |