学位論文要旨



No 113785
著者(漢字) 関根,泰
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,ヤスシ
標題(和) メタンの選択的活性化による低温酸化反応
標題(洋)
報告番号 113785
報告番号 甲13785
学位授与日 1998.06.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4217号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 助教授 辰巳,敬
内容要旨

 本研究の主たる目的は、メタンの空気による部分酸化を選択的に行うプロセス開発にある。

 メタンは天然ガスの主成分であり、その埋蔵量は石油に匹敵するが、一方で温暖化への寄与が単位分子あたり二酸化炭素の20倍以上あると言われている。現在、メタンはその大部分を燃焼に用い、一部は未使用のまま大気に放出されている。

 世界のエネルギーは石油に依存しているが、その可採埋蔵量はあと40年を切っていると言われている。中でも自動車はガソリンの可搬性・高オクタン価等に依存しているため、枯渇による影響は大きい。

 我々は上記二つの事態から、低コストなメタンの空気による直接酸化により、石油代替となる液体燃料への転化が出来ないかと考えた。中でもメタノールはその特性からガソリン代替として期待されている。

 これまで、メタンからのメタノール合成は、メタンのリフォーミングの後、触媒接触によりメタノール合成を行うという2段の反応経路をとっており、直接部分酸化が可能となるとプロセスとしての意義は大変大きい。

 これまでの研究に於いて、メタンは空気とは高温では反応するが、含酸素化合物は高温では不安定であるため、メタンの直接部分酸化によるメタノール合成は難しいとされていた。我々はこの点に着目し、温度勾配と反応場分離という素反応の制御によりメタン酸化をコントロールできないかと考えた。このようなコンセプトに基づき、回分式の反応器の内部に小型乍ら高温を発生しうる金属ワイヤーを設置し、内部を強制撹拌することで大きな温度勾配と反応場分離の実現が出来るのではないかと考えた。実験は防爆型高圧回分式反応器内部に、Ni-Cr製フィラメント(線径0.5mm、巻き上げ寸法5mmf-20mm)を設置した反応器を用いて行った。反応器上部には内部を強制撹拌できる撹拌子が取り付けてあり、導入されたガスは高温部に接触し活性化された後、低温外周部気相にて連鎖反応を行う。内容積は300cm3である。標準操作条件としては圧力4MPa、気相温度473K、小型発熱体温度1073K、メタン/空気比=4/1とした。生成物の分析は減圧弁を介してマイクロシリンジによりサンプルを採取し、ガスクロマトグラフ(FID-GC及びTCD-GC)を用いて行った。

 図1に標準操作条件での反応の経時変化を追ったものを示す。反応初期80分程度までは誘導期となる。これは系内ラジカル濃度が反応進行には十分でないために存在する。誘導期の後、メタノールが初期生成物として観測され、選択率は80%を越えている。時間の経過とともにメタノールの選択率は減少し、一方でCOの選択率が上昇してくる。これは、反応初期に生成したメタノールが再度高温部近傍を通過することにより、分解されるためと考えられる。これら実験より、温度勾配を用いた反応場分離型反応によりメタンの空気による酸化は選択的に起こりうるが、一方で生成したメタノールの逐次酸化・分解も起こっていることが分かった。

図1 MWI回分反応における経時挙動Pressure 4MPa,Gas Phase Temperature 473K,Methane/Air=4/1,Filament Temperature 1073K.

 これら結果より、高圧環境下におけるメタンの小型ワイヤー活性化による空気酸化に於いて考えられる反応のシーケンスを図2に示す。これらの実験で、これまでメタン酸化の気相温度としては例のない400K以下の温度領域においても、小型発熱ワイヤーによる活性化さえ存在すればメタンの選択酸化が可能であることが発見された。また、その大きな温度勾配によりある程度反応の制御が可能であることが分かった。

図2 MWI反応に於ける反応シーケンス.

 上記手法により、小さな活性化領域さえ存在すれば、メタンは活性化され、低温気相に於いて連鎖反応は進行することが分かった。これを用いて、これまで例のない常温常圧環境下に於いて小型発熱ワイヤーによるメタン活性化反応を試みた。実験はパイレックス製完全混合漕型流通反応器(内容積300cm3)を用いて常温常圧環境で行った。気相温度は内部発熱体による熱供給により上昇していくため、周囲を水(氷)冷して温度を調節した。標準操作条件は、圧力0.1MPa、気相温度393K、発熱ワイヤー温度973K、メタン/空気供給=20/10SCCMとした。生成物はシリンジ及びオンラインにて採取しGCにて分析し、定性にはGC-MassSpectroscopeを用いた。標準操作条件に於いて発熱ワイヤー温度のみを変えた結果を図3に示す。活性化領域温度が低いときにのみアセトンが選択的に生成していることが分かる。発熱ワイヤー温度が873Kの時にアセトン選択率は7割近い値をとる。これは、反応系内における特殊な温度勾配とラジカル分布により、これまでに例のないメタンからの無触媒での選択的なアセトン生成が可能となったと考えられる。

図3 常温常圧MWI反応でのワイヤー温度の影響Pressure 0.1MPa,Gas Phase Temperature 393K,Methane/Air=10/5 SCCM.

 上記研究の他にも、気相均一系無触媒メタン酸化反応及びそのコンピュータによる素反応解析、メタンの酸化カップリングによるC2炭化水素の選択合成反応及びそのコンピュータによる速度論的シミュレーション解析、メタンの高圧及び常圧でのコロナ放電による活性化反応、小型発熱ワイヤーによる活性化を用いた上記以外の反応の検討などを行ってきた。これらを総括することで、メタンの空気による酸化のシーケンスが種々の操作条件下で明らかになった。

審査要旨

 本論文は、天然ガスの主成分でありかつその化学的有効利用が望まれているメタンを、酸化により一段で有用な化合物へと転化する反応における素反応の寄与を中心とした実験・計算による検討をまとめたものである。中でも、温度勾配を大きくとった反応場分離のコンセプトによる反応は、きわめて低い温度で、特定の条件下メタンから高い選択率でメタノールへの転化が可能となった最初の例であり、その反応における中間体の役割などが明らかになった。

 第1章では、メタンの資源としての位置づけ、これまでの研究例を中心に、メタン酸化における問題点から見た本研究の目的を設定している。

 第2章では、大きな温度勾配を設けた反応場分離型の反応器をMWIコンセプトと名付け、これを用いた反応例について詳細に検討している。まず、MWIを用いた高圧回分反応に於いては、気相温度200度において反応初期に高い選択率でメタノールが得られることを示した。小型の高温フィラメントを反応器内に設置することにより、不活性な小分子であるメタンを活性化し、そこで生成した活性化種を周囲の低温気相へと導き出すことで引き続くラジカル連鎖反応を行わせ、熱的に不安定な生成物であるメタノールを低温域にて取り出すことにより選択性制御に成功した。ただし、選択的に生成したメタノールは、反応の進行とともに系内に残存する酸素により逐次酸化を受け一酸化炭素へ転化してしまう。そこで、次に高温活性化領域と低温連鎖反応領域を完全に分離した流通反応器についての検討を行った。反応器態様の違いにより、回分反応器におけるような高い選択率挙動は観測されなかったが、一方で200度以下というメタン酸化に於いては大変低い温度においても、ラジカル連鎖反応が進行するということを示した。また、シクロヘキサンなどの水素供与性物質を系内に導入してやることにより、反応中間体であるメトキシラジカルへの水素移行がより速やかに行われることによって、メタノール生成選択率が向上することを示した。

 第3章では、比較的研究例が多く存在するメタンの気相均一系部分酸化に関しての実験・計算結果について論じた。本論文では、操作因子の検討に引き続き、コンピュータによる速度論シミュレーションを行うことにより、本領域ではこれまであまり例の無かった実験・計算複合化によるラジカル挙動の詳細を示した。その中で、メタノールの生成は十分に速やかに選択的に起こりうる反応であり、一方で生成したメタノールは系内に於いて各種遊離基及び残存酸素によって攻撃を受け、ホルミルラジカルを経由して一酸化炭素へと分解を受けやすいことをも示した。

 第4章では、第2章にてその有効性が検討されたMWIコンセプトを踏襲し応用した反応についての検討を行った。なかでも、常温常圧環境に於いて、完全混合漕型反応器を用いることでこれまでに報告の無かったアセトンが一段で選択的に生成出来ることを証明した。メタンの活性化に於いては例のない常圧常温環境でMWIコンセプトを用いることで、メタンからのメチルラジカル生成、常温環境でのラジカル連鎖及び完全混合漕による高濃度なラジカル定常状態の3つの組み合わせという特殊な反応場環境が成立したことによる。

 第5章では、気相無触媒酸化カップリングについての実験・計算両面からの検討が行われた。その基本的な操作因子挙動などについて論じた後、速度論シミュレーションに基づいたラジカル挙動の分析が示した。また、系に水を導入することにより、OHラジカル濃度が飛躍的に高くなることによりメタンからの水素引き抜き反応が進行し、反応転化率が上昇する結果、選択性を維持したままでカップリング生成物収量が大幅に増大することを実験・計算双方から示し、その詳細を明らかにした。

 第6章では、第2章から第5章までの実験結果及びコンピュータによる速度論シミュレーションに基づいた反応モデルの構築を試みた。その中で、メタンの酸素による酸化に於いてはメチルラジカルへの酸素付加反応及びメトキシラジカルの分解・水素移行の2つの反応が選択性制御に大きく寄与しており、これらをうまく制御することで反応をコントロールすることが出来ることを示した。

 以上のように、本論文ではメタンの酸素による酸化プロセスにおいて、実験及び計算結果を素反応レベルから見た検討をおこない、操作因子の変化、添加物の影響などで各素反応がどのような影響を受けるかについて明らかにした。また、部分高温を用いた反応場分離のMWIコンセプトにより、高難度酸化への応用の可能性を示した。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54049