本研究は細胞の機能維持に必須の小胞輸送のメカニズムを明らかにするために、小胞輸送の最も上流と考えられている小胞体からの輸送小胞形成開始の分子機構に注目し、真核細胞の優秀なモデル系と考えられる酵母の温度感受性株sec12の復帰変異株の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1・sec12温度感受性株にrst2変異がはいることによって、sec12の制限温度での生育だけでなく、小胞体からのタンパク質の輸送欠損が回復しているかどうか調べるため、酵母の液胞タンパク質であるカルボキシペプチダーゼY(CPY)を用いたパルスチェイス実験を行った。sec12温度感受性株では、37℃で小胞体型のCPYが蓄積するが、rst2復帰変異株ではCPYの輸送がほぼ野生型並みに回復していた。 2・RST2遺伝子のクローニングを試みたところ、この遺伝子は、酵母のカゼインキナーゼをコードするHRR25であった。またこの変異は176番目のスレオニンがセリンに変化したものであった。 3・この変異遺伝子(rst2-1)を用いて、ヒトインフルエンザウイルス、ヘマグルチニンのエピトープの3回繰り返し配列(3HA)をもつリコンビンント遺伝子を作成した。この遺伝子産物(3HA-Rst2-1p)を酵母の細胞抽出液から抗HA抗体を用いて、免疫沈降し、活性測定を行ったところ、3HA-Rst2-1pは酵素活性の低下したものであることがわかった。 4・HRR25欠損株(hrr25)は致死ではないものの、常温で増殖がきわめて遅く、高温(37℃)、低温(15℃)では生育できなかった。逆にHRR25の過剰発現によって、野生型株の37℃での生育が阻害された。これらのことから、HRR25は酵母の正常な増殖にきわめて重要であると思われる。また、hrr25とsec12-4の二重変異株を作成したところ、この株はhrr25株と同様の性質を示し、35℃, 37℃で増殖不能であったことから、sec12の抑圧にはrst2-1の変異タンパク質そのものが必要であると推測される。 5・HRR25の小胞輸送における役割を推定するためにSec12pと小胞体からの輸送小胞形成に必須のコートタンパク質であるCOPII関連遺伝子のin vivoでの32P-ラベル実験を行ったところ、Sec12pはリン酸化タンパク質ではなかった。また、COPIIコートタンパク質を構成する因子のひとつでリン酸化タンパク質であるSec31pはin vitroのリン酸化実験においてもHRR25によりリン酸化はされなかった。このことより、rst2-1はSec12p及びCOPII関連遺伝子のリン酸化を通してsec12を抑圧しているのではないと考えられた。 6・様々な小胞輸送経路に働くと考えられるCOPIコートタンパク質の構成成分である低分子量GTPaseであるARFと遺伝的な相互作用があり、ARFのGDP-GTP交換因子(GEF)ではないかと注目されているSec7pが免疫沈降物を用いたin vitroのリン酸化実験により、HRR25によってリン酸化されている可能性が示唆された。またHRR25の過剰発現によって、小胞体-ゴルジ体間の小胞輸送に欠損をもつCOPI構成因子の温度感受性株、arf1 ts 605,ret1-3の制限温度での生育がわずかに抑圧された。 これらの結果より、HRR25は小胞体からの非特異的なあるいはCOPIの輸送小胞の形成に対してネガティブに働いており、rst2-1はCOPI小胞やSec7pを介してsec12-4の輸送損傷を抑圧している可能性が考えられる。 以上、本論文はsec12温度感受性株の復帰変異株の解析から、酵母のカゼインキナーゼIであるHRR25が小胞体からの輸送小胞形成に関わる可能性を示した。本研究はこれまで未知に等しかった小胞体からの輸送小胞形成開始のメカニズムを明らかにするものであり、細胞機能の維持に不可欠な小胞輸送機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |