学位論文要旨



No 113763
著者(漢字) 村上,明子
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,アキコ
標題(和) 小胞体における輸送小胞形成開始の分子機構 : 出芽酵母sec12ts変異の抑圧遺伝子の解析
標題(洋) Molecular Mechanism of Vesicle Budding Initiation from the Endoplasmic reticulum : Characterization of an Extragenic Suppressor of the S.cerevisiae sec 12ts Mutation
報告番号 113763
報告番号 甲13763
学位授与日 1998.04.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1361号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 助教授 北,潔
 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 助教授 片山,栄作
 東京大学 講師 東條,有伸
内容要旨

 分泌タンパク質や細胞膜タンパク質は、小胞体で合成され、小胞輸送によって目的の場所へ運ばれる。この目的を果たす小胞として、COPI小胞、COPII小胞などが知られている。COPIは"非クラスリン小胞"として同定され、ゴルジ体からの小胞の形成に必要であることが示された。その後COPIが様々なステップの小胞輸送過程に必要なことが報告されている(図1)。しかし、これらはいずれもin vitroのアッセイ系による解析であり、in vivoでは示されていない。一方、COPIIがERからGolgiへの順方向輸送に働くことはin vitro, in vivoの両方の実験で示されてきている。輸送経路の最も上流である小胞体においては、低分子量GTPaseであるSar1pがCOPIIコートタンパク質複合体と協調して働き、輸送小胞形成をひきおこす。Sec12pは、Sar1pのGDP-GTP交換因子(GEF)であり、Sar1pの活性化を通じて小胞体からの輸送小胞形成を指令している(図2)。しかし、Sec12pのGEF活性そのものがどのように制御されているかについては明らかでない。Sec12pの上流で働く因子を同定することを狙い、中野(Nakano,1996)は以前、sec12 ts変異から制限温度で生育可能な復帰変異株(RST1DS,rst2,rst3)を分離し、これらがいずれもSEC12とは異なる遺伝子座の変異によるものであることを報告した。劣性変異rst2とrst3は増殖の低温感受性を示し、また、優性変異RST1DSではSec12pの発現量が著しく増加していた。本研究では、このうちrst2を相補する遺伝子を同定し、その遺伝子産物の性質について生化学的な解析を行った。

図.1 COPI小胞とCOPII小胞図.2 Sec12pの機能1.sec12抑圧遺伝子、rst2のクローニングと性質の解析

 まず、rst2を相補する遺伝子を同定するために酵母のゲノムライブラリーのスクリーニングを行い、6.7kbのインサートを含むクローンを得た。このインサート中にはHRR25とTPK2の完全なORFが含まれていた(図3)。このインサートの様々なフラグメントをサブクローニングし、rst2の相補活性をテストしたところ、HRR25含むフラグメントに相補活性があることがわかった。さらにマッピングを行い、RST2遺伝子本体が酵母のカゼインキナーゼIをコードするHRR25と同一であることを明らかにした。

図.3 RST2遺伝子の相補試験

 rst2変異がsec12の生育の温度感受性だけでなく、その分泌損傷も回復しているかどうかを調べるために、液胞タンパク質カルボキシペプチダーゼY(CPY)についてのパルスチェイス実験を行った。新しく合成されたCPYは、67kDaの小胞体型(p1)、69kDaのゴルジ体型(p2)、と段階的な修飾を受け、液胞でプロセシングを受けて61kDaの成熟型(m)となる。sec12温度感受性株では2時間のチェイスで小胞体型の蓄積がみられるが、rst2 sec12二重変異株ではこの蓄積がみられなくなっており、輸送が野生株なみに回復していた(図4)。細胞膜タンパク質であるGas1pにおいても同様に輸送の回復がみられた。

図.4 CPYの輸送

 rst2-1の変異点を解析したところ、キナーゼホモロジー部位で酵母のカゼインキナーゼファミリーに保存されているスレオニンがイソロイシンに変わったT176I変異であることがわかった(図5)。この変異が恒常的な活性型か、機能低下型か調べるために、キナーゼ活性測定を試みた。野生型HRR25と上記の変異解析時に獲得したrst2変異遺伝子のORFの5’-末端に、ヒトインフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)タグを導入したリコンビナント遺伝子を作成した。これらをHRR25欠損株に発現させ、抗HA抗体による免疫沈降産物についてキナーゼ活性測定を行ったところ、rst2-1はキナーゼ活性の低下した変異であることがわかった(図5、レーン3)。

図.5 rst2-1の変異点と活性測定

 HRR25欠損株(hrr25)は、致死ではないものの常温で増殖がきわめて遅く、高温(37℃)、低温(15℃)では生育できないことから、HRR25は酵母の正常な増殖にきわめて重要であると思われる。hrr25とsec12-4の二重変異株を作成したところ、この株はhrr25株と同様の性質を示し、35℃、37℃で増殖不能であったことから、sec12の抑圧にはrst2-1の変異アリルが重要であると推測される。また、Hrr25pの過剰発現は37℃での野生株の増殖をわずかながら阻害した。

 以上の結果から、HRR25は正常な酵母の生育に必須なさまざまな機能を担い、分泌経路においても重要な役割を果たしていることが示唆された。

2.分泌経路におけるHRR25の機能の解析

 Hrr25pは、in vivoでさまざまなタンパク質をリン酸化することが示唆されている。そこで、HRR25が酵母の小胞体からの輸送小胞形成にどのような働きをするのかを調べるための手がかりとして、輸送小胞形成に関わるいくつかのタンパク質のリン酸化をin vivoで調べた。まず、COPIIの小胞形成に関わると思われるタンパク質のリン酸化を調べたところ、Sec12p、Sar1p、Sec24p、Sed4pにはリン酸化が検出されたなかった。すでにリン酸化タンパク質であることが報告されているSec31p、Sec7pは、野生株でもrst2変異株でもリン酸化が検出されたが、Hrr25p以外のキナーゼによるリン酸化の可能性を排除するため、さらにin vitroの活性測定を行った。Sec31pは精製したSec13p/Sec31p複合体を、Sec7pは免疫沈降産物をそれぞれ基質として用いた。Sec31pはこの反応でリン酸化されなかったが、Sec7pを基質として用いた活性測定において、抗HA抗体、抗Sec7p抗体それぞれ単独ではみられないが、両方を用いたときのみSec7pと同じ分子量の位置にリン酸化バンドが検出された(図6、レーン3)。これが確かにHrr25pによるSec7pのリン酸化であるかどうか、さらに検討を続けていく予定である。また、HRR25を高発現させることによって、COPIコートタンパク質複合体の構成成分の変異である、ret1-3、arfts605の25℃、30℃での生育がわずかに回復した(図7)。これらの変異は、いずれも小胞体からゴルジ体への順方向輸送に損傷を示すものであった。Sec7pはゴルジ体に局在し、ERからGolgiへの順方向輸送、またゴルジ内の輸送に関わっている。さらにERからGolgiへの順方向輸送小胞にもその局在が確認されているが、この小胞がCOPI依存的なものか、COPII依存的なものかは明らかでない。最近、ARF(ADP-ribosylation factor)のGEFがSec7pに類似のドメインをもつことが示されているが、Sec7p自身の機能については明らかになっていない。

図.6 Sec7pの活性測定図.7 HRR25のsec変異株への抑圧能

 HRR25はCOPII輸送小胞の形成に関わるsec12変異株の抑圧変異として同定された。しかし、Sec7pが基質のひとつである可能性があること、COPIの遺伝子と弱いながらも遺伝的相互作用があることから、COPI,COPIIの両方の経路の輸送小胞形成を制御しており、rst2-1はSEC7依存性の小胞あるいはCOPI小胞を介してsec12-4の輸送損傷を抑圧している可能性も考えられる。

 本論文は、これまで未知であった小胞体からの輸送小胞形成の調節機構に、カゼインキナーゼIであるHRR25によるリン酸化が関与する可能性を初めて示したものである。

(参考文献)A.Nakano(1996)Identification and characterization of extragenic suppressors of the yeast sec12 ts mutation.J.Bioochem.120,642-646
審査要旨

 本研究は細胞の機能維持に必須の小胞輸送のメカニズムを明らかにするために、小胞輸送の最も上流と考えられている小胞体からの輸送小胞形成開始の分子機構に注目し、真核細胞の優秀なモデル系と考えられる酵母の温度感受性株sec12の復帰変異株の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1・sec12温度感受性株にrst2変異がはいることによって、sec12の制限温度での生育だけでなく、小胞体からのタンパク質の輸送欠損が回復しているかどうか調べるため、酵母の液胞タンパク質であるカルボキシペプチダーゼY(CPY)を用いたパルスチェイス実験を行った。sec12温度感受性株では、37℃で小胞体型のCPYが蓄積するが、rst2復帰変異株ではCPYの輸送がほぼ野生型並みに回復していた。

 2・RST2遺伝子のクローニングを試みたところ、この遺伝子は、酵母のカゼインキナーゼをコードするHRR25であった。またこの変異は176番目のスレオニンがセリンに変化したものであった。

 3・この変異遺伝子(rst2-1)を用いて、ヒトインフルエンザウイルス、ヘマグルチニンのエピトープの3回繰り返し配列(3HA)をもつリコンビンント遺伝子を作成した。この遺伝子産物(3HA-Rst2-1p)を酵母の細胞抽出液から抗HA抗体を用いて、免疫沈降し、活性測定を行ったところ、3HA-Rst2-1pは酵素活性の低下したものであることがわかった。

 4・HRR25欠損株(hrr25)は致死ではないものの、常温で増殖がきわめて遅く、高温(37℃)、低温(15℃)では生育できなかった。逆にHRR25の過剰発現によって、野生型株の37℃での生育が阻害された。これらのことから、HRR25は酵母の正常な増殖にきわめて重要であると思われる。また、hrr25とsec12-4の二重変異株を作成したところ、この株はhrr25株と同様の性質を示し、35℃, 37℃で増殖不能であったことから、sec12の抑圧にはrst2-1の変異タンパク質そのものが必要であると推測される。

 5・HRR25の小胞輸送における役割を推定するためにSec12pと小胞体からの輸送小胞形成に必須のコートタンパク質であるCOPII関連遺伝子のin vivoでの32P-ラベル実験を行ったところ、Sec12pはリン酸化タンパク質ではなかった。また、COPIIコートタンパク質を構成する因子のひとつでリン酸化タンパク質であるSec31pはin vitroのリン酸化実験においてもHRR25によりリン酸化はされなかった。このことより、rst2-1はSec12p及びCOPII関連遺伝子のリン酸化を通してsec12を抑圧しているのではないと考えられた。

 6・様々な小胞輸送経路に働くと考えられるCOPIコートタンパク質の構成成分である低分子量GTPaseであるARFと遺伝的な相互作用があり、ARFのGDP-GTP交換因子(GEF)ではないかと注目されているSec7pが免疫沈降物を用いたin vitroのリン酸化実験により、HRR25によってリン酸化されている可能性が示唆された。またHRR25の過剰発現によって、小胞体-ゴルジ体間の小胞輸送に欠損をもつCOPI構成因子の温度感受性株、arf1 ts 605,ret1-3の制限温度での生育がわずかに抑圧された。

 これらの結果より、HRR25は小胞体からの非特異的なあるいはCOPIの輸送小胞の形成に対してネガティブに働いており、rst2-1はCOPI小胞やSec7pを介してsec12-4の輸送損傷を抑圧している可能性が考えられる。

 以上、本論文はsec12温度感受性株の復帰変異株の解析から、酵母のカゼインキナーゼIであるHRR25が小胞体からの輸送小胞形成に関わる可能性を示した。本研究はこれまで未知に等しかった小胞体からの輸送小胞形成開始のメカニズムを明らかにするものであり、細胞機能の維持に不可欠な小胞輸送機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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