学位論文要旨



No 113721
著者(漢字) 渡部,重夫
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,シゲオ
標題(和) ラット小脳プルキンエ細胞樹状突起に存在する電位依存性カルシウムチャネルの種類と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 113721
報告番号 甲13721
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第840号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 荒川,義弘
内容要旨 【序論】

 小脳プルキンエ細胞は数十万に及ぶシナプス入力をその樹状突起において受けていることが知られている。それらシナプス入力がいかにして統合されているのかといったメカニズムを理解するためには、樹状突起での膜電位に見られる電気的特性を理解することが必要となる。小脳プルキンエ細胞樹状突起では、これまでの細胞内電位測定による結果、Ca2+依存性アクションポテンシャル(Ca2+スパイク)およびCa2+依存性プラトーポテンシャルが発生することが知られている。こうした樹状突起で見られるCa2+依存性のアクティブな特性は、樹状突起におけるシナプス入力の統合に大きく関係してくることが考えられる。シナプス統合に対するこれらCa2+依存性のアクティブなコンダクタンスの役割を理解するためには、まずプルキンエ細胞に存在する電位依存性Ca2+チャネルの種類及び空間分布に関する情報が必要となる。これまでの報告では、プルキンエ細胞に存在する電位依存性Ca2+チャネルとして、電気生理学的には高閾値活性化型Ca2+チャネルであるP型チャネルと低閾値活性化型Ca2+チャネルの存在が、また免疫組織化学的手法によってはN型やL型チャネルの存在さえも示唆されており、決定的な結論は出ていない。特に低閾値活性化型カルシウムチャネルは、閾値下のシナプス入力によって活性化され、シナプス統合において重要な役割を演じる可能性があるため、その存在を明らかにすることは重要であると考えられる。チャネルの機能的な面からみると、Ca2+スパイクに関わるCa2+チャネルは、P型Ca2+チャネルのブロッカーであるfunnel web spider toxin(FTX)によってカルシウムスパイクが消失することから、P型Ca2+チャネルがスパイク発生に関与していることが示唆されている。しかしながら、スパイク自体がどのチャネルによって担われているかは明らかとなっていない。そこで、私は、ラット小脳スライス標本単一プルキンエ細胞に対してホールセルパッチクランプ法と高速カルシウムイメージング法を同時に適用し、どのチャネルがCa2+スパイクを担っているのか、また低閾値活性化型Ca2+チャネルが樹状突起に存在するかどうかに着目し実験を行った。

【方法と結果】

 脱分極による細胞内カルシウム濃度上昇(図1)2から4週齢のWistarラット小脳Vermisより厚さ200mでsagital sliceを作成した。Ca2+イメージングと膜電流の同時測定は、1mMFura-2を含む細胞内液の入ったパッチ電極を用い、プルキンエ細胞細胞体へのギガシールおよびホールセル形成後、Fura-2の細胞内への導入を待ち、ボルテージクランプモードで行った。刺激は、-90mVのホールディングポテンシャルから、+70mVへの脱分極ステップパルス(600ms)で与えた。細胞内カルシウム濃度([Ca2+]i)の変化はF380/MaxF380によって評価した。TTX存在下の脱分極刺激によって、一過的内向き電流が記録された。また、[Ca2+]iは細胞全体で記録された。特に樹状突起ではCa2+スパイクと同期して高い[Ca2+]iの上昇が記録された。これに対して非選択的Ca2+チャネルブロッカーであるCd2+を還流投与したところ、一過的な内向き電流、それに伴う[Ca2+]i上昇とも完全に抑制され、この一過的な内向き電流は不完全なクランプによって樹状突起で生じたCa2+スパイクであることがわかった。Cd2+は細胞体での[Ca2+]i上昇に対しても抑制した。これらの結果から、脱分極によってみられる[Ca2+]i上昇は電位依存性Ca2+チャネルを介したCa2+流入を反映していることがわかった。

図1(A)(上)脱分極刺激による[Ca2+]i変化トレース。実線、点線、破線はそれぞれ細胞体、proximal dendrite、distal dendriteでの[Ca2+]i変化を示す。(下)膜電流トレース。矩形波状のK+電流の上に、繰り返し一過的内向き電流があらわれる。(B)カドミウムの効果

 脱分極による細胞内カルシウム上昇に対する各種Ca2+ブロッカーの効果 脱分極による[Ca2+]i上昇にどのタイプのCa2+チャネルが寄与しているかを調べるため、プルキンエ細胞に存在することが報告されている各種Ca2+チャネルに対するブロッカーの効果を調べた。N型Ca2+チャネルのブロッカーである-ConotoxinGVIA(0.5M)は、細胞体および樹状突起での[Ca2+]i上昇を抑制しなかった。L型Ca2+チャネルのブロッカーであるNifedipine(3M)も効果が見られなかった。P型Ca2+チャネルのブロッカーである-Agatoxin-IVA(-AgaIVA)(200nM)は細胞体における[Ca2+]i上昇、一過的内向き電流およびそれに伴う全ての樹状突起での[Ca2+]i上昇を著しく抑制した。低閾値活性化型Ca2+チャネルとしては現在、T型及びIEを含むチャネル(IE型)があり、ともに低濃度Ni2+(100M)に阻害されることが知られている。そのNi2+の効果を調べたところ、一過的内向き電流、それに伴う[Ca2+]i上昇を一見抑制した。以上の結果、脱分極刺激による[Ca2+]i上昇には、-AgaIVA感受性Ca2+チャネルとNi2+2感受性Ca2+チャネルが関与することがわかった。

図2樹状突起のみで残る4-AP存在下での一過的、-AgaIVA非感受性、ニッケル感受性[Ca2+]i上昇(トレースの表記は図1と同じ)

 樹状突起における一過的、-AgaIVA非感受性、Ni2+感受性[Ca2+]i上昇プルキンエ細胞には、4-aminopyridine(4-AP)感受性の一過的カリウムコンダクタンスの存在が知られている。今回の実験系において、脱分極刺激によって生じるCa2+スパイクは刺激の開始から遅れて発生し(227±72ms,n=5)、この遅れは4-AP(2mM)の投与によって消失した(13±7ms)。このことは、4-AP感受性カリウムチャネルが、膜電位のスパイク発生の閾値までの上昇を押さえているためだと考えられる。早い活性化と不活性化の時間経過を持つことが知られる低閾値活性化型Ca2+チャネルによるCa2+流入を明確に捕らえるためには、チャンネルの不活性化を避けるために膜電位を急速に上げてやることが必要となる。そこで、4-AP(2mM)の存在下で以下の実験を行った。-AgaIVA(200nM)の効果を調べたところ、細胞体での[Ca2+]i上昇は通常の細胞外液中と同様にほぼ完全に抑制された。しかしながら、樹状突起では一過的な[Ca2+]i上昇が残った(図2)。この一過的な[Ca2+]i上昇は、50ms以内にピークに達し、約1秒のhalf decay timeで静止レベルに戻った。また、この一過的な[Ca2+]i上昇は、低濃度のNi2+(100M)によって可逆的に抑制された。さらに、この[Ca2+]i上昇に関与するチャネルの電位依存性を調べるため、ホールディングポテンシャルおよびステップパルスのamplitudeを変えて、生じる[Ca2+]i上昇のamplitudeを比較した(図3)。この[Ca2+]i上昇に関与するCa2+チャネルは、-50mVでは活性化されず-30mVで活性化されることがわかった。また、不活性化の電位を、様々なホールディングポテンシャルから+70mVにステップパルスを与えることによって調べたところ、ホールディングポテンシャル-40mV以上でこの[Ca2+]i上昇に関与するCa2+チャネルは不活性化された。これらの結果より、4-AP、-AgaIVA存在下で残る一過的[Ca2+]i上昇はNi2+感受性Ca2+チャネルによって担われ、その電位依存性は低閾値活性化型に属するものであることがわかった。

図3樹状突起での一過的、-AgaIVA非感受性、ニッケル感受性[Ca2+]i上昇の電位依存性。右上がり、右下がりのカーブはそれぞれチャネルの活性化特性、不活性化特性を意味する。点線はそれぞれ異なる細胞からのデータを示し、実線は平均値のデータをあらわす。

 Ni2+感受性Ca2+チャネルの機能 Ni2+は、一過的内向き電流、それに伴う[Ca2+]i上昇を一見抑制したが、ステップパルス時間を延ばすと抑制されないで残っていることがわかった。そこで、このNi2+単独での複雑な効果を詳細に調べるため、通常の細胞外液のもと、脱分極の大きさを様々に変え、その時のNi2+の作用を調べた(図4)。結果、Ni2+は、一過的内向き電流およびスパイク当たりの[Ca2+]i上昇の大きさを変えることなしに、Ca2+スパイクの発生及びそれに伴う[Ca2+]i上昇の開始時間を遅らせた。このことからNi2+感受性Ca2+チャネルはCa2+スパイク自体は担っていないことが明らかとなった。また、機能的には、膜電位をスパイク発火の閾値まであげるブースターとして働いていることがわかった。

図4 カルシウムスパイク発生時間に対する低濃度ニッケルの効果。★印のところで時間遅れが見られる。(トレースの表記は図1と同じ)
【まとめ】

 以上の結果より、ラット小脳プルキンエ細胞樹状突起に存在する電位依存性Ca2+チャネルは、-AgaIVA感受性Ca2+チャネルおよびNi2+感受性Ca2+チャネルであることが明らかになった。-AgaIVA感受性Ca2+チャネルは、細胞体、樹状突起の両方に存在し、Ca2+スパイク自体を担っていることが明らかとなった。また、Ni2+感受性Ca2+チャネルは樹状突起にのみ存在し、Ca2+スパイクの発生をトリガーしうる電位のブースターとして働いていることが明らかとなった。このことは、Ni2+感受性低閾値活性化型Ca2+チャネルが、閾値下でのシナプス統合及び細胞の活動性のコントロールに関わり、シナプス可塑性における基質となりうることを示唆している。

審査要旨

 神経細胞の樹状突起の機能を理解するためには、樹状突起の電気的特性を決定する因子、樹状突起の形態、存在するイオンチャネルの種類と空間分布に関する情報が必要となる。小脳プルキンエ細胞の場合、電位依存性カルシウムチャネルは樹状突起においてスパイクを担うことが知られ、樹状突起の機能に大きく関与していることが考えられる。しかしながら、これまで、プルキンエ細胞に存在する電位依存性カルシウムチャネルの種類及び空間分布に関しては、結論が得られていない。本研究は、ホールセルパッチクランプレコーディングと高速カルシウムイメージング法を同時に適用し、小脳プルキンエ細胞に存在する電位依存性カルシウムチャネルの種類と空間分布を検討するとともに、その機能についても解明を試みたものである。

1.脱分極による細胞内カルシウム濃度上昇

 実験は、単純化のため、細胞体で発生することが知られているナトリウムスパイクをテトロドトキシン(TTX)でブロックして行った。細胞体への脱分極刺激によってプルキンエ細胞に存在する電位依存性カルシウムチャネルを活性化させたところ、ボルテージクランプがあまり効いていない樹状突起では、刺激開始から少し遅れてカルシウムスパイクが発生した。パッチ電極からホールセル形成時に細胞内へ導入したFura-2によるカルシウムイメージングを同時に行ったところ、細胞体への脱分極刺激によって細胞体では定常的な細胞内カルシウム濃度([Ca2+]i)の上昇、樹状突起ではカルシウムスパイクと同期した[Ca2+]i上昇が記録された。これらの細胞内カルシウム上昇は非特異的カルシウムチャネルブロッカーであるカドミウムによって完全にブロックされたため、細胞外からの電位依存性カルシウムチャネルを介したカルシウム流入を表わしていることが明らかとなった。

2.脱分極による細胞内カルシウム上昇に対する各種カルシウムブロッカーの効果

 N型カルシウムチャネルのブロッカーである-Conotoxin GVLAおよびL型カルシウムチャネルのブロッカーであるnifedipineは、細胞体および樹状突起での脱分極刺激による[Ca2+]i上昇を抑制しなかった。P型カルシウムチャネルのブロッカーである-Agatoxin IVA(AgTX)は細胞体における[Ca2+]i上昇、カルシウムスパイクおよびそれに伴う全ての樹状突起での[Ca2+]i上昇を著しく抑制した。低閾値活性化型カルシウムチャネルのブロッカーである低濃度のニッケルも抑制効果を示した。以上の結果、脱分極刺激による[Ca2+]i上昇には、AgTX感受性カルシウムチャネルとニッケル感受性カルシウムチャネルが関与することが明らかとなった。またその空間分布は樹状突起全域にわたることが明らかとなった。

3.樹状突起における-Agatoxin IVA非感受性でニッケル感受性の[Ca2+]i上昇

 プルキンエ細胞に存在する電位依存性カルシウムチャネルには、一過的にしか開かないものもあるという報告がある。このタイプのカルシウムチャネルは、不活性化が速いため、十分に活性化するためには膜電位を活性化の閾値まで瞬時にあげてやる必要がある。A型、D型のカリウムチャネルは膜電位の急激な上がりを押さえ、膜電位の上がりをなだらかにする働きをし、脱分極からスパイク発生までの時間遅れに寄与していると考えられる。そこでA型、D型のカリウムチャネルブロッカーである4-aminopyridine(4AP)を投与し、脱分極刺激からスパイク発生までの時間遅れをなくした。2mMの4AP存在下にAgTXを投与したところ、わずかな[Ca2+]i上昇が残った。この[Ca2+]i上昇は50ms以内にピークに達し、およそ1秒のhalf decay timeで静止レベルまで下がった。この[Ca2+]i上昇は低濃度ニッケルによって可逆的にブロックされた。脱分極刺激の強さあるいはホールディングポテンシャルを様々に変える実験によると、このカルシウム濃度上昇のhalf-maximal activationとinactivationの電位はそれぞれ、-57mVと-35mV以下であった。このことから、樹状突起に存在するAgTX非感受性、ニッケル感受性カルシウムチャネルは低閾値活性化型であることが明らかとなった。

4.カルシウムチャネルの機能

 通常の状態(4AP非存在下)で、低濃度のニッケルの効果を調べたところ、ニッケルは脱分極によるカルシウムスパイクの開始時間を、スパイクの時間経過やそれに伴う細胞内カルシウム濃度の上昇の絶対量を変化させることなしに、遅らせることが分かった。このことより、AgTX感受性カルシウムチャネルは、カルシウムスパイク自体を担っていること、また、ニッケル感受性カルシウムチャネルはカルシウムスパイク発生を助ける電位ブースターとして働いていることがわかった。

 以上、本研究は、小脳プルキンエ細胞樹状突起に存在する電位依存性カルシウムチャネルは、AgTX感受性カルシウムチャネルとニッケル感受性カルシウムチャネルであること、また、その空間分布が樹状突起全域にわたっていることを初めて明らかにした。そして機能的には、AgTX感受性カルシウムチャネルは、カルシウムスパイク自体を担い、ニッケル感受性カルシウムチャネルは電位ブースターとして機能していることをはじめて明らかにした。本研究は、神経細胞樹状突起の機能理解に大きく貢献するものと考えられ、博士(薬学)の学位に値すると判定された。

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