【方法と結果】 脱分極による細胞内カルシウム濃度上昇(図1)2から4週齢のWistarラット小脳Vermisより厚さ200mでsagital sliceを作成した。Ca2+イメージングと膜電流の同時測定は、1mMFura-2を含む細胞内液の入ったパッチ電極を用い、プルキンエ細胞細胞体へのギガシールおよびホールセル形成後、Fura-2の細胞内への導入を待ち、ボルテージクランプモードで行った。刺激は、-90mVのホールディングポテンシャルから、+70mVへの脱分極ステップパルス(600ms)で与えた。細胞内カルシウム濃度([Ca2+]i)の変化はF380/MaxF380によって評価した。TTX存在下の脱分極刺激によって、一過的内向き電流が記録された。また、[Ca2+]iは細胞全体で記録された。特に樹状突起ではCa2+スパイクと同期して高い[Ca2+]iの上昇が記録された。これに対して非選択的Ca2+チャネルブロッカーであるCd2+を還流投与したところ、一過的な内向き電流、それに伴う[Ca2+]i上昇とも完全に抑制され、この一過的な内向き電流は不完全なクランプによって樹状突起で生じたCa2+スパイクであることがわかった。Cd2+は細胞体での[Ca2+]i上昇に対しても抑制した。これらの結果から、脱分極によってみられる[Ca2+]i上昇は電位依存性Ca2+チャネルを介したCa2+流入を反映していることがわかった。
図1(A)(上)脱分極刺激による[Ca2+]i変化トレース。実線、点線、破線はそれぞれ細胞体、proximal dendrite、distal dendriteでの[Ca2+]i変化を示す。(下)膜電流トレース。矩形波状のK+電流の上に、繰り返し一過的内向き電流があらわれる。(B)カドミウムの効果 脱分極による細胞内カルシウム上昇に対する各種Ca2+ブロッカーの効果 脱分極による[Ca2+]i上昇にどのタイプのCa2+チャネルが寄与しているかを調べるため、プルキンエ細胞に存在することが報告されている各種Ca2+チャネルに対するブロッカーの効果を調べた。N型Ca2+チャネルのブロッカーである-ConotoxinGVIA(0.5M)は、細胞体および樹状突起での[Ca2+]i上昇を抑制しなかった。L型Ca2+チャネルのブロッカーであるNifedipine(3M)も効果が見られなかった。P型Ca2+チャネルのブロッカーである-Agatoxin-IVA(-AgaIVA)(200nM)は細胞体における[Ca2+]i上昇、一過的内向き電流およびそれに伴う全ての樹状突起での[Ca2+]i上昇を著しく抑制した。低閾値活性化型Ca2+チャネルとしては現在、T型及びIEを含むチャネル(IE型)があり、ともに低濃度Ni2+(100M)に阻害されることが知られている。そのNi2+の効果を調べたところ、一過的内向き電流、それに伴う[Ca2+]i上昇を一見抑制した。以上の結果、脱分極刺激による[Ca2+]i上昇には、-AgaIVA感受性Ca2+チャネルとNi2+2感受性Ca2+チャネルが関与することがわかった。
図2樹状突起のみで残る4-AP存在下での一過的、-AgaIVA非感受性、ニッケル感受性[Ca2+]i上昇(トレースの表記は図1と同じ) 樹状突起における一過的、-AgaIVA非感受性、Ni2+感受性[Ca2+]i上昇プルキンエ細胞には、4-aminopyridine(4-AP)感受性の一過的カリウムコンダクタンスの存在が知られている。今回の実験系において、脱分極刺激によって生じるCa2+スパイクは刺激の開始から遅れて発生し(227±72ms,n=5)、この遅れは4-AP(2mM)の投与によって消失した(13±7ms)。このことは、4-AP感受性カリウムチャネルが、膜電位のスパイク発生の閾値までの上昇を押さえているためだと考えられる。早い活性化と不活性化の時間経過を持つことが知られる低閾値活性化型Ca2+チャネルによるCa2+流入を明確に捕らえるためには、チャンネルの不活性化を避けるために膜電位を急速に上げてやることが必要となる。そこで、4-AP(2mM)の存在下で以下の実験を行った。-AgaIVA(200nM)の効果を調べたところ、細胞体での[Ca2+]i上昇は通常の細胞外液中と同様にほぼ完全に抑制された。しかしながら、樹状突起では一過的な[Ca2+]i上昇が残った(図2)。この一過的な[Ca2+]i上昇は、50ms以内にピークに達し、約1秒のhalf decay timeで静止レベルに戻った。また、この一過的な[Ca2+]i上昇は、低濃度のNi2+(100M)によって可逆的に抑制された。さらに、この[Ca2+]i上昇に関与するチャネルの電位依存性を調べるため、ホールディングポテンシャルおよびステップパルスのamplitudeを変えて、生じる[Ca2+]i上昇のamplitudeを比較した(図3)。この[Ca2+]i上昇に関与するCa2+チャネルは、-50mVでは活性化されず-30mVで活性化されることがわかった。また、不活性化の電位を、様々なホールディングポテンシャルから+70mVにステップパルスを与えることによって調べたところ、ホールディングポテンシャル-40mV以上でこの[Ca2+]i上昇に関与するCa2+チャネルは不活性化された。これらの結果より、4-AP、-AgaIVA存在下で残る一過的[Ca2+]i上昇はNi2+感受性Ca2+チャネルによって担われ、その電位依存性は低閾値活性化型に属するものであることがわかった。
図3樹状突起での一過的、-AgaIVA非感受性、ニッケル感受性[Ca2+]i上昇の電位依存性。右上がり、右下がりのカーブはそれぞれチャネルの活性化特性、不活性化特性を意味する。点線はそれぞれ異なる細胞からのデータを示し、実線は平均値のデータをあらわす。 Ni2+感受性Ca2+チャネルの機能 Ni2+は、一過的内向き電流、それに伴う[Ca2+]i上昇を一見抑制したが、ステップパルス時間を延ばすと抑制されないで残っていることがわかった。そこで、このNi2+単独での複雑な効果を詳細に調べるため、通常の細胞外液のもと、脱分極の大きさを様々に変え、その時のNi2+の作用を調べた(図4)。結果、Ni2+は、一過的内向き電流およびスパイク当たりの[Ca2+]i上昇の大きさを変えることなしに、Ca2+スパイクの発生及びそれに伴う[Ca2+]i上昇の開始時間を遅らせた。このことからNi2+感受性Ca2+チャネルはCa2+スパイク自体は担っていないことが明らかとなった。また、機能的には、膜電位をスパイク発火の閾値まであげるブースターとして働いていることがわかった。
図4 カルシウムスパイク発生時間に対する低濃度ニッケルの効果。★印のところで時間遅れが見られる。(トレースの表記は図1と同じ)