HTLV-I(Human T-cell Leukemia Virus-I)は、ATL(成人T細胞白血病:Adult T-cell Leukemia)の病因ウイルスで、ヒトのCD4+T細胞を癌化させるレトロウイルスとして最初に発見された。我が国におけるHTLV-I感染者は、今日九州の西南部を中心に200万人にも及ぶとされ、毎年500人程度が発病している。さらに、HTVL-IはHAM/TSP(HTLV-I associated myelopathy/tropical spastic paraparesis)と呼ばれる脊髄麻痺を示す神経疾患や、リウマチ様関節炎、シェグレン症候群、ぶどう膜炎など炎症性自己免疫疾患をひき起こすことが明らかとなっている。 HTLV-IのTax蛋白はウイルス自身のLTRのenhancer内に存在する21bpの配列に作用して、転写レベルでウイルス遺伝子の発現を活性化するのみならず、IL-2やc-fosなどの宿主側の遺伝子も発現誘導する。Taxによって、細胞が癌化することが培養細胞を用いた実験でも、トランスジェニックマウスを用いた実験でも示されているが、いまだT細胞白血病を起こすことには成功していない。また、Taxによって活性化される細胞側の遺伝子が、それぞれ癌化のどのようなステップに関与しているのかについても解明されていない部分が多い。 我々の研究室では、HTLV-Iのenv-pX領域を導入したトランスジェニックマウス(以下、pXマウス)を作製したところ、これらのマウスが高頻度で関節腫脹を起こした。さらに、このpXマウスにおいて、症候的、病理学的、X線学的にヒトの場合と同様の関節病変が確認され、同時にシェグレン症候群に類似した症状も認めれらたことから、このHTLV-Iが、ヒトの関節リウマチを主体とする自己免疫疾患の病因になりえることが証明された。さらに、その後の解析によって、HTLV-I pX領域にコードされるtax遺伝子によって、関節炎が誘導されることが明らかとなった。 In vitroにおいて、HTLV-Iは種々の細胞に感染するが、in vivoではCD4+T細胞の他に、関節滑膜細胞にも感染することが明らかになっており、T細胞のみならず関節滑膜細胞におけるtaxの発現が、関節炎の発症に関与する可能性が示唆されている。本研究においては、この慢性関節炎の発症に、どちらの免疫系細胞が寄与しているかを明らかにするため、エフェクター細胞であるT細胞特異的に、あるいは抗原提示細胞であるマクロファージ特異的にtax遺伝子を発現させるようなTgマウスを作製した。T細胞で発現させるために、マウスCD4遺伝子のプロモーターをtax遺伝子の上流に組み込んだコンストラクトCD4-taxを作製するとともに、マクロファージ特異的な発現のために、ヒトのc-fms遺伝子のプロモーターを用いたc-fms-taxのコンストラクトも作製した(図1)。これらの遺伝子をC3H/HeNマウスの受精卵に導入し、それぞれ23系統、5系統のTgマウスを作製した。系統化できたマウスに於けるtax遺伝子の発現を解析したところ、CD4-taxを導入したTgマウス(以下、CD4-tax)においては、主に胸腺、リンパ節、脾臓などのリンパ系臓器に強い発現が見られ、c-fms-taxを導入したTgマウス(以下、fms-tax)ではマクロファージに強い発現が認められるなど、各々がそのプロモーターから期待される発現パターンを示していた。 図1マウスに導入した遺伝子の構造プロモーターの下流にウサギの-グロビンのエクソン2と3を含むイントロン部分、tax、ウイルスの3,LTRを挿入した これらのマウスはいずれも4週齢を過ぎる頃から関節炎を発症し、3カ月令に於ける発症率は、CD4-tax#1887系統で19.4%、#5562系統で43.8%、fms-taxで100%であった(図2)。病理解析によって、それぞれの関節で、好中球を主体とした関節への細胞浸潤が顕著に認められた。また、滑膜細胞の過剰な増殖が認められたが、骨破壊は観察されなかった。さらに、CD4-taxの2系統で、骨髄細胞の消失とともに、骨梁破壊と骨髄中に線維芽細胞の増殖が認められた。この変化は脚の骨に限局したものではなく、脊椎にも類似した変化が認められたことから、全身性の変化ではないかと推測された。 図2関節炎の発症率関節炎の発症率を縦軸に、マウスの月齢を横軸に示した CD4-taxの2系統で下痢をする個体が多く認められたため、大腸の病理解析を行ったところ、粘膜固有層から粘膜下組織にかけて、リンパ球および形質細胞の浸潤が観察され、大腸炎になっていることが明らかになった。さらに、CD4-tax#1887系統では、特に雄のマウスに乳癌が多発した。病理解析ではPale-cell様の未分化な細胞やfibroadenoma様の細胞の増殖も認められた。 これらの関節炎を発症したTgマウスで、血中の自己抗体について検討したところ、血清中の免疫グロブリン(IgG、IgM)の量が増加するとともに、関節リウマチの診断基準にもなっているリウマチ因子や、抗dsDNA抗体、抗II型コラーゲン抗体等の自己抗体の抗体価が亢進していた(図3)。これらのことより、作製したTgマウスが自己免疫になっていることが明らかになった。CD4-taxは発症前から自己抗体が検出されたが、fms-taxは検出されなかった。また、CD4-taxの一部のマウスにおいて、顕著な貧血が認められたため、その個体に関して検討を加えたところ、血中で抗赤血球抗体の存在が明らかになった。 それぞれのTgマウスにおいて、脾臓肥大が認められ、CD4-tax#1887系統で、胸腺の委縮、及びfms-taxの2系統では、顕著なリンパ節肥大が観察された。しかし、Tgマウスのリンパ系臓器における、T細胞とB細胞の量比には変化が認められなかったものの、関節炎を発症したすべてのTgのマウス末梢において、活性化/メモリータイプのT細胞の割合が、有意に増加していた。しかも、CD4-taxのT細胞のほとんどが、こうした活性化/メモリータイプの細胞であることがわかった。しかし、T細胞の活性化マーカーの一つであるCD25(IL-2R)は、いずれのTgマウスのT細胞上にも発現していなかったことから、活性化しているというよりも、一度活性化したものが静止期に入ったいわゆるメモリータイプのT細胞と考えられた。 図3Tgマウスにおけるリウマチ因子の検出各マウスの血清中のリウマチ因子をELISA法によって測定した。関節炎発症群をRA(+)、未発症群をRA(-)と表示した。有意差検定はstudent-tテストを用いた In vitroにおいて、Tgマウスのリンパ球の様々なマイトジェン刺激に対する応答性についての検討を行ったところ、CD4-taxの脾臓中の特にT細胞はほとんど応答せず、いわゆる不応答(アナジー)の状態に陥っていた。このT細胞の不応答は、IL-2産性能あるいは応答性に起因するものと考えられたが、IL-2の産生量、及びそのレセプターの発現は、やや低下していたものの正常に近いものであった。従って、この不応答は、IL-2レセプター以降のシグナル伝達に原因があることが示唆された。 以上のことから、HTLV-IのtaxをT細胞特異的、あるいはマクロファージ特異的に発現させたTgマウスはいずれも関節炎を発症したことから、taxには関節炎誘導能があることが分かった。このとき、血清中の自己抗体価も亢進していたことから、自己免疫が誘導されていることが明らかとなった。さらに、taxをT細胞特異的に発現させたCD4-taxにおいては、大腸炎や自己免疫性溶血性貧血が認められるとともに、T細胞の応答性も低下するなど、免疫系の異常が顕著であった。一方、fms-taxではその機能異常は認められず、自己免疫の発症機構が異なっている可能性が示唆された。 |