Penicillium属とその類縁諸属は、菌類の中でも伝統的分類体系が確立している菌群である。しかし、その分類体系は、表現形質(主として形態)に基づいて構築されたものであって、その系統推定には遺伝形質が反映されていない。本菌群には、有用種や有害種を多数含むため、その系統分類の確立は各方面から要望されている。また、これらの菌類は、興味深い進化パターン、たとえばホロモルフ、痕跡的なテレオモルフを生じる種、明確なホロモルフ祖先を欠く種、テレオモルフを欠きかつ適応放散したアナモルフ種などがあり、菌類系統進化研究のモデル生物としても適している。本論文は、分子、形態両形質の統合的解析から、Geosmithia属の多系統的起源およびマユハキタケ科分類群の系統関係を明らかにしたものである。 第1章(序論)では、高等菌類の多型的生活環、子嚢果・子嚢胞子・分生子形成構造の形態的特徴と関連づけて、Penicillium、Geosmithia両属および関連テレオモルフ諸属の分類と系統に関する研究の歴史的背景を概説し、問題点を抽出している。第2章では、材料と方法について説明している。 第3章第1節はGeosmithia属の多系統的起源と閉子嚢殻形成菌類の系統関係についての結果と考察である。Geosmithiaは、G.lavendula(テレオモルフを欠く)を基準種として、その形態的特徴によりPenicillium属から分割・創設されたアナモルフ属である。その関連テレオモルフはTalaromyces、Chromocleista両属である。現在では10種が容認され、うち4種がテレオモルフをもつ。これらのテレオモルフ属は、分類体系上、不整子嚢菌類マユハキタケ科に帰属する。不整子嚢菌類の形態的特徴は閉子嚢殻にあるが、閉子嚢殻形成菌類は他の綱レベルの菌群にも少なからず散在する。そこで最初に、子嚢菌類全体について18S rDNA塩基配列に基づく系統解析を行い、子嚢菌類は古生子嚢菌類、半子嚢菌類、真正子嚢菌類の3大系統群に分かれ、真正子嚢菌類では不整子嚢菌類と核菌類がそれぞれ単系統群を形成し、盤菌類と小房子嚢菌類は単系統にはならなかったことを示した。この中で、Geosmithia属菌種は不整子嚢菌類と核菌類に位置し、多系統であることが判明した。 次に、Geosmithia属が含まれた不整子嚢菌類、核菌類を中心とした18S rDNA塩基配列に基づく細部の系統解析を行い、Geosmithia属は基準種G.lavendulaおよびG.putterilliiが核菌類ボタンタケ科に含まれることを提示した。残りのGeosmithia属6種は不整子嚢菌類エウロチウム目マユハキタケ科内に位置し、5種がPenicillium属菌種と同様にTalaromyces属もしくはEupenicillium属の系統群に、残り1種(G.argillacea)がマユハキタケ科系統群の基部に位置した。すなわち、Geosmithia属菌種は、綱レベルの分類学的枠組みを越えて、約2億7千万年前(文献値)に分岐したと推定された。この系統的位置づけは、5S rDNA、28S rDNA部分塩基配列に基づく系統解析からも支持された。アナモルフの分類指標である分生子形成様式もGeosmithia属菌種間で異なることが示唆された。 第2節は、マユハキタケ科菌類および関連菌類の系統進化に関する解析結果と考察である。不整子嚢菌類を中心に37属60種の18S rDNA塩基配列に基づく系統樹上で、マユハキタケ科菌類は大きく2つの系統群に分かれた。最初に分岐した系統群には、アナモルフとしてPenicillium、Geosmithia、Paecilomyces3属の一つをもつ、Talaromyces,Trichocoma,Thermoascus,Byssochlamys,Chromocleista cinnabarinaが位置し、次に分岐した系統群には、アナモルフとしてPenicillium,Geosmithia,Merimbla,Saropholum4属の一つをもつEupencillium,Hamigera,Penicilliopsis,Chromocleista malachiteaおよびAspergillusアナモルフを生じる諸属が位置した。 以上の結果から、不整子嚢菌類の祖先は核菌類であるというMalloch& Cainの仮説は否定された。子嚢果の形態よりも子嚢胞子の型が分子系統を反映し、子嚢胞子は偏長型から偏円、滑車型へ進化したと推定された。また、アナモルフの分生子形成構造では、ペニシラス様からアスペルギラム様への進化傾斜が検出された。 第4章の総合討論で、分子系統学の菌類系統分類へのインパクト、単一遺伝子による系統推定に対する危険性が指摘されている。 以上本論文は、分子と形態、両形質の統合的解析から、形態的概念で定義されたGeosmithia属の多系統的起源とGeosmithia、Penicillium両属および関連テレオモルフ分類群が含まれるマユハキタケ科菌類の系統進化的関係を明らかにしたものであって、菌類系統分類学上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |