学位論文要旨



No 113496
著者(漢字) 片岡,達彦
著者(英字)
著者(カナ) カタオカ,タツヒコ
標題(和) 植物におけるアルミニウム過剰障害特性の解析
標題(洋)
報告番号 113496
報告番号 甲13496
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1855号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中西,友子
 東京大学 教授 松本,聡
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨

 現在、酸性土壌は世界の農耕地可能面積の約40%を占めるに至り、将来の食糧増産を図る上での大きな問題となっている。酸性土壌における作物の生育障害の最大の要因は、土壌中より可溶化したアルミニウム(Al)による顕著な根の生育阻害であることが知られている。しかし、これまでのところ、Alの持つ化学形態の複雑性、Alの高感度検出法の欠如、Alにトレーサーとして用いることができる放射性同位元素が存在しないことなどの理由から、Alの植物に対する生育阻害のメカニズムの解明に関しては、未だ不明な点が数多く残されている。特に、細胞レベルの組織内Alの動態解析については、研究手法が未発達なこともあり、ほとんど研究が行われていない状況である。

 そこで、本研究では、Alに対して高い特異性・検出感度を有する、蛍光色素ルモガリオン[5-chloro-3-(2,4-dihydroxyphenylazo)-2-hydroxybenzene-1-sulphonic acid](図)を用いた組織染色法の開発を行い、共焦点レーザー顕微鏡下、組織細部のAl動態の解析法を初めて確立することができた1)。そこで、本染色法を用い、植物体のみならず植物培養細胞におけるAl過剰害の比較検討も含め、Al過剰障害のメカニズム解明に関する基礎的研究を行った2)。さらに、Al耐性能の異なる植物を用い、Al耐性機構の解明についても、特に根の栄養吸収特性の面から考察を加えた。

(図)ルモガリオンおよびAl-ルモガリオン錯体の化学構造式1.植物根におけるAl過剰障害

 Alの過剰障害は、pH5.0以下の酸性域で特に顕著に現れるが、強酸性下ではH+イオンの過剰による生長阻害もあわせて引き起こされることが知られている。Al耐性能と酸性耐性能は必ずしも一致せず、また植物種により耐性能が大きく異なるため、まず鶴の子ダイズ(Glycine max c.v.Tsurunoko)を用い、低pHおよびAl添加下の主根の伸長阻害について検討した。さらに、低pH障害の現れないpH4.5の水耕液においてAl過剰害が引き起こされた植物根について組織学的な検討を行ったところ、根組織中特に伸長帯において、表皮や皮層部に重大な傷害の起きていることが示された。

2.植物根組織におけるルモガリオン染色法の確立

 植物根のAl過剰障害に関する研究では、最大の問題点のひとつとして、高感度のAl検出法が確立していないことが挙げられる。これまでに組織内Alの検出に常用されてきたヘマトキシリンやモリン染色では、特に細部のAl分布の解析を行うことは困難であった。そこで、Al特異性が高く、かつ高感度検出が可能な蛍光色素による染色法の確立を図るため、ルモガリオンを用いた植物根組織内微量Alの検出法を開発した。他の染色試薬とのAl検出感度の比較を行い、染色手法を詳細に検討するため、各染色過程における組織からのAl流出量についても測定を行った。また、本染色法を用いた共焦点レーザー顕微鏡による解析の際に得られる蛍光強度と組織内Al量の相関についても検討した。タバコBY-2培養細胞を用い、本法と従来のAl検出試薬4種類を用いた染色法とを比較検討したところ、ルモガリオン染色法は、特に低濃度Al処理後の組織内微量Al検出に最適であることが示された。ルモガリオンは、根および培養細胞における微量Alの検出に非常に有効であり、特にAl特異性が高いこと、観察時の退色がほとんど認められない点でも優れた手法であることが示された。そこで、本法を用い、短時間のAl処理におけるダイズ根内Al動態を解析した。ダイズを0.2mMCaCl2を含む100MAlCl3(pH4.5)水耕液で育成後、根端を4%パラホルムアルデヒドで固定し、厚さ100mの切片を10Mルモガリオン水溶液により染色した。初期の段階(2時間後)において、Alは根冠に集積し始め、4時間後には根頂から3mm以内の外側皮層部においてもAlの存在が確認された。6時間後には、根のバイアビリティの低下が認められ始め、Alの集積は特に根頂より3-5mm部に位置する伸長帯において著しく増加し、かつ、分裂組織部へのAlの蓄積も示された。

3.植物細胞組織内Al動態ならびにAl過剰障害の経時的解析

 近年、植物体へのAlの蓄積を検討する際に、組織細胞の生存度(バイアビリティ)を確認することの重要性が指摘されている。しかし、組織内微量Al検出方法が現在確立されてきていないため、組織へのAlの蓄積とバイアビリティの相関性についてほとんど報告されてこなかった。そこで、ルモガリオン染色法を用い、組織内Al動態がバイアビリティに及ぼす影響について、クエン酸洗浄処理後の組織内Al分布、生長回復(growth recovery)、根端過酸化脂質ならびにカロース濃度の変化を含めた総合的な考察を行い、根および植物培養細胞におけるAl過剰害特性を明らかにした。

 試料として、植物体(ダイズ)ならびに植物培養細胞(タバコBY-2)を用いて解析を行った。タバコ培養細胞では、根で顕著な生長阻害の現れる100MAl15時間処理を行ったところ、Alがすでに核をはじめとする細胞内に集積しているにも関わらず、バイアビリティの低下や生長回復への影響は認められず、Al処理による障害は認められないことが明らかとなった。一方ダイズ根では、Al処理により顕著な根の伸長阻害が示された。特に、生長回復に顕著な差の認められたAl2時間処理とAl4時間処理を施した根の組織内Al分布を詳細に検討したところ、4時間処理根の伸長帯において表皮直下の皮層細胞の原形質内へのAl蓄積が認められた。さらに、Al4時間処理試料においてのみ、表皮の内側2-4層の外側皮層部のアポプラストに、クエン酸洗浄では洗い流されず組織と非常に強い結合をしたAlの存在が認められ、このAlが生長回復の抑制に関与している可能性が示唆された。そこで、生長回復の観察されたAl4時間処理試料について、Al過剰害により誘導される根端過酸化脂質量ならびにカロース量の定量を行い、生長回復の抑制への影響について検討した。根端過酸化脂質量に関しては、Al処理による増加は認められず、原形質膜の過酸化脂質の蓄積が生長回復の低下の原因とは考えられないことが明らかとなった。カロース合成は組織に傷害を与えると短時間のうちに細胞壁に沈着することが知られているが、生長回復の抑制された4時間処理根において根端カロース量の急激な増加が示されたことから、生長回復の抑制はAl処理による伸長帯組織の原形質膜の異常により引き起こされている可能性が示唆された。

4.Alが根伸長部アポプラストタンパクに与える影響

 前項において、生長回復の抑制を示したAl4時間処理根は、生長回復への影響の認められなかったAl2時間処理試料と比較して、伸長帯(根端3-5mm)において組織と強い結合を有しているAlが検出され、同時に伸長帯のバイアビリティの低下、カロース蓄積量の増加が認められた。以上の結果は、伸長帯に蓄積したAlが生長回復の抑制に関与している可能性を示唆しているが、Alが直接、あるいは間接的に作用しているかについては明らかでない。

 根冠・分裂組織の上部に位置する伸長帯は、個々の細胞の伸長が行われる組織であり、細胞の伸長活動における細胞壁の再編には、アポプラストに存在する酵素タンパクの働きが不可欠であるとされる。現在までに得られた知見から、細胞壁構成成分とAlの強力な結合が細胞壁の空隙の減少を生じ、繋ぎ換えに重要なアポプラストタンパクの移動性を減少させることにより、伸長帯の生長阻害・細胞の破壊・バイアビリティの低下が生じるという新たなAl障害メカニズムの可能性が考えられた。そこでAl処理が、根の特に伸長帯におけるアポプラストタンパクの移動性に及ぼす影響について検討した。実験には鶴の子ダイズを用い、伸長帯を切断後、インフィルトレーション法によりアポプラストタンパクを抽出し、SDS-PAGE電気泳動により細胞壁内における移動性の喪失されたタンパクの検索を行った。

5.Al耐性能の異なるダイズにおける栄養特性・Al耐性機構の解明

 Al耐性能の異なるPerry(Al耐性種),Chief(感受性種)を用い、PerryのAl耐性機構ならびにChiefのAl過剰障害の解析を目的として実験を行った。水耕液中にAlを添加して、11日間育成後、生長阻害・試料中各種元素濃度を定量し、解析を行った。Al添加群においてChiefでは主根の伸長の抑制が見られたが、Perryでは、control群と同等またはそれ以上に良好な生育を示した。植物体における各種元素の定量を行ったところ、植物体内の元素の挙動はFeでもっとも大きな差異が認められ、検討を加えている。

 以上、本研究において植物のAl過剰障害の一端を明らかにした。Al過剰障害の発現機構は未だに不明であるが、本研究において得られた知見が、今後のAl耐性機構を含めたAlに対する生体機構の解明に役立つことを期待する。

1)Kataoka,T.et al.J.Plant Res.,110,305〜309(1997)2)Kataoka,T.et al.Soil Sci.Plant Nutr.,43,1003〜1007(1997)
審査要旨

 本研究では、酸性土壌における作物の生育阻害に関して、最大の問題とされている、Alの植物組織に対する生長阻害の解析を目的として研究を行った。まずはじめに、Alに対して高い特異性・検出感度を有する蛍光色素ルモガリオン[5-chloro-3-(2,4-dihydroxyphenylazo)-2-hydroxybenzene-1-sulphonic acid]を用いた組織染色法の開発を行い、共焦点レーザー顕微鏡下、組織細部のAl動態の解析法を初めて確立した上で、植物体のみならず植物培養細胞におけるAl過剰害の比較検討も含めたAl過剰障害のメカニズム解明に関する基礎的研究を行った。さらに、Al耐性能の異なる植物を用い、Al耐性機構の解明についても、特に根の栄養吸収特性の面から考察を加えた。

1.植物根におけるAl過剰障害

 鶴の子ダイズ(Glycine max cv.Tsurunoko)を用いAl過剰害が引き起こされた植物根について組織学的な検討を行ったところ、根組織中特に伸長帯において、表皮や皮層部に重大な傷害の起きていることが示された。

2.植物根組織におけるルモガリオン染色法の確立

 植物根のAl過剰障害に関する研究では、研究の進展の最大の障壁として、高感度のAl検出法が確立していないことが挙げられる。そこで、ルモガリオンを用いた植物根組織内微量Alの検出法を開発した。本法は、組織の微量Al検出に非常に有効であり、観察時の退色がほとんど認められない点でも優れた手法であることが示された。また、本法を用いることにより、短時間のAl処理におけるダイズ根内Al動態を初めて明らかにした。

3.植物細胞組織内Al動態ならびにAl過剰障害の経時的解析

 組織内Al動態がバイアビリティに及ぼす影響について、組織内Al分布、生長回復、根端過酸化脂質ならびにカロース濃度の変化を含めた総合的な考察を行い、根および植物培養細胞におけるAl過剰害特性を明らかにした。

 タバコ培養細胞では、Alがすでに核をはじめとする細胞内に集積しているにも関わらず、バイアビリティの低下や生長回復への影響は認められず、Al処理による障害は認められないのに対して、ダイズ根では、Al処理による顕著な根の伸長阻害が示された。特に、生長回復に顕著な差の認められた根の伸長帯において組織と非常に強い結合をしたAlの存在が認められ、このAlが生長回復の抑制に関与している可能性が示唆された。根端過酸化脂質量に関しては、Al処理による増加は認められず、生長回復の低下の原因とは考えられないことが明らかとなった。また、カロース合成は生長回復の抑制された根の伸長帯で急激な増加が示されたことから、生長回復の抑制はAl処理による伸長帯組織の原形質膜の異常により引き起こされている可能性が示唆された。

4.Alが根伸長部アポプラストタンパクに与える影響

 根冠・分裂組織の上部に位置する伸長帯は、個々の細胞の伸長が行われる組織であり、細胞の伸長活動における細胞壁の再編には、アポプラストに存在する酵素タンパクの働きが不可欠であるとされる。Al処理が、根伸長帯アポプラストタンパクの移動性に及ぼす影響について検討したところ、約102kDaのタンパクについて、細胞壁内における移動能の低下の可能性が示された。これまでに得られている知見と考え合わせると、細胞壁構成成分とAlの強力な結合が細胞壁の空隙の減少を生じ、繋ぎ換えに重要なアポプラスト-タンパクの移動性を減少させることにより、伸長帯の生長阻害・細胞の破壊・バイアビリティの低下が生じるという新たなAl障害メカニズムの可能性が示唆された。

5.Al耐性能の異なるダイズにおける栄養特性・Al耐性機構の解明

 Al耐性能の異なるPerry(Al耐性種)、Chief(Al感受性種)を用いて実験を行ったところ、両品種間における植物体内の元素の挙動はAlおよびFeでもっとも大きな差異が認められた。また体内有機酸量の定量を行った結果、PerryのAl耐性機構は、植物体内の有機酸合成による無毒化ではなく、未知のAl防御機構を利用している可能性が示唆された。

 以上、本研究において植物のAl過剰障害の一端を明らかにした。Al過剰障害の発現機構は未だに不明であるが、本研究において得られた知見が、今後のAl耐性機構を含めたAlに対する生体機構の解明に役立つことを期待する。

 よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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