本論文では、植物における小胞輸送経路におけるRab/Ypt familyタンパク質の役割とその制御機構を明らかにするため、酵母を用いた実験系を開発し、それを用いて、Rab/Ypt familyタンパク質と相互作用する因子を単離、解析した結果が発表されている。 本論文は3章からなっており、第1章では、酵母を用いた相互作用因子の新規探索法の開発と、それにより単離されたAtGDI1遺伝子について述べられている。酵母ypt変異体に、Arabidopsis thaliana由来のRab/YptホモログであるAra4を発現させた際、Ara4は、ypt1、ypt3、sec4、ypt6、及びypt7の、何れの変異をも相補することが出来なかったばかりか、ypt1、ypt3、sec4の各変異体において、その生育を許容温度においても著しく阻害する。さらに、その阻害は、GTP固定型であるとされるAra4Q71Lを発現させた時に特に顕著であった。続いて、Ara4Q71Lを発現しているypt1、ypt3、sec4変異体を電子顕微鏡により観察することにより、ypt1変異体では小胞体が、ypt3変異体ではゴルジ体が不可逆的に変形したBerkeley bodyと呼ばれる膜構造が、sec4変異体では分泌小胞が異常に蓄積していることを明らかにした。このAra4タンパク質による生育阻害は、Ara4が、酵母のYptタンパク質の制御因子、もしくは効果因子を奪うことにより、それぞれの変異体の弱点が強調されることが原因の一つとなっていると推察される。そこで、この生育阻害を抑圧するような遺伝子産物を探索することにより、Ara4タンパク質と機能的に相互作用する因子を単離することができるのではないかと考え、アラビドプシスcDNAライブラリーのスクリーニングを行なった。その結果得られたcDNAの中の一つは、GDP解離抑制因子(GDI)のホモログをコードしており、AtGDI1と名付けられた。AtGDI1は、酵母のGDI変異体であるsec19-1の温度感受性を37度まで相補することができ、確かに機能的なGDIをコードしている。この遺伝子は、アラビドプシスの各組織で発現していることも明らかにされている。 第2章では、AtGDI2遺伝子の単離と、Ara4とAtGDIとの相互作用の、生化学的解析の結果について述べられている。AtGDI1をプローブに用いたサザン解析の結果より、アラビドプシス中にはAtGDI1のアイソザイムが数個存在することが明らかにされた。そこで、AtGDI1をプローブに用いてアラビドプシスcDNAライブラリーをスクリーニングし、AtGDI1とは異なる新たなRabGDIをコードするcDNAを単離した。AtGDI2と名付けられたこの遺伝子産物は、AtGDI1とは91%相同であり、酵母sec19-1変異株の温度感受性を相補できることから、これもAtGDI1同様、確かにRabGDIとして機能することが明らかとなった。また、AtGDI2は、Ara4Q71Lによって引き起こされるypt1変異体の生育阻害を、AtGDI1と同様に抑圧できることも示された。このことから、Ara4Q71LがAtGDI1、AtGDI2の双方と相互作用し得ることが示唆されたが、Ara4Q71Lは、GTP固定型となると予想される変異Ara4であり、この結果は、RabGDIがGDP型のRabとのみ相互作用することができるというこれまでの定説に反するものであった。そこで、Ara4Q71Lと、AtGDI1及びAtGDI2が、酵母内で複合体を形成しているかを調べるため、抗AtGDI1抗体を用いて免疫沈降を行った。その結果、Ara4Q71LはAtGDI1の存在に依存して、抗AtGDI1抗体により沈降することが見いだされた。この結果は、Ara4Q71LとAtGDI1が、酵母内で複合体を形成していることを生化学的にも支持するものである。なお、AtGDI2も同様に、Ara4Q71Lと酵母内で複合体を形成していることも確認している。さらに、ノザン、及びサザン解析の結果から、AtGDI2は、AtGDI1と若干の発現パターンの違いはあるものの、やはりアラビドプシスの各組織で発現しており、AtGDI1、AtGDI2の他にも、さらに1コピーのGDI遺伝子がアラビドプシス中に存在することも明らかにした。 第3章では、Ara4と相互作用する新たな因子、No.6の単離、及び、Ara4とそれらの因子間の相互作用様式を、酵母を用いた系により、さらに詳細に解析している。No.6と呼んでいる第二の抑圧因子は、中央とC末端にcoiled-coil構造を持つことが予想されるタンパク質をコードしていた。これは、これまでにホモロジーのある遺伝子が報告されていない新規のものであったが、中央部分には酵母の液胞タンパク質の輸送に関与するVps27と相同性を示す領域を有していた。一方、Ara4のGTPase cycleを酵母内で素過程に分割して解析するため、様々な変異(S26N、T44A、Q71L、△C等)をAra4に導入し、それらの変異Ara4がypt変異体の生育に及ぼす影響を解析した結果、少なくとも3種類の酵母内の因子が、Ara4によって奪われ、ypt変異体の生育を妨げていることが判明した。そこで、AtGDI1、No.6の2種の抑圧因子が、その3種の因子のうち何れのものに対応するかを調べる目的で、それぞれの変異Ara4による生育阻害に対するAtGDI1とNo.6の抑圧活性を検討した。その結果、Ara4とAtGDI1との相互作用は、Ara4C末端のCysモチーフ、及び効果器領域に依存的であるが、No.6とAra4の相互作用はこれに依存しないことが明らかとなった。さらに、少なくとももう1つの因子が、酵母内でAra4に奪われていることも示された。今後この方法を応用し、Ara4 GTPaseの周辺で機能する因子の解析をさらに進めることにより、Ara4が植物の小胞輸送において果たす役割を明らかにできることが期待される。 本論文は、松田憲之氏、吉積毅氏、塚谷裕一博士、穴井豊昭博士、松井南博士、中野明彦博士、内宮博文教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析、及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |