学位論文要旨



No 113291
著者(漢字) 上田,貴志
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,タカシ
標題(和) 低分子量GTPase Ara4及びその相互作用因子の解析
標題(洋)
報告番号 113291
報告番号 甲13291
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3437号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 大矢,禎一
 東京大学 助教授 高橋,陽介
 理化学研究所 主任研究員 中野,明彦
内容要旨 背景

 1980年代後半、Ypt1及びSec4の2種の低分子量GTPaseは、細胞内膜輸送の制御において重要な役割を演じていることが明らかにされた。それ以来、Rab/Ypt familyと総称されるこれら遺伝子産物の機能解析は、酵母や動物細胞を用いて積極的に行われてきた。その結果、これらの分子が、GTPase cycleと呼ばれるGTP型、GDP型の構造変換を通し、輸送小胞が標的膜に融合するタイミングを制御する分子スイッチとして機能することが徐々に明らかになりつつある。小胞輸送を正確に機能させるためには、このGTPase cycleが厳密に制御されることが必要不可欠であり、その制御因子として、これまでにGTPase活性化因子(GAP)、GDP/GTP交換因子(GEF)、GDP解離抑制因子(GDI)等が単離、解析されてきた。高等植物においても、1989年のARAの単離を始めとし、これまでに、数十に及ぶRAB/YPT familyに属する遺伝子群が単離されており、Rab/Ypt GTPaseを介した小胞輸送機構が、酵母から植物まで高度に保存されていることが明らかとなっている。しかし、細胞板形成や花粉管伸長といった植物独自の現象においても、小胞輸送が重要な鍵を握っていると想像されるにも関わらず、Rab/Ypt GTPaseの制御因子、効果因子といった相互作用因子の研究は、植物においてはこれまでほとんど行なわれてこなかった。そこで本研究では、酵母を用いた相互作用因子の新規探索法を開発し、アラビドプシス由来のRab/Ypt familyタンパク質であるAra4の、相互作用因子の探索を行なった。その結果、Ara4タンパク質と相互作用する複数のタンパク質をコードする遺伝子の単離に成功するとともに、Ara4とそれらの因子との相互作用様式を、酵母の生育を指標として可視化することができた。

結果、考察1)Ara4の相互作用因子探索、及びAtGDI1の単離、解析

 Ara4 GTPaseは、ゴルジ体及びその周辺の小胞に局在し、ゴルジ体近傍での小胞の融合に関与していることが、著者による修士課程における研究から明らかになっている。そこで、さらにその機能を解析するため、ARA4の発現が酵母ypt変異体に及ぼす影響を検証した。その結果、Ara4は、ypt1、ypt3、sec4、ypt6、及びypt7の、何れの変異をも相補することが出来なかったばかりか、ypt1、ypt3、sec4の各変異体において、その生育を許容温度においても著しく阻害した。さらに、その阻害は、GTP固定型であるとされるAra4Q71Lを発現させた時に特に顕著であることも見いだされた。そこで、Ara4Q71Lを発現しているypt1、ypt3、sec4変異体を電子顕微鏡により観察したところ、ypt1変異体では小胞体が、ypt3変異体ではゴルジ体が不可逆的に変形したBerkeley bodyと呼ばれる膜構造が、sec4変異体では分泌小胞が異常に蓄積していることが明らかとなった。このAra4タンパク質による生育阻害は、Ara4が、酵母のYptタンパク質の制御因子、もしくは効果因子を奪うことにより、それぞれの変異体の弱点が強調されることが原因の一つとなっていると考えられた。

 そこで、この生育阻害を抑圧するような遺伝子産物を探索すれば、Ara4タンパク質と機能的に相互作用する因子が得られるのではないかと考え、GAL1プロモーター下にアラビドプシスのcDNAを連結したライブラリーを作製し、それをAra4Q71Lを発現するypt1変異体に導入し、共発現させることにより、Ara4Q71Lによる生育阻害を抑圧できる遺伝子を探索した。その結果得られたcDNAの中の一つは、GDP解離抑制因子(GDI)のホモログをコードしていたので、AtGDI1と名付けた。AtGDI1は、酵母のGDI変異体であるsec19-1の温度感受性を37度まで相補することができ、確かに機能的なGDIをコードしている。この遺伝子は、アラビドプシスの各組織で発現していることも判明した。

2)AtGDI2の単離、解析

 一方、上記のAtGDI1 cDNAをプローブに用いたサザン解析の結果より、アラビドプシス中にはAtGDI1のアイソザイムが数個存在することが明らかとなった。それらのアイソザイム間でどのような機能的分化がなされているかを解析することは、単細胞である酵母に1コピーのみ存在するRabGDIが、高等植物内でどのように多様化しているかを解明する糸口となると考えられる。そこで、AtGDI1をプローブに用いてアラビドプシスcDNAライブラリーをスクリーニングし、AtGDI1とは異なる新たなRabGDIをコードするcDNAを得た。AtGDI2と名付けたこの遺伝子産物は、AtGDI1とは91%相同であり、酵母sec19-1変異株の温度感受性を相補できることから、これもAtGDI1同様、確かにRabGDIとして機能することが明らかとなった。また、AtGDI2は、Ara4Q71Lによって引き起こされるypt1変異体の生育阻害を、AtGDI1と同様に抑圧することができた。このことは、Ara4Q71Lが、AtGDI1、AtGDI2の双方と相互作用し得ることを示している。さらに、ノザン、及びサザン解析の結果から、AtGDI2は、AtGDI1と若干の発現パターンの違いはあるものの、やはりアラビドプシスの各組織で発現しており、AtGDI1、AtGDI2の他にも、さらに1コピーのGDI遺伝子がアラビドプシス中に存在することも判明した。

3)Ara4とAtGDIsの相互作用の生化学的解析

 これまでのRabGDIの解析から、RabGDIの細胞内での機能は、GTPを加水分解し終えGDP結合型となったRabのみを膜から解離させ、次のGTPase cycleを開始するまで細胞質中に保持しておくことであるとされている。一方、本研究においてAra4Q71Lとして使用したGlnからLeuへの置換は、GTPase活性が低下する変異として、様々な低分子量GTPaseにおいてGTP固定型として汎用されているものであるにも関わらず、上記のように、AraQ71LとAtGDI1が相互作用するという結果を得た。これは、RabGDIがRab-GDPとのみ相互作用し得るという定説に反するものである。そこで、Ara4Q71Lと、AtGDI1及びAtGDI2が、酵母内で本当に複合体を形成しているかを調べるため、抗AtGDI1抗体を用いて免疫沈降を行った。その結果、Ara4Q71LはAtGDI1の存在に依存して、抗AtGDI1抗体により沈降することが示された。この結果は、Ara4Q71LとAtGDI1が、酵母内で複合体を形成していることを生化学的にも支持する。なお、AtGDI2も同様に、Ara4Q71Lと酵母内で複合体を形成していることが確認された。

4)第二の抑圧因子No.6

 以上のGDIとは別に、先のスクリーニングで得られた第二の抑圧因子についても解析を行った。No.6と呼んでいるこの遺伝子は、中央とC末端にcoiled-coil構造を持つことが予想されるタンパク質をコードしていた。これは、これまでにホモロジーのある遺伝子が報告されていない新規のものであったが、中央部分には酵母の液胞タンパク質の輸送に関与するVps27と相同性を示す領域を有していた。

5)Ara4GTPase cycleの酵母内でのdissection

 以上AtGDI1、No.6といった因子を明らかにした上で、Ara4のGTPase cycleを、酵母内で素過程に分割して解析するため、様々な変異(S26N、T44A、Q71L、△C等)をAra4に導入し、それらの変異Ara4がypt変異体の生育に及ぼす影響を解析した。その結果、少なくとも3種類の酵母内の因子が、Ara4によって奪われ、ypt変異体の生育を妨げていることが判明した。そこで、2種の抑圧因子が、その3種の因子のうち何れのものに対応するかを調べる目的で、それぞれの変異Ara4による生育阻害に対するAtGDI1とNo.6の抑圧活性を検討した。その結果、Ara4とAtGDI1との相互作用は、Ara4C末端のCysモチーフに依存的であるが、No.6とAra4の相互作用はこれに依存せず、さらに、この相互作用がAra4のThr44付近の効果器領域にも依存しないことが判明した。さらに、少なくとももう1つの因子が、酵母内でAra4に奪われていることが判明した。今後この方法を応用し、Ara4 GTPaseの周辺で機能する因子の解析をさらに進めることにより、Ara4が植物の小胞輸送において果たす役割を明らかにできると期待している。

結論

 1)植物細胞内の小胞輸送経路を司るRab/Ypt GTPaseに関し、その制御、もしくは情報伝達機構に関与する遺伝子、AtGDI1、及びNo.6を、酵母を用いた新規の相互作用因子探索法により単離した。

 2)GTP固定型となるGlnからLeuへの変異を導入したAra4Q71Lが、RabGDIはRab-GDPとのみ相互作用し得るというこれまでの定説に反し、AtGDI1、及びAtGDI2と複合体を作り得ることを、遺伝学的、及び生化学的に示した。

 3)AtGDI2を単離し、これがAtGDI1と同様Ara4と相互作用することを示した。

 4)様々な変異を導入した変異型Ara4を利用し、酵母内でAra4のGTPase cycleを素過程に分割できることを示したとともに、その系を利用し、AtGDI1もしくはNo.6と、Ara4との相互作用様式を明らかにした。

審査要旨

 本論文では、植物における小胞輸送経路におけるRab/Ypt familyタンパク質の役割とその制御機構を明らかにするため、酵母を用いた実験系を開発し、それを用いて、Rab/Ypt familyタンパク質と相互作用する因子を単離、解析した結果が発表されている。

 本論文は3章からなっており、第1章では、酵母を用いた相互作用因子の新規探索法の開発と、それにより単離されたAtGDI1遺伝子について述べられている。酵母ypt変異体に、Arabidopsis thaliana由来のRab/YptホモログであるAra4を発現させた際、Ara4は、ypt1、ypt3、sec4、ypt6、及びypt7の、何れの変異をも相補することが出来なかったばかりか、ypt1、ypt3、sec4の各変異体において、その生育を許容温度においても著しく阻害する。さらに、その阻害は、GTP固定型であるとされるAra4Q71Lを発現させた時に特に顕著であった。続いて、Ara4Q71Lを発現しているypt1、ypt3、sec4変異体を電子顕微鏡により観察することにより、ypt1変異体では小胞体が、ypt3変異体ではゴルジ体が不可逆的に変形したBerkeley bodyと呼ばれる膜構造が、sec4変異体では分泌小胞が異常に蓄積していることを明らかにした。このAra4タンパク質による生育阻害は、Ara4が、酵母のYptタンパク質の制御因子、もしくは効果因子を奪うことにより、それぞれの変異体の弱点が強調されることが原因の一つとなっていると推察される。そこで、この生育阻害を抑圧するような遺伝子産物を探索することにより、Ara4タンパク質と機能的に相互作用する因子を単離することができるのではないかと考え、アラビドプシスcDNAライブラリーのスクリーニングを行なった。その結果得られたcDNAの中の一つは、GDP解離抑制因子(GDI)のホモログをコードしており、AtGDI1と名付けられた。AtGDI1は、酵母のGDI変異体であるsec19-1の温度感受性を37度まで相補することができ、確かに機能的なGDIをコードしている。この遺伝子は、アラビドプシスの各組織で発現していることも明らかにされている。

 第2章では、AtGDI2遺伝子の単離と、Ara4とAtGDIとの相互作用の、生化学的解析の結果について述べられている。AtGDI1をプローブに用いたサザン解析の結果より、アラビドプシス中にはAtGDI1のアイソザイムが数個存在することが明らかにされた。そこで、AtGDI1をプローブに用いてアラビドプシスcDNAライブラリーをスクリーニングし、AtGDI1とは異なる新たなRabGDIをコードするcDNAを単離した。AtGDI2と名付けられたこの遺伝子産物は、AtGDI1とは91%相同であり、酵母sec19-1変異株の温度感受性を相補できることから、これもAtGDI1同様、確かにRabGDIとして機能することが明らかとなった。また、AtGDI2は、Ara4Q71Lによって引き起こされるypt1変異体の生育阻害を、AtGDI1と同様に抑圧できることも示された。このことから、Ara4Q71LがAtGDI1、AtGDI2の双方と相互作用し得ることが示唆されたが、Ara4Q71Lは、GTP固定型となると予想される変異Ara4であり、この結果は、RabGDIがGDP型のRabとのみ相互作用することができるというこれまでの定説に反するものであった。そこで、Ara4Q71Lと、AtGDI1及びAtGDI2が、酵母内で複合体を形成しているかを調べるため、抗AtGDI1抗体を用いて免疫沈降を行った。その結果、Ara4Q71LはAtGDI1の存在に依存して、抗AtGDI1抗体により沈降することが見いだされた。この結果は、Ara4Q71LとAtGDI1が、酵母内で複合体を形成していることを生化学的にも支持するものである。なお、AtGDI2も同様に、Ara4Q71Lと酵母内で複合体を形成していることも確認している。さらに、ノザン、及びサザン解析の結果から、AtGDI2は、AtGDI1と若干の発現パターンの違いはあるものの、やはりアラビドプシスの各組織で発現しており、AtGDI1、AtGDI2の他にも、さらに1コピーのGDI遺伝子がアラビドプシス中に存在することも明らかにした。

 第3章では、Ara4と相互作用する新たな因子、No.6の単離、及び、Ara4とそれらの因子間の相互作用様式を、酵母を用いた系により、さらに詳細に解析している。No.6と呼んでいる第二の抑圧因子は、中央とC末端にcoiled-coil構造を持つことが予想されるタンパク質をコードしていた。これは、これまでにホモロジーのある遺伝子が報告されていない新規のものであったが、中央部分には酵母の液胞タンパク質の輸送に関与するVps27と相同性を示す領域を有していた。一方、Ara4のGTPase cycleを酵母内で素過程に分割して解析するため、様々な変異(S26N、T44A、Q71L、△C等)をAra4に導入し、それらの変異Ara4がypt変異体の生育に及ぼす影響を解析した結果、少なくとも3種類の酵母内の因子が、Ara4によって奪われ、ypt変異体の生育を妨げていることが判明した。そこで、AtGDI1、No.6の2種の抑圧因子が、その3種の因子のうち何れのものに対応するかを調べる目的で、それぞれの変異Ara4による生育阻害に対するAtGDI1とNo.6の抑圧活性を検討した。その結果、Ara4とAtGDI1との相互作用は、Ara4C末端のCysモチーフ、及び効果器領域に依存的であるが、No.6とAra4の相互作用はこれに依存しないことが明らかとなった。さらに、少なくとももう1つの因子が、酵母内でAra4に奪われていることも示された。今後この方法を応用し、Ara4 GTPaseの周辺で機能する因子の解析をさらに進めることにより、Ara4が植物の小胞輸送において果たす役割を明らかにできることが期待される。

 本論文は、松田憲之氏、吉積毅氏、塚谷裕一博士、穴井豊昭博士、松井南博士、中野明彦博士、内宮博文教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析、及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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