学位論文要旨



No 113283
著者(漢字) 三木,裕明
著者(英字)
著者(カナ) ミキ,ヒロアキ
標題(和) N-WASPによるフィロポディアの形成
標題(洋) Filopdium formation by N-WASP
報告番号 113283
報告番号 甲13283
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3429号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 芳賀,達也
内容要旨

 Ash/Grb2はSH2ドメイン及びSH3ドメインのみから成るアダプター蛋白の一つで、チロシンキナーゼからのシグナルをSH2ドメインで受け取り、SH3ドメインに結合したエフェクター蛋白を介してシグナルを下流へ伝えると考えられている。エフェクターの一つであるSosは低分子量型G蛋白Rasの活性化因子の一つであり、Ash/Grb2はこの経路を経てチロシンキナーゼからのシグナルをRas活性化に結びつけている。しかし、Ash/Grb2はこの他にもアクチン細胞骨格の再構成にも関係していることが示されており、Sos以外の何らかのエフェクター分子の存在が示唆されていた。

 私はAsh/Grb2によるアクチン細胞骨格制御機構を明らかにするべく、その未知のエフェクターの同定を試みた。まず、アフィニティークロマトグラフィーによりAsh/Grb2結合蛋白の解析を行ったところSosを含めて複数の蛋白と結合することが分かった。その中にはエンドサイトーシスに関わるdynaminや、PIP2、IP3などイノシトールポリリン酸を脱リン酸化するsynaptojaninなどが含まれていた。私は電気泳動の見かけ上の分子量65kの結合蛋白に着目し、その解析を試みた。常法に従い部分ペプチドのアミノ酸配列を決定したところ、未知の蛋白であることが分かったので、そのアミノ酸配列に基づいた合成オリゴDNAによるハイブリダイゼーションにより目的のcDNAクローンを単離した。

 そのcDNAより予想されるアミノ酸配列は非常にPro残基に富むものであり、全体で505アミノ酸から成っていた。Proに富む部分の他、様々な機能モチーフが散見された。図1に示すようにPHドメイン、IQモチーフ、GBD/CRIBモチーフ、verprolinおよびcofilinとの相同領域などが認められた。このような比較的短いペプチドモチーフの他、全体を通してヒトの遺伝性疾患であるWiskott-Aldrich症候群の原因遺伝子産物であるWASP(Wiskott-Aldrich Syndrome Protein)と約50%の相同性を示した。上述したペプチドモチーフのうちIQモチーフ以外は全て両者に共通して存在し、その機能的類似性が示唆された。ノザン解析およびウエスタン解析により分布を調べたところ、脳に最も豊富に存在することが分かったので、私はこの新規蛋白をNeural WASP(N-WASP)と命名した。N-WASPは脳以外でも殆ど全ての器官での発現が認められ、この点において血球系のみに発現が限局されているWASPと対照的である。

図1.WASPとN-WASPの模式構造図図中Vはverprolinとの、Cはcofilinとの相同領域を示す。GBD(GBD/CRIB)モチーフはCdc42との、IQモチーフはcalmodulinとの結合部位である。

 N-WASPの機能を調べるため、部分発現コンストラクトを作製し、その結合蛋白を調べた。その結果、蛋白のC末部(VCAドメイン)にアクチンが直接結合することが分かった。更に詳細にその効果を検討したところ、このVCAドメインは重合した状態のアクチン(アクチンフィラメント)を切断し、単量体のアクチンに結合する活性を持っていることが分かった。verprolin及びcofilinはいずれもアクチン細胞骨格の制御蛋白であり、特にcofilinは上と同様のアクチンフィラメント切断活性を持つことが分かっているので、この実験結果はその知見と合致する。COS7細胞にN-WASPを強制発現させると、(血清存在下では)N-WASPは核内に集積する他、形質膜部においてもクラスターを形成し、更にアクチンフィラメントもその部分に集積していた。一方、アクチン結合領域であるVCAドメインを欠失した変異型N-WASPは核にのみ集積し、形質膜部でアクチンフィラメントを集める作用は無かった。これらの結果はN-WASPがそのC末部のVCAドメインを介してアクチンフィラメントを直接制御する蛋白であることを示唆している。

 N-WASPはAsh/Grb2アダプター蛋白のシグナリング、つまりチロシンキナーゼの下流において機能する因子(の候補)として見い出したものであるので、N-WASP発現細胞をEGFで刺激し、その効果を検討した(図2)。まず血清を除去した培養条件下では、形質膜におけるN-WASPおよびアクチンフィラメントの大きなクラスターは生じておらず、核への集積も顕著ではなかった。ところがEGF刺激の10分後、細胞表面よりアクチンフィラメントを含む細い突起(マイクロスパイク、フィロポディア)の形成が誘導された。このような変化はN-WASPを発現していないCOS7細胞では全く生じておらず、また、特定の蛋白の強制発現によりEGF刺激依存にマイクロスパイクの形成が起こるとの報告もない。この結果より、N-WASPは刺激依存性に機能し、形質膜部においてアクチン細胞骨格を制御し、マイクロスパイクの形成に関わる因子であると結論した。

図2.N-WASP発現細胞でのマイクロスパイク形成COS7細胞にN-WASPを発現させ、血清を含まない培地で培養し、10分間EGF刺激した。抗N-WASP抗体(上)とファロイジン(下)で二重染色した。

 ところで、アクチンフィラメントは様々な細胞外刺激に応じてその重合状態を変化させ、それが細胞自身の形態変化や運動などに関係していることが知られている。アクチンフィラメントの制御因子としてRhoファミリーの低分子量型G蛋白の関与が指摘されているが、マイクロスパイク(フィロポディア)の形成にはそのファミリー分子の一つCdc42が関係している。更にN-WASPにはCdc42との直接の結合に関わると推測されるGBD/CRIBモチーフも存在している。Cdc42に直接結合する蛋白はいくつか同定されているものの、マイクロスパイクを形成誘導するときの標的因子はまだ同定されていない。そこで私は次にCdc42とN-WASPとの機能的関連について解析した。

 まず、COS7細胞にCdc42の恒常的活性化型変異体であるCdc42G12Vを発現させたところ、マイクロスパイクの形成が観察された。そこへ更にN-WASPを共発現させると、マイクロスパイクが非常に長く伸びたような形状になった。一方、WASPの共発現はCdc42によるマイクロスパイクの形成を完全に抑制した。この結果はCdc42によるマイクロスパイク形成にN-WASPが関与していることを示唆している。またその関連分子であるWASPは少なくともマイクロスパイク形成には絡んでおらず、WASPとN-WASPとの機能上の差異も明らかとなった。遺伝子組換えにより発現させた蛋白を細胞にマイクロインジェクションした直後の形態変化を調べることにより、これらのマイクロスパイクが形質膜から突き出して形成されること、すなわちフィロポディアであることを確認した(図3)。

図3.N-WASPと活性化型Cdc42のマイクロインジェクションによるフィロポディア形成COS7細胞にCdc42G12V蛋白のみ(上)、もしくはCdc42G12V蛋白とN-WASP蛋白の両方(下)をインジェクトし、その後の細胞の形態変化を観察した。図中の矢印はフィロポディアを示す。

 次に、Cdc42とN-WASPとの物理的結合を解析した。Cdc42をビーズ上に固定し、そこへラット脳溶解物を流し、ビーズに結合する蛋白を調べたところ、脳溶解物中のN-WASPがGTP結合型(活性化型)Cdc42に特異的に結合することが分かった。さらにFar Western法により、この結合がN-WASPのGBD/CRIBモチーフを介して直接起こっていることを確認した。このことは、N-WASPがCdc42の機能上の標的分子である可能性を強く支持している。実際Swiss 3T3細胞にN-WASPに対する特異抗体をマイクロインジェクションしてやると、Cdc42依存性に起こるマイクロスパイク形成が阻害される。

 最後に、Cdc42によるN-WASPの機能制御メカニズムについて解析した。上述したようにN-WASPのC末部のVCAドメインにはアクチンフィラメントを切断する活性があることが分かっている。全長のN-WASPでの効果を検討するため、まず組換え型バキュロウイルスを作製し、それを用いて蛋白の発現を行った。図4に示すように、精製した全長蛋白をアクチンフィラメントのみを含む溶液に加えると、溶液の粘度が若干減少した。ところが、ここへ更に活性化型(GTP結合型)Cdc42を加えると、溶液の粘度はほぼ非重合状態のアクチン溶液と同じレベルにまで減少した。一方、GDP結合型のCdc42はN-WASPの有無に関わらず、溶液の粘度に全く影響を与えなかった。この結果は全長のN-WASPにおいては活性化型Cdc42の直接の結合によりそのアクチンフィラメント切断活性が正に制御されていることを意味している。ところで、アクチンフィラメントの重合を誘導するメカニズムとしては、重合核の形成、キャッピング蛋白の解離による線維端の露出、フィラメントの切断による線維端の露出、などが考えられている。N-WASPの場合は、恐らくこの最後のメカニズムによってアクチンの重合を誘導しているものと考えている。また最近、アクチン重合に対するプロフィリンの関与が指摘されており、実際線維端の露出したアクチンフィラメントへのアクチン重合を促進する性質を持っていることが示されている。私はN-WASPがそのProに富む領域においてプロフィリンと強く結合していることも明らかにした。すなわちN-WASPはアクチンフィラメントの切断により、重合可能な線維端を露出させるのみならず、結合したプロフィリンを介してアクチンの重合過程にも積極的に関わっていることを示唆している。以上の実験結果より、私は図5に示すようなN-WASPによるフィロポディア形成メカニズムのモデルを提唱する。

図4.Cdc42によるN-WASPのアクチン脱重合活性の制御アクチン線維を含む溶液に図に示す蛋白を加え、その重合状態の変化をfalling ball法による溶液粘度測定により検出した。値が小さい程粘度が小さく、重合度が低いことを示す。図5.N-WASPによるフィロポディア形成メカニズム静止期においてアクチン線維はその線維端がキャップされている。何らかのシグナルによりCdc42が活性化され、N-WASPのアクチン脱重合活性を上昇させると、周囲のアクチン線維が脱重合され、キャップされていない線維端が露出する。そこへ、N-WASPに結合したプロフィリンがアクチンの重合を促進する。

 共同研究者:三浦賢司博士(防衛医科大学校)

 高井義美博士(大阪大学医学部)

 佐々木卓也博士(大阪大学医学部)

 筆頭著者論文

 1.Miki et al.(1994)J.Biol.Chem.269,5489-5492

 2.Miki et al.(1996)EMBO J.15,5326-5335

 3.Miki et al.(1997)Cell Growth.Differ.8,195-202

 4.Miki et al.(1997)Nature in press

審査要旨

 本論文は2章からなり、第1章は、新規蛋白N-WASPのcDNAクローニング及びその基本的な機能解析について、第2章はN-WASPのCdc42による活性制御機構及びフィロポディア形成について述べられている。

 まず第1章において、論文提出者はチロシンキナーゼシグナル伝達に関わるアダプター蛋白Ash/Grb2の下流のシグナル伝達を調べる目的で、その結合蛋白を解析した。その結果、見かけの分子量65kDaのAsh/Grb2結合性の未知蛋白を見い出した。その蛋白をコードするcDNAをクローニングし、その構造を明らかにした。cDNAから予想されるアミノ酸配列はヒトの遺伝性疾患であるWiskott-Aldrich症候群の原因遺伝子産物であるWASPと約50%の相同性を有していた。WASPは血球系の細胞でのみ発現が見られる一方、この65kDa蛋白はほぼ普遍的に存在し、特に脳で強い発現が認められたため、この蛋白をNeural-WASP(N-WASP)と命名した。

 N-WASPの機能を調べるため部分発現コンストラクトを作製し、それぞれに結合する蛋白を調べた結果、C末部にアクチンが結合してくることが分かった。このC末部にはアクチン制御蛋白であるverprolinやcofilinとの相同モチーフが存在していた。cofilinはアクチン線維を切断する活性のあることが既に明らかにされているが、実際このC末部の部分蛋白もアクチン線維切断活性を持っていることが示された。これらの結果はN-WASPが直接アクチン細胞骨格の制御にあたる蛋白であることを示唆している。

 COS7細胞にN-WASPを強制発現させたところ、血清を含む培養条件下では核に多量のN-WASPが蓄積していた。また細胞膜の一部においてN-WASPがアグリゲートしたような形で存在する所もあった。丁度その部分にはアクチン線維も同じように集積していた。一方、アクチンとの相互作用部位であるC末部を欠失した変異体やPHドメイン内のある点突然変異体は核にのみ集積し、細胞膜部においてアクチン線維を集める様な作用は全くなかった。N-WASPを発現している細胞をEGF刺激すると、アクチン線維を含む細い突起構造(マイクロスパイク)の形成が見られた。このような形態変化はN-WASPを発現していない細胞では全く起こらなかった。

 第2章においては、そのマイクロスパイク形成についてより詳細な検討を加えている。マイクロスパイク形成にはRhoファミリー低分子量型G蛋白の一つであるCdc42が関係していることが以前から指摘されていた。論文提出者は、第1章での実験結果とN-WASPにはCdc42と直接結合すると予想されるGBD/CRIBモチーフが存在するという二つの理由から、その時のCdc42の標的分子がN-WASPではないかと推測した。

 まず、Cdc42の活性化型変異体とN-WASPとを共発現させるとCdc42によって形成誘導されるマイクロスパイクが非常に長くなった。一方、N-WASPに似た蛋白であるWASPを共発現させるとCdc42によるスパイク形成が完全に抑制された。この結果はマイクロスパイク形成上の標的がWASPでなくN-WASPであるという予想と合致している。更にCdc42とN-WASP蛋白の微量注入後の形態変化をリアルタイムモニターすることにより形成されるマイクロスパイクが細胞から飛び出すようにして形成されること、すなわちフィロポディアであることを確認した。

 次にCdc42はGTP結合型つまり活性化型の時にのみN-WASPに結合すること、そしてその結合がGBD/CRIBモチーフを介して直接起こっていることを明らかにし、N-WASPがCdc42の機能上のエフェクターである可能性がさらに強まった。

 細胞がもともと持っているN-WASP蛋白が実際のマイクロスパイク、フィロポディア形成に関係するか調べるため、N-WASPに対する特異抗体を微量注入し、その細胞での形態変化を観察した。その結果、抗N-WASP抗体よってマイクロスパイク形成が抑制されることが分かった。これらの結果よりCdc42によるマイクロスパイク、フィロポディア形成の標的分子はN-WASPであると結論された。さらに活性化されたCdc42がN-WASPに結合することによりN-WASPのアクチン線維切断活性が上昇することも明らかにした。これによってアクチン線維が部分切断され、重合可能な線維端が開き、アクチンの新たな重合反応を可能にしているものと推測している。

 なお、本論文第1章は三浦賢司氏、竹縄忠臣氏との共同研究であり、第2章は佐々木卓也氏、高井義美氏、竹縄忠臣氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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