学位論文要旨



No 113023
著者(漢字) 劉,志民
著者(英字)
著者(カナ) リウ,ジミン
標題(和) タングステンを含むクロム白鋳鉄の凝固過程および溶質挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 113023
報告番号 甲13023
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4000号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
内容要旨

 鉄鋼熱間仕上げ圧延用ワークロールなどの耐摩耗材は,ニハード系鋳鉄に代わって,高クロム鋳鉄系が使用されるようになり,現在に至っている.しかし,近年圧延機械の大型化,高速化および高圧化などに追従するため,より高性能なロールが要求されるようになった.それに伴って,ロール材も高クロム系鋳鉄から多種類の合金元素を含む多元系合金に移行しつつある.クロム白鋳鉄にタングステンを添加することによって,基地が強靭化されると同時に,M3C型の炭化物より高硬度のM7C3,M6Cが晶出するため,耐摩耗性が優れる.合金白鋳鉄の性質とくに耐摩耗性を向上するには炭化物の種類・分布・量・寸法の制御は重要である.多元合金化によって凝固組織が複雑となり,炭化物の晶出挙動ならびに各元素の溶質分布についてまだ不明のことが多い.また,同じ初期組成の合金では,冷却条件によって凝固組織が大きく変わる.たとえば,遠心鋳造法で圧延用ロールを造るにはロールの表面と内部は硬度ならびに耐摩耗性に大きく違いがあり,それは冷却条件によって晶出相の分布・寸法が変わったと同時にある場合で炭化物の晶出した順序ならびに種類も変化したと考えられる.

 本研究では,タングステンを含む白鋳鉄の凝固組織制御の指針を得るために,広範囲の合金組成を用い,示差熱分析(DTA)より晶出温度を測定し,各相の晶出温度に及ぼす初期組成の影響を究明した.また,一方向凝固実験より,晶出相の凝固挙動を究明し,特に共晶凝固組織の種類,量,形態および分布に及ぼす合金組成および凝固条件の影響が明らかになった.また,凝固組織に及ぼす凝固条件について検討し,共晶段階における+M7C3+M3Cの競合成長について相選択基準を設けて定量的に検討した.

 本研究で得られた主な成果は以下のようである.

 1.炭素は1〜4.5%,クロムは2〜35%,タングステンは2〜25%の成分範囲で,示差熱分析ならびに組成観察によって,Fe-Cr-W-C四元系合金における相の晶出種類および晶出温度を検討した.特に,タングステンを5%一定とした擬三元合金Fe-Cr-5%W-C初晶投影図を作成し,Fe-Cr-C三元系と比較した.また,白鋳鉄成分範囲で重要な+M7C3+M3Cの一変共晶線の変化を検討し,タングステンの添加によって各晶出領域の変化を究明した.さらに,タングステンの添加量を変えて,M6Cの晶出に及ぼすタングステンの影響を考察した.

 擬三元合金Fe-Cr-5%W-Cでは,(),,M7C3とM3Cが初晶および一変共晶として晶出した.タングステンの添加によって,Fe-Cr-C三元系合金におけるM3Cの晶出領域が狭くなり,M7C3の晶出領域は広くなる.また,四相反応点U1(L++M7C3)とU2(L+M7C3+M3C)ならびに一変共晶線+M7C3+M3Cはそれぞれクロムと炭素の減少する方向に移動した.白鋳鉄の組成範囲では,タングステンを3%以上に添加すると,M6C型の炭化物が晶出する.5%W一定の四元合金では,Cr/C>3.5では,+M7C3+M6C,Cr/C<3.5では+M3C+M6Cとして晶出した.

 タングステンの添加により,一変共晶温度の重相関関係を分析した.タングステンの量が大きくなると,+M7C3の共晶温度は高くなり,+M3Cの共晶温度が低くなる.

 2.本実験では,5%W,15%W,25%W系の亜共晶,共晶および過共晶合金を配合し,一方向凝固実験を行い,凝固方向と平行な断面および垂直な断面で凝固組織を詳しく観察して,晶出順序および各相の成長特性を調べた.また,一部の試料において,引け巣に晶出した組織を走査型電子顕微鏡より三次元の成長形態を観察し,および炭化物の成長形態・成長特性を捕らえ,凝固挙動を究明した.

 白鋳鉄の凝固組織は,ノンファセット成長の相とファセット成長の炭化物から構成される.そのため,と各種類の炭化物はそれぞれ特有の凝固様式を持つ.M7C3が初晶として晶出した過共晶合金では,初晶M7C3が六角形の棒状を呈し,熱流方向の逆方向に沿って成長する.そのため,靭性が低く,実用合金として使うときに注意する必要がある.初晶M7C3が晶出したあと,共晶段階では,が初晶M7C3の周りを取り囲んで成長し,"ハロー"組織を構成した.このような"ハロー"組織は,凝固速度の増加につれ発達する.初晶M6Cもファセット成長特性があり,デンドライト成長特徴を持ち,三次元の形態は"錨"状を呈する.

 +M7C3共晶では,M7C3がロッド状と放射片状に分かれる.凝固速度が大きくなると,放射片状M7C3の晶出が促進される.三次元で組織観察の結果,+M7C3の共晶は方向性のある柱状のセルを構成し,形態では"とうもろこし"状を呈する.亜共晶合金の場合,+M3Cが初晶の樹枝を取り囲んで成長する.

 初期組成一定の合金では,凝固速度Vによって晶出順序ならびに炭化物の種類が変化する.凝固段階の晶出順序を検査した結果,共晶+M7C3+M3Cは競合成長した.凝固速度が小さいとき+M7C3が先行して晶出したが,ある臨界速度以上では,+M3Cが先行して晶出し,+M7C3の晶出は抑制された.また,初期組成のクロム量が大きいあるいは炭素量が小さいほど臨界凝固速度が大きい方に移動する.いずれの場合も,+M3C+M6C共晶は最後に晶出した.

 理論的に,界面温度の高い相が優先して成長する相選択基準を設けて,共晶競合成長を定量的に評価した.DTAより各相の平衡晶出温度を測定し,デンドライト先端成長温度はKGTモデルより算出し,共晶界面温度は初晶から共晶相の晶出界面までの距離を測定することによって求めた.また,多元系においては,共晶過冷度Tと凝固速度Vの関係は二元合金の場合と同様に取り扱った.つまり,J-H(Jackson & Hunt)モデルおよびM-T(Magnin & Trivedi)モデルによって,T=Kが成立するとし,最小二乗法によって各共晶相のK値を求めた.その結果は次のようである:

 K(+M7C3)=105Kmm-1/2s1/2;

 K(+M3C)=50Kmm-1/2s1/2;

 K(+M6C+M7C3)=202Kmm-1/2s1/2;

 K(+M3C+M6C)=175Kmm-1/2s1/2;

 また,熱電対で直接に界面温度を測定した結果と比較し,よい一致を示した.

 凝固速度による晶出相の界面温度変化を求めた.一例として,図1には8.65%Cr-4.50%W-3.22%C合金の初晶,共晶+M7C3,+M3Cおよび+M3C+M6Cの晶出温度の変化を示す.凝固速度が大きくなるにつれ,各相の晶出温度がそれぞれの平衡晶出温度から離れて低くなるが,凝固速度Vが小さいとき,共晶+M7C3の晶出温度は共晶+M3Cの晶出温度より高く,+M7C3が優先的に晶出する.ある臨界凝固速度Vcで交わり,V>Vcでは,+M3Cの成長界面温度は+M7C3の界面温度より高くなり,凝固順序は逆転する.

図1凝固速度による各相の晶出温度の変化

 3.EPMAマッピング測定を行い凝固区間における炭素,クロム,タングステンなどの溶質挙動を究明した.各晶出相の平均濃度を求めたうえ,凝固進行につれてバルク融液の濃度変化を明らかにした.

 各相に対する合金元素の分配係数を求めた結果,とkCをそれぞれおよび炭化物に対する分配係数とすると,初晶に対する分配係数はであり,共晶M7C3炭化物に対する分配係数はであり,共晶M3Cに対する分配係数はである.初晶に対する分配係数は1より小さく,亜共晶合金では,初晶の晶出によって,各合金元素はのデンドライト前方にパイルアップして,一変共晶に到達すると共晶反応が起こる.また,共晶段階は,凝固進行につれ液相のクロム濃度は減少しつつあり,タングステン濃度は増加しつつある.そのため,同じ初期組成合金であっても異なる段階で晶出したM7C3などの炭化物が形状に相違があり,クロムとタングステンの固溶量も異なる.

審査要旨

 鉄鋼熱間仕上げ圧延用ワークロールは,ニハード系鋳鉄,高クロム鋳鉄系に代わって多種類の合金元素を含む多元系合金に移行しつつある.本研究では,このような背景からタングステンを含むCr-W系白鋳鉄の凝固組織制御の指針を得るために,特に共晶凝固組織の種類,量,形態および分布に及ぼす合金組成および凝固条件の影響を明からにしたもので,全5章よりなる.

 第1章は序論であり,合金白鋳鉄の発展の経緯,白鋳鉄の組織,凝固組織形成の基礎理論をレビューした.

 第2章では,タングステンを含むクロム白鋳鉄の相構成および晶出温度を検討した.すなわち,炭素は1〜4.5%,クロムは2〜35%,タングステンは2〜25%の成分範囲で,示差熱分析ならびに組成観察によって,Fe-Cr-W-C四元系合金における相の晶出種類および晶出温度を検討した.特に,タングステンを5%一定とした擬三元合金Fe-Cr-5%W-C初晶投影図を作成し,Fe-Cr-C三元系と比較した.また,白鋳鉄成分範囲で重要な+M7C3+M3Cの一変共晶線の変化を検討し,タングステンの添加によって各晶出領域の変化を究明した.さらに,タングステンの添加量を変えて,M6Cの晶出に及ぼすタングステンの影響を考察した.

 第3章では,クロムータングステン白鋳鉄の凝固挙動および相選択を一方向凝固法を用いて検討した.亜共晶合金の凝固段階の晶出順序を検査した結果,共晶+M7C3+M3Cは競合成長した.凝固速度が小さいとき+M7C3が先行して晶出したが,ある臨界速度以上では,+M3Cが先行して晶出し,+M7C3の晶出は抑制された.また,初期組成のクロム量が大きいあるいは炭素量が小さいほど臨界凝固速度が大きい方に移動する.いずれの場合も,+M3C+M6C共晶は最後に晶出した.

 界面温度の高い相が優先して成長する相選択基準を設けて,共晶競合成長を定量的に評価した.まずDTA測定より各相の平衡晶出温度を測定した.凝固途中に急冷して一方向凝固界面を保持した試料の顕微鏡観察から共晶過冷度を求めた.デンドライト先端成長温度はKurz,Giovanola & Trivediモデルより算出し,共晶界面温度は測定されたデンドライト先端から各共晶先端間の距離から算出し,二元合金におけるJackson & HuntモデルおよびMagnin & Trivediモデルと同様に,多元系においてもT=Kが成立するとして,共晶過冷度を求め各共晶相のK値を計算した.K値は,K(+M7C3)=105Kmm-1/2s1/2,K(+M3C)=50Kmm-1/2s1/2,K(+M6C+M7C3)=202Kmm-1/2s1/2,K(+M3C+M6C)=175Kmm-1/2s1/2となった.これらの値は界面温度を直接測定して求めた値と良く一致した.また,これらから各相の界面温度を計算し,競合する相のうち界面温度の高い相が晶出するとして相選択を考えると,実験で求めた晶出相の順序は良く説明できる.

 第4章では クロムータングステン白鋳鉄の凝固過程における溶質分配挙動について検討した.EPMAマッピングにより炭素,クロム,タングステンなどの溶質測定を行い,本白鋳鉄のような複雑な共晶組織に対し,実験的に凝固区間における各溶質の分配挙動を究明し,初晶・共晶時のバルク液相濃度変化を明らかにした.各晶出相に対する元素の分配係数を求めた.とkCをそれぞれおよび炭化物に対する分配係数とすると,初晶に対する分配係数は113023f04.gifとなり共晶M7C3炭化物に対する分配係数は113023f05.gifであり,共晶M3Cに対する分配係数は113023f06.gifが得られた.初晶M7C3炭化物に対する分配係数は113023f07.gifであった.これらの分配係数を用い,炭素に関し平衡凝固,他の元素に対し固相内無拡散・液相内完全混合,固液界面では局所平衡が成立つとして,単相ならびに共晶に対し溶質保存方程式を導き,凝固進行に伴う溶質挙動を検討した.これらの予測は実験結果を良く再現した.

 第5章は総括である.

 以上を要するに,本研究はCr-W白鋳鉄の組織制御に関する指針を明確にしたもので,鋳造・凝固工学の進展に寄与するところ大きい.よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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