内容要旨 | | 本論文では,多変数関数論,特に-ノイマン問題において重要な積分核であるベルグマン核の特異性を,あるクラスの弱擬凸領域に関して,古典的な漸近解析を用いて精密に調べることを目標とする. Cn内の領域のベルグマン核は,その領域上のL2-正則関数に関する再生核として定義される.ベルグマン核は,特にその境界における特異性に,領域の不変量及びL2-正則関数に関する重要な情報が多く含まれていることが知られており,現在までに非常に多くの研究がなされている.中でも,強擬凸領域に関する研究において,以下に述べるC.フェファーマン(1974年)により得られたベルグマン核の漸近展開は,驚くべき強い結果である.彼はこの精密な結果を使って,ポアンカレの時代から懸案とされていた双正則写像の境界拡張に関する問題を肯定的に解決したわけであるが,彼の研究はベルグマン核の特異性に関する研究の重要性を,改めて明確に認識させるものとなった.⊂Cnを,滑らかな境界を持つ有界強擬凸領域とするとき,そのベルグマン核K(z)は, と表すことができる.ただし,は領域の定義関数である(={>0},|d|>0on ∂).さらに,関数,は,境界まで込めて滑らかに拡張され,に関して展開することができる.上の結果から解ることは,強擬凸領域のベルグマン核の特異性は,本質的に定義関数によって一変数的に表されており,常微分方程式論の観点から見れば,確定特異点における解の特異性と同じ形をしている. ところで,領域の条件から強擬凸性を取り除いたときに,現在のベルグマン核の特異性に関する研究は,強擬凸の場合に比べてまだ発展途上にあるといえる.境界におけるレヴィ形式の退化は,ベルグマン核の特異性を複雑にし,その解析を非常に困難なものにしている.我々は,さらに領域に有限型(of finite type)という条件を付けて考察する.現在までに盛んに行われている研究は,境界における特異性の大きさを不等式を使って評価するというものであり,特に2次元の場合のD.カトリン(1981年)により得られた次の評価は完全なものである.を有限型領域とし,z0を境界上のタイプ2mの点とする.このとき,のベルグマン核はz0の小さな近傍で,評価 を持つ.ただし,はの定義関数で,はレヴィ形式に関係する関数である.最近,ボアス-ストローベーユ(1995年)は,評価よりも詳しい境界値に関する結果を得ている.しかし,これらの研究は詳しいものであるが,漸近展開(1)のような強いものではなく,特異性の正確な形を見出すことは困難である.本論文では,領域に2次元,柱状という条件を付けて,そのベルグマン核についてある種の漸近展開を与える.その際に必要となるアイデアには,弱擬凸の場合の特異性の性質が強く反映されている. 結果を述べる前に,我々の解析において鍵となるアイデアを簡単に述べる.有限型領域の境界上は,ほとんどいたるところ強擬凸な点であり,弱擬凸な点におけるベルグマン核の解析を行う際,その特異性に,強擬凸な点及び弱擬凸な点双方からの影響が混在してしまい,どのようにして,本質的に弱擬凸性からくる特異性を取り出すかが難しい.我々は,適切な二つの変数を導入することで,この問題に一つの答えを与えた.それぞれの変数に,強擬凸性又は弱擬凸性からくる影響が反映されている.この変数の導入は,弱擬凸な点に(実の)ブロー・アップを施すことを意味している.上にあげたカトリンの評価(2)をみると,弱擬凸な点における特異性を評価するために,複数の項を必要としているが,これは定義関数のみを使い,特異性を捕らえようとしているからであると考えられる. さて,我々の得た主定理を述べる. 次の性質を持つ関数f∈C∞(R)を準備する.fは,常にをみたし,0の近くでf(x)=x2mg(x)(m=2,3,…)と表すことができる.ただし,gはg(0)>0かつをみたす.fは,f:={(x,y)∈R2;y>f(x)}を基底とする柱状領域である.すなわち, 自然な写像:C2→R2を,(z1,z2)=(Imz1,Imz2)で定義する.z0.∈∂fが(z0)=(0,0)をみたすとき,z0は弱擬凸でかつタイプ2mの点であり,-1((0,0))以外では,z0の近くの点は強擬凸である.集合⊂R2をで定義し,変換:を で定義する.ここで関数X∈C∞([0,1))は,次をみたすものとする.[0,1]上であり,のときX(u)=u,またのときとなる.oは,からへの写像となることに注意しておく.は,(又は)からへの同型写像を引き起こす.によるfの境界の対応は,次のようになる.,さらに.この事実は,が原点において∂fを(実の)ブロー・アップしていることを示している. 次の定理は,写像が,fのベルグマン核の特異性を理解するために,有用であることを示している. 定理.領域fのベルグマン核fは,z0の近傍で次のように表される: ここで,∈C∞((0,1]×[0,))及び∈C∞([0,1]×[0,))(∃>0)が成り立つ. さらに,は,集合の上で,次をみたす.任意の非負な整数0に対して, ここで, ただし,であり,0は[0,1]上正である.さらに,は不等式: をみたす.ただし,は正の定数である. 上の定理の主張するところを述べる.(4)と(5)から,弱擬凸な点において,ベルグマン核は本質的に二変数,に関して漸近展開されており,特異性が一変数的であった強擬凸の場合と大きく異なる.変数,の意味を考えると,それらに関する展開は,それぞれ強擬凸性及び弱擬凸性により引き起こされたものであると解釈できる.実際に,に関する展開(5)は,フェファーマンの漸近展開(1)と同じ形を持つ.さらに,に関する展開は弱擬凸性からくるもので,本質的に新しいものであるが,展開の変数に分数巾がかかっていることを除けば,その形は(1)と同じである.弱擬凸特有の展開に関しては,-ノイマン問題における,劣楕円型評価(subelliptic estimate)に関する次の事実を考えると自然に感じられる.2次元の場合,タイプ2mの有限型領域(m=1のとき強擬凸になる)に関しては,が最大1/2mのときまで,次の評価が成り立つ. 考える領域の枠組を有限型としたとき,劣楕円型評価においては,強擬凸と弱擬凸の違いは,の値にのみ現れるが,よく似た違いがベルグマン核の漸近展開においても見られるわけである. 我々の得た結果に必要な,2次元及び柱状という領域に関する条件について注意を行う.有限型領域の場合,レヴィ形式の固有値がひとつしかない2次元の場合と違って,3次元以上になるとレヴィ形式の退化が非常に複雑になり,有限型領域の定義自体も難しくなる.ベルグマン核の特異性に関しても奇妙な現象が起きることが知られており,我々の解析にのせるためには,レヴィ形式の退化が一次元であるか,そうでなければ,退化の仕方に制限をつける必要がある.また,あるクラスの柱状領域のベルグマン核は,ボホナー又はギンディキン・タイプの積分表示が得られ,その積分表示が我々の解析の出発点になっている.この2つの条件を取り除くためには,さらに詳しく有限型領域の幾何学的な性質を研究する必要がある. 最後に,本論文で行う計算について簡単に説明する.我々の計算では,古典的な常微分方程式論における漸近解析が重要となる.特に関数 の無限遠点の挙動は,我々の考えるベルグマン核の境界挙動に直接関係している.この関数は,2m-1階のエアリー型の常微分方程式をみたし,その解析自体が興味深いものである.本論文では,不確定特異点における解の漸近展開を得るための,先人らにより発明された様々なテクニックが,非常に有用となっている. |
審査要旨 | | Cn内の領域上のL2-正則関数に関する再生核として定義されるベルグマン核は,特にその境界における特異性に,領域の不変量及びL2-正則関数に関する重要な情報が多く含まれていることから,非常に多くの特異性に関する研究がなされている。この研究の目的としては,ベルグマン核の特異性について,その評価を求めること,境界値を求めること,漸近展開を求めること,が考えられる。もちろん,漸近展開がわかれば評価等はこれから従うから,漸近展開を精密に計算することがもっとも重要であり,難しい問題である。 中でも,強擬凸領域に関する研究において,フェファーマン(1974年)により得られた,ベルグマン核の漸近展開に関する以下の結果は驚くべきものである。 ⊂Cnを,滑らかな境界を持つ有界強擬凸領域とするとき,そのベルグマン核K(z)は, と表すことができる。ただし,は領域の定義関数である(={>0},|d|>0on∂)。さらに,関数は,境界まで込めて滑らかに拡張され,に関して展開することができる。 この結果から解ることは,強擬凸領域のベルグマン核の特異性は,本質的に定義関数によって一変数的に表されており,常微分方程式論の観点から見れば,確定特異点における解の特異性と同じ形をしている。 ところで,領域の条件から強擬凸性を取り除いたときに,現在のベルグマン核の特異性に関する研究は,強擬凸の場合に比べてまだ発展途上にあるといえる。現在までに盛んに行われている研究は,有限型(of finite type)の領域に関し,境界における特異性の大きさを不等式を使って評価するというものである。2次元の場合には,カトリン(1981年)により得られた次のような完全な評価が得られている。 を有限型領域とし,z0を境界上のタイプ2mの点とする。このとき,のベルグマン核はz0の小さな近傍で,評価 を持つ。ただし,はの定義関数で,はレヴィ形式に関係する関数である。 この研究は詳しいものであるが,漸近展開(1)のような強いものではなく,特異性の正確な形を見出すことは困難である。 論文提出者は,提出論文において領域に2次元,柱状という条件を付けて,そのベルグマン核についてある種の漸近展開を与えた。以下,主結果について解説する。 次の性質を持つ関数f∈C∞(R)を準備する。fは,常にをみたし,0の近くでf(x)=x2mg(x)(m=2,3,…)と表すことができる。ただし,gはg(0)>0かつをみたす。 とする。すなわち,fは,wf:={(x,y)∈R2;y>f(x)}を基底とする柱状領域である。また,自然な写像:C2→R2を,(z1,z2)=(Imz1,Imz2)で定義する。z0∈∂fが(z0)=(0,0)をみたすとき,z0は弱擬凸でかつタイプ2mの点であり,-1((0,0))以外では,z0の近くの点は強擬凸である。集合⊂R2をで定義し,変換を で定義する。ここで関数X∈C∞([0,l))は,次をみたすものとする。[0,1]上であり,のときX(u)=u,またのときとなる。oは,からへの写像となることに注意しておく。は,(又は)からへの同型写像を引き起こす。によるfの境界の対応は,次のようになる。((∂wf)\{(0,0)})={(0,);>0},さらに。この事実は,が原点において∂fを(実の)ブロー・アップしていることを示している。 弱擬凸な点におけるベルグマン核の特異性の解析を行う際,混在している強擬凸な点及び弱擬凸な点双方からの影響を分離し,本質的に弱擬凸性からくる特異性を取り出すことは一般には難しい問題である。上述の写像の導入は論文提出者の独創的な工夫であり,この問題の一つの答えを与えた。変数,に,強擬凸性又は弱擬凸性からくる影響が,それぞれ反映されている。すなわち,論文提出者により得られた次の定理は,fのベルグマン核の特異性の理解のために,写像が有用であることを示している。 定理。 領域fのベルグマン核fは,z0の近傍で次のように表される: ここで,∈:C∞((0,1]×[0,))及び∈C∞([0,1]×[0,))(∃>0)が成り立つ。 さらに,は,集合の上で,次をみたす。任意の非負な整数0に対して, ここで, ただし,であり,0は[0,1]上正である。さらに,は不等式: をみたす。は正の定数である。 (4)と(5)では,弱擬凸な点においてベルグマン核が本質的に2変数,に関して漸近展開されており,この点が特異性が1変数的であった強擬凸の場合と大きく異なる。2変数,に関する展開は,それぞれ強擬凸性及び弱擬凸性により引き起こされたものである。実際,に関する展開(5)は,フェファーマンの漸近展開(1)と同じ形を持つ。さらに,に関する展開(3)は弱擬凸性からくるもので,本質的に新しいものであるが,展開の変数に分数巾がかかっていることを除けば,その形は(1)と同じである。弱擬凸特有の展開に関しては,-ノイマン問題における,劣楕円型評価(subelliptic estimate)に関する次の事実と比較すると自然である。 2次元の場合,タイプ2mの有限型領域(m=1のとき強擬凸になる)に関しては,が最大1/2mのときまで,次の評価が成り立つ。 考える領域の枠組を有限型としたとき,劣楕円型評価においては,強擬凸と弱擬凸の違いは,の値にのみ現れるが,よく似た違いがベルグマン核の漸近展開においても見られるわけである。 提出論文でなされた計算においては,古典的な常微分方程式論における漸近解析が応用されている。特に関数 の無限遠点の挙動は,考察するベルグマン核の境界挙動に直接関係している。この関数は,2m-1階のエアリー型の常微分方程式をみたし,その解析自体が興味深いものである。論文提出者は,不確定特異点における解の漸近展開を得るため先人らにより発明された様々なテクニックを,応用し,また独自な手法を開発して主結果を得た。 本論文で取り扱われている問題は具体的であり,新しいものである。また,得られた結果も応用と一般化が期待され,興味深いものである。よって,論文提出者神本丈は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 |