学位論文要旨



No 112897
著者(漢字) 山下,照仁
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,テルヒト
標題(和) 非相同的組換えにおけるDNA複製因子の役割
標題(洋)
報告番号 112897
報告番号 甲12897
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第808号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 助教授 余郷,嘉明
内容要旨

 紫外線や化学物質で起こるDNA損傷によって、非相同的組換えが上昇することが古くから知られている。当研究室では、大腸菌DNAに組み込まれたプロファージDNAが非相同的組換えによって切り出される際にSpi-ファージが形成され、このファージを選択的に検出するSpi-ファージ検出系が存在することを利用して、非相同的組換えの機構を解析している。このSpi-検出系は定量的に効率よく組換え頻度を測ったり、組換え体の解析が出来る利点を持つ。相同的組換えはRecAやRecBCDに依存した組換え過程を経て組換え体を形成するが、非相同的組換えでは、このSpi-検出系で明らかにされたように、RecAに依存しない組換え過程を経ていることが示されている(Ikeda et al.1995)。また、そのときに形成された組換え体の構造解析から、DNA複製が非相同的組換えのきっかけとなるDNAの二重鎖切断を誘起しているというモデルを提唱した(Yamaguchi et al.1995)。

 本研究で私はSpi-検出系でのDNA複製因子の温度感受性変異株における組換え体の形成頻度を測定し、非相同的組換えにおけるDNA複製因子の役割を検討した。

1:非相同的組換えを検出する系

 大腸菌に溶原化したファージが誘発される際、極めて低頻度で大腸菌ゲノムを含んだbioファージやgalファージが形成される。これらは、通常のファージのようにattにおける部位特異的組換えで切り出されずに、ファージDNAと大腸菌ゲノム間での非相同的組換えによって形成されることが分かっている。このような大腸菌の遺伝子を含んだ形質導入ファージは、ファージ遺伝子の欠失も同時に起こしている。

 普通、ファージはP2ファージ溶原菌では増殖できないが、ファージ遺伝子のred及びgamに欠損があるファージは増殖することが出来る(Spi-phenotype)。ファージの誘発によって低頻度ながら得られるSpi-ファージのほとんど全てが非相同的組換えによって生成したbioファージであることから、今回用いたSpi-検出系によって非相同的組換えの頻度を定量的かつ高感度で測定できることが明らかになった(図1)。

図1:Spi-ファージの形成

 具体的には対数増殖期まで増やした溶原菌を紫外線照射後に熱誘発して得られる溶菌液を、通常の指示菌とP2ファージ溶原菌にそれぞれプレートしプラーク数を測定する。各々からファージの全体数とSpi-ファージ数が得られ、その比をSpi-ファージ形成頻度とした。

2:DNA複製因子がSpi-ファージ形成頻度に与える影響

 DNA複製に関わる遺伝子の非相同的組換えへの関与を調べるために、宿主大腸菌dnaA、dnaB、dnaC、及びファージO遺伝子、P遺伝子などの変異のSpi-ファージの形成への影響を測定した。更にdnaB遺伝子の変異株はその性質から複製の進行を停止させるタイプと複製の開始を阻害するタイプの2種類に分類することができる。

図2:dnaB変異がSpi-ファージ形成に与える影響

 dnaB遺伝子の温度感受性変異株のうち、dnaBts14変異がSpi-ファージ形成頻度を顕著に低下させることを見出した。図2(a)に示すように、紫外線照射によってSpi-ファージの形成頻度は、大腸菌野生株に対して約100分の1に低下する。一方、dnaBts252変異においては頻度の低下が見られないことがわかった(図2(b))。

 他の遺伝子群(dnaA、dnaC、ファージO遺伝子、P遺伝子)に関しては、Spi-検出系の頻度を顕著に低下させるものは認められなかった。

 dnaB変異によってSpi-ファージの形成頻度が低くなる原因として、複製の停止が起こっている間にDNAの正常な切り出しによって非相同的組換えに必要な基質(プロファージ)が消失している可能性を排除するために、次の実験を行った。

 大腸菌ゲノムとDNAの間のatt部位特異的組換えによる組込みと切り出しには、おのおの双方の因子が関わっている。ファージのXis蛋白質はファージDNAの切り出しの時のみ必要で、そのxis1変異によってファージDNAは切り出されず大腸菌ゲノム上にとどまることが知られている。また、Xis蛋白質は、Spi-ファージ形成には必要ないことが分かっている(Shanado et al.submitted)。

 このxis1変異を持ったファージを溶原化したdnaBts14変異株でも、dnaB変異によるSpi-ファージの形成頻度は低下することがわかった(図3)。従って、この結果はdnaBts14変異によるSpi-ファージの形成頻度の低下が組換えの基質としてのプロファージの消失によるものではなく、DnaB蛋白質の機能が直接組換えに働いていることを示唆している。

図3:Spi-ファージの形成頻度の低下はプロファージの消失によるものではない
3:dnaBts変異株から得られたSpi-ファージの組換え部位の特徴

 組換え部位の分布及びその塩基配列の解析を行った。野生株において組換え高発部位(Hotspot I)が存在し、その組換え体全体に占める割合は6割程度であった。一方、dnaBts14変異株ではHotspot Iでの組換えが減少して新しいホットスポット(Hotspot II)での組換えの割合が増加していることが観察された。さらに、野生株ではホットスポット以外の組換え部位は分散しているが、dnaBts14変異株はホットスポットに集中する傾向が見られた。野生株で見られたHotspot Iでの組換えがdnaBts14変異株では減少していることは、紫外線照射によって選択的に起こるDNA上の損傷が、DNA複製が停止することによって組換えの基質となる機会を失っているためと考えられる。

4:DNAジャイレースに依存する非相同的組換えに対するDNA複製機能の関与

 非相同的組換えには、上記の紫外線によって誘導される組換えとは別に、DNAジャイレースに依存する組換えの機構が存在することが知られている(Shimizu et al.1995)。この組換えは、DNAジャイレース阻害剤であるオキソリン酸によって誘導されることが知られている。そこで、非相同的組換えにおけるDNA複製とDNAジャイレースとの関連を検討するため、dnaBts14変異株にオキソリン酸処理を行ってSpi-検出系で測定した。

 DNAジャイレースの生体内での働きは、DNA複製が進行することによってその前方に二重らせんのねじれが溜まっていくにつれて、その解消のためDNAジャイレースが巻き戻しを盛んに行っていると考えられている。DNAジャイレース特異的阻害剤であるオキソリン酸は、ジャイレースが結合している二重鎖DNAに切断を入れた状態で停止させる(cleavable complex)作用を持つので、Spi-検出系でオキソリン酸処理したときのSpi-ファージの頻度が顕著に上がることは、cleavable complexの形成によって二重鎖切断が誘導され、それが原因となって組換えが誘導されることを示唆している(Shimizu et al.1995)。

 実験の結果、Spi-ファージの形成頻度は低下することを示した(図4)。この結果はcleavable complexの形成によって引き起こされる非相同的組換えが複製フォークの進行に依存していることを示唆している。

図4:cleavable complexに与えるdnaB変異の影響
5:新しく見つかったDnaB蛋白質の機能

 これまでの結果dnaBts変異株は非相同的組換えの頻度を低下させることがわかった。さらにDnaB蛋白質が非相同的組換えにどのように関与しているかを調べるため、野生型DnaB蛋白質を過剰発現させてSpi-ファージの形成頻度を測定した。大腸菌内で数十コピーのベクターに野生型dnaB遺伝子をのせて、ファージ溶原菌の中に導入した。紫外線を照射したときには頻度の大きな変化は見られなかったが、自然な状態の時Spi-ファージの形成頻度は100倍上昇し、紫外線を照射したときと同じぐらいまでに上がった(図5)。これは今までに観察されていないことであり、DnaB蛋白質の機能として興味深いものである。

図5:DnaB蛋白質を過剰に発現した時Spi-ファージ形成に与える影響
考察:

 DnaBタンパク質は細胞内に約20分子が存在し量的に非常に少ないタンパク質である。しかし、その機能は、遺伝子の複製には欠かせない役割を担っている。複製フォーク上では6分子からなるリング状の高次構造をとっており、そのリングの中を二本鎖DNAの片方の一本鎖が貫通している。その一本鎖上を5’→3’方向へと移動することによって、二本鎖DNAの開裂を進行させるhelicase活性を有する。DnaBタンパク質の働きによって生成される一本鎖DNAを鋳型として、DNA polymeraseによるDNA合成が行われ、複製フォークが進行することが知られている。

 紫外線の照射によって起こるDNA上の損傷は、ピリミジンダイマーのように複製フォークを通過させ二本鎖DNA上にギャップをいれたのち除去修復系によって直される。そのようなギャップが修復されずにDNAの切断を起こした場合、細胞内の他の因子(エキソヌクレアーゼ、ヘリケース等)によってプロセスされたDNA末端が短い相同性を利用した組換えを行なっていると考えられる。このようにして生成する組換え体は、DNA上の損傷がランダムに起こることに依存して、組換え体は分散した分布を示す。また、一部はHotspotでの組換えを起こすと考えられる。

 一方、山口らは、複製フォークの進行とDNA上の損傷の出会いが、二重鎖切断を誘導し非相同的組換え反応を開始させるというモデルを提唱した(Yamaguchi et al.1995)。dnaBts14変異株では非許容温度で処理すると、すぐに複製フォークの進行が停止する。紫外線などによるDNA上の損傷が修復されるまでに、複製フォークがその損傷に出会わなければ、二重鎖切断が誘導されず、従って非相同的組換え体の形成頻度は低下すると考えられる。dnaBtsl4変異株での実験結果は、これらのモデルを支持するものである。

まとめ

 本研究で得られたdnaB変異株の解析の結果、DNA複製の進行を停止させるdnaBts14変異株では非相同的組換え頻度の低下を示し、複製の開始を阻害するが複製途中の進行は続けるdnaBts252変異株は組換え頻度に影響を与えないことを示した。また、DNAジャイレースが関与する組換えに影響を与えることを示した。

 以上の結果より、DNA複製の進行が紫外線やDNAジャイレースに依存する組換えの誘導に必要であることが結論される。

参考文献:Yamaguchi,H.,Yamashita,T.,Shimizu,H.and Ikeda,H.(1995)Mol.Gen.Genet.248:637-64Ikeda,H.,Shimizu,H.,Ukita,T.and Kumaga,M.(1995)Adv.Biophys.31:197-208Shimizu,H.,Yamaguchi,H.and Ikeda,H.(1995)Genetics 140:889-96Shimizu,H.,Yamaguchi,H.Ashizawa,Y.,Kohno,Y.,Asami,M.,Kato,J.and Ikeda,H.(1997)J.Mol.Biol inpress
審査要旨

 非相同的組換えは、相同性のないDNA間で起こる組換えであり、欠失や転座など染色体の大きな構造変化の原因となることが知られている。当研究室の山口らは、先に大腸菌染色体に組み込まれたプロファージDNAが非相同的組換えによって切り出されてできた組換え型ファージの解析から、DNAの損傷とDNA複製フォークの衝突が非相同的組換えのきっかけとなるというモデルを提唱した。本研究は、DNA複製因子の温度感受性変異株を用いて組換え体ファージの形成を解析し、非相同的組換えにおけるDNA複製因子の関与を証明したものである。

 まず第一に、紫外線によるDNA損傷によって誘導される非相同的組換えにおけるDNA複製の関与の可能性を検討した。DNA複製の影響を調べるために、大腸菌dnaB温度感受性変異における非相同的組換えの頻度を測定した。dnaB遺伝子の変異株はその性質から複製の進行を停止させるタイプと複製の開始を阻害するタイプの2種類に分類することができる。dnaBts14変異では、非相同的組換え頻度が野生株に比べて約100分の1に低下することを見出した。一方、dnaBts252変異においては頻度の低下が見られないことを示した。

 さらに、この系の組換えの性質を調べるために、dnaBts14変異株から得られた組換え体における組換え部位の分布及びその塩基配列の解析を行った。野生株において組換え高発部位(Hotspot I)が存在した。一方、dnaBts14変異株ではHotspot Iでの組換えが減少していることが観察された。これらの結果から、この非相同的組換えにDNA複製フォークの進行が必要であることを示した。

 第二に、DNAジャイレースに依存する非相同的組換えにおけるDNA複製機能の関与について検討した。非相同的組換えには、上記の紫外線によって誘導される組換えとは別に、DNAジャイレースに依存する組換えの機構が存在することが知られ、DNAジャイレース阻害剤であるオキソリン酸によって誘導される。そこで、オキソリン酸処理下、dnaBts14変異株における非相同的組換えを調べた結果、dnaBts14変異株においてこの非相同的組換えも低下することを示した。これらの結果から、DNAジャイレースによって引き起こされる非相同的組換えが複製フォークの進行に依存していることを示した。

 第三に、DnaB蛋白質の機能を調べる実験の過程で、新規な興味ある現象を発見した。野生型DnaB蛋白を過剰発現させて非相同的組換えを調べたところ、紫外線を照射したときには組換え頻度の大きな変化は見られなかったが、自然な状態において組換え頻度は100倍上昇し、紫外線を照射したときと同じくらいの高頻度で組換えが誘発されることが示された。この結果は、DnaB蛋白が過剰発現されると、過剰なDnaB蛋白がDNAの二重鎖切断を誘発するか、あるいはDNA末端の結合の反応を促進するという性質を持つことを示したもので、DnaBヘリカーゼの新しい性質を明らかにしたものである。

 本研究は、非相同的組換えがDNA複製フォークの進行と密接に関係していることを最初に示したものであり、高等生物の染色体異常や遺伝子増幅の機構の解明に寄与するところが大である。さらに、DNA複製因子DnaBヘリカーゼの新しい機能を遺伝学的に明らかにし、DNA複製の機構の解明についても貢献し、分子遺伝学の分野に大きく寄与したものである。従って、博士(薬学)を授与するに値することを認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53965