学位論文要旨



No 112877
著者(漢字) 儲,暁岩
著者(英字)
著者(カナ) チュウ,ショウイエン
標題(和) 塩酸イリノテカン(CPT-11)ならびに代謝物の胆汁排泄機構
標題(洋)
報告番号 112877
報告番号 甲12877
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第788号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 助教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 【序】

 塩酸イリノテカン(CPT-11)はカンプトテシン誘導体の抗癌剤であり固形癌に対して幅広い抗癌スペクトルを有するものの、一部臨床例において消化管障害に起因する副作用(下痢)を生じることが知られる。CPT-11は静注後esteraseにより活性代謝物SN-38に変換される。これが肝臓でglucuronidationを受け、胆汁排泄ののち、腸内細菌で再びSN-38に脱抱合され、これが消化管を障害するという仮説がある。この仮説に基づいた副作用軽減のための一つのapproachとして、SN-38のグルクロン酸抱合体(SN38-Glu)の脱抱合に関与する腸内細菌の-グルクロニダーゼの阻害剤である漢方薬を用いることによる下痢の軽減が報告されている。しかしこの仮説を積極的に支持する他のデータは今のところわずかであり、とりわけglucuronideの胆汁排泄機構も現在のところ不明である。副作用の原因究明とその予防のためには、本化合物ならびに活性代謝物の体内動態機構を明らかにすることは必須である。本研究はCPT-11ならびに代謝物の体内動態、特に胆汁排泄機構を明らかにすることを目的とした。

 CPT-11、SN-38、およびSN38-Gluは、いずれもlactone環の閉じたclosed form、開いてcarboxylateとなったopen formが存在する。これら化合物のうちSN38-Gluのopen及びclosed form、CPT-11及びSN-38のopen formの四つがアニオンである。近年、有機アニオン性化合物の胆汁排泄機構については、肝細胞胆管側膜上に発現するcanalicular multispecific organicanion transporter(cMOAT)によってATP依存性の一次性能動輸送を受けることが知られている。CPT-11ならびに代謝物の胆汁排泄機構を明らかにするため、本論文はラットin vivo系およびin vitro bile canalicular membrane vesicle,CMVを用い、研究を行った結果をまとめた。

【実験方法】

 In vivo実験として、SD雄性ラットおよびcMOATを遺伝的に欠損したEHBR(Eisai hyperbilirubinemicrat)にLactone formのCPT-11(10,40mg/kg)を大腿静脈より単回瞬時投与した。HPLC法によって血漿、胆汁、尿、及び肝臓中のCPT-11、SN-38、SN38-Glu各々についてopen formならびにclosed form濃度を同時に定量した。CMVへの取り込み実験について、ラットおよびヒト肝臓より、CMVを調製し、CPT-11と代謝物SN-38、SN38-Glu及び〔3〕HS-(2,4-dinitrophenyl)-glutathione(DNP-SG)の取り込みをrapid filtration techniqueにより測定した。メンブレンフィルター上のCMVおよびmedium中のCPT-11ならびに代謝物は、in vivoのサンプルと同様にHPLCで定量した。取り込み実験開始後少なくとも2分までは、carboxylate体とlactone体との間のconversionは無視できるレベルであることを確認した。

【結果・考察】1.CPT-11ならびに代謝物のラットにおけるin vivo胆汁排泄

 SDラットおよびEHBRにおけるin vivo胆汁排泄クリアランスを検討した。投与8時間後の肝臓中濃度で6-8時間の胆汁排泄速度を除することにより胆汁排泄クリアランス(CLbile,h)を求めた(Fig.1)。CPT-11のCLbile,hはSDラットにおいていずれのDoseでもclosedに比べopenの値が大きく、また飽和性も観察された。これらをEHBRと比較すると、特にlow closeでopenのCLbile,hがSDラットに比べ、EHBRで顕著に低下していたが、Doseが上がるとその差は小さくなった(Fig.1)。このことは、open formに対する飽和性の輸送機構がSDラットのみに発現していると考えれば説明できる。同様な検討をSN-38についても行った。結果はCPT-11とほぼ同様であった(Fig.1)。すなわち、SN-38のopen formについても、飽和性でかつEHBRで欠損した胆汁排泄機構の存在が示唆された。SN38-GluのCLbile,hについてはCPT-11やSN-38とは異なり、closed、openのいずれについても、EHBRでCLbile,hが顕著に低下していた(Fig.1)。つまりSN38-Gluは、closed、openともに輸送機構がEHBRで欠損していることが考えられた。以上より、アニオンである四つの化合物がEHBRで欠損した輸送担体(cMOAT)により胆汁排泄を受けることがin vivo系で示唆された。

Fig.1 Comparison of the biliary excretion clearance(CLbile,h)of CPT-11 and its metabolites between SD Rats and EHBR(□),10mg/kg;(■),40mg/kg.
2.CPT-11ならびに代謝物のin vitroラットCMVへの取り込み

 そこでin vivo系で得られた結論をdirectに証明するため、次にCMVへの取り込み実験を行った。SDラットおよびEHBRよりCMVを調製し、CPT-11、および代謝物(いずれも50M)の取り込みを測定した。ATP存在下(ATP(+))もしくは非存在下(ATP(-))そのSDラットから調製したCMVへの取り込みの時間推移を検討したところ(Fig.2)、CPT-11のclosed formを除いた四つのアニオン化合物について顕著なATP依存性が観察された。この結果から、これら四つのアニオン化合物が一次性能動輸送を受けることが示された。一方、EHBRのCMVへの取り込みを検討したところ、これら四つのアニオン化合物のATP依存的な取り込みはEHBRでいずれも低下した(Fig.2)。しかしEHBRのみの結果を見ると、CPT-11およびSN-38のopen formでは顕著なATP依存性はほとんど観察されないのに対しSN38-Gluではopenおよびclosed formでわずかながらATP依存的な取り込みも観察された(Fig.2)。このことはSN38-Gluについては一部、EHBRでも維持された輸送担体が関与していることを示唆する。

Fig.2 Uptake of CPT-11 and its metabolites(50M)by CMVs obtained from SD rats and EHBR

 そこでこれら化合物の輸送機構のmultiplicityを明らかにするため、SDラットCMVへの取り込みの濃度依存性を検討した。ATP(+)からATP(-)の値を引いて求めたATP依存的な取り込みのEadie-Hofstee plotから(Fig.3)、これら四つの化合物いずれも飽和性の一次性能動輸送を受けることが示された。このうちCPT-11のopen、SN38-Gluのopenとclosed formについては明らかに2相性を示すこと、すなわち少なくとも2つのcomponentからなる輸送を受けることが示唆された。同様にEHBR CMVへの取り込みの濃度依存性を検討したところ(Fig.4)、CPT-11のopen、SN38-Gluのopenならびにclosedは、飽和性の取り込みが観察された。この結果は、cMOAT以外の輸送担体もこれらの輸送に関与することを示す。

Fig.3 Eadie-Hofstee plots for ATP-dependent uptake of CPT-11 and its metabolites by CMV from SD ratsFig.4 Eadie-Hofstee plots for ATP-dependent uptake of open form of CPT-11,open and closed form of SN38-Glu by CMV from EHBR

 さらにcMOATの代表的基質である[3H]DNP-SGの取り込みに対する各化合物の阻害効果から阻害定数(Ki)を求め、各化合物自身の取り込みのKmと比較した(Table1)。CPT-11のopen formでは、それ自身の取り込みのKmのうちlow affinity componentのものの方がKiと近い値である一方、high affinity component Kmの方は、EHBRでのKmと近い値あった(Table1)。このことからCPT-11 openは、親和性の低いcMOATによる輸送とそれ以外の親和性の高い輸送を受けることが示唆された。実際CPT-11 openのCMVへの取り込みは基質濃度が低い(5M)時にはDNP-SGによってあまり阻害を受けず、高い(250M)時には顕著な阻害を受けたことから(Fig.5)、この結論が裏付けられた。SN38-Gluの場合にはopen,closeのいずれもそれ自身の取り込みのKmのうちhigh affinity componentのものの方がKiと近い値であった(Table 1)。一方、low affinity componentのKmは、EHBRでのKmと近い値であった。つまりSN38-Gluは、親和性の高いcMOATのよる輸送と親和性の低いcMOAT以外の輸送担体による輸送を受けることが示唆された。実際SN38-Glu openのCMVへの取り込みは基質濃度が低い(5M)時にはDNP-SGによって顕著な阻害を受け、高い(250M)時にはあまり阻害を受けなかった(Fig.5)。SN-38のopen formについては、KmはKiと若干の解離があるものの3倍程度の開きであったことから、cMOAT単一で輸送されることが示唆された。

Tab.1 Kinetic parameters for uptake of CPT-11 and its metabolites by CMVs from SD rats and EHBRFig.5 Effect of DNP-SG on ATP-dependent uptake of open forms of CPT-11 and SN38-Glu by CMV obtained from SD rats
3.CPT-11ならびに代謝物のヒトCMVへの取り込み

 このような一次性能動輸送がヒトにおいても同様に働いているかどうかを明らかにするため、ヒトCMVを調製しCPT-11ならびに各代謝物の取り込みを検討した(Fig.6)。基質濃度5ないし50Mでの取り込みを検討したところ、ヒトにおいてもATPおよび濃度依存性の取り込みが観察され、一次性能動輸送が関与することが示唆された。

Fig.6 Uptake of CPT-11 and its metabolites at 5(A),and 50(B)M by CMV from human in the presence(■)and absence(□)of ATP
【まとめ】

 以上より、ラットにおいて、CPT-11およびSN-38のopen form、SN38-Gluのopenおよびclosed formが主にEHBRで欠損したcMOATにより胆汁排泄を受けることがin vivoおよびin vitroの検討から示唆された。またこれら化合物のうち、CPT-11のopenとSN38-Gluのopenおよびclosed formについてはcMOATとそれ以外の輸送担体が関与する胆汁排泄機構のmultiplicityが明らかとなった。ヒトにおいてもこれらの四つのアニオン性化合物は一次性能動輸送によって胆汁排泄されることが示唆された。

【REFERENCE】1)Xiao-Yan Chu,Yukio Kato,Kayoko Niinuma,Ken-Ichi Sudo,Hideo Hakusui and Yuichi Sugiyama:Multispecific organic anion transporter(cMOAT)is responsible for the biliary excretion of the camptothecin derivative irinotecan,CPT-11,and its metabolites in rats.J.Pharmacol.Exp.Ther.:In press.2)Xiao-Yan Chu, Yukio Kato and Yuichi Sugiyama:Multiplicity of biliary excretion mechanisms for irinotecan,CPT-11,and its metabolites in rats.Cancer Res.:submitted.
審査要旨

 CPT-11はカンプトテシン誘導体の抗癌剤であり、一部臨床例において消化管障害(下痢)を生じることが知られる。CPT-11は静注後esteraseにより活性代謝物SN-38に変換される。これが肝臓でglucuronidationを受け、胆汁排泄ののち、腸内細菌で再びSN-38に脱抱合され、これが消化管を障害するという仮説がある。そこで本研究は、CPT-11ならびに代謝物の体内動態、特に胆汁排泄機構を明らかにすることを目的とした。CPT-11、SN-38、およびそのglucuronide(SN38-Glu)は、いずれもlactone環の閉じたclosed form、開いてcarboxylateとなったopen formが存在する。よって本研究ではHPLC法によりこれら六つの化合物すべてを分離定量することにより胆汁排泄機構の解明を試みた。

1.ラットにおけるin vivo胆汁排泄の解析

 CPT-11ならびに代謝物のうちSN38-Gluのopen及びclosed form、CPT-11及びSN-38のopen formの4つがアニオンである。近年、多くの有機アニオン性化合物が肝細胞胆管側膜上に発現するcanalicular multispecific organicanion transporter(cMOAT)によって一次性能動輸送を受けることが明らかにされつつある。そこでCPT-11をSD ratおよびcMOATを遺伝的に欠損したEHBR(Eisaihyperbilirubinemic rats)に静注し、HPLC法によって血漿、胆汁、及び肝臓中濃度を測定した。胆汁排泄速度を肝臓中濃度で除することにより胆汁排泄クリアランス(CLbile,h)を求めたところ、CPT-11のCLbile,hはSD ratにおいていずれのDoseでもclosedに比べopenの値が大きく、また飽和性も観察された。これらをEHBRと比較すると、特にlow doseでopenのCLbile,hがSD ratに比べ、EHBRで顕著に低下していたが、Doseが上がるとその差は小さくなった。このことは、open formに対する飽和性の輸送機構がSD ratのみに発現していると考えれば説明できる。同様な検討をSN-38についても行った。結果はCPT-11とほぼ同様であった。すなわち、SN-38のopen formについても、飽和性のEHBRで欠損した胆汁排泄機構の存在が示唆された。SN38-GluのCLbile,hについてはCPT-11やSN-38とは異なり、closed、 openのいずれについても、EHBRでCLbile,hが顕著に低下していた。すなわちSN38-Gluは、closed、openともに輸送機構がEHBRで欠損していることが考えられた。以上より、アニオンである四つの化合物がEHBRで欠損した輪送担体(cMOAT)により胆汁排泄を受けることがin vivo系で示唆された。

2.ラット胆管側膜ベシクル(CMV)を用いた解析

 SD ratおよびEHBRよりCMVを調製し、CPT-11、および代謝物(いずれも50M)の取り込みを測定したところ、CPT-11のclosed formを除いた四つのアニオン化合物について顕著なATP依存性が観察された。この結果から、これら四つのアニオン化合物が一次性能動輸送を受けすることが示された。一方、EHBRのCMVへの取り込みを検討したところ、これら四つのアニオン化合物のATP依存的な取り込みはEHBRではいずれも低下した。しかしEHBRのみの結果を見ると、CPT-11およびSN-38のopen formでは顕著なATP dependencyはほとんど観察されないのに対しSN38-Gluではopenおよびclosed formでわずかながらATP依存的な取り込みも観察された。このことはSN38-Gluについては一部、EHBRでも維持された輸送担体が関与していることを示唆する。そこでこれら化合物の輸送機構のmultiplicityを明らかにするため、SD rat CMVへのATP依存性取り込みの濃度依存性を検討した。Eadie-Hofstee plotから、これら四つの化合物いずれも飽和性の一次性能動輸送を受けることが示された。このうちCPT-11のopen、SN38-Gluのopenとclosed formこついては明らかに2相性を示すこと、すなわち少なくとも2つのcomponentからなる輸送を受けることが示唆された。同様にEHBR CMVへの取り込みの濃度依存性を検討したところ、CPT-11のopen、SN38-Gluのopenならびにclosedは、飽和性の取り込みが観察された。この結果は、cMOAT以外の輸送担体もこれらの輸送に関与することを示す。さらにcMOATの代表的基質である[3H]DNP-SGの取り込みに対する各化合物の阻害効果から阻害定数(Ki)を求め、各化合物自身の取り込みのKmと比較した。CPT-11のopen formでは、それ自身の取り込みのKmのうちlow affinity componentのものの方がKiと近い値である一方、high affinity component Kmの方が、EHBRでのKmと近い値あった。このことから、CPT-11 openは、親和性の低いcMOATによる輸送とそれ以外の親和性の高い輸送を受けることが示唆された。実際CPT-11 openのCMVへの取り込みは基質濃度が低い(5M)時にはDNP-SGによってあまり阻害を受けず、高い(250M)時には顕著な阻害を受けたことから、この結論が裏付けられた。SN38-Gluの場合にはopen,closeのいずれもそれ自身の取り込みのKmのうちhigh affinity componentのものの方がKiと近い値であった。一方、low affinity componentのKmの方が、EHBRでのKmと近いであった。つまりSN38-Gluは、親和性の高いcMOATによる輸送と親和性の低いcMOAT以外の輸送担体による輸送を受けることが示唆された。実際SN38-Glu openのCMVへの取り込みは基質濃度が低い(5M)時にはDNP-SGによって顕著な阻害を受け、高い(250M)時にはあまり阻害を受けなかった。SN-38のopen formについては、KmはKiと若干の解離があるものの3倍程度の開きであったことから、cMOAT単一で輸送されることが示唆された。

3.ヒトCMVを用いた解析

 このような一次性能動輸送がヒトにおいても同様に働いているかどうかを明らかにするため、ヒトCMVを調製しCPT-11ならびに各代謝物の取り込みを検討した。基質濃度5ないし50Mでの取り込みを検討したところ、ヒトにおいてもATPおよび濃度依存性の取り込みが観察され、一次性能動輸送が関与することが示唆された。

 以上より、CPT-11およびSN-38のopen form、SN38-Gluのopenおよびclosed formが主にEHBRで欠損したcMOATにより胆汁排泄を受けることがin vivoおよびin vitroの検討から示唆された。またこれら化合物のうち、CPT-11のopenとSN38-Gluのopenおよびclosed formについてはcMOATとそれ以外の輸送担体が関与する胆汁排泄機構のmultip1icityが明らかとなった。本研究は、薬物の胆汁排泄機構を考える上で重要な知見を与えるばかりでなく、CPT-11の副作用発現メカニズムを解明する上でも有用であり、博士(薬学)の学位を授与するのに値するものと認めた。

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