21世紀を控え、月面基地建設や火星の有人探査など、長期間の有人宇宙開発計画が実行に移されようとしている。CELSS(Closed Ecological Life Support Systems:閉鎖生態系生命維持システム)とは、宇宙空間などで人間が長期間生活する場合に、人工的な生態系を作り、酸素・水・食糧などを生産するとともに、排泄物・老廃物を分解して再利用し、物質的には閉じた系内で生命維持に不可欠な物資を供給し続けることをめざすシステムである。 CELSSは様々な機能を持つサブシステムの集合体であるが、酸素再生システムは生命維持システムの根幹をなす極めて重要なサブシステムの一つである。この酸素再生システムに、植物、特に藻類の光合成を利用するという発想は古くからあり、CELSSでの利用を前提とした藻類に関する研究も数多く行われてきたが、培養装置から発生する酸素の量を予測する方法は確立されていない。これは、酸素の発生量に大きな影響を与える培養槽内部の光環境について、これまであまり研究がなされなかったためである。そこで本論文においては、培養槽内部の光条件と酸素発生速度の関係を、藍藻類のスピルリナ・プラテンシスを用いた培養実験をおこなって明らかにし、酸素発生速度を予測するための基礎的な資料を得ることを目的とした。 まず、基礎データを得ることを目的に、スピルリナの培養装置を製作し、酸素発生速度の測定をおこなった。製作した培養装置は、タービドスタット制御によってスピルリナの細胞密度を一定に制御することができ、細胞密度の設定を何段階かに変えて連続培養を行い、細胞密度が異なる場合の酸素発生速度の比較を行った。 測定の結果を図1に示す。細胞密度が高い場合、低い場合のいずれにおいても酸素発生速度が低下した。細胞密度が高い場合、培養槽内の光強度が弱くなるので、光合成が低下し、酸素発生速度が低くなったと考えられる。一方、細胞密度が低い場合は、培養槽内の光強度が強くなるので、光合成は活発に行われるが、細胞数が少ないために総量としては酸素の発生量は少なくなったと考えられる。酸素発生速度の最大値は、高密度化に伴う光合成の低下と細胞数の増大による酸素発生量の増加の、それぞれの度合いによって決まるといえる。 図1.細胞密度と酸素発生速度の関係. 次に、異なる細胞密度で培養されたスピルリナについて、クロロフィルaの含有量を比較した(図2)。この結果、スピルリナごとにクロロフィル含有量が異なることが明らかとなった。細胞密度が低い場合にクロロフィル含有量が減少する傾向があり、検討の結果、強光条件になるほどクロロフィル含有量が減ることが判った。クロロフィルは光合成の機能に直接関係する色素なので、クロロフィル含有量が変化することによってスピルリナの光合成にも変化が生じている可能性がある。 図2.スピルリナのクロロフィル含有量の比較.Sp1:細胞密度1.83gDW/Lで培養したスピルリナ Sp2:細胞密度1.10gDW/Lで培養したスピルリナ Sp3:細胞密度0.5gDW/Lで培養したスピルリナ 次に、酸素発生速度の予測において、最も基礎的なデータであるスピルリナの光合成速度と光強度の関係を明らかにすることを目的に、測定実験を行った。光合成速度を測定するための装置を製作し、前述の培養実験で培養されたスピルリナを対象に測定を行った。照射する光の強度を変えて光合成速度を測定し、照射光強度と光合成速度の関係を得た。測定の結果を図3に示す。測定したスピルリナごとに、光合成速度と光強度の関係が異なる傾向を示すことが明らかになった。クロロフィルの含有量で比較すると、クロロフィル含有量の高いスピルリナほど、同一の光強度下において光合成速度が大きくなった。以上の結果から、スピルリナの光合成速度と光強度の関係が明らかになると共に、クロロフィル含有量の異なるスピルリナにおいては、その光-光合成特性も異なることが確かめられた。 図3.光合成速度と光強度の関係. ◆:細胞密度1.83gDW/Lで培養されたスピルリナ (クロロフィル含有量12.7mg chl a/gDW) ■:細胞密度1.1gDW/Lで培養されたスピルリナ (クロロフィル含有量13.3mg chl a/gDW) ▲:細胞密度0.5gDW/Lで培養されたスピルリナ (クロロフィル含有量8.1mg chl a/8DW) 次に、酸素発生速度の予測において、もう一つの重要な基礎データである培養槽内部の光環境を明らかにするために、スピルリナ懸濁液中における光エネルギーの伝播を方程式によって理論的に解析する方法について検討した。スピルリナ懸濁液は吸収散乱性の媒体であるので、その中における光エネルギーは以下に示す放射伝播方程式によって説明される。 ここで、I(s)は、方向sに進行する光のエネルギー、Ka,Ksはそれぞれ吸光係数、散乱係数を表し、p(s,s’)は、方向s’からの光が方向sに散乱される割合を表すphase functionである。 スピルリナ懸濁液の光学的な特徴を表すパラメータである吸光係数、散乱係数、phase functionを決定し、(1)式をMonte Carlo法によって数値的に解くことによってスピルリナ懸濁液中の光強度を計算することとした。 まず、吸光係数、散乱係数、phase functionの決定については、厳密な値を測定する手段が得られなかったので、吸光係数、散乱係数については近似的な値をもって代用し、phase functionは仮定をおいて適当な関数形を定義した。 吸光係数、散乱係数の近似値は、分光光度計に光散乱材を併用する方法により、スピルリナ懸濁液における前方散乱光(Id)、後方散乱光(Ir)、吸収光(Ia)の各近似値の入射光(Io)に対する比を測定した。測定結果を図4に示す。これらの値を用いて、吸光係数、散乱係数を波長ごとに計算した。Phase functionについては、スピルリナ細胞は光の波長に対して十分大きな粒子であるので、後方散乱が少なく、また、光の進行方向に散乱強度が偏ることが予想される。そこで、図5に示すように、後方散乱は球状、前方散乱は楕円体上に散乱強度が分布するphase functionを仮定し、楕円体の長軸・短軸比の異なる場合について何通りか計算を行って、最も実測値に近い値を示したものを用いることにした。 計算は、縦横10cm、長さ20cmの直方体の容器にスピルリナ懸濁液を入れ、10×10cmの面から光を照射した場合を対象とし、実際にスピルリナ懸濁液をこの容器に入れてその中における光強度を実測したものと計算値の比較を行った。計算値と実測値を比較した結果を図6に示すが、計算値と実測値に大きな差が生じる結果となった。原因としては、(1)吸光係数、散乱係数が良い近似値ではなかったこと、(2)放射伝播方程式は、高密度の媒体中では実際の値にあわなくなる傾向があり、その影響がでたこと、などが考えられる。スピルリナ懸濁液中の光強度を理論的に解析する方法については、さらに研究する必要がある。 図4.スピルリナ懸濁液(0.43gDW/L)におけるIa/Io,Id/IoおよびIr/Ioの波長別の測定結果.図5.仮定した散乱パターン. 続いて、本研究で製作した培養装置を対象に、酸素発生速度の予測を試みた。スピルリナの光合成速度と光強度の関係、および培養槽内部の光強度分布から、計算によって酸素発生速度を算出した。培養槽内部の光強度は、放射伝播方程式による理論的な計算が有効であったならば計算値を利用する予定だったが、実際の値に近い数値は得られなかったので、今回は培養槽内部で直接光強度を測定した結果を利用することにした。培養槽には、バブリングによる攪拌があり、スピルリナ細胞は培養槽内を高速で移動している。そのため、培養槽内の場所による光強度の違いよりも、平均的に見てどのような光条件が成立しているかによって酸素発生速度が決まると考えられる。様々に検討を加えた結果、培養槽内部において、光補償点以上の光強度が得られる領域の体積の全体積に対する比率をもとめ、これを入射光強度に掛けた値によって培養槽内部の光強度を代表し、全てのスピルリナがこの光強度のもとで光合成を行ったものとして計算した結果が、実測値と極めて良い一致を示した。実測値と計算値を比較した結果を図7に示す。 以上により、スピルリナの光合成速度と培養槽内部の光条件をもとにして、酸素発生速度を予測する方法を提案することができた。この他に、スピルリナは、強光条件下ではクロロフィル含有量が低下し、光合成の能力も変化することが明らかになった。また、スピルリナ懸濁液中の光環境の理論的解析方法については更なる研究が必要である。 図6.光強度の計算値と実測値の比較.□:実測値(培養槽中心軸方向の光強度) 異なるphase functionによる計算値図7.酸素発生速度の計算値と実測値の比較. |