本論文は「嵩高い配位子を有する金属錯体による選択的触媒反応」と題し、嵩高い配位子を活用した錯体触媒の位置および立体選択性の制御および活性触媒種の安定化効果について検討したものである。すなわち、遷移金属を修飾する嵩高い配位子として欠損型ヘテロポリアニオンと光学活性ビナフトールを用いて種々の反応について新しい知見や解釈を得た結果をまとめたものであり、全4章からなる。 第1章では、嵩高い配位子の重要性にふれ、欠損型と呼ばれるヘテロポリ酸の合成と触媒作用に関する最近の動向を示すとともに、本研究の目的とする無機配位子としてヘテロポリアニオンを用いる水素化、酸化反応と、光学活性ビナフトール配位Ti錯体を用いる不斉カルボニルーエン反応の意義を述べている。 第2章では、Rh(III)の配位子として欠損型ヘテロポリアニオン(SiW11O398-)を用い、スチレンと-メチルスチレンとの競争的水素化反応を行い配位子の効果を考察している。スチレンと-メチルスチレンの水素化反応の選択性を嵩高い配位子をもたないRhCl3と比較すると、Rh置換ヘテロポリアニオン触媒が二重結合の周りが嵩高い-メチルスチレンに対する反応性が著しく低くなることを見い出している。また、トリフェニルホスフィン配位子を有するWilkinson錯体もヘテロポリアニオンと同程度の選択性を示すことから、活性点の周りの嵩高さは、ヘテロポリアニオンとWilkinson触媒とでほぼ同程度であることを示唆している。さらに、この推論の妥当性を触媒の分子モデルを用いて示している。 第3章では、tert-ブチルヒドロペルオキシドを用いたアルカンの酸化と、分子状酸素によるアルケンとアルデヒドの共酸化反応について検討した結果を述べている。前者に対するヘテロポリアニオンSiW11MO39(8-n)-(M=Ru(III),Rh(III),Co(II),Fe(III))の活性序列はRu>Rh>Co〜Feとなり、Ru置換触媒が高い活性を示すことを見い出している。さらに、Ru置換触媒が、反応中触媒の二量化や分解により活性低下しないことを種々の方法により明らかにした。すなわち、嵩高いヘテロポリアニオンを配位子とすることにより金属イオンが安定化されることを示した。また、エチルベンゼンとジフェニルメタンの酸化活性を比較すると、反応性の高いジフェニルメタンよりもエチルベンゼンの酸化がRu置換触媒では速やかに進行した。この結果も、第2章で検討した水素化反応の場合と同様にジフエニルメタンのメチレン基が嵩高いヘテロポリアニオンのRuサイトに近づきにくいためと推定した。さらに、分子状酸素を酸化剤とするシクロヘキセンとアルデヒドの共酸化反応について検討し、RuCl2(PPh3)3と欠損型ヘテロポリアニオンを組み合わせるとエポキシ化反応選択性は、大幅に向上し、従来にないエポキシド収率が得られることを明らかにしている。 第4章では、新規カルボニル親エン体(3-ホルミルメチルグリオキシラート)を用いるエン反応で血小板凝集抑制効果を持つイソカルバサイクリンの側鎖の効率的導入を検討している。-側鎖を有するキラルな双環性エン基質を用いてエン反応を検討し、キラルなエン基質と嵩高い光学活性ビナフトール(BINOL)との重複不斉誘導により高い6,9-位への位置選択性と4位のエナンチオ選択性を見い出した。以上のことから、嵩高いBINOLが結合したTi錯体による新規不斉触媒的カルボニルーエン反応がイソカルバサイクリンの側鎖導入に対し極めて有効であることを明らかにした。 以上、本論文では嵩高い欠損型ヘテロポリアニオンが、金属イオンを安定化させることで失活を抑え、水素化還元反応や選択酸化に嵩高い無機配位子としての特徴的な選択性を示すこと、嵩高い配位子であるBINOLが結合したTi錯体がイソカルバサイクリンの側鎖導入に有効であることを明らかにしている。すなわち、"嵩高い無機あるいは有機配位子"の有機化学反応における有効性を示したもので、有機合成化学、触媒化学に貢献することが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |