学位論文要旨



No 112634
著者(漢字) 松本,陽一
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ヨウイチ
標題(和) 嵩高い配位子を有する金属錯体による選択的触媒反応
標題(洋)
報告番号 112634
報告番号 甲12634
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3912号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 助教授 水野,哲孝
内容要旨 1.

 嵩高い配位子は、位置および立体制御のために反応サイトをブロックしたり、その配位子の種類によっては中心金属の電子的環境を変化させて、活性を向上させたりする。本研究では、嵩高い配位子を活用した錯体触媒の位置および立体選択性の制御および活性触媒種の安定化効果について遷移金属を修飾する嵩高い配位子として欠損型ヘテロポリアニオンと光学活性ビナフトール(BINOL)を用いて種々の反応について検討した。

2.

 カルボニルーエン反応は、モレキュラーシーブ(MS4A)存在下、アルデヒドに対して触媒量(20mol%)の(R)-BINOL-Ti錯体のCH2Cl2溶液に、所定の温度でエン体とアルデヒドを加え、所定の時間、撹拌して行った。NaHCO3水溶液で反応停止後、シリカゲルクロマトグラフィーで精製した。また、ヘテロポリ化合物を用いた反応は、所定の雰囲気下(水素還元は、ガラス耐圧管中)、基質(イソブチルアルデヒドはゆっくり滴下)、触媒(既報にしたがって調製し、適当な有機アンモニウム塩とした)の順に加え、所定の温度で撹拌した。分析はGCにより行った。

3.嵩高い欠損型ヘテロポリアニオンによる選択的水素還元反応

 Rh(III)の配位子として欠損型ヘテロポリアニオン(SiW11O398-)を用い、スチレンとtrans--メチルスチレンとの競争的水素化反応を行った結果をTable1に示す。基質の依存性を嵩高い配位子をもたないRhCl3と比較すると、Rh置換ヘテロポリアニオン触媒の方が約10倍の選択性を示した。この結果は、反応部位である二重結合の周りが嵩高いメチルスチレンでは、メチル基がヘテロポリアニオンとの立体反発のためにRhサイトに接近しにくいためだと考えた。トリフェニルホスフィン配位子を有するWilkinson錯体もヘテロポリアニオンと同程度の選択性を示すことから、活性点の周りの嵩高さは、ヘテロポリアニオンとWilkinson触媒とでほぼ同程度であることを示唆している。さらに、この推論の妥当性を触媒の分子モデルを用いて示した。

Table 1.Relative Rates of Hydrogenation of Alkenes.
4.嵩高い欠損型ヘテロポリアニオン配位/混合触媒によるシクロヘキサン・シクロヘキセンの選択的酸化反応

 欠損型ヘテロポリアニオンは、有機配位子と異なり、強酸化条件や、熱に安定である。そこで、tert-ブチルヒドロペルオキシドを用いたアルカンの酸化を検討した結果をTable2に示す。活性序列はRu>Rh>Co〜Feとなり、Ru置換触媒が高い活性を示すことがわかった。反応終了後、最初と同量のTBHPを反応系に加えると、初期と同じ反応速度が得られたことから触媒の失活がないという特徴を見い出した。Keggin構造に特有のIRスペクトルでも、反応の前後で変化がなく触媒は安定である。RuCl3が二量体になりやすいことを考慮すると、嵩高いヘテロポリアニオンを配位子とすることにより金属イオンが安定化されることが示唆された。

Table 2.Oxidation of Cyclohexane by 1-Butyl Hydroperoxide Catalyzed by Mixed Addenta Heteropolyanions.Table 3.Oxidation of Various Alkanes by TBHP Catalyzed by SiRuW11O39 and RuCl3.Table 4.Oxidation of cyclohexene in the presence of oxygen and aldehyde.

 次に、エチルベンゼンとジフェニルメタンの酸化反応の結果をTable3に示す。基質の反応性がジフェニルメタン>エチルベンゼンであることを考えると、水素化反応の場合と同様にジフェニルメタンのメチレン基が嵩高いヘテロポリアニオンのRuサイトに近づきにくいためと推定した。

 欠損型ヘテロポリアニオンは、―アクセプター配位子となることが知られている。求電子性の活性種に、欠損型ヘテロポリアニオンを共存させれば、活性種に外圏配位し、-アクセプター性によって、活性種の求電子性が増し、活性が向上すると期待できる。

 分子状酸素を酸化剤とするシクロヘキセンとアルデヒドの共酸化反応について検討し、モデルとして、オキソメタルが生成されると考えられるRuCl2(PPh3)3、を用いて酸素を酸化剤とするシクロヘキセンとアルデヒドの共酸化反応を検討した。結果をTable4に示す。この反応は、Ru錯体のみでも進行するが(run4)、エポキシ化選択性は低い。欠損型ヘテロポリアニオンを添加すると、選択性は、大幅に向上した(65%→97%)(runs1and4)。しかし、非欠損ヘテロポリアニオンを添加しても選択性の向上は見られなかった(runs2and4)。

5.嵩高いBINOLを不斉配位子とするキラルチタン錯体による新規触媒的不斉カルボニルーエン反応の開発

 イソカルバサイクリンは高血栓抑制効果を持ち、その効率的合成は重要である。中でも、側鎖の導入は、従来双環系に、あらかじめアルコールなどの官能基を導入した上で、位置選択的にアルキル置換するなどの数段階を経ていた。しかし、グリオキシラートにかわりプロピオルアルデヒド(1)を親エン体とするカルボニルーエン反応を利用すれば、直接的に側鎖が導入できる。その上、生成導入されるOH基を有するエン生成物は新たな誘導体となる可能性がある。

 Scheme 1のようにプロキラルな双環性エン体(2)を用いて位置選択的なオレフィンの導入を検討した。その結果、"H"水素のシフトが位置(言い換えるとエナンチオ)選択的に起こり、望むジアステレオマーが選択的に得られることがわかった。これは、s対称性を持つエン基質と、C2対称性のかさ高いBINOLが配位したTi錯体とによる不斉非対称化操作により、"H"水素のシフトが選択的に起こったものと考えられる。

 

 さらにScheme2のように、側鎖を有するキラルな双環性エン基質(4)を用いてエン反応を検討した。その結果、6,9-位への位置選択性と4位のエナンチオ選択性の向上(6,9-位置選択性:92→99;4位のエナンチオ選択性:89→96%)がみられた。これは(4)と、嵩高い(R)-BINOLが結合したTi錯体とがmatched-pairで、重複不斉誘導により選択性が向上したと考えられる。以上のことから、嵩高いBINOLが結合したTi錯体を用いることで、高いジアステレオ選択性かつエナンチオ選択性で、効率的にイソカルバサイクリンの側鎖導入ができることがわかった。

 

審査要旨

 本論文は「嵩高い配位子を有する金属錯体による選択的触媒反応」と題し、嵩高い配位子を活用した錯体触媒の位置および立体選択性の制御および活性触媒種の安定化効果について検討したものである。すなわち、遷移金属を修飾する嵩高い配位子として欠損型ヘテロポリアニオンと光学活性ビナフトールを用いて種々の反応について新しい知見や解釈を得た結果をまとめたものであり、全4章からなる。

 第1章では、嵩高い配位子の重要性にふれ、欠損型と呼ばれるヘテロポリ酸の合成と触媒作用に関する最近の動向を示すとともに、本研究の目的とする無機配位子としてヘテロポリアニオンを用いる水素化、酸化反応と、光学活性ビナフトール配位Ti錯体を用いる不斉カルボニルーエン反応の意義を述べている。

 第2章では、Rh(III)の配位子として欠損型ヘテロポリアニオン(SiW11O398-)を用い、スチレンと-メチルスチレンとの競争的水素化反応を行い配位子の効果を考察している。スチレンと-メチルスチレンの水素化反応の選択性を嵩高い配位子をもたないRhCl3と比較すると、Rh置換ヘテロポリアニオン触媒が二重結合の周りが嵩高い-メチルスチレンに対する反応性が著しく低くなることを見い出している。また、トリフェニルホスフィン配位子を有するWilkinson錯体もヘテロポリアニオンと同程度の選択性を示すことから、活性点の周りの嵩高さは、ヘテロポリアニオンとWilkinson触媒とでほぼ同程度であることを示唆している。さらに、この推論の妥当性を触媒の分子モデルを用いて示している。

 第3章では、tert-ブチルヒドロペルオキシドを用いたアルカンの酸化と、分子状酸素によるアルケンとアルデヒドの共酸化反応について検討した結果を述べている。前者に対するヘテロポリアニオンSiW11MO39(8-n)-(M=Ru(III),Rh(III),Co(II),Fe(III))の活性序列はRu>Rh>Co〜Feとなり、Ru置換触媒が高い活性を示すことを見い出している。さらに、Ru置換触媒が、反応中触媒の二量化や分解により活性低下しないことを種々の方法により明らかにした。すなわち、嵩高いヘテロポリアニオンを配位子とすることにより金属イオンが安定化されることを示した。また、エチルベンゼンとジフェニルメタンの酸化活性を比較すると、反応性の高いジフェニルメタンよりもエチルベンゼンの酸化がRu置換触媒では速やかに進行した。この結果も、第2章で検討した水素化反応の場合と同様にジフエニルメタンのメチレン基が嵩高いヘテロポリアニオンのRuサイトに近づきにくいためと推定した。さらに、分子状酸素を酸化剤とするシクロヘキセンとアルデヒドの共酸化反応について検討し、RuCl2(PPh3)3と欠損型ヘテロポリアニオンを組み合わせるとエポキシ化反応選択性は、大幅に向上し、従来にないエポキシド収率が得られることを明らかにしている。

 第4章では、新規カルボニル親エン体(3-ホルミルメチルグリオキシラート)を用いるエン反応で血小板凝集抑制効果を持つイソカルバサイクリンの側鎖の効率的導入を検討している。-側鎖を有するキラルな双環性エン基質を用いてエン反応を検討し、キラルなエン基質と嵩高い光学活性ビナフトール(BINOL)との重複不斉誘導により高い6,9-位への位置選択性と4位のエナンチオ選択性を見い出した。以上のことから、嵩高いBINOLが結合したTi錯体による新規不斉触媒的カルボニルーエン反応がイソカルバサイクリンの側鎖導入に対し極めて有効であることを明らかにした。

 以上、本論文では嵩高い欠損型ヘテロポリアニオンが、金属イオンを安定化させることで失活を抑え、水素化還元反応や選択酸化に嵩高い無機配位子としての特徴的な選択性を示すこと、嵩高い配位子であるBINOLが結合したTi錯体がイソカルバサイクリンの側鎖導入に有効であることを明らかにしている。すなわち、"嵩高い無機あるいは有機配位子"の有機化学反応における有効性を示したもので、有機合成化学、触媒化学に貢献することが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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