細胞の増殖は細胞伸長、DNA複製、染色体分配装置の倍化とそれに続く分配、細胞自体の分裂という過程を経て行われる。細胞周期(cdc)変異株の単離、解析とはそれらの過程の一つ一つを明らかにしていく作業であった。しかし、研究が進むにつれ、細胞が増えることはそれらの単純な過程の単なる連続ではなく、各過程の進行のバランスをとったり(チェックポイントコントロール)、蛋白やRNAの輸送が細胞周期の進行に深く関わっていることも明らかになってきた。核輸送は核移行シグナル(NLS)をもつ蛋白を核に運ぶimportと、核で転写されたRNAとそれに結合する蛋白を核外に運ぶexportからなる。importに関してはNLS受容体としてインポーティン,、核膜のポアを通過するのにRan/TC4,p10などの因子が働く。exportでも核膜の通過にRan/TC4が必要なことはわかっているが、他にどのような因子が必要か、そのメカニズムはわかっていない。 ユビキチンは酵母からヒトまで高度に保存された76アミノ酸からなる蛋白質で、主として特異的な蛋白分解の目印として使用されている。ユビキチンはユビキチン活性化酵素(UBA)からユビキチン結合酵素(UBC)に受け渡され基質に付加される(図1)。その際ユビキチン認識蛋白(UBR)の助けを借りる場合、ユビキチンライゲース(UBL)がユビキチンを受けとり基質に付加する場合がある。未だユビキチン系の詳細な制御機構は明らかになっていない。その機能も分解の目印に限らず蛋白修飾として注目され始めている。 私は出芽酵母を用いた遺伝学的解析によりUBLであるTom1ユビキチンライゲースが核輸送に、さらには細胞周期の進行に関与している事を明らかにした。 1)M期への進行と核輸送に欠損をもつtom1変異株 tom1変異株の表現型の解析を詳細に行った。制限温度下に移して4時間で増殖を停止するのでその際の形態を観察した(図2)。tom1変異株は複数の芽を出しているものも含め60%の細胞が大きな芽を出していた。典型的な形態は、核は1つで膨張しており、核内スピンドルは短かった。さらに出芽していない細胞の37%は無核であり、数は少ないものの、2つのSPBから発達した細胞質微小管をもつが、核内スピンドルがみられない細胞もあった。 FACSにより、67%の細胞が2Cの、23%が4CのDNA含量をもつことがわかった。S期のチェックポイントに関わるrad9との2重変異を作製して、2重変異株を37℃に2日置き、26℃に戻したところtom1単独変異株同様に増殖を開始し、Rad9に増殖停止は依存していなかった。このことからtom1変異株の増殖停止はS期ではなくG2/M期であるといえる。従って、この遺伝子をTOM1と名づけた。 tom1変異株のスピンドルの形態を詳しく調べるため電子顕微鏡による観察を行った(図3)。野生型株では核膜はなめらかで、核小体は核の一部にまとまった構造としてみられるが、tom1変異株では核膜が入り組み、核小体様の構造が核中に散らばっていた。また核が膨張しているにもかかわらず核内のスピンドルは短いままなのでSPBの間で核がくびれた細胞が多くみられた。わずかながらSPBが3つ以上ある細胞もあったが、SPBの構造、核内スピンドル自体に欠損はみられなかった。 核小体様の構造が核中に拡がるという表現型をとるものとしてmRNAの輸送ができないmtr変異株が知られていた。そこでtom1変異株でもmtrの表現型がみられるかを調べるためoligo-d(T)をプローブに用いてFISH(Fluorescence In Situ Hybridization)を行った(図4)。野生型細胞では細胞全体が薄く光るのに対しtom1変異株では輪っか状にmRNAが蓄積していた。DAPIと2重染色することにより蓄積しているのは核膜であることが判った。したがってtom1変異株にはmRNAの核外への輸送に欠損があることがわかった。また核膜が強く染まることから核内に物質を輸送する際、核膜のポアまで運んでくるという段階までは正常で、その後ポアを通過させる段階に欠損があると示唆された。 2)TOM1遺伝子はユビキチンライゲースをコードしている tom1変異を相補する遺伝子TOM1を単離した(図5)。TOM1は3268アミノ酸からなる巨大な蛋白をコードしていた。N末にはputativeなNTP-binding領域が、C末にはUBLのhect領域が存在した。hect領域においてTom1はヒトのE6-AP,出芽酵母のRsp5とそれぞれ33%,42%同一であった(図6)。この領域を破壊したtom1-2株、その上流を破壊したtom1-3株はいずれも温度感受性を示した。また、ユビキチンとチオエステル結合するCysをAlaに部位特異的に変異を導入したTom1C32 35Aはtom1変異を相補することができなかった。後述の抗Tom1抗体によるウェスタンブロッティングにより野生型と蛋白量に変化はみられないのでTom1の機能にこのCysは重要であることがわかった(図7)。 2-hybrid法により直接相互作用する蛋白を単離する目的で作製したLexA-Tom1 hectはtom1-2変異の温度感受性を相補することができた。しかしhect領域の上流を欠失しているtom1-3変異を相補することはできなかった。 Tom1の一部をGSTにつないで大腸菌に導入し、蛋白を精製、抗Tom1抗体を作製した。また、Tom1のhect領域の途中にlacZを融合させたTom1-lacZを作製した。抗Tom1抗体、抗lacZ抗体を用いて野生型株においてTom1の局在を調べたが、細胞によって細胞質、核、核小体に局在するものと、まちまちだった。しかしtom1変異株でTom1-lacZを発現させ制限温度においたところ、わっか状に光って観察された。その位置はDAPIによる核の位置と重なってはいたがmRNAのように核膜周辺ではなかった(図8)。tom1変異株でTom1-lacZが核にたまることからTom1蛋白は核内でTom1自身により分解される、あるいは核と細胞質をshuttleしているがtom1変異によりexportされなかった、などの理由が考えられる。 核移行シグナルをもつLexA-hectがtom1-2変異を相補すること、tom1変異株でTom1-lacZが核に蓄積することからTom1は核で機能していると考えられる。 3)TOM1の関連遺伝子 TOM1の関連遺伝子を得る目的でtom1-1温度感受性変異株の多コピー抑圧遺伝子STMを単離した。STM2はYST2と同一であった。そのホモログであるYST1はSTM6として単離した。YST1,2は重複した遺伝子で、リボソームの表層に結合するS2ファミリーをコードし、2重変異は致死となる。STM2遺伝子破壊株は最初は増殖が遅く、tom1-2との2重変異は致死となった(図9)。 STM3は唯一37℃でも温度感受性を抑圧できた(図10)。STM3はNPI46/FPR3と同一遺伝子であった。Npi46/Fpr3は核小体に存在し、ヒストンH2Bの核移行シグナル(NLS)に結合し、N末側は高度に電荷を持ち、nucleolinに似ていた。またC末はプロリンイソメラーゼ(PPIase)ドメインである。しかし、tom1変異の抑圧にPPIase領域は必要なかった。STM3の機能もわかっていないが、核小体がmRNA輸送に関与していると考えられていることから量を増やすことにより核輸送を助けているのかもしれない。 STM5はYGR212Wと同一の遺伝子で、転写因子のSwi4のC末側と弱い相同性が見られた。 tom1変異株に核輸送の欠損が見られることから核輸送に関係する因子との遺伝学的な関連を調べた。核内GTP結合蛋白のGAP,GEFであるma1,prp20/mtr1/srm1とtom1-2との2重変異では合成的な影響はみられなかったが、NLSレセプターのインポーティンをコードするsrp1-31との2重変異は許容温度が低下した(図11)。srp1-31は核輸送欠損の他G2/M期で増殖を停止すること、核小体構造の異常、STM3により温度感受性を抑圧される(図11)ことから、Tom1とSrp1との遺伝学的関連が示唆された。 結論 tom1変異株は細胞周期のG2/M期で増殖を停止する表現型を示した。またmRNAが核に蓄積するという核輸送の欠損もあった。遺伝学的な関連を持つ因子の解析からもtom1変異の第一の欠損は核輸送で、その二次的影響、もしくは核輸送に依存したメカニズムによりG2/M期で増殖を停止していると考えられる。 TOM1遺伝子はユビキチンを基質に付加するユビキチンライゲースをコードしていた。ユビキチン系が核輸送に関与している初めての例である。核輸送におけるTom1ユビキチンライゲースの働きはその基質、関連因子を同定、解析することで明確になると考えている。 図1基本的なユビキチンシステム(1)-(3)により基質にユビキチン付加される。Tom1はUBLをコードしていると推測される。図2tom1変異株の形態対数増殖期の細胞を制限温度(37℃)に移行し、4時間培養した。細胞を固定し、間接蛍光抗体法によりチューブリンを、DAPIによりDNAを染色した。図3電顕による観察対数増殖期に制限温度(37℃)に移行し、4時間培養した細胞を急速凍結置換法により固定した。電顕の撮影は分生研の平田助手による。図4tom1変異株でのpoly(A)RNAの局在細胞を制限温度に移し、4時間培養した。細胞を固定し、oligo(dT)をプローブに用いたFISH法によりpoly(A)RNAを、DAPIによりDNAを染色した。図5TOM1のマップ塩基配列から予想される機能領域と遺伝子破壊を行った領域、作製したプラスミドが含む領域を示した。図6Tom1とE6-AP,Rsp5とのhect領域における相同性ユビキチンとチオエステル結合するCysを反転して示した。図7Tom1蛋白の検出抗Tom1抗体によるWestem blotting lane 1 tom1-3変異株lane2野生型株lane3 YEp-TOM1をもつ野生型株lane4 YCp-TOM1 をもつtom1-3変異株lane 5 YCp-tom1C32 35Aをもつtom1-3変異株lane4,5の蛋白量はlane1,2,3の4倍図8tom1変異株におけるTom1-lacZ局在tom1-2変異株にTom1-lacZ発現プラスミドを持たせた細胞を制限温度に移し、4時間培養した。細胞を固定し、抗lacZ抗体によりTom1-lacZを、DAPIによりDNAを染色した。図9stm2とtom1の合成致死性stm2::Leu株とtom1::His株を掛けて四分子解析した。His+Leu+の細胞は得られず、Leu+コロニーは小さい。図10STM3はtom1変異を抑圧するSTM3のC末のPPlaseを欠くSTM3C(下図)もtom1変異を抑圧する。(関口との共同研究)図11srp1-31との遺伝学的関連srp1-31tom1 2重変異株にTOM1またはベクターを導入し、30℃に3日おいた。(左図)srp1-31株にSRP1,STM3,STM3C,ベクターを導入し、35℃に3日おいた。(右図) |