本論文は3章からなり、第一章は、キメラD1タンパク質の単離葉緑体への輸送実験系の確立、および、葉緑体に輸送されたキメラタンパク質の光化学系II複合体への組込みについて、第二章は、葉緑体に輸送されたキメラD1タンパク質のチラコイド膜への挿入機構について、第三章はキメラD1タンパク質の葉緑体包膜の通過について述べられている。 葉緑体のpsbA遺伝子にコードされるD1タンパク質は、葉緑体内で合成され、光化学系IIの反応中心の場を構築し、光化学反応の過程で重要な役割を果たしている。第一章では、このD1タンパク質を外部から葉緑体に輸送して追跡できるようにするために、RuBisCO小サブユニットの通過ペプチドをもち、試験管内で翻訳できるように改変したDNAを作製した。つづいてこのキメラD1タンパク質が単離葉緑体に輸送されることを明らかにすると共に、葉緑体に輸送されたキメラD1タンパク質が光化学系II複合体に組込まれるかどうかを調べている。その結果、キメラD1タンパク質は、まず葉緑体のストロマに輸送され、そこで通過ペプチドがプロセシングを受けることを示した。プロセシングを受けたタンパク質は、その後チラコイド膜に移行して、葉緑体内で翻訳された本来のD1タンパク質前駆体と同様にC末端がさらにプロセシングを受けることを明らかにした。さらに、チラコイド膜に見いだされたキメラD1タンパク質が、本来のD1タンパク質と同じ膜貫通構造をとって光化学系II複合体に組み込まれることを示した。これらの結果は、D1タンパク質の今まで報告されているような翻訳と共役した組込みの機構以外に、このタンパク質の構造に依存して組み込まれる機構の存在を強く示唆するものである。 第二章では、葉緑体に輸送されたキメラD1タンパク質のチラコイドへの挿入における膜電位およびSecAタンパク質の関与を調べている。脱共役剤であるCCCP、ナイジェリシンやバリノマイシン、または、SecAタンパク質の阻害剤であるアジ化ナトリウムの存在下で行った輸送反応実験の結果は、成熟型のキメラD1タンパク質が対照実験と同様にチラコイド膜に蓄積することを示している。これらの結果は、D1タンパク質のチラコイド膜への挿入が、D1タンパク質の構造に依存し、チラコイドの膜電位やSecAタンパク質の働きに依存しないことを意味している。残念ながら、この実験系ではチラコイド膜への挿入におけるATPとストロマ因子の関与は調べられることができず、これらの因子の関与については確認する必要性が残されている。しかしながら、葉緑体にコードされている膜タンパク質のチラコイド膜への挿入機構を調べるための一つのアプローチとして評価できる。 第三章ではキメラD1タンパク質の葉緑体包膜通過について解析した。通常の葉緑体タンパク質前駆体の輸送においては、包膜への結合と通過に葉緑体のストロマに存在するATPがエネルギー源として必要であることが知られている。しかしながら、本研究で用いたキメラD1タンパク質の包膜通過は、光のみをエネルギー源とするとその輸送効率が極めて低くなり、輸送反応液にATPを加えることによって回復すること観察された。こうした輸送上の特徴はRuBisCO小サブユニット前駆体の輸送とは対照的であった。キメラD1タンパク質の輸送のATP要求性は、外部から添加したATPのアピラーゼによる分解、および、ATP-アナログによる阻害実験においても確認している。これらの結果から、キメラD1タンパク質が包膜を通過するためには、葉緑体外部にATPが必要であることを示唆した。また、尿素処理によって前駆体の構造を緩めてもD1タンパク質の輸送効率は回復しないことから、ここで観察されたATP要求性が、そのタンパク質の高次構造に由来するものではなく、D1タンパク質自身の一次構造に依存していることを示唆した。 本論文は、光合成の過程で重要な機能を果たすD1タンパク質の光化学系II複合体への組込み、チラコイドへの挿入機構および葉緑体包膜通過について新たな知見をもたらすだけでなく、D1タンパク質の代謝回転、葉緑体にコードされているチラコイド膜タンパク質のチラコイド膜への挿入機構、および、タンパク質の葉緑体への輸送の機構を完全に理解するための研究のきっかけになるものであることが、高く評価される。 なお、本論文は渡邊昭氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、博士(理学)の学位に値するものであると認める。 |