学位論文要旨



No 112342
著者(漢字) 真田,佳門
著者(英字)
著者(カナ) サナダ,ヨシカド
標題(和) ロドプシンのリン酸化反応を制御するCa2+結合蛋白質リカバリンの作用機構とN末端脂肪酸修飾の役割
標題(洋)
報告番号 112342
報告番号 甲12342
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第99号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 教授 大森,正之
 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 教授 深田,吉孝
内容要旨

 視細胞において、ロドプシンが光を吸収すると、三量体G蛋白質トランスデューシンを介してcGMP分解酵素が活性化され、細胞内cGMP濃度が減少する。その結果、形質膜に存在するcGMP依存性カチオンチャンネルが閉鎖し、視細胞は過分極性の電気応答を示す(視興奮)。一方、チャンネルの閉鎖に伴って細胞外からのCa2+の流入は抑制されるので、細胞内Ca2+濃度は視興奮と並行して低下する。視興奮と同時に、cGMPカスケードに関与する蛋白質の一連の不活性化(回復過程)が始まり、例えば、ロドプシンの光退色中間体はロドプシンキナーゼによってリン酸化され、不活性化する。

 視興奮からの迅速な回復過程には光刺激依存的な細胞内Ca2+濃度変化が重要な役割を担っており、このCa2+の作用点としてウシ視細胞からリカバリンが、またカエル視細胞からS-モデュリンが見出された。リカバリン/S-モデュリンは、EFハンド構造を持つ26kDaのCa2+結合蛋白質であり、細胞内Ca2+濃度の上昇に伴なって、ロドプシンキナーゼによるロドプシン光退色中間体のリン酸化反応を抑制する。興味深いことに、リカバリンのN末端グリシン残基には脂肪酸がアミド結合を介して付加しており、脂肪酸構造のみが異なる4つのアイソフォーム(C12:0-、C14:2-、C14:1-およびC14:0-リカバリン)が存在する(図1)。

図1.N末端の脂肪酸構造

 Ca2+遊離型のリカバリンにおいては、このN末端脂肪酸はリカバリン分子内に格納されており、リカバリンにCa2+が結合して活性化すると、修飾脂肪酸は蛋白質分子外に露出し、膜アンカーとして働くと考えられている。しかしながら、N末端の不均一な修飾脂肪酸がリカバリンの機能に果たす役割は不明である。本研究は、異なる脂肪酸が結合したリカバリンを互いに分離・精製し、各アイソフォームの機能の違いを明らかにすることにより、N末端脂肪酸の生理的な役割を解明することを目的として行なった。

 まず、脂肪酸構造の異なるリカバリンを互いに分離するため、種々のカラムクロマトグラフィーを試みた結果、逆相C18カラムによってリカバリンを三成分(溶出する順にp1、p2、p3と命名)に分離できることを見出した(図2)。各画分に含まれるリカバリンの構造を決定するため、それぞれをV8プロテアーゼにより完全消化し、消化断片を逆相カラムにより分離した。各画分由来の消化断片の溶出プロフィールを比較すると、リカバリンN末端に対応するペプチド断片(p1、p2およびp3由来のペプチド断片をそれぞれN1、N2およびN3と命名)の溶出位置のみが各画分の間で異なっていた。そこで、これらN1-N3のFAB質量分析を行った結果、N3の質量は、リカバリンのN末端11アミノ酸残基(GNSKSGALSKE)にミリスチン酸が結合したペプチド(C14:0-GNSKSGALSKE)の質量と一致し、N2の質量はC14:1-GNSKSGALSKEの質量と一致した。一方、N1は2つのペプチドの混合物(C12:0-およびC14:2-GNSKSGALSKE)であることが判明した。

 つまりp1、p2およびp3はそれぞれ、C14:2-リカバリンとC12:0-リカバリンの混合物(C14:2-/C12:0-リカバリン)、C14:1-リカバリン、およびC14:0-リカバリンであり、4種類のリカバリンアイソフォームを脂肪酸構造の異なる三成分のリカバリンに分離・精製できたことが判明した(図2)。

図2.逆相HPLCによるリカバリンの分離

 そこで、脂肪酸構造の異なる三成分のリカバリンのCa2+に対する親和性を調べた結果、いずれのリカバリンもCa2+の添加によりトリプトファン残基に由来する蛍光エミッションスペクトルの長波長シフトが観察された。これら蛍光エミッションスペクトルの変化は、三成分に分離する前のリカバリンのスペクトル変化と一致し、いずれのアイソフォームもCa2+結合能をもち、Ca2+の結合に伴って同様の構造変化を起こすことが示された。事実、これらのアイソフォームは、ロドプシンキナーゼによるロドプシンのリン酸化反応を抑制し、いずれも約550nMというCa2+濃度において50%の抑制効果を示した(図3)。つまり、リカバリンの2つのCa2+結合部位のCa2+親和性やその協同性には脂肪酸の構造は大きな影響を与えない。しかしながら、リン酸化反応を抑制する強さ(最大活性)は三成分の間で異なり、C14:2-/C12:0-<C14:1-<C14:0-リカバリンという順で最大活性が上昇した(図3)。

図3.三成分のリカバリンによるロドプシンのリン酸化反応抑制のCa2+濃度依存性

 この最大活性の順序は各脂肪酸の疎水性の順序と一致し、N末端領域の疎水性がリカバリン活性に重要であることが明らかになった。脂質修飾された多くの蛋白質は、その疎水的な修飾脂質を介して細胞膜あるいは標的蛋白質と相互作用すると考えられている。事実、脂肪酸構造の異なる三成分のリカバリンと細胞膜との親和性は、各脂肪酸の疎水性の順序(最大活性の順序)と一致した。このことから、リカバリンの膜結合性の強さがリカバリンの機能に重要であることが強く示唆された。

 そこで次に、リカバリンの機能発現における膜結合の役割を含めたリカバリンの作用機構を調べた。精製蛋白質を用いた再構成系においても、ロドプシンのリン酸化反応は高Ca2+濃度(0.8M以上)において抑制されることから、リカバリンの標的蛋白質はロドプシンあるいはロドプシンキナーゼのいずれかであると推定された。一方、G蛋白質共役受容体キナーゼの一種であるアドレナリン受容体キナーゼ(ARK)もin vitroでロドプシンをリン酸化することができ、この反応はG蛋白質サブユニット(G)によって活性化される。そこで、ARKによるロドプシンのリン酸化反応に及ぼすCa2+/リカバリンの効果を調べた。その結果、Gによる活性化の有無にかかわらず、ARKによるロドプシンのリン酸化反応はCa2+結合型リカバリンにより抑制されなかった。同様に、ARKによるアドレナリン受容体のリン酸化反応も、Ca2+/リカバリンによって影響をうけなかった。ところが逆に、ロドプシンキナーゼによるアドレナリン受容体のリン酸化反応は、リカバリンによってCa2+濃度依存的に抑制された。つまり、ロドプシンキナーゼを用いて受容体をリン酸化した場合にのみ、リカバリンのCa2+依存的な抑制効果が観察できた。以上の結果から、Ca2+結合型リカバリンはロドプシンキナーゼと特異的に相互作用することによって、そのキナーゼ活性を阻害することが明らかになった。さらに、リカバリンとロドプシンキナーゼとの複合体は細胞膜上で形成され、この膜結合によってロドプシンキナーゼの活性は効果的に抑制されることが判明した。リカバリンの膜結合性がリカバリン活性(ロドプシンキナーゼに対する抑制活性)に大きく影響するという結果は、修飾脂肪酸の疎水性の強さ(細胞膜との親和性)によってリカバリンの活性が変化するという前述の結果とよく符合する。すなわち、リカバリンのN末端脂肪酸は、リカバリン/ロドプシンキナーゼ複合体と細胞膜との親和性を調節することにより、キナーゼ活性を巧妙に制御する機能制御因子として働いていることが明らかになった。

審査要旨

 本論文は、視細胞の明暗順応機構に重要な役割を果すCa2+結合蛋白質リカバリンの機能の解析を行ったものである。リカバリンのN末端グリシン残基には脂肪酸がアミド結合を介して付加しており、脂肪酸構造のみが異なる4つのアイソフォームが存在する。本論文の前半部分では、N末端の脂肪酸構造が異なるリカバリンの機能の比較解析を行っており、後半部分はN末端脂肪酸を介したリカバリンの膜結合性の役割を検討している。

1)N末端の脂肪酸構造がリカバリンの機能に及ぼす影響

 リカバリンはCa2+濃度が高い時に光受容体であるロドプシンのリン酸化反応を抑制する。また、リカバリンのN末端は4種類の脂肪酸(C12:0、C14:2、C14:1、およびC14:0)のいずれかによって修飾されている。

 論文提出者は、脂肪酸構造の異なるリカバリンを互いに分離することを試みたところ、逆相C18カラムクロマトグラフィーによって、4種類のリカバリンアイソフォームの混合物が三成分に分離することを見出した。これら三成分に含まれるリカバリンの構造解析を行った結果、各成分はN末端構造の異なるリカバリンを含むことが判明した。つまり、C14:0-リカバリン、C14:1-リカバリン、およびC14:2-リカバリンとC12:0-リカバリンの混合物(C14:2-/C12:0-リカバリン)というN末端構造の異なるリカバリンを分離できたので、さらに互いの活性を比較した。その結果、ロドプシンのリン酸化反応を抑制するCa2+濃度範囲に差は認められなかったが、リン酸化反応を抑制する強さ(最大活性)が三成分の間で異なり、C14:2-/C12:0-<C14:1-<C14:0-リカバリンという順で最大活性が上昇した。この最大活性の順序は各脂肪酸の疎水性の順序と一致し、N末端領域の疎水性がリカバリン活性に重要であることが明らかになった。

 Ca2+遊離型のリカバリンにおいては、N末端脂肪酸はリカバリン分子内に格納されており、リカバリンにCa2+が結合して活性化すると、修飾脂肪酸は蛋白質分子外に露出し、膜アンカーとして働くと考えられている。そこで、脂肪酸構造の異なる三成分のリカバリンと細胞膜との親和性を調べたところ、細胞膜との親和性は修飾脂肪酸の疎水性の順序、つまりリカバリンの最大活性の順序と一致した。このことから、リカバリンの膜結合の強さがリカバリンの機能に重要であることが強く示唆された。

2)リカバリンの作用機構

 リカバリンの機能発現における膜結合の役割を含めたリカバリンの作用機構を調べた。その結果、Ca2+結合型リカバリンはロドプシンキナーゼと特異的に相互作用することによって、そのキナーゼ活性を阻害することが明らかになった。さらに、Ca2+結合型リカバリンとロドプシンキナーゼとの複合体は細胞膜上で形成され、この膜結合によってロドプシンキナーゼの活性は効果的に抑制された。リカバリンの膜結合性がリカバリン活性(ロドプシンキナーゼに対する抑制活性)に大きく影響するという結果は、修飾脂肪酸の疎水性の強さ(細胞膜との親和性)によってリカバリンの活性が変化するという前述の結果とよく符合する。すなわち、リカバリンのN末端脂肪酸は、リカバリン/ロドプシンキナーゼ複合体と細胞膜との親和性を調節することにより、キナーゼ活性を巧妙に制御する機能制御因子として働いていると考えられた。

 こうした一連の解析を通して本論文では、リカバリンにおける不均一な脂肪酸修飾の役割を解明し、さらにリカバリンの作用機構を明らかにした。これらの成果は、リカバリンの機能の研究のみならず、蛋白質の機能発現に大きく寄与する脂質修飾の役割の解明に重要、かつ学術的な貢献度もきわめて高いと認められる。なお、本論文の前半部分は、小亀浩市氏、高尾敏文氏、下西康嗣氏、吉澤透氏、および深田吉孝氏との共同研究、後半部分は、清水史子氏、亀山仁彦氏、芳賀和子氏、芳賀達也氏、および深田吉孝氏との共同研究であるが、前後半ともに、論文提出者が主体となって、研究の立案、課題の解決、および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が充分であると判断する。従って、博士(学術)を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54551