学位論文要旨



No 112302
著者(漢字) 秦,喜久美
著者(英字)
著者(カナ) ハタ,キクミ
標題(和) ヒトレトロポゾンL1(LINE-1)の転写制御の解析
標題(洋)
報告番号 112302
報告番号 甲12302
学位授与日 1997.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3139号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 客員教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京工業大学 教授 岡田,典弘
内容要旨

 ヒトを含む哺乳類のゲノム中にはL1(LINE-1)と呼ばれる、分散型の中程度反復配列が存在する。L1の構造(図1)から、L1は自身のコードするRNA binding protein、逆転写酵素を用い、RNAを介してゲノムに挿入されるレトロトランスポゾンの一種と考えられている。L1の挿入による病気の発症(血友病、筋ジストロフィー)が発見されており、L1は内因性の変異源と見ることもできる。L1のコードタンパク質は、いくつかの未分化細胞やがん細胞では発現しているが、正常分化細胞では発現していない。L1のコピー数がハプロイドゲノムあたり数千もあることを考えると、正常分化細胞にはL1の発現、すなわちL1の転移を抑えるなんらかの機構があると考えられる。転移の最初のステップはRNAへの転写である。L1の転写はpol III依存性の内部プロモーターにより行なわれ、それは転写必須領域site A(+10〜+17)とsite Aに結合する核タンパク質(TFL1-A)によって制御されていると考えられている。またL1の発現パターンとL1のプロモーター領域のメチル化には逆相関があることも報告されており、L1の転写制御にメチル化が関与していることが考えられる。

 そこでL1の転写制御機構の詳細を明らかにするため、1)L1のsite A結合因子TFL1-Aの単離、2)L1の転写におけるメチル化の影響、3)メチル化による転写抑制のメカニズム、について解析を行った。

図1.L1の構造と特徴1)全長は約6Kbpである。2)ハプロイドゲノムあたり一万から十万のコピー数をもつ。3)そのほとんどが5’末端を欠いている。4)3’末端はA richである。5)配列の前後に短い同方向繰り返し配列が存在する。6)二つのORFをコードしている。ORF1はRNA binding proteinでL1の転写産物と結合している。ORF2は逆転写酵素活性を有する。1)L1のsite A結合因子TFL1-Aの単離、

 TFL1-Aをクローニングするにあたり、既知の転写因子を調べたところ、site Aにホモロジーのある配列に結合する因子がすでにクローニングされていた(表1)。YY1、、NF-E1、UCRBPはそれぞれ別個にクローニングされたが同じタンパク質である(以下YY1とする)。そこでこのYY1がL1のsite Aを認識するかどうか調べた。

 YY1を単離し、lac Zとの融合タンパク質(rYY1)として大腸菌でつくらせた。このrYY1をsite Aを含むプローブでgel shift assayを行ったところ、rYY1を含む大腸菌抽出液だけにシフトしたバンドがみられた。このバンドは、self-competitionで消失したが、site Aを変異させたcompetitorでは消失しなかったことから、rYY1は特異的にsite Aを認識結合することが示された。

 次にrYY1とTEL1-Aの認識配列を詳細に解析するために、プローブを3塩基ずつ置換したオリゴをcompetitorとしてgel shift assayを行ったところ、rYY1とTFL1-Aは同じbinding profileを示し認識配列は同一であった。また、HeLa細胞核中のYY1で同様の実験をしたところ、YY1もまたTFL1-Aと同じ配列を認識した。

 最後に抗-YY1抗体を使いgel shift assayを行ったところ、TFL1-A-site A複合体によるバンドはスーパーシフトした。さらに抗-YY1抗体のエピトープをもつペプチドを加えたところスーパーシフトは形成されなかった。

 以上の結果よりL1のsite A結合因子TFL1-Aはpol II転写因子のYY1であることが明らかにされた。

表1 site Aにホモロジーのある認識配列とその結合因子

 さらにYY1がL1の転写に関与していることを直接示すためYY1を除去したHeLa核抽出液(YY1 depleted extract)を調整しin vitro transcription assayを行った。使用した鋳型は図2に示している。その結果、YY1を除去しないときと比較してL1の転写活性は有意に減少した。またYY1 depleted extractに部分精製してきたYY1を加えたところ、少しではあるがL1のプロモーター活性は増加した。これらの結果より、YY1がL1の転写に関与していることが明らかになった。

2)L1の転写におけるメチル化の影響

 メチル化によって転写が抑制される遺伝子は数多く知られている。またL1においてもプロモーター領域のメチル化とL1の発現パターンに逆相関があることが報告されており、L1もまたメチル化によって転写が抑制される遺伝子の一つであることが考えられる。そこでメチル化によりL1の発現が抑制されるのかを直接明らかにするために、transfection assayおよびin vitro transcription assayを行った。

 site Aを含むL1配列をCATの上流にもつコンストラクト(pCAT155L1)を作成し、CpG methylaseでメチル化し(MepCAT155L1)、HeLa細胞にtransfectionした。メチル化の基質を除いて反応(モックメチル化)したのをコントロールとした。その結果コントロールに比較して、メチル化したコンストラクトのCAT活性は減少した。さらにベクター由来の配列にCpG配列が1つもない鋳型L1NS(図2)を用いてin vitro transcription assayを行った。メチル化したL1NSの転写活性は阻害されたがモックメチル化したL1NSの転写活性は阻害されなかった。以上の結果よりL1の転写はメチル化により抑制されることが明らかになった。

図2.in vitro transcription assayで用いた鋳型

 この実験で用いた鋳型にCpG配列は7つある。そこでこの7つのCpG配列の内どのCpG配列が転写抑制に必要なのかより詳細に解析した。site specificにメチル化するために、CpG配列をカセット変異法でメチル化できない配列にある組合わせで置換した(表2)。CpG methylaseでメチル化した後in vitro transcription assayを行ったところ、+42から+72までのCpGをメチル化したときのみL1の転写が抑制された(表2、L1FOUR)。またこのうち1つでもメチル化されなかった時はL1の転写が抑制されなかった(表2、L142+52,L142+58,L142+61,L142+70)。つまりL1の転写抑制には4つのCpG(+52,+58,+61,+70)がメチル化されることが必要十分であることが示された。

表2.置換の組合わせとメチル化による転写活性+はCpG配列でメチル化されることを示している。-はCpG配列をメチル化されない配列に置換したことを示しメチル化されない。転写活性はメチル化したときの転写活性である。
3)メチル化と転写因子YY1の結合について

 メチル化による転写抑制のメカニズムは大きく二つに分けることができる。1つは転写活性化因子の結合がメチル化によって直接または間接的に阻害されるメカニズム、もう1つはmethyl-C binding protein(MeCP)の結合によって転写が阻害されるメカニズム、である。この両方の可能性について検討した。

 site Aをもつプローブをメチル化してcompetitorとしてgel shift assayを行ったところ、YY1-site A複合体のバンドは消失した。またin vitro transcription assayで使用した鋳型(図2)をメチル化してcompetitorとしたところ同様にバンドは消失した。以上の結果はYY1はメチル化しているcompetitorに結合できることを示しており、メチル化によりYY1のsite Aへの結合は阻害されないことが明らかになった。

 次に、MeCPsの関与を調べるためにCAT活性をもたないプラスミドをメチル化し(methylated competitor)、MepCAT155L1とco-transfectionした。この実験は、MepCAT155L1に結合しL1のプロモーター活性を抑制しているMeCPが、co-transfectionしたmethylated competitorに奪われ、MepCAT155L1のプロモーター活性が戻ることを予想して行ったものである。その結果methylated competitorを15倍量加えてもMepCAT155L1のプロモーター活性は戻らなかった。しかしながら、methylated competitorが細胞内のMeCPsを十分にtitration outしているかどうか分からないので、MeCPsの関与については今のところ明らかではない。

 以上の結果よりメチル化と転写抑制の関係については今後更なる解析が必要である。

4)まとめ

 以上の結果をまとめると

 1)L1のsite A結合因子TEL1-Aはpol II転写因子のYY1である。またL1の転写にYY1は関与している。

 2)L1の転写はメチル化によって抑制され、その抑制には4つのCpG sitesがメチル化されることが必要十分である。

 3)メチル化にかかわらずYY1がsite Aに結合することから、メチル化によるL1転写抑制の分子機構についての明確なモデルを立てるには至っていない。

審査要旨

 本論文は、ヒトレトロポゾンL1の転写制御メカニズムについて解析したもので2つの部分からなり、第1部は転写制御因子の同定、第2部はDNAメチル化の影響について述べられている。

 第1部では、L1のsite Aの結合因子TFL1-Aをクローニングするにあたり、既知の転写因子を調べたところ、site Aにホモロジーのある配列に結合する因子YY1がすでにクローニングされていた。そこでこのYY1とTEL1-Aの関係を調べた。

 YY1cDNAを単離し、lac Zとの融合タンパク質(rYY1)として大腸菌でつくらせた。このrYY1をsite Aを含むプローブでgel shift assayを行ったところ、rYY1を含む大腸菌抽出液だけにシフトしたバンドが見られた。このバンドは、self-competitionで消失したが、site Aを変異させたcompetitorでは消失しなかったことから、rYY1は特異的にsite Aを認識結合することが示された。

 更に抗-YY1抗体を使いgel shift assayを行ったところ、TFL1-A-site A複合体によるバンドはスーパーシフトした。さらに抗-YY1抗体のエピトープを持つペプチドを加えたところ、スーパーシフトは形成されなかった。

 以上の結果より、L1のsite Aに結合するTFL1-Aはpol II転写因子のYY1であることが明らかにされた。

 第2部では、L1の転写におけるメチル化の影響について調べた。

 L1プロモーター領域のメチル化とL1の発現に逆相関があることが報告されており、そこでメチル化によりL1の発現が抑制されるのかを直接明らかにするために、transfection assayおよびin vitro transcription assayを行った。

 site Aを含むL1配列をCATの上流に持つコンストラクトを作成し、CpG methylaseでメチル化し、Hela細胞にtransfectionした。メチル化の基質を除いて反応(モックメチル化)したのをコントロールとした。その結果、コントロールに比較してメチル化したコンストラクトのCAT活性は著しく減少した。以上の結果より、L1の転写はメチル化により抑制されることが明らかになった。

 この実験で用いた鋳型にメチル化されるCpG配列は7つある。そこでこの7つのCpG配列のうち、どのCpG配列が転写制御に必要なのか、より詳細に解析した。site specificにメチル化するために、CpG配列をカセット変異法でメチル化できない配列にある組み合わせで置換した。CpG methylaseでメチル化した後、in vitro transcription assayを行ったところ、+42から+72までのCpGをメチル化したときのみL1の転写が抑制された。またこのうち1つでもメチル化されなかった時はL1の転写が抑制されなかった。つまりL1の転写制御には4つのCpG(+52,+58,+61,+70)がメチル化されることが必要十分であることが示された。

 以上の結果、次の2つの興味深い結論が得られた。

 1)L1のsite A結合因子TFL1-Aはpol II転写因子のYY1である。

 2)L1の転写はメチル化によって抑制され、その抑制には4つのCpG sitesがメチル化されることが必要十分である。

 なお、本論文の第1部の一部は、黒瀬光一、服部正平らとの共著論文として発表されているが、本学位論文に書かれている部分は論文提出者が全てにわたって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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