ナラタケArmillaria melleaは、世界中の森林に分布し、樹木に根腐れをおこす重要な病原菌で、我が国ではカラマツやヒノキなどの林業上主要樹種に対して、あるいはサクラなどの緑化樹木に対して、多大な被害を及ぼしている。一方、ナラタケは森林において、腐生、寄生、共生、菌寄生など多様な生態をもつ菌類と考えられてきた。最近、このナラタケが生物学的種と呼ばれる互いに交配しないグループの集合であることが明らかにされたが、わが国のナラタケについては未解明の問題が多く残されている。 本論文は、世界的に検討がすすめられているナラタケについて、わが国の生物学的種を明らかにし、その生活環を解明したもので、4章よりなっている。 第1章は、序論にあてられ、世界のナラタケの生物学的種と生活環について、既往の研究成果がとりまとめられている。 第2章では、日本産ナラタケの生物学的種について検討を加えた。生物学的種の判別は、単胞子分離菌株同士の交配試験による菌叢変化を基準として行われるが、この変化は7つのパターンに分けられた。そして、これらのパターンについて菌叢の核DNA容量を測定して交配の成否を確認した結果、菌叢が褐色殻状に変化しかつ両菌叢が境界なく融合している場合には交配が成立していること、また、菌叢に変化が認められても境界部に帯線が生じている場合には交配が成立していないことなどが確認された。このことから、菌叢変化によって判断が困難な場合には、核DNA容量を測定することによって交配の成否を判断することが可能であることが明らかにされた。 わが国のナラタケの生物学的種について、ヨーロッパ産および北アメリカ産ナラタケの生物学的種との交配試験によって検討した結果、つばのあるタイプ7種のうち6種は、Armillaria cepistipes、A.gallica、A.mellea、A.nabsnona、A.ostoyae、A.sinapinaであり、Nag.E1種が新種であることを明らかにした。一方、つばのないタイプの種については、我が国にはナラタケモドキA.tabescens 1種が存在し、北アメリカ産とは交配しないもののヨーロッパ産と同一種であることが明らかにされた。 第3章では、日本産ナラタケの生活環について検討を加え、わが国のナラタケにはヘテロタリックな種とノンヘテロタリックな種が存在することを明らかにした。わが国のヘテロタリックな種は、担子胞子形成過程での一連の核行動およびそれぞれのステージにおける核の状態を観察した結果、ヨーロッパ産および北アメリカ産の一般的な4極性のヘテロタリックな種と同様の生活環をもつことが明らかにされた。 一方、日本産A.melleaは、単胞子分離菌糸体を用いて子実体形成試験を行ったところ子実体が形成された。このことから、日本産A.melleaはヨーロッパ産や北アメリカ産とは異なりノンヘテロタリックな生活環をもつ種であることが明らかにされた。さらに、担子胞子形成過程の担子器内での核行動および各ステージにおける核DNA容量の測定より、日本産A.melleaの生活環は次のように考えられる。担子器には複相(2n)の1核があり、その後減数分裂によって4つの単相核(n)が形成される。担子器内でこれらの核は融合し2つの複相核(2n)となり、4つの胞子の内の2つの胞子に移動する。胞子内で核は分裂し2つの複相核(2n)を生じ、そのうち1つの核が担子器に戻ると1核胞子になるが、核が担子器へ移動せず胞子のなかにとどまった場合には2核胞子となる。これらの胞子はその後核分裂を繰り返し、複相核(2n)を持つ菌糸体となる。そして、この菌糸体が一定の条件が整ったときに子実体を形成することが明らかにされた。 第4章は、総合考察にあてられ、日本産ナラタケの生物学的種と生活環について、ヨーロッパ産および北アメリカ産ナラタケの生物学的種と比較検討した結果が述べられている。 以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。 |