学位論文要旨



No 112295
著者(漢字) 太田,祐子
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ユウコ
標題(和) 日本産ナラタケの生物学的種と生活環に関する研究
標題(洋)
報告番号 112295
報告番号 甲12295
学位授与日 1997.03.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1728号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 八木,久義
 東京大学 教授 井出,雄二
 東京大学 講師 福田,健二
内容要旨

 ナラタケは、ハラタケ目(Agaricales)キシメジ科(Tricholomataceae)ナラタケ属Armillaria(Fr.:Fr.)Staudeに属するきのこで、亜寒帯から亜熱帯にいたる世界中の森林に分布し、樹木に根腐れをおこす重要な病原菌である。ナラタケは、世界中で病原菌として問題になる一方で、欧米や日本では優秀な食用菌として多くの人々に親しまれ、中国や韓国においては漢方薬としても利用されている。

 我が国において、ナラタケは、カラマツ、ヒノキなどの林業上主要樹種に対して、あるいはサクラなどの緑化木に対して重大な病原寄生菌である。また、森林生態系においては、被圧や乾燥など様々なストレスで弱った木に対して2次的寄生菌として、あるいは枯死木や倒木に対して分解の初期段階を担う腐生菌として重要な役割を果たしている。また、オニノヤガラやツチアケビなどの無葉緑ランに菌根を作る共生菌でもあり、タマウラベニタケ(Rhodophyllus murraii)に寄生する菌寄生菌でもある。このように、ナラタケは、多様な生活史、生態、病原性、宿主を持つ菌であるが、わが国ではこれまで極めて変異の大きい1種「ナラタケ」であるとされてきた。しかし、ナラタケは、生物学的種と呼ばれる互いに交配しないグループの集合であり、生物学的種によって性質が異なることが明らかにされている。そのため、ナラタケの研究には、生物学的種の解明が必要不可欠である。ナラタケを研究するためには、生物学的種ごとに、生態、生活環、宿主、病原性などの諸性質を明らかにする必要がある。しかし我が国では、これまで生物学的種に考慮した研究はほとんど行われていなかった。

 そこで、本研究では、日本産Armillariaの生物学的種を明らかにすることを目的とし、まず、生物学的種判別手段である交配試験について、菌叢の変化と核DNA容量の関係について明らかにした。さらに、交配試験を用いて日本産の生物学的種を明らかにし、それぞれの生物学的種の分布および生態を考察した。また、日本産のArmillairaの生活環について明らかにした。

日本産Armillariaの交配試験における菌叢変化と核DNA容量の関係

 ナラタケ属(Armillaria)の生物学的種を判別するためには、単胞子分離菌株同志の交配試験を行うのが一般的である。Armillariaでは、単相世代(n)である担子胞子由来の菌糸体(haploid)の菌叢は白色綿毛状を示すが、対峙培養して菌糸接触後、交配が成立し複相(2n)の菌糸体(diploid菌糸体)になると褐色殻状の菌叢に変化する。Armillariaの生物学的種の判別は、このような菌叢の変化を判断基準としてを行なわれる。しかし、菌叢変化が不明瞭なものもあり、交配の判断が困難な場合が少なくない。そこで、菌叢変化のいくつかのパターンについて、交配前の菌叢と交配後の菌叢の核DNA容量の測定を行い、菌叢変化のパターンとの関係を比較検討した。その結果、菌叢変化のパターンは7つに分けられ、核DNA容量の変化との関係は以下のようであった。(1)菌叢が殻状に変化し明らかに交配が成立しているとみなされる場合では、菌糸の核DNA容量は交配前の菌糸に比べて2倍になっていた。(2)菌叢に変化の見られない場合(同一の交配型をもつ菌糸体同士の対峙を行った場合)、および(3)バラージ反応を示した場合では、菌糸の核DNA容量は、交配前の菌糸とほぼ同じであった。(4)菌叢に変化が認められ、かつ境界線を生じない場合では、菌糸の核DNA容量は交配前の菌糸の2倍であった。一方、(5)菌叢の中央部が褐変するが、菌叢の境界部に明らかな境界線が生じる場合、あるいは(6)菌叢は褐変するが菌叢の境界部に明らかな境界線が生じる場合では、もとの菌叢とほぼ同じ核DNA容量を示した。以上の結果から、菌叢が変化しかつ両菌叢が境界なく融合している場合は、交配が成立していることが明らかにされた。また、菌叢に変化が認められても、境界部に帯線が生じている場合は交配していないことか確認された。交配試験を行ったとき、菌叢変化によって交配の成否を判断するのが困難な場合には、核DNA容量を測定することによって、交配の成否を判断することが可能であることが明らかにされた。

日本産Armillariaの生物学的種

 日本に存在するナラタケの生物学的種を明らかにするために、日本産菌株と、すでに種の確立しているヨーロッパ産、北アメリカ産ナラタケの生物学的種との交配試験を行った。その結果、つばのあるタイプ7種、つばのないタイプ1種が明らかになった。つばのあるタイプについてみると、ヨーロッパおよび北アメリカに分布し北半球に広く分布すると思われるArmillaria gallica,A.ostoyae,A.melleaが日本にも存在することが明らかになった。A.gallicaは日本にも広く存在すると考えられ、A.ostoyaeは本州中部以北の冷温帯林に分布し、A.melleaはおもに本州以南に分布が確認された。ヨーロッパに分布が報告されたA.cepistipes.は、我が国では本州に分布が確認された。太平洋側に分布するA.nabsnonaは、本州から確認された。北アメリカに分布するA.sinapinaは、我が国では北海道に分布が確認された。また、本州にひろく分布するNag.Eは、ヨーロッパ産および北アメリカ産のいずれのテスターとも交配しなかったため、新種であると考えられた。また、つばのないタイプの種については、我が国には1種(A.tabescens)が存在し、これは、ヨーロッパのA.tabescensとは交配するが、北アメリカの菌株とは交配しなかった。また、交配試験によって、日本産のArmillariaの生活環は、日本産A.mellea 1種をのぞいてすべて4極性のへテロタリズムであることが明らかにされた。日本産のA.melleaの生活環は、単子胞子分離菌株が組織由来の菌株の菌叢と同様の褐色殻状の形態をしめしため、ヘテロタリズムではないとことが示唆された。

日本産Armillariaの生活環について

 上記の研究から、日本産のArmillariaの生活環については、ヘテロタリックな種とノンヘテロタリックな種が存在することが明らかになった。ヘテロタリックな種については、担子胞子形成過程での一連の核行動の観察およびいくつかのステージにおける核の状態を観察した結果、ヨーロッパ産および北アメリカ産の一般的な4極性のヘテロタリックな種であるA.gallicaなどと同様の生活環をもつことが明らかにされた。ノンヘテロタリックな種A.melleaについては、単胞子分離菌糸体からの子実体形成試験をおこなったところ、単胞子分離菌糸体から子実体が形成され、日本産A.melleaの生活環はノンヘテロタリズムであることが確認された。さらに、担子胞子形成過程の担子器内での一連の核行動、発芽過程での核行動および生活環のいくつかのステージにおける核DNA容量の測定より、日本産A.melleaの生活環は次のようであると考えられた(図1)。担子器には、複相(2n)の1核があり、担子器内で減数分裂を行い4つの単相(n)の核が形成される。その後担子器内で2つずつ融合し2つの複相(2n)の核になると考えられる。これらの核が、4つの胞子の内の2つの胞子に移動する。胞子内で核は分裂し2つの複相(2n)の核を生じ、そのうち1つの核が担子器に戻ると、1核胞子になる。核が担子器へ移動せず胞子のなかにとどまった場合、2核胞子になる。これらはいずれも複相(2n)の核である。これらの胞子は、その後核分裂を繰り返し、複相(2n)核を持つ菌糸体となる。この菌糸体が一定の条件が整ったときに子実体を形成する。形成された子実体の柄および子実層の核相は複相(2n)であったことから、子実体組織内でも複相(2n)の核相を維持し、重相(n+n)のステージを持たない。日本産A.melleaは、担子器内での減数分裂直後をのぞいて、複相(2n)の核相を持つ生活環であることが明らかとなった。

 以上の結果から、日本産Armillariaには、つばのある種が7種、つばのない種が1種、少なくとも計8種の生物学的種が存在することが明らかにされた。また、その生活環については、A.mellea以外の種は、ヨーロッパ産および北アメリカ産の4極性のヘテロタリックなArmillariaと同様の生活環をもつことが明らかになった。Armillaria melleaは2次的ホモタリズムに近いノンヘテロタリックな生活環をもつことが明らかにされた。

図1 日本産Armillaria melleaの生活環○:単相(n)の核,●:複相(2n)の核
審査要旨

 ナラタケArmillaria melleaは、世界中の森林に分布し、樹木に根腐れをおこす重要な病原菌で、我が国ではカラマツやヒノキなどの林業上主要樹種に対して、あるいはサクラなどの緑化樹木に対して、多大な被害を及ぼしている。一方、ナラタケは森林において、腐生、寄生、共生、菌寄生など多様な生態をもつ菌類と考えられてきた。最近、このナラタケが生物学的種と呼ばれる互いに交配しないグループの集合であることが明らかにされたが、わが国のナラタケについては未解明の問題が多く残されている。

 本論文は、世界的に検討がすすめられているナラタケについて、わが国の生物学的種を明らかにし、その生活環を解明したもので、4章よりなっている。

 第1章は、序論にあてられ、世界のナラタケの生物学的種と生活環について、既往の研究成果がとりまとめられている。

 第2章では、日本産ナラタケの生物学的種について検討を加えた。生物学的種の判別は、単胞子分離菌株同士の交配試験による菌叢変化を基準として行われるが、この変化は7つのパターンに分けられた。そして、これらのパターンについて菌叢の核DNA容量を測定して交配の成否を確認した結果、菌叢が褐色殻状に変化しかつ両菌叢が境界なく融合している場合には交配が成立していること、また、菌叢に変化が認められても境界部に帯線が生じている場合には交配が成立していないことなどが確認された。このことから、菌叢変化によって判断が困難な場合には、核DNA容量を測定することによって交配の成否を判断することが可能であることが明らかにされた。

 わが国のナラタケの生物学的種について、ヨーロッパ産および北アメリカ産ナラタケの生物学的種との交配試験によって検討した結果、つばのあるタイプ7種のうち6種は、Armillaria cepistipes、A.gallica、A.mellea、A.nabsnona、A.ostoyae、A.sinapinaであり、Nag.E1種が新種であることを明らかにした。一方、つばのないタイプの種については、我が国にはナラタケモドキA.tabescens 1種が存在し、北アメリカ産とは交配しないもののヨーロッパ産と同一種であることが明らかにされた。

 第3章では、日本産ナラタケの生活環について検討を加え、わが国のナラタケにはヘテロタリックな種とノンヘテロタリックな種が存在することを明らかにした。わが国のヘテロタリックな種は、担子胞子形成過程での一連の核行動およびそれぞれのステージにおける核の状態を観察した結果、ヨーロッパ産および北アメリカ産の一般的な4極性のヘテロタリックな種と同様の生活環をもつことが明らかにされた。

 一方、日本産A.melleaは、単胞子分離菌糸体を用いて子実体形成試験を行ったところ子実体が形成された。このことから、日本産A.melleaはヨーロッパ産や北アメリカ産とは異なりノンヘテロタリックな生活環をもつ種であることが明らかにされた。さらに、担子胞子形成過程の担子器内での核行動および各ステージにおける核DNA容量の測定より、日本産A.melleaの生活環は次のように考えられる。担子器には複相(2n)の1核があり、その後減数分裂によって4つの単相核(n)が形成される。担子器内でこれらの核は融合し2つの複相核(2n)となり、4つの胞子の内の2つの胞子に移動する。胞子内で核は分裂し2つの複相核(2n)を生じ、そのうち1つの核が担子器に戻ると1核胞子になるが、核が担子器へ移動せず胞子のなかにとどまった場合には2核胞子となる。これらの胞子はその後核分裂を繰り返し、複相核(2n)を持つ菌糸体となる。そして、この菌糸体が一定の条件が整ったときに子実体を形成することが明らかにされた。

 第4章は、総合考察にあてられ、日本産ナラタケの生物学的種と生活環について、ヨーロッパ産および北アメリカ産ナラタケの生物学的種と比較検討した結果が述べられている。

 以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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