No | 112166 | |
著者(漢字) | 清水,弘樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シミズ,ヒロキ | |
標題(和) | ポリラクトサミン糖鎖の合成研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 112166 | |
報告番号 | 甲12166 | |
学位授与日 | 1996.09.09 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第1719号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ラクトサミンの繰り返し構造を有するポリラクトサミン糖鎖は、糖タンパク、糖脂質などの形で広く自然界に存在し、細胞間のコミュニケーションをつかさどるなど生化学的研究において注目されている化合物である。そこでこれを化学的に合成し、生化学的研究に供与することは有意義なことと考えられる。しかしポリラクトサミン糖鎖の合成にはいくつか問題点が依然存在する。ひとつに全てのグリコシド結合を-選択的に導入しなければならないこと。また、グルコサミン-グリコシド結合を導入するのによく用いられる2位のアミノ基の保護基であるフタロイル基は、複雑な糖鎖系においてその脱保護が困難となることあること。一般的にもいえることであるが、グリコシル化反応後の分離精製が困難となりうることなどが考えられる。そこでこれらの問題を解決すべく、ポリラクトサミン糖鎖の合成研究を通じ、-グリコシド結合を誘導する新規チオグリコシド活性化剤の開発、新規アミン保護基の開発と固相上での糖鎖の伸長法について検討し、オリゴ糖鎖の効率的合成に関する新しい知見を得た。 はじめに、チオグリコシドの新規活性化剤の開発をおこなった。チオグリコシドは他の多くのグリコシル化反応の条件では安定に存在し、またアルキル化条件や酸化条件などでは活性化されうるといった保護基と脱離基の双方の性質を兼ね備えたものである。その応用範囲はひろく、既に多くの活性化剤が報告されているが、ここではあらたにPeSeNPhth-TMSOTfを用いた系を考案した。 まず、1位をチオメチル基、そのほかの水酸基をベンジル基で保護したグルコース誘導体(1)を糖供与体、シクロヘキサノールを受容体とし、これをPeSeNPhth-TMSOTfにてカップリングさせた。(図1)すると興味深いことに、通常、塩化メチレンやトルエンなど溶媒効果のない非極性溶媒中で2位に隣接基の関与がないエーテル系の保護基が使われている場合、アノマー効果により-体の方が優先的に生成されると考えられるが、PeSeNPhth-TMSOTfで活性化し塩化メチレンやトルエン中低温にて反応を進行させると-選択的にグリコシル化反応が進行した。さらにいくつかのチオグリコシドと糖誘導体をPeSeNPhth-TMSOTfにて2糖体を合成し検討したところ、(図2、Table1)先程と同様にグルコース誘導体を糖供与体としたときには-選択的にグリコシル化反応が進行したが、マンノース誘導体を糖供与体としたときには-体が主に生成した。隣接基関与の働きを持つベンゾイル基やフタロイル基が2位に存在するときには-体のみ生成し、ポリラクトサミン糖鎖の一部であるGlucosaminyl-(1→3)galactose結合を有する14は77%収率でえられた。 次に、アミン保護基について新しく4,5-ジクロロフタロイル基を考案した。これは従来のフタロイル基の芳香環に電子求引性の塩素原子を導入し、脱保護をより容易にすることをねらいとしたものである。同様の概念に基づいていくつかのアミンの保護基が近年報告されているが、4,5-ジクロロフタロイル基については脱保護条件だけでなく、グリコシル化の際の隣接基関与と他の保護基との相性についても検討した。 まず、4,5-ジクロロフタロイル基の検討のための原料として水酸基をアセチル基で、アミノ基を4,5-ジクロロフタロイル基で保護したグルコサミン誘導体(15)をフタロイル誘導体と同様の方法によって合成した。この完全保護体(15)をもとに、まず、糖供与体となる化合物への変換を検討した。(図3)1位のブロム化(15→16)、チオグリコシド化(15→17)については容易に従来の方法で達成されたが、トリクロロアセトイミデート化すべく選択的脱アセチル化(15→18)を試みた際には、通常よく用いられるヒドラジン酢酸塩での反応を検討したところ28%の収率でしか望む18が得られず、一番良い条件でも図1に示したピペリジン酢酸塩/THFの条件で、収率は39%であった。次に、他の保護基との組み合わせについて検討した。脱アセチル化(17→19)については酸性条件下にて高収率で進行した。4,6-ベンジリデン化(19→20)、4位選択的還元的ベンジリデン開裂(20→22),(21→23)に関しては特に問題なく進行したが、ベンジル化(20→21)に関しては、臭化ベンジルを水素化ナトリウムより過剰量使い、かつ臭化ベンジルを先に加えた後水素化ナトリウムを少しずつ加えていくことによって成功した。また、レブリノイル基との相性は極めて良く、レブリノイル化(20→24)、脱レブリノイル化(24→20)とも高収率で進行した。グリコシル化における立体選択性については、糖受容体26,27に対し、糖供与体17をさき程報告した活性系(PhSeNPhth-TMSOTf)を用いてグリコシル化を検討した。(図4)すると期待通り反応は立体選択的に進行し、生成2糖体28,29共に-選択的かつ高収率で得られた。4,5-ジクロロフタロイル基の脱保護(29→30)に関しては、エチレンジアミンでは室温にて2時間で、ヒドラジン1水和物を用いても室温にて高収率で進行した。同様の化合物を用いての厳密な比較はおこなっていないが、通常フタロイル基の脱保護には同条件にて加熱が必要なことを考えれば、4,5-ジクロロフタロイル基は当初期待した通り、フタロイル基より容易に脱保護が可能な保護基であると言えよう。 次に、グリコシル化の際の精製段階を省略、簡便化することを目指してグリコシル化の固相反応に着手した。今回はポリマーとして比較的安価に入手可能なポリスチレン型のメリフィルド樹脂を用い、糖の還元末端部位とこれを適当なリンカーと通じて結合させこれを糖受容体とし、ラクトサミン誘導体の糖供与体とグリコシル化反応を行うことによって糖鎖の伸長を目指した。この方法だとグリコシル化の際、望む生成物がポリマー上に形成されて、反応後、糖供与体由来の反応副産物はポリマーの洗浄によって除去され、グリコシル化の後の分離精製を省略することができ、より簡便に糖の伸長が可能となると考えた。 まず、ポリマーと適当なリンカーを介して結合させるラクトース部分の合成をおこなった。(図5)ラクトースの全水酸基をベンゾイル基で保護した31を臭素化(32)、続いてフッ素化(33)をおこない、これにリンカー部分となるp-アリルオキシベンジルアルコールと反応させ34を得た。34は定法に従って35とし、これをメリフィルド樹脂と結合させ、36(0.13mmol/g)とした。そのほか35に6-Bromohexanoateをカップリングさせ37とした後、エステルを加水分解してからメリフィルド樹脂と結合させ、38(0.094mmol/g)をも調整しこれら双方とも検討した。まず36に対して、既に仲野らによって報告されているラクトサミン由来のトリクロロアセトイミデート体(39)を糖供与体として作用させ、ポリマー上で4糖体を合成し、反応副産物はポリマーを溶媒にて洗浄することで除去した。これにヒドラジン酢酸塩をメタノール中で処理しレブリノイル基を脱保護した後、先程と同様に39を作用させ6糖体を作った。さらにもう一度脱レブリノイル化、39とのグリコシル化をおこないポリマー上で8糖体とした後、TrBF4にてポリマーから切り出し、8糖体(41)を35から42%収率で得た。(図6) また、38に対しても36と同様の操作をおこない、ポリマー上に6糖体を合成し、エステル部分を塩基によって切断して6糖体43を38から56%の収率で得た。43はそのまま保護基を完全に脱保護して、44を得た。(図7)この42上の6糖体合成においてHPLCによる反応の精査をおこなったところ、4糖上の脱レブリノイルはほぼ定量的に、4糖から6糖への糖鎖の延長は93%の変換収率で進行していたが、未反応水酸基のアセチル化によるキャッピング反応は21%でしか進行していなかった。 以上3研究の結果として、チオグリコシドの活性化剤であるPeSeNPhth-TMSOTfについては2位からの隣接基関与の働きなしに温和な条件で-選択的にグリコシル化反応が進行することを見い出した。このことはポリラクトサミン糖鎖合成だけでなく、複雑な糖鎖系の合成にも今後応用が期待されるものである。4,5-ジクロロフタロイル基についてはその基本的な性質を調べた上、従来のフタロイル基と同様に隣接基関与能力を持ち、かつより脱保護しやすいことを示した。今後はより複雑な糖鎖系に応用して、その有効性を比較していきたい。また固相合成については、精製段階の省略が可能となり、従来の液相法と比べ、糖の伸長がより簡便に達成された。また4,5-ジクロロフタロイル基を用てさらに長鎖のポリラクトサミン糖鎖の合成へと応用をおこなっていく予定である。 | |
審査要旨 | 本論文は、ポリラクトサミン糖鎖の迅速合成法開発に関するもので、三章よりなる。ポリラクトサミンは、糖タンパク、糖脂質などの形で広く自然界に存在し、細胞間のコミュニケーションをつかさどるなど生化学的研究において注目されており、これを化学的に合成し、生化学的研究に供与することは有意義なことと考えられる。しかしポリラクトサミン糖鎖の合成にはいくつか問題点が依然存在しており、筆者はこれを解決すべく、ポリラクトサミン糖鎖の合成研究を通じ、-グリコシド結合を誘導する新規チオグリコシド活性化剤の開発、新規アミン保護基の開発と固相上での糖鎖の伸長法について以下の研究を行っている。 序論で研究の背景と意義について概説したのち、第一章ではチオグリコシドの新規活性化剤の開発について述べている。チオグリコシドは他の多くのグリコシル化反応の条件では安定に存在し、アルキル化条件や酸化条件で活性化できるという保護基と脱離基の双方の性質を兼ね備えている。本章では新たな活性剤としてPeSeNPhth-TMSOTfを考案した。通常、溶媒効果のない非極性溶媒中で2位に隣接基関与をしないエーテル系の保護基が使われている場合、アノマー効果により-グリコシドが優先的に生成するが、興味深いことにこの活性化剤を用いると塩化メチレンやトルエン中低温で-グリコシドが生成することを見い出した。
第二章ではアミン保護基として新規な4,5-ジクロロフタロイル基を考案した。これは従来のフタロイル基の芳香環に電子求引性の塩素原子を導入することで脱保護が容易になると期待された。2位のアミノ基を4,5-ジクロロフタロイル基で保護した糖供与体のグリコシル化が-体のみ高収率で与えることを確認した後、脱保護も期待通り、フタロイル基より容易に行えることを示した。
第三章では、固相上でのグリコシル化反応について述べている。比較的安価なポリスチレン型のメリフィールド樹脂を用い、これに受容体であるラクトースの還元末端を適当なリンカーを介して結合させた。ラクトサミン誘導体を糖供与体としたグリコシル化反応により糖鎖の伸長を検討した。この方法によりグリコシル化の生成物はポリマー上に形成され、反応後は洗浄のみで、段階的分離精製を省略することができた。これにより簡便な糖の伸長が可能となり、ポリラクトサミン8糖体を42%収率で、また完全脱保護したポリラクトサミン6糖体はラクトースから通算収率13.1%で得ることが出来た。さらにHPLCにより反応を追跡し、4糖から6糖への糖鎖の延長が94%の高収率で進行していたことも明らかにした。
以上本論文はまず、新規な-グリコシド結合法とアミン保護基を見いだし、また従来の液相法と比べ精製段階が簡便な、効率的固相合成法を開発したものである。これらの結果はポリラクトサミン糖鎖合成だけでなく、複雑な糖鎖系の合成にも今後応用が期待されるものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/53942 |