学位論文要旨



No 111970
著者(漢字) 大西,康夫
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,ヤスオ
標題(和) グラム陰性細菌Serratia marcescensのセリンプロテアーゼの菌体外分泌に関する研究
標題(洋) Studies on the excretion of a serine protease of Serratia marcescens
報告番号 111970
報告番号 甲11970
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1686号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 西山,真
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨

 グラム陰性細菌は細胞質膜の外側に外膜というもう1つの単位膜をもっている。外膜は蛋白の菌体外への分泌の障壁となっているが、この外膜をも透過して菌体外に特異的に分泌される蛋白も存在することが知られている。しかしながら、その外膜透過機構は不明な点が多い。外膜透過機構の解明は大腸菌における異種蛋白の菌体外分泌生産といった応用にもつながり、非常に興味深い。本研究はグラム陰性細菌Serratia marcescensからクローン化されたセリンプロテアーゼ(SSP)の菌体外分泌機構、とりわけその独自の外膜透過機構を明らかにすることを目的としている。

I.成熟酵素のfoldingに関与するjunction領域に関する解析1)

 成熟酵素部分のN末側にシグナルペプチド、C末側に400アミノ酸からなるプロ配列をもつ前駆体蛋白(preproSSP)として合成されるSSPは、シグナルペプチド、Sec蛋白に依存した様式で内膜を透過した後、次の障壁である外膜をC末プロ配列の機能により透過し、自らのプロテアーゼ活性により培地中に遊離することが、大腸菌を用いたこれまでの研究により示されている2),3)(図1参照)。またpreproSSPのプロセシング部位が明らかにされたことにより、最終的に外膜に残るC末蛋白と菌体外に分泌される成熟酵素との間には、71アミノ酸からなる領域(junction領域、646Serから716Gly)が存在することが明らかになった。

図1.SSP前駆体蛋白のドメイン構造(A)と菌体外分泌モデル(B)(1)junction領域を欠失させた変異SSP遺伝子を用いた解析

 junction領域を欠失させた変異ssp遺伝子を保持する大腸菌においては、C末蛋白は外膜に検出されるのに対して、成熟酵素部分は培地中、菌体内のいずれにも検出されなかった。また、スキムミルクを含む寒天培地上でもタービットハローを形成できず、活性のあるSSPが分泌されていないことが確認された。junction領域欠失変異体において、成熟酵素部分が外膜外側にまで輸送されていることを示唆する結果が得られていることから、junction領域欠失変異体では、成熟酵素部分は外膜外側にまで輸送されてはいるが、そこで活性のある安定な構造にfoldingできないために分解されてしまっているのではないかと推測された(図2)。

(2)分子内シャペロンとして機能するjunction領域

 これまでに報告されているSSP以外の全ての菌体外分泌サチライシン型セリンプロテアーゼでは、シグナルペプチドと成熟酵素の間(成熟酵素のN末側)にプロ配列が存在することが知られており、近年それらのプロ配列が成熟酵素を活性のある構造にfoldingさせる分子内シャペロン(intramolecular chaperon)としての機能をもつことが示されている。しかしながら、SSPでは成熟酵素のN末側にはプロ配列は存在しない。この事実と前述のjunction領域欠失変異体での解析結果より、junction領域に成熟酵素を活性のある構造にfoldingさせる機能があるのではないがと推測された。

 この仮説を立証するために以下のような実験を行なった。まず成熟酵素のN末側約4/5を欠失した変異ssp遺伝子を構築した。この変異ssp遺伝子を保持する大腸菌では、成熟酵素のC末側約1/5およびjunction領域はC末蛋白の機能により外膜外側にまで輸送されることが確認された。このjunction領域を外膜外側に生産する大腸菌とjunction領域欠失変異ssp遺伝子を保持する大腸菌とを混合してスキムミルクを含む寒天培地上で培養したところ、それぞれ単独での培養とは異なり、コロニー周辺にタービットハローが形成され、活性のあるSSPの菌体外生産が認められた。また前者から調製した膜画分を後者に加えて培養することによっても同様にタービットハローが形成された。この結果は、外膜に存在するjunction領域のペプチドが、菌体外にまで輸送された成熟酵素を活性のある構造にfoldingさせる機能を有し、それが菌体外で成熟酵素と切り離された状態でも機能することを強く示唆している(図2)。

図2.成熟酵素を活性のある構造にfoldingさせる機能があるjunction領域

 さらに、6M塩酸グアニジンで完全変性させたSSPのin vitro再生実験を試みた。その結果、SSPはいったん完全変性させてしまうと、透析や希釈によって変性剤濃度を下げても、活性のある構造にはrefoldingできないことが示された。しかしながら、前述のjunction領域を外膜外側に生産する大腸菌(OmpT欠損株)から調製した外膜画分の存在下においては、最大で約25%の活性が回復した。

(3)まとめ

 以上の実験結果より、junction領域が成熟酵素を活性のある構造にfoldingさせる分子内シャペロンとしての機能を有していると結論されたが、これは成熟酵素のC末側に存在するプロ配列にそのような機能があることを示した初めての事例である。C末蛋白による成熟酵素部分の外膜透過は成熟酵素部分がunfoldな状態で起こり、膜透過が完了してから成熟酵素のfoldingがおこると考えられているが、その成熟酵素のfoldingの制御にjunction領域が関わっているのではないかと思われる。

II.SSPホモログに関する解析4)

 ssp遺伝子中のC末蛋白に相当する部分をプローブとして、各種Serratia属細菌のクロモソームDNAについて、サザン解析を行ったところ、S.marcescens以外のSerratia属細菌においても、C末蛋白と相同性のある配列が存在することが明らかになった。この結果はSSPと同様の菌体外分泌機構がSerratia属細菌において広く分布していることを示唆している。また、ssp遺伝子をクローン化した親株であるS.marcescens IFO 3046株には、ssp相同遺伝子が2つ存在することが明らかになった。そこで、これらをクローン化し解析を行った。

(1)ssp相同遺伝子の大腸菌での発現

 ssp相同遺伝子を含むDNA断片を取得し、計約7kbの塩基配列を決定した。2つのssp相同遺伝子(ssp-h1,ssp-h2)は121bp隔ててタンデムに存在しており、それぞれ1036、1034アミノ酸をコードしていた。両者はアミノ酸配列で互いに81%の相同性があり、preproSSPとはともに55%の相同性があった。また、Pasteurella haemolyticaの抗原蛋白(Ssal)の全長やRickettsia rickettsiiの表層蛋白(rOmpB)のC末領域とも相同性があった。

 ssp-h1遺伝子を保持する大腸菌においては、ssp-h1は自身のプロモーター配列により発現し、53kDa(シグナルペプチドが切断されたN末側約半分、45Tyrから561Asn)と49kDa(C末側約半分、562Serから1036Phe)の2種の蛋白が外膜に検出された。また両者はトリプシンに耐性であることが示され、外膜に埋め込まれた状態で存在していると推測された。つまり、SSP-h1のN末側領域は、SSPでは菌体外に分泌される成熟酵素部分に相当するにもかかわらず、菌体外に分泌されることなく外膜にとどまっていることが示された。

 ssp-h2に関しては、その上流にはプロモーターとして機能できる配列が存在しないこと、SSP-h2のシグナルペプチドは典型的なものとは少し異なっており効果的に機能できないことが示された。そこでtacプロモーターとSSPのシグナルペプチドを使ってSSP-h2の大量発現を試みたところ、ssp-h1の場合と同様の現象が観察され、SSP-h2のN末側領域も菌体外に分泌されることなく外膜にとどまっていることが示された。

(2)ホモログのC末蛋白の機能

 preproSSPのC末蛋白の代わりにホモログのそれに相当する部分を用いたキメラ蛋白(キメラ0002、図3)を発現させたところ、活性のある成熟SSPが菌体外に分泌され、ホモログのC末蛋白もSSPの外膜分泌装置として機能できることが示された。また、ホモログ遺伝子中に終止コドンを導入し、ホモログのC末蛋白欠失体(02Term、図3)を作成したところ、この蛋白はペリプラズムで不溶な形で蓄積し外膜には挿入されなかった。これらの結果は、ホモログのN末側領域の外膜へのトランスロケーションにホモログのC末蛋白が関与していることを示唆している。

(3)ホモログのN末側領域に関する解析

 preproSSPの成熟酵素の代わりにSSP-h2のそれに相当する部分を用いたキメラ蛋白(キメラ0200、図3)を発現させても、SSP-h2部分は外膜に検出された。これに対して、preproSSPの成熟酵素中のN末側約2/3だけをSSP-h2のそれに相当する部分に置き換えたキメラ蛋白(キメラ0(20)00、図3)では、キメラ成熟酵素が培地中に分泌された。この結果はホモログの成熟酵素に相当する領域が外膜にとどまり菌体外に分泌されない一因が、成熟酵素中のC末側約1/3に相当する領域にあることを示唆している。なお、ホモログのこの領域はSSPのものよりも疎水性が高いことが示されている。

図3.キメラ蛋白の構造
(4)まとめ

 以上の実験結果より今回クローン化したSSPホモログは菌体外分泌酵素ではなく、機能はいまだに不明であるが、一種の外膜蛋白であると思われる。(セリンプロテアーゼの活性中心を構成するアミノ酸は保存されているにも関わらず、プロテアーゼ活性は検山されていない。)しかしながら、SSPとのキメラを用いた解析等によりホモログのN末側領域の外膜へのトランスロケーションにC末蛋白部分が関与していることが示唆されたことなどから、SSPホモログはSSP分泌機構の原型なのではないかと考えられる。

 1)Ohnishi,Y.,Nishiyama,M.,Horinouchi,S.,and Beppu,T.(1994)J.Biol.Chem.269,32800-32806

 2)Shikata,S.,Shimada,K.,Ohnishi,Y.,Horinouchi,S.,and Beppu,T.(1993)J.Biochem.114,723-731

 3)Shimada,K.,Ohnishi,Y.,Horinouchi,S.,and Beppu,T.(1994)J.Biochem.116,327-334

 4)Ohnishi,Y.and Horinouchi,S.(投稿中)

審査要旨

 グラム陰性細菌Serratia marcescensからクローン化されたセリンプロテアーゼ(SSP)は、本菌のみならず大腸菌においても菌体外に特異的に分泌される。本研究は、SSPの菌体外分泌機構を分子レベルで明らかにし、かつSSPホモログに関しての遺伝生化学的知見を述べたものである。

I.成熟酵素のfoldingに関与するjunction領域に関する解析

 最終的に外膜に残るC末蛋白と菌体外に分泌される成熟酵素との間の71アミノ酸からなる領域(junction領域)を欠失させた変異ssp遺伝子をもつ大腸菌においては、C末蛋白は外膜に検出されるのに対して、成熟酵素部分は培地中、菌体内のいずれにも検出されず、外膜外側にまで輸送された成熟酵素は安定な構造にfoldingできないために分解されてしまっていると考えられた。一方、成熟酵素のN末側約4/5を欠失した変異ssp遺伝子をもつ大腸菌では、junction領域はC末蛋白の機能により外膜外側にまで輸送されることが確認された。そこで、このjunction領域を外膜外側に生産する大腸菌とjunction領域欠失変異ssp遺伝子をもつ大腸菌とを混合してスキムミルクを含む寒天培地上で培養したところ、それぞれ単独での培養とは異なり、コロニ周辺にタービットハローが形成され、活性のあるSSPの菌体外生産が認められた。また6M塩酸グアニジンで完全変性させたSSPは、単独では決して活性型にrefoldingできないが、このjunction領域を外膜外側に生産する大腸菌から調製した外膜画分の存在下においては、最大で約25%の活性が回復することが示された。

 以上の結果より、junction領域は成熟酵素を活性のある構造にfoldingさせる分子内シャペロンとしての機能を有していると結論されたが、これは成熟酵素のC末側に存在するプロ配列にそのような機能があることを示した初めての事例であり、SSPの外膜透過と共役したfoldingの制御の一端を明らかしたものである。

II.SSPホモログに関する解析

 ssp遺伝子中のC末蛋白に相当する部分をプローブとしたサザン解析より、Serratia属細菌においてC末蛋白と相同性のある配列が広く分布していることが示された。ssp遺伝子をクローン化した親株であるS.marcescens IFO 3046株にもssp相同遺伝子が2つ存在し、これらを含むDNA断片を取得し塩基配列を決定した。2つのssp相同遺伝子は121bp隔ててタンデムに存在しており、アミノ酸配列で互いに81%の相同性があった。preproSSPとはともに55%の相同性があり、セリンプロテアーゼの活性中心を構成するアミノ酸はすべて保存されていた。しかしながら、今のところホモログ蛋白にはプロテアーゼ活性は検出されていない。

 ホモログ遺伝子を大腸菌で発現させると、SSPの成熟酵素に相当する53kDaの蛋白は培地中には分泌されず、C末蛋白に相当する部分を含む49kDaの蛋白とともに外膜画分に検出された。preproSSPのC末蛋白の代わりにホモログのそれに相当する部分を用いたところ、活性のある成熟SSPが菌体外に分泌され、ホモログのC末蛋白もSSPの外膜分泌装置として機能できることが示された。また、ホモログのC末蛋白欠失体はペリプラズムで不溶な形で蓄積し外膜には挿入されなかった。一方、preproSSPの成熟酵素の代わりにSSP-h2のそれに相当する部分を用いたキメラ蛋白を発現させても、SSP-h2部分は外膜に検出された。これらの結果は、ホモログ蛋白はそのN末側領域がSSPと同様の機構で外膜にまで輸送される一種の外膜蛋白であることを示唆している。さらにpreproSSPの成熟酵素中のN末側約2/3だけをSSP-h2のそれに相当する部分に置き換えたキメラ蛋白では、キメラ成熟蛋白が培地中に分泌され、ホモログの成熟酵素に相当する領域が外膜にとどまり菌体外に分泌されない一因が、成熟酵素中のC末側約1/3に相当する領域にあることが示唆された。

 以上、本論文はグラム陰性細菌の外膜を越える蛋白分泌に関してその分泌様式を明らかにし、また分泌蛋白のホモログについて外膜への移送過程を明らかにしたもので、学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)に価するものと認めた次第である。

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