Glugea plecoglossi Takahashi and Egusa,1977(以下グルゲア)は、微胞子虫類に属する原生生物でアユに寄生する.本研究では各種の分子の配列情報に基づいて、微胞子虫類の分類と系統に関する基礎的知見を得ることを目的とした. グルゲアの属する微胞子虫類は真核生物でありながら、ミトコンドリアがなく、リポソームの沈降定数も70Sであり、5.8SrRNAが欠損しているなど、原核生物に似た独特の特徴を有していることが知られている.そこで微胞子虫類の系統学的位置を知ることは真核生物の初期進化の過程を解明する上で重要と考えられる.従来から真核生物全体の分子系統学的研究はSrRNAの塩基配列をもとにして行われてきたが、広範囲な分類群の生物を比較する場合、SrRNAでは生物種によって塩基組成の偏りがあることやアラインメントなどに問題があり明瞭な結果が得られていない.一方、保存的蛋白質のアミノ酸配列に基づく解析では、より信頼できる結果が得られると考え、ペプチド鎖伸長因子1(EF-1)および2(EF-2)を最尤法で解析し、真核生物のなかでの微胞子虫類の系統学的位置を推定した. 微胞子虫類は現在、主に胞子形成過程に基づいて分類されている.この方法では分類できる種に限界があるため、より簡便で信頼性の高い分類方法が望まれている.本研究ではグルゲアとウナギに寄生する微胞子虫類Heterosporis(Pleistophora)anguillarum Hoshina,1951(以下ヘテロスポリス)の小サブユニットリポソームRNA(SrRNA)の塩基配列を最尤法で解析し、微胞子虫類の分類を分子レベルの情報から検討した. 微胞子虫類の系統関係・・・SrRNAの配列に基づく解析 微胞子虫類が、SrRNA分子の配列情報に基づいて分類が可能であるか検討するために、グルゲアとヘテロスポリスのSrRNAの塩基配列を決定し、データベースに登録されている他の11種の微胞子虫類のSrRNAとの比較を試みた.ディプロモナス類のGiardia lambliaとHexamita inflataをアウトグループにして、微胞子虫類13種をアラインメントし、791サイトを最尤法で解析した(図1).まず、系統樹の枝分かれは高いブートストラップ確率で支持されており、曖昧さが少ない.次に、同属に分類されている種が近縁となっており、従来からの分類法と一致している.さらに、グルゲアはヘテロスポリスと近縁であることが示され、属より上位の分類段階での系統関係の推定にはSrRNAなどの分子を用いる方がわかりやすい.このようにSrRNAの系統樹が微胞子虫類の分類方法の1つとして有用である可能性が示された.SrRNAはPCRによる増幅が比較的容易であること、微胞子虫類の分子のデータでは最も豊富であることから、今後は微胞子虫類の分類にSrRNAの情報を併用するのがよいと考えられる. 図1 SrRNAの塩基配列に基づく微胞子虫類の系統樹.Giardia lambliaとHexamita inflataは、ミトコンドリアのない原生生物でアウトグループとして用いた.真核生物のなかでの微胞子虫類の位置・・・EF-1に基づく解析 EF-1は原核生物のEF-Tuに相当し、翻訳反応に必須の蛋白質である.全ての生物細胞にその相同蛋白質が存在し、進化速度が遅く保存的であることから、真核生物全体の系統関係を推定するなど古い時代から長期間にわたって分岐してきた生物の系統推定に適した材料と考えられている.さらにEF-1/Tuは多くの生物種で配列が報告されているため系統推定には好都合である.RT-PCR法を用いて増幅したEF-1の遺伝子断片をプローブとしてグルゲアのゲノムライブラリーをスクリーニングし、コード領域全体を含むゲノムDNAを単離し、その塩基配列を決定した.グルゲアのEF-1のコードしていると推定される領域は、イントロンがなく推定アミノ酸数は465残基であった.古細菌3種をアウトグループに各種真核生物とアラインメントし、375サイトを最尤法で解析した.その結果、EF-1の配列が公表されている真核生物のなかで、グルゲアが最も早く他の真核生物に至る系統から分岐したことが明確に示された(図2). 真核生物のなかでの微胞子虫類の位置・・・EF-2に基づく解析 SrRNAの塩基配列に基づく解析では微胞子虫類の系統的位置がはっきりしなかったが、EF-1のアミノ酸配列に基づく解析では、微胞子虫類が真核生物で最も初期に分岐したことが明瞭に示された.ただし、これはあくまでも1つの蛋白質分子を解析した結果でしかない.分子にはそれぞれ固有の進化の歴史があるため、一つの分子から生物の系統を推定するのは危険である。そこでさらにEF-2のアミノ酸配列から分子系統学的解析を行うこととした。EF-2は、全ての細胞に相同な蛋白質が存在し(原核生物ではEF-G)、ペプチド鎖伸長反応に必須で、進化の過程で保存された蛋白質である. グルゲアのゲノムライブラリーから、EF-2のコード領域全体を含むゲノムDNAを単離し、その塩基配列を決定した.グルゲアのEF-2は、EF-1.同様にイントロンはなく、推定アミノ酸数は848残基であった.古細菌をアウトグループに各種真核生物とアラインメントして、542サイトを最尤法で解析した.その結果、EF-1同様にグルゲアが真核生物の進化の歴史の最も初期に分岐したことがブートストラップ確率100%で明確に示された. EF-1およびEF-2の解析では、グルゲアを含めミトコンドリアを持たない原生生物(図2で*の付いた種)が、真核生物の進化の初期に分岐している.これらの原生生物はミトコンドリアが共生する以前に分岐したのか、それとも一旦獲得したミトコンドリアを後に失ったのかは今回の解析からはわからない. 図2 EF-1のアミノ酸配列に基づく系統樹.Glugea plecoglossiが真核生物の中で最も早い時期に分岐している.*はミトコンドリアのない原生生物.真核生物のなかでの微胞子虫類の位置・・・EF-1とEF-2の解析に基づく総合評価 2つの保存的蛋白質、EF-1およびEF-2のアミノ酸配列に基づく解析では、現在これらの蛋白質の配列データの公表されている種のなかで、グルゲアは他の真核生物に至る系統から最初に分岐したことがはっきりと示された.さらにこれら個別の分子の解析結果を総合的に評価すると、グルゲアが真核生物のなかで最も初期に分岐した生物であることがより明瞭となった. 今後は微胞子虫類のこのような特徴を念頭において、微胞子虫類症の治療および予防法を開発して行くことが重要な課題と考えられる. |