内容要旨 | | ロボットの自律的行動を実現するには,様々な要素機能の統合が必要であるが,機能統合のための枠組や方法論はまだ確立されていない.本論文では自律ロボットの諸機能の設計とそれらの統合を統一的に取り扱う情報処理モデルとしてビヘービアネットを提案する.ビヘービアネットのプログラミング環境を並列計算機上に実装し,視覚システム,運動システム,行動決定システムとそれらの統合をビヘービアネットによって実現し,自律ロボットの機能統合の方法論について論じ,実験によってその有効性を確認する. 第2章を"自律ロボットのシステムアーキテクチャと機能統合"と題し,実世界と相互作用する自律ロボットの諸機能を統一的に設計するための情報処理モデル,ビヘービアネットの提案とそれに基づく情報システムの設計思想について述べている.自律ロボットの情報システムは,環境から得られる情報を適切に利用して環境や外界との望ましい相互作用を実現できなければならない.動物の脳に見られるような一定の情報の流れを持つ非同期並列システムは,そのような相互作用を行なうために適していると考えられる.しかし,ニューロンや単純な情報処理ユニットを組み合わせた並列システムをそれらの素子と同様の単純な機能モジュールの結合によって設計することは困難である.そこで本論文では設計の枠組として外部と独立な周期で情報処理を行ない,特定のモジュールと情報交換を行なう機能モジュールを並列処理の単位とするネットワークモデル,ビヘービアネットを提案する.ビヘービアネットの設計単位(Behavior Unit)は,入力と内部状態に基づいて内部状態と出力を独自の周期で更新し,その複雑性には制限を置かない.Behavior Unitの計算周期を含めた実現可能性は計算機などのハードウェアによって制限されるが,プログラミング言語などの記述手段によってどのような挙動も記述出来る.記述の自由度を高めることによって,ハードウェアと即応性の制約に基づいた並列処理の粒度や動作の周期の決定を行なうことが可能になる.ビヘービアネットをプログラムし,実際の並列計算機で実行可能な環境を実現し,自律ロボットのシステムアーキテクチャBNRB(Behavior Network for Robot Brain)とする.第2章の後半では設計のために行動を抽象化することの重要性から,知覚,行為決定,運動生成のサブシステムの設計と統合による本論文の機能統合のアプローチを提案している. 第3章"ビヘービアネットの並列計算機システムでの実装"ではトランスピュータと並列Sparcによる実装の方法を示し,並列計算機でビヘービアネットが実現され,自律ロボットの情報システムを実現できることを示す.BNRB/tpではトランスピュータのプロセスとチャネルを用い,プロセス間の非同期の通信やメッセージの分岐を行なうことによってビヘービアネットを実現している.Behavior Unitの初期化と動作ルール,周期をC言語の関数で記述し,ユニット間の結合をConfiguration言語で定義することが出来るため,短い周期で外部との相互作用を行なう機能モジュールの設計と結合による情報システムの設計が可能である.実時間の周期制御が実現され,視覚などのセンサ情報の利用やモータの制御のためのインターフェースを利用することが可能である.BNRB/mtではSolarisのスレッドを利用してビヘービアネットを実現している.C言語によってユニットの挙動やネットワークの結合をプログラムすることが可能である.このためBNRB/tpとBNRB/mtはライブラリやモジュールを利用したシステムの記述と,相互の移植が可能になっている. 第4章"ビヘービアネットに基づく周辺視と注視機能をもつ並列視覚システムの設計と実現"では自律ロボットの視覚システムを設計する方法とBNRB/tpで実現したシステムによる実験について論じる.本章では視覚入力から行動にとって重要な多数の情報を効率的に抽出するシステムを設計するという方法論と、行動に重要な注視機能を並列モジュール設計することの有効性を論じ,周辺視と注視機能をもつ並列視覚システムをビヘービアネットに基づいて実現することを提案する.さらに具体的な行動目的のための情報抽出を行なう実時間視覚システムを実現し,実験によってその有効性を確認する.注視領域の決定は,周辺視野の並列計算に基づく領域候補の決定と,中心視野の特徴に基づく領域の選択,局所的な計算による視覚追跡の三つによって実現される.この三つを実現するBehavior Unitと周辺視野・中心視野の特徴抽出ユニット群によって目的対象を発見し,追跡するロボットの視覚システムを構成することが出来る.また視覚システムの各ユニットにトップダウン情報入力を付加することによって,トップダウン情報を利用するシステムの設計が容易に行なえる.BNRB/tpによって注視機能を含めた行動のための情報抽出を行なう並列視覚システムを設計した.本システムは,床の上の障害物,ボールや缶などの目的対象,位置の特定と目標追従のための標識をボトムアップの並列特徴抽出と目的を表すトップダウン指令に基づいて発見し,追跡する.注視領域の特徴抽出は領域の選択と追跡の検証,対象の認識に利用される.また床の領域や周囲の明るさなどの周辺視野特徴から求められる情報を行為の生成や決定に利用することが可能である. 第5章"ビヘービアネットによる並列分散運動システムの設計と実現"ではロボットの運動制御を実現するための運動システムの設計方法と,実現例について述べる.ロボットの目的に応じた多様な行動を実現するためには,感覚情報の利用と動作の効率的な記述が重要であるが,ビヘービアネットに基づく運動システムの設計では,運動の時系列パターンをセンサ情報と上位からの指令,内部状態を利用した力学系として効率的に記述することが出来る.運動システムは運動パターンを生成するパターン生成器と複数の運動パターンを組み合わせた動きを実現するアクション生成器の二つのレベルの階層モジュールで構成する.それぞれの階層はセンサ情報と中枢指令の二種類の情報によって動作する並列モジュールによって実現される.ロボットの運動システムをこのようなモデルのパターン生成器とアクション生成器の設計と統合によって実現することによって,多様な動作を行なうシステムの設計が可能になる.ハンドを持つ脚型移動ロボットのパターン生成器,アクション生成器を並列に設計し,感覚情報と上位からの指令に基づいてアクションを生成する運動モジュールが実現された.パターンレベルではセンサ情報のフィードバックと動きの速さや方向を表す指令に基づいた動作生成が行なえる.歩幅や向きを25msecごとに切替えられる歩行,方向転換,把持,乗り越え,引き寄せ,の基本動作パターンが実現された.これらの複数に指令を送るアクションレベルによって,目標追従や障害物回避,方向転換,探索,物の把持などを指令によって切替えられることが実験によって確かめられた. 第6章"ビヘービアネットによる行動決定システムの設計と実現"では自律ロボットの行動決定システムを設計,実現する方法について述べる.行動決定システムは知覚システムの抽出する知覚情報と内部に表現された文脈情報をもとに行為を決定し,文脈を更新する過程を繰り返すエージェントとして捉えることが出来る.ビヘービアネットによる行動決定システムはネットワークの形で構造化されており,即応性の必要な情報処理を独立なループで実現することが可能である.環境から得られる情報を利用したリアクティブプラニングと環境の内部表現を利用した探索プラニング,学習アルゴリズムなどを統合した行動決定の実現が可能になる.設計者はロボットの行動における状態や外界との関係を抽象化した文脈情報の内容やその決定ルール,文脈に基づく行為の決定ルールを記述することによってロボットの自律行動を実現する.その際,他のエージェントを含む環境と行動決定システムの相互作用を一つのビヘービアネットとしてモデリングし,シミュレートすることが役立つ.適切な文脈情報とルールを持つことで探索を行なわずに積木を行なうロボットと地図の探索を利用した経路計画とルールに基づいて行動する複数移動ロボットの行動決定システムを実現し,BNRB/mtのシミュレーション実験によってその有効性を確認した.また移動ロボットのゴミの収集と充電を行なう行動を強化学習を行なう複数のモジュールによって獲得する実験を行ない,その有効性を確認した. 第7章"ビヘービアネットによる自律ロボットの情報システムの統合設計"では自律ロボットの情報システム全体をビヘービアネットとして設計し,実機によって設計者の意図する行動が行なえることを示す.ビヘービアネットを用いることによって,知覚,運動,行動決定の機能をプログラミング言語によって記述し,環境と他のモジュールとの相互作用を考慮しながらモジュール化設計すること,知覚と運動を階層化すること,行為の決定を抽象化したレベルで捉え,文脈の遷移と環境との相互作用によるダイナミクスとして実現することが,自律ロボットの機能統合を可能にする.脚移動ロボットによってボールを発見し,目的地へ運ぶ行動系列を生成する例の実現によってその有効性を確認した.設計の初期段階では設計者の望む行動に必要なアクション,知覚機能,状況文脈,文脈に基づく行為の決定ルールなどを決めることが出来る.統合例において知覚,運動,行動決定の各システムの設計過程,それぞれの間の情報の流れとシステム全体の挙動について考察し,統合のためにそれぞれのシステムの並列・階層モジュール設計と入出力の意味づけ,構造化設計の重要性を確認した. |