アフリカツメガエル初期発生において、成長因子は形態形成過程における細胞間相互作用を担っており、多くの成長因子が研究されている。中胚葉誘導に関わる成長因子としてTGF-スーパーファミリーに属するアクチビン、FGFファミリーに属するもの、Vg-1、BMPが報告されいる。中でも、アクチビンは背側中胚葉誘導能をもつ因子であることが示されている。本研究ではアクチビンの機能と関わりの深いと考えられる2つの因子(ホリスタチンとアクチビンレセプター)の遺伝子の発現の様式について調べた。 ホリスタチンははじめ、脳下垂体のFSH分泌を抑制する因子として単離され、後にアクチビンに結合する蛋白質であることが明らかにされた。アニマルキャップアッセイにおいてホリスタチンは、おそらくアクチビンと結合することにより、アクチビンの誘導を抑制する。一方、ホリスタチンmRNAの受精卵へのマイクロインジェクションによっては、背側中胚葉は阻害されないということが報告されており、内分泌学での理解がツメガエル初期胚にもあてはまるかどうかは分かっていない。ホリスタチンの遺伝子発現を調べる上で、ホリスタチンがどのような作用を担っているかは関心のある問題である。また、アクチビンはアクチビンレセプターを介して作用するのであり、アクチビンレセプターの作用も重要である。 アクチビン、ホリスタチン、アクチビンレセプターの時間的発現についてはアクチビンAmRNAがのう胚より、BmRNAが胞胚より発現を開始しその後のステージで存在量は増加すること、ホリスタチンのmRNAはのう胚より発現し、その後のステージで存在量が増加すること、アクチビンレセプターのmRNA(タイプIIAおよびIIB)は母性mRNAとして蓄えられ、受精卵に存在し、中胚葉誘導が終わった胞胚以降の時期まで存在することが知られている。アクチビン、ホリスタチン、アクチビンレセプター、のmRNAの時間的発現は中胚葉誘導の時間に限られていないため、アクチビンは中胚葉誘導の時期に加えて、それ以降の時期にも働いていることも考えられる。 第1部では、切りわけ実験によって、ホリスタチンとアクチビンレセプター(タイプIIA,IIB)のmRNAの発現部域を調べた。胞胚を動物極側と植物極側、のう胚を外胚葉とその他の部域、神経胚を神経溝を含む部域とその他の部域、尾芽胚を頭部、胴と尾部の背側、胴と尾部の腹側に切り分けた。各部域よりProK-フェノール法でRNAを抽出し、各レーン4gのトータルRNAを泳動し、ノーザンブロット法でホリスタチンとアクチビンレセプターのmRNAを検出した。結果、ホリスタチンmRNAはのう胚では外胚葉以外の部分に検出され、神経胚では背側に検出され、尾芽胚では頭部に偏って検出された。一方2種類のアクチビンレセプターmRNAは、卵割期と胞胚では偏りはなく、のう胚では外胚葉側、神経胚では背側域、尾芽胚では頭部に偏りがあるが胚の全域にわたって分布していることが分かった。 ホリスタチンの分布に局在性が見いだされたため、のう胚と神経胚についてさらに細かい切りわけを行った。のう胚については胚を外胚葉、背側中胚葉、腹側中胚葉、内胚葉に切り分け、3匹あたりのRNAを泳動し、ノーザンブロット法を行った。ホリスタチンのmRNAは背側中胚葉にのみ検出され、2種類のアクチビンレセプターmRNAは、外胚葉側に偏りが見られたが、切り分けたどの部域からも検出された。神経胚については胚の背側域を背側外胚葉、脊索、体節、背側内胚葉に切り分け、6匹あたりのRNAを泳動し、ノーザンブロット法を行った。ホリスタチンのmRNAは脊索と背側外胚葉にのみ検出されたが、2種類のアクチビンレセプターmRNAは切り分けたどの部域からも検出された。神経胚の実験では組織の切りわけが困難であるので、-actinとN-CAMについてもハイブリダイゼーションを行い、組織がきれいに分けられていることを確認した。 切りわけ実験より、ホリスタチンmRNAはのう胚以降検出され、オーガナイザーを含み、後に脊索を形成する背側中胚葉に発現しはじめ、神経胚では脊索と背側外胚葉に集中して発現し、尾芽胚では頭部に強く発現していることが明らかとなった。一方、2種類のアクチビンレセプターmRNAは、卵割期から胞胚にかけてほぼ均一に存在し、のう胚以降やや偏りがあるが、胚の全域に広がって存在していることがわかった。ホリスタチンmRNAとアクチビンレセプターmRNAの分布をまとめると図1のようになる。アクチビンの作用を部域的に限局しているのはアクチビンレセプターよりもむしろホリスタチンであり、ホリスタチンのmRNAが発現するのが背側であることから、ホリスタチンは背側でアクチビンの作用をさらに限定し、脊索の形成や神経誘導に関与していることが考えられた。 図1 ホリスタチンmRNAおよびアクチビンレセプター(タイプIIA,IIB)mRNAの分布 第2部ではホリスタチン遺伝子の発現制御機構を調べるため、アフリカツメガエルのゲノムライブラリーからホリスタチン遺伝子を単離し、ホリスタチン遺伝子の上流の構造を調べた。また、遺伝子の上流をLacZ(E.coliの-ガラクトシダーゼ遺伝子のコード領域)に連結したキメラ遺伝子を作成し、マイクロインジェクション法によってプロモーター活性を調べた。ホリスタチンのmRNAは時間的にはのう胚から検出され、空間的には第1部で調べたように、のう胚の背側中胚葉に発現しはじめ、神経胚では脊索と背側外胚葉に部域的に発現する。よって、ホリスタチンの遺伝子は時間的・空間的に正確で固有な調節を受けていることが期待される。 アフリカツメガエルのゲノムライブラリーから5×105のプラークを、ホリスタチンcDNAをプローブとしてスクリーニングした。5つのポジティブクローンを得、制限酵素地図(EcoRI,BamHI,HindIII)から、クローンは3つのグループ(I〜III)に分類された。グループIはグループIIと部分的に重複しており、用いたプローブの領域からグループIIIは他のクローンの下流に位置するものであると考えられる(図2)。 図2 制限酵素地図 ホリスタチンの遺伝子のプロモーターについては、ラットで構造および機能が調べられており、いくつかのシスーエレメントと細胞内情報伝達機構が遺伝子発現の調節に関与していることが報告されている。アフリカツメガエルでもラットと同じ位置にプロモーターが存在することを予想して、グループIから遺伝子の上流2.3kbの塩基配列を決定した。2.3kbの領域に、ラットのプロモーターに見いだされたエレメントの配列を探したところ、AP-2結合領域、Sp1結合領域、TATA-like配列についてラットの配列と全く同じものが見いだされた。また、エレメントの位置関係を比較したところ、AP-2結合領域、Sp1結合領域、TATA-like配列から成るセットが、アフリカツメガエルのプロモーターには1つ、ラットのプロモーターには2つあることが分かった。また、転写開始点を決定するためにプライマーエクステンション法を行い、主な転写開始点が翻訳開始コドン(ATG)の上流167bpの位置にあることが分かった。 プロモーターの機能を調べるために、AccIII部位で切り出される遺伝子の上流1.8kbをLacZに連結したプラスミド(pAccIII:図3)を作成した。pAccIIIを受精卵にマイクロインジェクションし、卵割期、胞胚、のう胚、神経胚、尾芽胚で-ガラクトシダーゼの活性を測定した。ネガティブコントロールとしてLacZの上流にプロモーターをもたないプラスミド(pSV00-gal:図4)をマイクロインジェクションした。図5に示すように、pSV00-galをマイクロインジェクションした胚における-ガラクトシダーゼの活性は、調べたどのステージにおいても低く、pAccIIIをマイクロインジェクションした胚における-ガラクトシダーゼの活性は内在性のホリスタチン遺伝子の発現の時期であるのう胚以降検出され、神経胚と尾芽胚ではより高く検出された。よって、1.8kbの上流域には、のう胚より転写を活性化する制御領域が含まれると考えられる。pAccIIIをマイクロインジェクションした胚を神経胚で固定した後、-ガラクトシダーゼの基質であるX-galを含んだ液につけて染色し、発現の部域性についても調べた。しかし、発現の部域は脊索ではなくむしろ外胚葉や体節に観察された。そこで1.8kbの領域には時間的発現の制御領域は含まれているが、部域的発現の制御領域は他にあるのではないかと考え、上流6.7kbをLacZに連結したプラスミドを新たに作成した(pF6.7LacZ:図3)。4細胞期において背側割球にpF6.7LacZをマイクロインジェクションすると、神経胚で脊索とその近くの組織に-ガラクトシダーゼが発現した。よって、上流1.8kbが内在性のホリスタチン遺伝子の発現時期と同じ時期からの転写活性を担っており、さらに上流4.6kbの領域が部域的発現の制御を担っていると考えられる。 図3 プラスミドの構造図4 pSV00-gal図5 キメラ遺伝子をマイクロインジェクションした胚における-ガラクトシダーゼの時間的発現 |