ミラー対称性は1991年にP.Candelasらにより発表された記念碑的論文P.Candelas,et.al.,Nucl.Phys.B359(1991)21.で確立した。ミラー対称性の概念は、(上の論文の題名からわかるように)N=2 super non-linear sigma modelの厳密な計算を可能にして多くの物理学者に驚かせ、また、同時に「代数曲線の数え上げ」の問題をも解き数学者にも衝撃を与えた。「代数曲線の数え上げ」は代数幾何学の難問の1つだったのである。 ミラー対称性とは、一口で言えば、A modelとB modelのDualityのことである。 カラビ-ヤウ多様体をtarget spaceとするN=2 non-linear -modelがすべての出発点である。これを「twist」して位相的理論をつくる。このとき場の(左,右)を(chiral,chiral)と組むか(chiral,anti-chiral)と組むかによって二通りの位相的理論が得られる。これがA model,B modelである。従って、A modelとB modelは物理的に明らかに等価である。 (chiral,chiral)場を(chiral,anti-chiral)場に組み替える作業は、target spaceを適当な群で割ることに対応する(orbitalization)。カラビ-ヤウ多様体Mを適当な群で割って、特異点を解消することによって、そのMに対するミラー多様体Wが得られる。 したがって、あるカラビ-ヤウ多様体M上でのA modelは、そのMに対するミラー多様体W(Wも再びカラビ-ヤウ多様体の一種であるが)の上のB modelは、等価である。これがミラー対称性と呼んでいるものである。 この二つの理論は「くり込み」の性質が大きく異なる。つまり、A modelはインスタントン補正を受けるのに対して、B modelはそれを受けない。カラビ-ヤウ多様体M上のA modelの場合、任意の次数のインスタントン補正を受けるので、厳密な計算を有限回で実行することはできない。一方、B modelは補正を受けないのでtree level(+ 1-loopの波動関数のくり込み)で厳密な計算を実行できる。 その一方で、A modelは幾何学的解釈が容易である。A modelのインスタントン補正は、幾何学的にいえば、target space上の代数曲線の数え上げに相当する。このような幾何学的解釈はB modelではできない。 そこでミラー対称性を用いて、厳密な計算ができなかったA modelをB modelに焼き直してやる。B modelで厳密な計算を実行して、A modelにもどせば、A modelの厳密な計算が得られるはずである。これがミラー対称性の戦略である。 P.Candelas,et.al.はこの考えを、CP4上  で定義されるカラビ-ヤウ多様体を具体的に実行した。 このカラビ-ヤウ多様体は複素3次元である。これには理由がある。一つは「コンパクト化」の問題で、もう一つは「Special Geometry」の問題である。いずれにせよ、当時、複素3次元以外のカラビ-ヤウ多様体は避けられていた。複素3次元以外ではミラー対称性の概念は大幅な変更を受けるのではないかという考えも強かった。 この論文の中心の主張は、「ミラー対称性の概念は一般次元で有効である」ということである。 私は、杉山、秦泉寺らと共同でまたは単独で上の考えを明らかにしてきた。 1.M.Nagura and K.Sugiyama,"Mirror Symmetry of K3 Surface",UT-663,Int.J.of Mod.Phys.A,Vol.10,No.2(1995), 2.M.Jinzenji and M.Nagura,"Mirror Symmetry and An Exact Calculation of N-2 Point Correlation Function on Calabi-Yau Manifold embedded in CPN-1",UT-680,hep-th 9409029,Int.J.of Mod.Phys., 3.M.Nagura,"Mirror Symmetry on Arbitrary Dimensional Calabi-Yau Manifold with a few moduli",UT-,hep-th 9410177,Mod.Phys.Lett.A,vol.10,No.23,(1995). この論文は5つの章よりなっている。 1.Introduction. 2.Mirror symmetry of Calabi-Yau hyperspaces in CPN-1. 3.Mirror symmetry of Calabi-Yau hypersurfaces in Toric varieties. 4.Tree-point Functions and Quantum Cohomology. 5.Conclusion. 第一章(Introduction)では、ミラー対称性の概念を説明し、さらにこの論文の目的について説明した。 第二章(Mirror symmetry of Calabi-Yau hyperspaces in CPN-1)では、CPN-1上  で定義されるカラビ-ヤウ多様体(複素N-2次元)を取り扱い、任意の次元でミラー対称性の概念は有効であることを示した。 まず、章の最初でA modelとB modelについて概説した。 ついで、B modelの計算を、P.Candelas,et.al.とは異なる見通しのよい方法を開発して実行した。(論文2と3参照)P.Candelas,et.al.はカラビ-ヤウ多様体上の正則(n,0)形式をモノドロミーを援用して計算していたが、それをピカールーフックス方程式から直接計算した、さらにゲージ固定(複素直線束の切断の取り方)を決定して、(N-2)点相関関数をもとめた。また、この計算技術としての「周期積分」の技法を詳説した。 そして、ミラー写像と呼ばれる特殊な関数を用いて、B modelの計算を、A modelのそれに移しかえた。 A modelの結果は代数曲線の数え上げに相当するはずである。次に、そのようにして求めた結果と代数幾何学の計算とが一致することをみた。この計算はグラスマン多様体上のホモロジーの計算法、Schubert Calculus、を用いることによってできた。あわせて、この計算法も詳説した。 以上の結果より「ミラー対称性の概念は一般次元で有効である」と確信できる。 第三章(Mirror symmetry of Calabi-Yau hypersurfaces in Toric varieties)では、おもに重み付きの射影空間CPN-1(2,2,…,2,1,1)上  で定義されるカラビ-ヤウ多様体(複素N-2次元)を考えた。これは変形のパラメーターが2つある複素N-2次元カラビ-ヤウ多様体の代表例である。 このようなさらに一般的なカラビ-ヤウ多様体とそれが埋め込まれている空間(トーリック多様体)を扱うのがトーリック幾何学である。 ドイツのBatyrev教授はトーリック幾何学によってミラー多様体を構成する方法を提唱した。私はこの理論を応用し、変形のパラメーターが複数以上、任意次元のカラビ-ヤウ多様体のミラー対称性を議論した。 また、あわせてトーリック幾何学の概説をおこなった。 第四章(Tree-point Functions and Quantum Cohomology)では、量子コホモロジーの観点からミラー対称性を議論した。 実は、B modelの量子コホモロジーは、演算子積とガウスーマニン接続を同一視することによってピカールーフックス方程式から決定できる。これはA modelにはない性質である。 この議論は変形のパラメーターが複数以上の場合にも応用でき、そのときは、古典的限界で量子コホモロジーが普通の可換なコホモロジーに移行することが重要である。 最後、第五章(Conclusion)では、論文の結果と今後の展望について触れた。 |