高レベル放射性廃棄物地層処分の安全評価を行なうためには、地層中でのアクチニド元素の岩石などへの吸着や、地下水中での凝集・沈殿、コロイド形成といった地球化学的挙動を予測することが重要である。本論文は、安全評価上重要な元素であるネプツニウム(Np)を取り上げ、地下環境中における溶解・沈殿、加水分解、コロイド形成および移行挙動に関し、実験的に検討を行なったもので、6つの章から構成されている。 第1章は序論であり、研究の背景と目的について述べている。 第2章は、超ウラン元素の地球化学的挙動に関する研究の現状を述べたものであり、存在化学形、コロイド・凝集現象、溶解・沈殿現象、吸着挙動、地下水、ナチュラルアナログ研究についてまとめている。 第3章では、Np(V)加水分解生成物の溶解度のイオン強度依存性について述べている。Np(V)の加水分解反応や溶解・沈殿反応は、これまで数多くの研究例があるが、それぞれの研究で報告されている熱力学的データにはばらつきが大きい。本研究では、既往の研究手順を再検討することでデータのばらつきの原因を明らかにするとともに、雰囲気制御、イオン強度依存性、pH測定精度、溶解度制限固相の同定、過飽和沈殿と未飽和溶解による平衡の確認、などの点でこれまでの研究における問題点を克服し、実験誤差を最小限にとどめて、より精度の高い信頼性のある加水分解定数と溶解度積の評価を行っている。 Np(V)加水分解生成物の沈殿・溶解反応は、これまで考えてきた以上にゆっくりと平衡状態になることが明らかにされるとともに、Specific ion interaction theory(SIT)を用いて、無限希釈におけるNp(V)の加水分解定数と溶解度積が求められている。無限希釈における熱力学的データを提示することで、異なった研究者が様々な実験条件・手法で求めた他の熱力学的データとの相互比較をすることができるようになるばかりではなく、将来の熱力学的データの理論的統合のためにも資することができ、さらには他の超ウラン元素の溶解度、加水分解定数評価にも指針を与えるものとなっている。また、同時に、溶解度制限固相も検討されており、全ての定数条件でアモルファスNpO2OHであることが確認されることで評価データの信頼性が向上している。 第4章は、前半部ではNp(V)加水分解生成物の移行挙動が、また、後半部ではFe(III)コロイドあるいはSiO2コロイドへの付着挙動が検討されている。石英を充てんしたカラム内のNp(V)の移行挙動を液体クロマトグラフィーで測定した結果、表面が負に帯電している石英と正に帯電しているNpO2+との相互作用に基づくNp(V)の遅延に比べて、電荷がゼロの中性のNpO2OHとの相互作用による遅延の方が大きいこと、ならびにFe(III)コロイドと擬似コロイドを形成する場合にも遅延が増すことが示されている。この原因をNpO2OHが凝集し微粒子化することなど擬似コロイド自体のろ過効果であると論じ、地下水におけるNp(V)のコロイド形成がその移行挙動に及ぼす影響の重要性を指摘している。 この結果を受けてNp(V)のコロイド形成、特に地下水中で重要となると考えられるNp(V)-Fe(III)擬似コロイド、Np(V)-SiO2擬似コロイド形成とその安定性についても検討されている。Np(V)擬似コロイド形成が、pHやイオン強度によってどのような変化を受けるか、NpO2OHの微粒子化とどのような競争関係にあるか、核となるFe(III)コロイドの濃度とどのような相関があるか等について明らかにするとともに、特にNp(V)-Fe(III)擬似コロイド形成においては、その反応が可逆反応であることを確認した上でpH、Fe濃度依存性を表面錯体モデルを用いて説明することに成功している。これは、将来の超ウラン元素の擬似コロイド形成モデルの構築に大きく寄与するものである。また、Fe(III)コロイドからNp(V)が脱離した後、固相SiO2へ吸着する現象についても検討され、イオン-コロイド-固相3相間での相互作用の重要性を論じている。 第5章は、Np(IV)不溶性物質の移行挙動について述べている。深部地下環境では、Npは溶解度が非常に小さいNp(IV)(NpO2:xH2O(am))として存在すると考えられており、そのろ過、遠心分離挙動を調べ、移行挙動は複数のメカニズムによって支配されていることが明らかにされている。 第6章は、結論であり、本研究の成果をまとめている。 以上、要するに、本論文は地下環境中におけるNpの移行挙動について、溶解・沈殿、加水分解、コロイド形成という観点から実験的に検討し、将来の地層処分の安全評価のための基礎的知見を示したもので、システム量子工学、特に高レベル放射性廃棄物の安全研究に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |