学位論文要旨



No 111591
著者(漢字) 板垣,寛
著者(英字)
著者(カナ) イタガキ,ヒロシ
標題(和) ネプツニウムの地下環境中移行挙動の基礎的研究
標題(洋)
報告番号 111591
報告番号 甲11591
学位授与日 1996.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3541号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 助教授 山口,憲司
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 1.研究の概要

 高レベル放射性廃棄物地層処分の安全評価を行うためにはアクチニド元素の挙動を予測することが重要である。地層中でのアクチニド元素の移行の媒体は、主に地下水であると考えられ、また遅延する原因としてはアクチニド元素の岩石などへの吸着や、水中からの凝集・沈殿が考えられる。本研究では安全評価上重要な元素であるネプツニウムを対象とし、ネプツニウムの地下環境中移行挙動を明らかにする場合に重要な以下のような実験、検討を行った。

 ネプツニウム(V)加水分解生成物の溶解度についてはいくつかの研究例があり、それぞれ、溶解度積、加水分解定数が得られているが、それらの数値には2桁程度の開きがあり、また、実験方法にも問題点があり信頼性は低かった。そこで本研究では、従来の研究の問題点を克服し信頼性のあるデータを得るために、雰囲気制御を確実に行い、異なるイオン強度に対してネプツニウム(V)の溶解度積と加水分解定数を求め、さらに無限希釈における各値を求めるとともに、溶存種の同定を行った。

 次に、限外ろ過法、石英カラムを用いたクロマトグラフ、遠心分離法を用いてネプツニウム(V)加水分解生成物の遅延現象を調べた。さらに共存物質として地下環境中に豊富に存在する鉄イオンのコロイドである水酸化鉄(III)コロイドを含むネプツニウム(V)水溶液を用いて、上述の方法で遅延現象を調べた。また、水酸化鉄(III)コロイドへのネプツニウムの付着挙動のpH依存性を調べ、ネプツニウム(V)加水分解生成物が水酸化鉄(III)コロイドへ付着する際の平衡定数を求めるとともに、石英共存下でのFe-Np擬似コロイドの安定性を調べた。また、還元性雰囲気におけるネプツニウム(IV)の移行挙動について、不溶性のNpO2・xH2O(am)についても同様に遅延現象を調べた。

2.ネプツニウム(V)加水分解生成物の溶解度

 実験はアルゴンガス雰囲気のグローブボックス中で室温で行った。アルゴンガス中の二酸化炭素は塩化バリウム水溶液を用いて取り除いた。ネプツニウムの原液は濃度1.0×10-2mol/lの1M過塩素酸水溶液であり、二酸化炭素除去のため煮沸したイオン交換水を用いて目的の濃度まで薄めた。pH調整には炭酸を取り除いた水酸化ナトリウム、および過塩素酸水溶液を用いた。pHはガラス電極を用いて測定し、過塩素酸ナトリウムを加えたpH緩衝溶液を用いてイオン強度によるpHの読みと実際のpHの間の補正を行った。

 溶解度の経時変化は、主にoversaturation法で行った。ネプツニウム(V)水溶液の初期濃度は約10-3mol/lで、目的のpHに調整後、水相のネプツニウム濃度変化を追い約3か月で平衡が確認された。undersaturation法による実験ではoversaturation法により1日で沈殿した固相(NpO2OH)を新たに過塩素酸ナトリウム水溶液に溶解させた。イオン強度は過塩素酸ナトリウムで調整した。

 本研究では平衡に達したネプツニウム(V)水溶液を分画分子量10.000のフィルターを用いてろ過したときのろ液の濃度を溶解度と定義した。ろ液は乾燥後2ガスフローカウンターにて放射能を測定した。また、固相の状態を確認するために沈殿をX線回折により調べた。

 ネプツニウム(V)加水分解生成物の溶解度のpH依存性を図1に示す。溶解度はイオン強度依存性を示し、イオン強度が大きいほど溶解度は小さくなっている。X線回折では明らかなピークが観測されず、水溶液中のネプツニウムの沈殿は3か月にわたって結晶化せずアモルファスのままであると考えられた。

 次にこの溶解度のデータから加水分解定数(12)および溶解度積Kspを求めた。加水分解反応

 

 に対する加水分解定数iは次のように表される。

 

 また、溶解度積は、次のように表される。

 

 水溶液中に溶存するネプツニウム(V)加水分解生成物の溶存種は、NpO2+、NpO2OH、NpO2(OH)2-であると考えられ、ネプツニウムの全濃度は

 

 と表される。これを12およびKspを用いて書き換えると次式を得る。

 

 溶解度曲線(図1)を最小自乗法を用いて式(1)にフィットさせ各定数の値を求め、specific ion interaction theoryを用いて無限希釈(I=0)における各値を求めた(表1)。I=0.012についてはpH<9.5、I=0.10についてはpH<8.5の範囲で溶解度がほぼ一定の値を示し、式(1)で表されないのでこの範囲のデータは除いてフィットさせた。このような結果は従来の溶解度曲線を求めた研究には例がなく、新たな溶存種、あるいは沈殿種の存在を示唆している可能性がある。X線回折では他のサンプルと同様に明らかなピークが出ておらずアモルファスであると考えられた。

図表図1 アモルファス状ネプツニウム(V)水酸化物のpHおよびイオン強度依存性 / 表1 加水分解定数および溶解度積
3.ネプツニウム(V)加水分解生成物の移行挙動

 ネプツニウム(V)水溶液のクロマトグラムを図2、3に示す。HTOは全く遅延しない水の溶出位置を示している。pH=8.1(図2)に比べ、pH=9.6(図3)は遅延が見られる。pHが高い方がNpO2+が石英との相互作用等により遅延しやすくなると考えられる。また、溶出液の一部には限外ろ過による捕留成分があることからNpO2OHの凝集物があることが示唆された。

図表図2 Np(V)溶出クロマトグラム(pH=8.1,I=0.005M) / 図3 Sp(V)溶出クロマトグラム(pH=9.6,I=0.005M)
4.水酸化鉄(III)コロイドへのネプツニウム(V)加水分解生成物の付着挙動

 限外ろ過法によりネプツニウム(V)加水分解生成物の水酸化鉄(III)コロイドへの付着挙動を調べた。水酸化鉄(III)コロイドは塩化第二鉄を蒸留水に溶かし、水酸化鉄が凝集してできたものを使用した。水酸化鉄(III)コロイドは溶液がアルカリ性の領域では単分散のコロイドにはならず水相との境界がはっきりしない沈殿を形成した。過塩素酸ナトリウム0.1M水溶液に[Np]〜10-6M、[Fe]=10-4、または10-3Mになるように加え、pHを調整してグローブボックス中に保存した。実験は窒素雰囲気下で行い、炭酸の影響を防いだ。pHに対するネプツニウム(V)加水分解生成物の水酸化鉄(III)コロイドへの付着率を図4に示す。曲線は式(2)で表される表面錯体形成モデルによるものである。

図4 ネプツニウム(V)加水分解生成物の水酸化鉄(III)コロイドへの付着率のpH依存性

 

 (X:コロイド表面のサイト)この式の平衡定数はlogK=-1.94と得られ、NpO2+は加水分解し、NpO2OHとなって水酸化鉄(III)コロイドへ付着していることが判る。水酸化鉄(III)コロイド濃度が低いと表面のXOHが少なくなるため曲線がアルカリ側へずれると考えられる。

5.ネプツニウム(IV)の移行挙動

 ネプツニウム(V)を白金黒触媒を用いて水素還元を行うことによりネプツニウム(IV)水溶液を調製した。グローブボックス中にてヒドラジンを加えた後、ネプツニウム(IV)水溶液のを硝酸をもちいて調整した。

 カラム実験の結果を図5に示す。溶出位置が3つに離れているのが判る。これはネプツニウム(IV)の遅延機構がいくつかあることを示している。

図5 ネプツニウム(IV)溶出曲線
6.結論

 ネプツニウムの地下環境中移行挙動において基礎的研究を行い、以下の結論を得た。

 (1) 異なるイオン強度において、ネプツニウム(V)加水分解生成物の溶解度積、および加水分解定数を求め、無限希釈における各値を求めた。

 (2) 石英カラムを用いたクロマトグラムではpHが高くなるとNpO2+と石英の間の相互作用、もしくはNpO2OHの凝集物のために遅延することが判った。

 (3) ネプツニウム(V)加水分解生成物の水酸化鉄(III)コロイドへの付着率のpH依存性を求め、平衡定数の算出から、NpO2+がNpO2OHとなって水酸化鉄(III)コロイド表面に付着することが判った。

 (4) 不溶性NpO2・xH2O(am)は複雑な遅延現象を示し、異なる遅延機構が存在することが示唆された。

審査要旨

 高レベル放射性廃棄物地層処分の安全評価を行なうためには、地層中でのアクチニド元素の岩石などへの吸着や、地下水中での凝集・沈殿、コロイド形成といった地球化学的挙動を予測することが重要である。本論文は、安全評価上重要な元素であるネプツニウム(Np)を取り上げ、地下環境中における溶解・沈殿、加水分解、コロイド形成および移行挙動に関し、実験的に検討を行なったもので、6つの章から構成されている。

 第1章は序論であり、研究の背景と目的について述べている。

 第2章は、超ウラン元素の地球化学的挙動に関する研究の現状を述べたものであり、存在化学形、コロイド・凝集現象、溶解・沈殿現象、吸着挙動、地下水、ナチュラルアナログ研究についてまとめている。

 第3章では、Np(V)加水分解生成物の溶解度のイオン強度依存性について述べている。Np(V)の加水分解反応や溶解・沈殿反応は、これまで数多くの研究例があるが、それぞれの研究で報告されている熱力学的データにはばらつきが大きい。本研究では、既往の研究手順を再検討することでデータのばらつきの原因を明らかにするとともに、雰囲気制御、イオン強度依存性、pH測定精度、溶解度制限固相の同定、過飽和沈殿と未飽和溶解による平衡の確認、などの点でこれまでの研究における問題点を克服し、実験誤差を最小限にとどめて、より精度の高い信頼性のある加水分解定数と溶解度積の評価を行っている。

 Np(V)加水分解生成物の沈殿・溶解反応は、これまで考えてきた以上にゆっくりと平衡状態になることが明らかにされるとともに、Specific ion interaction theory(SIT)を用いて、無限希釈におけるNp(V)の加水分解定数と溶解度積が求められている。無限希釈における熱力学的データを提示することで、異なった研究者が様々な実験条件・手法で求めた他の熱力学的データとの相互比較をすることができるようになるばかりではなく、将来の熱力学的データの理論的統合のためにも資することができ、さらには他の超ウラン元素の溶解度、加水分解定数評価にも指針を与えるものとなっている。また、同時に、溶解度制限固相も検討されており、全ての定数条件でアモルファスNpO2OHであることが確認されることで評価データの信頼性が向上している。

 第4章は、前半部ではNp(V)加水分解生成物の移行挙動が、また、後半部ではFe(III)コロイドあるいはSiO2コロイドへの付着挙動が検討されている。石英を充てんしたカラム内のNp(V)の移行挙動を液体クロマトグラフィーで測定した結果、表面が負に帯電している石英と正に帯電しているNpO2+との相互作用に基づくNp(V)の遅延に比べて、電荷がゼロの中性のNpO2OHとの相互作用による遅延の方が大きいこと、ならびにFe(III)コロイドと擬似コロイドを形成する場合にも遅延が増すことが示されている。この原因をNpO2OHが凝集し微粒子化することなど擬似コロイド自体のろ過効果であると論じ、地下水におけるNp(V)のコロイド形成がその移行挙動に及ぼす影響の重要性を指摘している。

 この結果を受けてNp(V)のコロイド形成、特に地下水中で重要となると考えられるNp(V)-Fe(III)擬似コロイド、Np(V)-SiO2擬似コロイド形成とその安定性についても検討されている。Np(V)擬似コロイド形成が、pHやイオン強度によってどのような変化を受けるか、NpO2OHの微粒子化とどのような競争関係にあるか、核となるFe(III)コロイドの濃度とどのような相関があるか等について明らかにするとともに、特にNp(V)-Fe(III)擬似コロイド形成においては、その反応が可逆反応であることを確認した上でpH、Fe濃度依存性を表面錯体モデルを用いて説明することに成功している。これは、将来の超ウラン元素の擬似コロイド形成モデルの構築に大きく寄与するものである。また、Fe(III)コロイドからNp(V)が脱離した後、固相SiO2へ吸着する現象についても検討され、イオン-コロイド-固相3相間での相互作用の重要性を論じている。

 第5章は、Np(IV)不溶性物質の移行挙動について述べている。深部地下環境では、Npは溶解度が非常に小さいNp(IV)(NpO2:xH2O(am))として存在すると考えられており、そのろ過、遠心分離挙動を調べ、移行挙動は複数のメカニズムによって支配されていることが明らかにされている。

 第6章は、結論であり、本研究の成果をまとめている。

 以上、要するに、本論文は地下環境中におけるNpの移行挙動について、溶解・沈殿、加水分解、コロイド形成という観点から実験的に検討し、将来の地層処分の安全評価のための基礎的知見を示したもので、システム量子工学、特に高レベル放射性廃棄物の安全研究に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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