本論文は、「Development and Application of Bacterial Regrowth Potential Method for Drinking Water(細菌増殖ポテンシャル測定法の開発とその応用)」と題し、水道と水処理分野における細菌増殖の評価手法を開発しその応用について検討を行なった研究である。 様々な水道施設において、浄水中あるいは配水システム中での微生物の再増殖が多くの水質劣化の原因として大きな問題となっている。再増殖は、微生物が利用可能な有機物と無機栄養塩類が水中に含まれているために起きる。その濃度は低濃度であるため、分析にはバイオアッセイが有効である。同化可能有機物(AOC)量を測定する方法としてvan der Kooijらが1982年にバイオアッセイを応用して以来、多くの研究者によって様々な改良が提案されてきた。しかしそれらには、分析に長い時間がかかる、単一菌株を用いるために現場の生物増殖状況を表していない、無機塩類を考慮に入れていない、高度な技術や機器が必要である、などの欠点があり、更に改善が必要とされている。 第1章は序論と目的である。 第2章は既存の研究についての知見を整理したものである。 第3章は実験手法、実験材料の説明である。 第4章では、細菌増殖ポテンシャル(BRP)測定法を提案している。この方法は大きく分けて、試料水の準備、植種、最大生物量測定の三段階からなっている。まず、試料水を4本の試験管(径24mm)に20mlずつ採り、2本のみに十分な無機栄養塩を加え、121℃で15分間オートクレーブ滅菌する。試料水自体に生育している細菌を植種菌体とし、植種に伴う有機物の混入を防ぐために細菌を増殖定常期まで培養してから植種菌体として用いる。植種後、20℃のインキュベーター中で試験管を45度に傾けて培養する。5日間培養後のアクリジン・オレンジ・ダイレクト・カウント(AODC)または従属栄養細菌数(HPC)を、試料水のBRPを示す指標とする。すなわちBRPは、AODCでは個/ml、HPCではCFU/mlで表される。ただし、AODCの測定下限は3.28×104個である。 このBRP測定法は既存の方法と比較して次のような長所がある。より短い時間(5〜7日間)で測定できる、試料水由来の混合菌種を植種するため現場の水の状況をよく反映している、ここで提案した標準化方法により他の植種菌の結果との比較が容易に行える、生物利用可能有機物を植種の際にほとんど伴わずに試料水に適した植種菌を準備できる、無機栄養塩添加・不添加の各グループでのBRPの比較により制限栄養素の確認ができる、などである。 第5章ではBRP法とリン濃度の関係を検討している。 生物利用可能有機物濃度、栄養塩濃度、あるいは、リン濃度を変えた実験系において、AODCとHPCの時間的な変化を詳細に調べ、AODCとHPCがBRPとして十分に信頼できるデータとして使えること、ならびに、リンが制限因子として働く可能性がありうることを示している。 第6章では、実際の大都市域の配水システムの調査により、半数以上のサンプルで無機栄養塩類が制限因子になっていることを示している。さらに、リンのみを添加した試料水のBRPとすべての無機栄養塩類を添加したときのBRPがほぼ等しかったことより、現場ではリンが制限因子であることを示している。多くの水質項目との相関についても検討を加えている。従来、細菌の再増殖においては生物利用可能有機物が制限因子であると考えられてきたが、この調査により生物利用可能有機物と同様にリンの制限が重要であるということを明らかにしている。なお、試料水由来の細菌群および純粋菌株(Pseudomonas fluorescence P17;KooijらがAOCの測定に用いた菌株)のリンの要求量はC:P=100:1.7〜2.0であり、通常の細菌と同様であることを確認している。 以上のように、本論文で提案されたBRP測定法は、浄水中での細菌の増殖量の予測、及び再増殖制御法の開発に有効な新しい細菌再増殖評価手法であり、水処理と水道に関する工学技術の発展に大きく貢献するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |