学位論文要旨



No 111425
著者(漢字) 立山,充博
著者(英字)
著者(カナ) タテヤマ,ミツヒロ
標題(和) 4-Phenyltetrahydroisoquinolineの覚醒剤拮抗作用機序の研究
標題(洋)
報告番号 111425
報告番号 甲11425
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第720号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 教授 廣部,雅昭
 東京大学 助教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 岩坪,威
内容要旨

 覚醒剤は、中枢神経系に作用し幻覚、妄想などを発現させるが、これはモノアミン神経終末から神経伝達物質を放出させることに基づくと考えられている。当研究室において脊髄を用いた実験から、取り込み阻害薬ノミフェンシンの構造類似体である4-phenyltetrahydroisoquinoline(4-PTIQ)が覚醒剤のノルアドレナリン放出作用に対する拮抗薬となる可能性を見いだした。しかし、覚醒剤の主な作用部位であると考えられる脊髄より上位の中枢における4-PTIQの作用に関しては知見が得られていなかった。覚醒剤はラットに対して、嗅ぎ回り、立ち上がり、移所行動増加などの常同行動と呼ばれる特殊な反復行動を誘発する。特に覚醒剤の移所行動増加作用は、側坐核においてドパミンを介することが知られている。そこで、マイクロダイアリシス法を用いて移所行動量と側坐核ドパミン量を同時に測定したところ4-PTIQは、覚醒剤のラット移所行動作用および側坐核ドパミン増加作用を同時に抑制するということが示された。

 覚醒剤のドパミン放出作用はドパミントランスポーターを介することが知られており、ドパミントランスポーターの機能を阻害することで覚醒剤のドパミン放出作用は抑制される。そこで、覚醒剤のドパミン放出作用に対する4-PTIQと取り込み阻害薬の抑制作用の比較を行ったところ、単独でドパミンのベーサルレベルに影響を与えない最大濃度を用いた場合、取り込み阻害作用の最も弱い4-PTIQのみが覚醒剤のドパミン放出作用に対して抑制を示した(Fig.1)。また、高濃度の取り込み阻害薬によって、漏出や神経興奮などで細胞外に出たドパミンは、細胞内に取り込まれなくなり、みかけの細胞外ドパミン濃度が増加する。この増加作用に対して、4-PTIQは抑制も増強も示さなかった。これらのことから、4-PTIQは取り込み阻害薬とは異なる機序によって覚醒剤のドパミン放出作用を抑制するということが考えられた。これまで、取り込み阻害以外の機序により覚醒剤のドパミン放出作用を抑制する物質は知られておらず、本研究により4-PTIQがそのような性質を持つ物質であることを初めて明らかにした。

Fig.1 Effacts of 4-PTIQ(A),nomifensine(B)and cocaine(C)on dopamine release induced by methamphetamine(MAP)infusion.Infusion of 4-PTIQ,nomifensine or cocaine(ciosed horizontal bar)was started 20 min before methamphetamine infusion(open horizontal bar).Mean ± SEM.n=4 *p<0.05 **p<0.01

 覚醒剤のドパミン放出作用はドパミントランスポーターを介することから、また、4-PTIQがドパミン取り込み阻害作用を有することから、4-PTIQの作用部位をドパミントランスポーターであると考えていたが、4-PTIQのドパミントランスポーターに対する直接作用については、これまでに知見が得られていなかった。そこで、ドパミントランスポーターをCOS細胞に発現させて、3H-4-PTIQのドパミントランスポーターに対する直接作用を調べた。4-PTIQは、ドパミントランスポーターに対してKd=727nM、one binding siteの結合部位を持つことが明らかになった。また、4-PTIQはドパミントランスポーターを介して細胞内に取り込まれるということが示され、ドパミントランスポーターの基質としても機能することが明らかとなった(Fig.2)。

Fig.2 3H-Dopamine(A)and 3H-4-PTIQ(B)uptake into the COS-7 cell transfected with pcDNADAT1.10nM 3H-Dopamine uptake(A)or 100nM 3H-4-PTIQ uptake into 105 COS-7 cell transfected without(▲)or with pcDNADAT1 in 37℃(○),0℃(■),Na+ free(□)or 37℃ with 10-5M mazindol(●).Mean ± SEM from 3 experiments performed in duplicate was shown.

 覚醒剤も同様にドパミントランスポーターの基質として機能すると考えられている。また、覚醒剤のドパミン放出作用は、ドパミントランスポーターに取り込まれることにより、ドパミントランスポーターの活性部位を細胞の内側に向けることで、細胞内遊離ドパミンを逆輸送させることに基づくと考えられている。

 以上の様に、4-PTIQは取り込み阻害とは異なる機序で覚醒剤のドパミン放出作用を抑制すること、ドパミントランスポーター上に結合部位を持つこと、覚醒剤と同様にドパミントランスポーターの基質として機能するということが明らかになった。これらのことから、4-PTIQの覚醒剤拮抗作用機序として、ドパミントランスポーターによる覚醒剤の細胞内への輸送過程での競合、あるいは、細胞の内側に向いたドパミントランスポーターに対するドパミンの結合阻害などが考えられる。

審査要旨

 この論文は、4-phenyltetrahydroisoquinoline(4-PTIQ)の覚醒剤に対する抑制作用および、覚醒剤のドパミン放出作用に対する抑制作用機序の研究成績をまとめたものである。

 覚醒剤は、中枢神経系に作用し興奮、妄想、幻覚などの作用をひき起こし、常用者による犯罪は社会的問題となっている。このような覚醒剤の中枢神経系への作用は、おもにカテコールアミン神経終末部からの神経伝達物質の放出促進に基づくと考えられており、覚醒剤による神経伝達物質の放出作用は神経伝達物質の再取り込みを行なうトランスポーターを介して発現することが知られている。当研究室において、脊髄を用いた実験から4-PTIQが覚醒剤のノルアドレナリン放出作用に対する拮抗薬となる可能性を見い出していた。しかしながら、4-PTIQの作用は、覚醒剤の重要な作用部位である脊髄より上位の中枢神経系では証明されていなかった。

 申請者は、全身投与の4-PTIQが覚醒剤のラット移所行動増加を抑制することを示し、4-PTIQが行動レベルにおいても覚醒剤の作用を抑制することを明らかにした。覚醒剤のラット移所行動増加作用は側坐核においてドパミンを介することが知られている。申請者は、側坐核内局所投与法を用いて4-PTIQが側坐核において覚醒剤の作用を抑制することを示した。また、これにマイクロダイアリシス法を併用し、移所行動量および側坐核内ドパミン量を同時に測定することによって、覚醒剤の側坐核内局所投与による移所行動量およびドパミン量の増加を4-PTIQが同時に抑制していることを示し、4-PTIQが覚醒剤のドパミン放出作用を抑制することにより、覚醒剤誘発の移所行動増加を抑制することを明らかにした。

 覚醒剤のドパミン放出作用は、細胞外に放出されたドパミンの再取り込みを行なうドパミントランスポーターを介することが知られており、ドパミン取り込み阻害薬によって抑制される。申請者は、透析チューブから薬物を灌流させ側坐核ドパミン量の変化を測定する実験を行ない、4-PTIQのドパミン放出抑制作用機序について検討している。単独では側坐核のドパミン量に影響を示さない最大の濃度を用いた場合、4-PTIQのみが覚醒剤のドパミン放出作用に抑制を示し、取り込み阻害薬であるコカインやノミフェンシンではこのような抑制が示されないということを見出した。また、4-PTIQはドパミンの取り込み阻害作用が最も弱いという事も示している。これらのことから、申請者は、4-PTIQが取り込み阻害薬とは異なる機序により覚醒剤のドパミン放出作用を抑制することを明らかにした。この様な性質をもつ薬物は従来知られていなかった。

 覚醒剤の作用部位であるドパミントランスポーターに関しては、近年、cDNAが得られている。申請者は、ドパミントランスポーターをCOS細胞に発現させ、3H-4-PTIQがドパミントランスポーターに対して特異的結合部位を持つことを明らかにした。また、4-PTIQがドパミントランスポーターによって細胞内に取り込まれるということを明らかにした。これは、4-PTIQがドパミントランスポーターの基質として機能することを示しており、覚醒剤と同じ性質を持つことを示している。

 以上、本研究は4-PTIQが覚醒剤のドパミン放出作用に対する拮抗薬であることを初めて明らかにした点と、その作用機序を追及した点で神経精神薬理における発展に寄与するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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