この論文は、4-phenyltetrahydroisoquinoline(4-PTIQ)の覚醒剤に対する抑制作用および、覚醒剤のドパミン放出作用に対する抑制作用機序の研究成績をまとめたものである。 覚醒剤は、中枢神経系に作用し興奮、妄想、幻覚などの作用をひき起こし、常用者による犯罪は社会的問題となっている。このような覚醒剤の中枢神経系への作用は、おもにカテコールアミン神経終末部からの神経伝達物質の放出促進に基づくと考えられており、覚醒剤による神経伝達物質の放出作用は神経伝達物質の再取り込みを行なうトランスポーターを介して発現することが知られている。当研究室において、脊髄を用いた実験から4-PTIQが覚醒剤のノルアドレナリン放出作用に対する拮抗薬となる可能性を見い出していた。しかしながら、4-PTIQの作用は、覚醒剤の重要な作用部位である脊髄より上位の中枢神経系では証明されていなかった。 申請者は、全身投与の4-PTIQが覚醒剤のラット移所行動増加を抑制することを示し、4-PTIQが行動レベルにおいても覚醒剤の作用を抑制することを明らかにした。覚醒剤のラット移所行動増加作用は側坐核においてドパミンを介することが知られている。申請者は、側坐核内局所投与法を用いて4-PTIQが側坐核において覚醒剤の作用を抑制することを示した。また、これにマイクロダイアリシス法を併用し、移所行動量および側坐核内ドパミン量を同時に測定することによって、覚醒剤の側坐核内局所投与による移所行動量およびドパミン量の増加を4-PTIQが同時に抑制していることを示し、4-PTIQが覚醒剤のドパミン放出作用を抑制することにより、覚醒剤誘発の移所行動増加を抑制することを明らかにした。 覚醒剤のドパミン放出作用は、細胞外に放出されたドパミンの再取り込みを行なうドパミントランスポーターを介することが知られており、ドパミン取り込み阻害薬によって抑制される。申請者は、透析チューブから薬物を灌流させ側坐核ドパミン量の変化を測定する実験を行ない、4-PTIQのドパミン放出抑制作用機序について検討している。単独では側坐核のドパミン量に影響を示さない最大の濃度を用いた場合、4-PTIQのみが覚醒剤のドパミン放出作用に抑制を示し、取り込み阻害薬であるコカインやノミフェンシンではこのような抑制が示されないということを見出した。また、4-PTIQはドパミンの取り込み阻害作用が最も弱いという事も示している。これらのことから、申請者は、4-PTIQが取り込み阻害薬とは異なる機序により覚醒剤のドパミン放出作用を抑制することを明らかにした。この様な性質をもつ薬物は従来知られていなかった。 覚醒剤の作用部位であるドパミントランスポーターに関しては、近年、cDNAが得られている。申請者は、ドパミントランスポーターをCOS細胞に発現させ、3H-4-PTIQがドパミントランスポーターに対して特異的結合部位を持つことを明らかにした。また、4-PTIQがドパミントランスポーターによって細胞内に取り込まれるということを明らかにした。これは、4-PTIQがドパミントランスポーターの基質として機能することを示しており、覚醒剤と同じ性質を持つことを示している。 以上、本研究は4-PTIQが覚醒剤のドパミン放出作用に対する拮抗薬であることを初めて明らかにした点と、その作用機序を追及した点で神経精神薬理における発展に寄与するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 |