学位論文要旨



No 111418
著者(漢字) 浦野,泰照
著者(英字)
著者(カナ) ウラノ,ヤステル
標題(和) 酸素官能基を有する芳香環の酸化反応様式の解析 : 生体類似型化学酸化系及びシトクロムP450の反応特性評価への応用
標題(洋)
報告番号 111418
報告番号 甲11418
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第713号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣部,雅昭
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 三川,潮
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 [序論]

 代表的な生体内酸化酵素であるシトクロムP450は、オレフィン類のエポキシ化、脂肪族、芳香族化合物の水酸化、ヘテロ原子の酸化、脱アルキル化反応など多種多様な酸化反応を効率よく行うことが知られている。この広範かつ強力な酸化能の要因を探るため、数多くの生体類似型化学酸化系がこれまでに開発されてきた。しかしながら、酸化系の化学的性質を検討する際に用いられる基質は、数種の限られた化合物であることが多く、反応機構の解析も各論レベルに留まっているものが多い。そこで筆者は、特定の共通構造を持つ基質群を用い、得られる生成物の構造や生成量に加え、その反応様式も詳細に解析し、これを用いて各酸化系の反応特性を明確に表すことを目的とし、研究に着手した。

 具体的には、酸素官能基を有する芳香族化合物(フェノール類、アルキルアリルエーテル類)の酸化反応に注目して研究を行った。このうちフェノール類の水酸化反応の詳細については修士論文で発表した。今回はアルキルアリルエーテル類のO-脱アルキル化反応に着目し、その反応機構を詳細に解析し、これを用いて各酸化系の反応特性を表すことを試みた。

[結果及び考察]

 アルキルアリルエーテル類のO-脱アルキル化反応機構としては、これまでに以下の二機構が知られている。一般にこれらの機構は、主に用いる酸化反応系により変化すると考えられている。(下図はアニソールを基質とした例である。構造式中の黒塗りの酸素原子は活性種由来であることを示している。)

図表I シトクロムP450:H原子引き抜き機構(kH/kD>6) / II Fenton系などの化学酸化系:ipso置換反応機構(kH/kD=1-1.5)1.Cu2+-アスコルビン酸-O2系によるアルキルアリルエーテル類のO-脱アルキル化反応

 Cu2+-アスコルビン酸-O2系によるメトキシフェノール、ジメトキシベンゼンのO-脱メチル化反応を行ったところ、両基質ともその置換位置がo-及びp-のものは、効率よくまた選択的に反応が進行した(Table 1,Runs 1,3,4,6)。これに対して、m-置換体は収率、選択性とも低い結果となった(Table 1,Runs 2,5)。m-置換体からは芳香環水酸化体が比較的多く生成したため、選択性は低下している。次に、これらの基質に活性種由来の酸素原子がどの程度導入されるかを18O2を用いて調べたところ、いずれの構造の基質ともo-及びp-置換体では18O導入率は高く、m-置換体では18O導入率は低い結果となった(Table 1,Runs 1-6)。前述の収率、選択性と併せて考えると、o-,p-置換体では片方の置換基(メトキシ基又は水酸基)が他方のメトキシ基のipso位の電子密度を高めているため、親電子的性質を持つ酸化活性種のipso位への付加を初発反応とするipso置換機構で反応が進行するものと推測できる。一方m-置換体では、電子密度はipso位では上昇せず、2、4、6位で高くなるため、ipso置換機構は起きにくく、H原子引き抜き機構が優先し、また2位、4位あるいは6位の水酸化体が多く生成するため選択性が低下すると考えられる。

 次にH原子の引き抜かれ易いアルキル基を持ち、ipso位電子密度はほぼo-ジメトキシベンゼンと同じであると考えられるo-ジアルコキシベンゼン類を基質として、O-脱アルキル化反応における活性種由来の酸素原子の導入率を調べた。その結果、O-脱ベンジル化反応、O-脱メチレン化反応では18O導入率は低く(Table 1,Runs 7,8)、o-置換体であってもH原子引き抜き機構が優先して起きることがわかった。

 以上の結果から、OHラジカル様活性種を産生すると考えられる酸化系の反応であっても基質によってO-脱アルキル化反応機構は変化し、それは主に基質のipso位電子密度とH原子の引き抜き易さの相対的な比で決定すると推察された。

Table 1.O-Dealkylation of various alkyl aryl ethers and 18O incorporation from 18O2 into the O-Dealkylation products by the Cu2+-ascorbic acid-O2 system
2.肝ミクロソーム-NADPH/O2系によるアニソール類のO-脱メチル化反応

 肝ミクロソーム-NADPH/O2系によるメトキシフェノール、ジメトキシベンゼンのO-脱メチル化反応機横を18O2を用いて検討した。その結果、Cu2+-アスコルビン酸-O2系の場合と異なり、同じo-またはp-置換体であってもメトキシフェノールでは18O導入率が高いのに対して、ジメトキシベンゼンではほとんど18Oは導入されないことが明らかとなった(Table 2)。基質のフェノール性OH基の有無による機構の変化は、これまでの二反応機構では説明できない。そこで以下に示す、フェノール性OH基の酸化を初発反応とする第三の機構を考えた(Scheme 1)。

Table 2.18O incorporation into O-demethylation products by the rat liver microsomes-NADPH/18O2 systemScheme 1.New proposed O-dealkylation mechanism
3.p-ジメトキシベンゼンのO-脱メチル化反応機構を指標とした、各種鉄ポルフィリン錯体-酸化剤系及び肝ミクロソーム-NADPH/O2系の反応特性の比較

 p-ジメトキシベンゼンのO-脱メチル化反応機構を指標として、数種の鉄ポルフィリン錯体-酸化剤系の反応性を肝ミクロソーム-NADPH/O2系と比較した。酸化剤としては主にフェニル過酢酸(PPAA)を用いた。この酸化剤を用いた系は全て、Heterolyticな開裂が優先し、Compound Iタイプの活性種が主に生じていることが酸化剤由来の生成物から確認された。O-脱メチル化反応機構はkH/kD値から推定した。その結果、分子内チオレート配位鉄ポルフィリンであるS.R.錯体(Fig.1)のみ高いkH/kD値を示し、H原子引き抜き機構で反応が進行するが、その他の鉄ポルフィリンを用いた系は全てkH/kD値がほぼ1であり、ipso置換機構が優先していることが明らかとなった。肝ミクロソーム-NADPH/O2系では前述の通り、フェノール性OH基を持たないこの基質ではH原子引き抜き機構で反応が進行すると考えられ、実際kH/kD値は高い結果となった。このように、シトクロムP450と同じくチオレートの配位しているS.R.錯体のみが、肝ミクロソーム系と同じ機構で反応が進行するという結果は、チオレートの配位が酸化活性種の反応特性そのものに大きく関与していることを示唆する事実として注目に値すると考えている。

図表Table 3.Kinetic isotope effects on the O-demethylation of p-dimethoxybenzene by various iron porphyrin-oxidant systems / Figure 1.S.R.Complex
[結論]

 1.Cu2+-アスコルビン酸-O2系によるO-脱アルキル化反応機構は、ipso位電子密度とH原子の引き抜き易さの相対的な比で基質依存的に変化した。

 2.肝ミクロソーム-NADPH/O2系によるO-脱メチル化反応においては、基質のフェノール性OH基の有無により、機構は大きく変化した。この基質依存的な機構の変化を説明するため、新たな反応機構を提唱した。

 3.肝ミクロソーム系によるp-ジメトキシベンゼンのO-脱メチル化反応機構と同じ機構で反応が進行する鉄ポルフィリンは、分子内でチオレートの配位しているS.R.錯体のみであった。これは、チオレートの配位が酸化活性種の反応特性そのものに大きく関与していることを示唆する事実であると考えている。

<References>1)Yasuteru Urano,Kazuhiro Aihara,Tsunehiko Higuchi,and Masaaki Hirobe J.Pharmacobio-Dyn.15,s-47(1992)2)Yasuteru Urano,Tsunehiko Higuchi,and Masaaki Hirobe Biochem.Biophys.Res.Commun.192,568-574(1993)3)Kazuhiro Aihara,Yasuteru Urano,Tsunehiko Higuchi,and Masaaki Hirobe J.Chem.Soc.Perkin Trans.2 2165-2170(1993)
審査要旨

 代表的な酸化酵素であるシトクロムP450は強力かつ多様な酸化能を有することが知られており、この要因を探るため、数多くの生体類似型化学酸化系がこれまでに開発されてきた。本研究は、これらの化学酸化系、及び肝ミクロソーム系によるアルキルアリールエーテル類のO-脱アルキル化反応機構を詳細に解析、比較し、これを用いて各酸化系の反応特性を明確に表すことを目的としたものである。

1.Cu2+-アスコルビン酸-O2系によるアルキルアリールエーテル類のO-脱アルキル化反応

 アルキルアリールエーテル類のO-脱アルキル化反応機構としては、これまでに以下の二機構が知られている。一般にこれらの機構は、主に用いる酸化反応系により変化すると考えられてきた。(下図にアニソールを基質とした場合の両機構を示した。構造式中の黒塗りの酸素原子は活性種由来であることを表している。)

図表(1)シトクロムP450:水素原子引き抜き機構(kH/kD>6) (2)Fenton系などの化学酸化系:ipso置換機構(kH/kD=1〜1.5)

 Cu2+-アスコルビン酸-O2系によるメトキシフェノール、ジメトキシベンゼンのO-脱メチル化反応は、両基質ともo-またはp-置換体の場合はipso置換機構で、m-置換体では水素原子引き抜き機構で主に進行することを、18O2を酸化剤として用いた実験から明らかにした。ベンジルオキシ基のO-脱ベンジル化反応、メチレンジオキシ基のO-脱メチレン化反応は、o-置換体であっても主に水素原子引き抜き機構で進行することも見出した。以上の結果から、OHラジカル様活性種を産生すると考えられる酸化系の反応であっても、基質のipso位電子密度と水素原子の引き抜き易さの相対的な比により、O-脱アルキル化反応機構は大きく変化することが明確に示された。

2.肝ミクロソーム-NADPH/O2系によるアニソール類のO-脱メチル化反応

 肝ミクロソーム-NADPH/O2系によるメトキシフェノール、ジメトキシベンゼンのO-脱メチル化反応機構を検討し、o-及びp-メトキシフェノールはipso置換機構で、その他の基質では水素原子引き抜き機構で反応が進行することを明らかにした。これは、シトクロムP450関与の反応であってもipso置換機構で反応が進行することを明確に示した初めての例である。この基質のフェノール性OH基の有無、及びその置換位置に依存したO-脱メチル化反応機構の変化は、これまでに知られている二反応機構では説明できない。そこで、以下に示すフェノール性OH基の酸化を初発反応とする新反応様式を提唱した。本機構により上記の基質依存的な機構の変化は矛盾なく説明される。

Scheme 1.Newly proposed O-dealkylation mechanism
3.各種鉄ポルフィリン-酸化剤系及び肝ミクロソーム-NADPH/O2系の反応特性の比較

 種々のアニソール類のO-脱メチル化反応機構を指標とし、数種の鉄ポルフィリン-酸化剤系の反応性を肝ミクロソーム-NADPH/O2系と比較した。その結果、全ての基質で肝ミクロソーム-NADPH/O2系と同様の反応機構で反応が進行した系は、分子内チオレート配位鉄ポルフィリン錯体(S.R.)のみであり、イミダゾールやクロロアニオンを配位子として持つ他の鉄ポルフィリン類はこれらとは異なる反応性を有することが見出された。S.R.錯体のみが肝ミクロソーム系と同様の反応性を持つという本知見は、シトクロムP450の特徴的な酸化能の要因としてのチオレート軸配位子の重要性を明示している。また、チオレートの配位が酸化活性種の反応特性そのものに大きな影響を及ぼす事を示唆する事実として、注目に値する。

 以上のように本研究は、シトクロムP450の機能性モデルとしての各種化学酸化系を構築し、基質依存的酸化様式とその機構を精細に解析することで、従来の常識を越える新しい反応特性を見出し、それらが生体内でもP450依存的に起こる代謝様式であることを初めて明らかにした。これらの成果は生体反応モデルの化学的構築とその解析が生体機能の分子的理解を深める上で極めて重要であることを示した点で、生物有機化学、代謝化学分野への貢献は大きく、博士(薬学)の学位を受けるに十分な内容を有するものと認定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54480