学位論文要旨



No 111407
著者(漢字) 忍足,鉄太
著者(英字)
著者(カナ) オシタリ,テツタ
標題(和) プレオマイシンの糖部位に関する合成研究
標題(洋)
報告番号 111407
報告番号 甲11407
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第702号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 廣部,雅昭
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 笹井,宏明
内容要旨

 【序】ブレオマイシン(BLM)は1966年梅沢らにより単離された抗腫瘍性抗生物質で、扁平上皮癌、悪性リンパ腫等の治療に広く用いられている。これまでの研究結果から、BLMの各部位はそれぞれ下図に示すような役割を担い、分子全体で協奏的にDNAを酸化的に切断することで抗腫瘍活性の発現に寄与していると考えられている。

Fig.1 Proposed Structure for BLM-Fe(II)-O2 Complex and Mechanism of Action

 BLMの糖部位は2-O-(3-O-カルバモイル--D-マンノピラノシル)--L-グロースという他の制癌性抗生物質には見られない特異な二糖である。この部位は、BLM鉄錯体の酸素活性化の際の立体環境因子として働くほかに細胞膜透過性や癌細胞への移行性にも関与しているものと推定される。しかしながら、この糖部位に関しては、これまで構造活性相関はもとより合成化学的な取り組みも殆どなされていなかった。この理由は、一つには多くの研究者の興味がBLMの金属結合部位による酸素活性化とDNA切断に集中していたためと言えるが、-ヒドロキシヒスチジン部位に糖を導入することが困難であったためにこの部分の研究が立ち遅れてきたのも事実である。そこで、筆者は、このBLM糖部位の機能を合成化学的に解明することを目指して本研究に着手した。

 【糖の導入法の検討】本研究を進める上で重要な課題となるのは、BLMの二糖部分の効率的な合成とヒドロキシヒスチジンへの糖の導入である。先ず、後者に関して、汎用性の高い方法の確立を目指し、単純化した系としてD-マンノース、D-グルコースなどの単糖の-ヒドロキシヒスチジンへの導入を試みた。その結果、ヒドロキシヒスチジンのイミダゾール環上の窒素をトリチル基、-アミノ基をアジドの形で保護したヒドロキシヒスチジン等価体1を糖受容体とし、D-グルコース、D-マンノース、D-ガラクトースより調製したトリクロロアセトイミダート体をルイス酸存在下反応させると、対応するグリコシドが良好な収率で得られることを見出した。

Fig.2 Glycosylation of Hydroxyhistidine Synthon and Synthesis of Glyco-PYML-6

 更に、アジドの還元、ピリジンカルボン酸4との縮合の後、脱保護することによって、モデル配位子(PYML-6)に糖を導入することが出来た。これらの化合物はESRスピントラッブ法による測定の結果、BLMと同程度の酸素活性化能を示した。この結果は、糖の存在が酸素付加体の二量化を防いでいるという従来からの推察とよく一致するものである。

 【二糖部位の合成】 二糖の合成に際してはL-グロースの効率的な合成法の確立が最大の課題であった。既存の方法としては、L-グロースがD-グルコースの1位と6位の酸化状態が入れ替わった立体構造を持つことに着目し、両者の酸化状態を入れ替える合成法が報告されているが、工程数が多く効率面で課題が残されている。他方、L-グロースはD-マンノースの5位水酸基の立体配置のみが反転した化合物と見做すことが出来る。筆者はこの点に着目し、L-グロース部分を新たにD-マンノースより誘導しつつBLM糖部位を合成することが可能であると考えた。以下にその逆合成解析を示す。

 L-グロースシントンとしては、Fig.3に示したアリルアルコール体5を想定した。予め2位水酸基を他と区別したD-マンノースのヘミアセタール体7を出発物質とし、1位をオレフィン化してアルデヒドを保護する。開環に伴ってフリーとなった5位の水酸基の立体を反転させ、アリル位の水酸基の保護基を除去すると5が得られると思われる。この化合物が糖受容体となるわけだが、グリコシル化に与るのは反応性に富むアリル位の水酸基であるため、マンノース部位との縮合は円滑に進行するものと期待出来る。さらに、オレフィン化により一時的に保護したL-グロースのアノマー位はオゾン分解によって容易にアルデヒドに戻すことが出来る筈である。

Fig.3 Retrosynthetic Analysis of the Disaccharide Moiety of BLM

 本アプローチの妥当性を検証するため、2位を区別していないD-マンノースで先ず条件検討を行なうこととした。マンノースの2,3,4,6位の水酸基を保護した後、ヘミアセタールをメチレントリフェニルホスホランと反応させてアノマー位をエキソメチレンの形で保護すると同時に開環した。5位の水酸基の立体配置の反転は種々検討した結果、酸化・還元によって達成することが出来、L-グロースの新規合成法の確立に成功した。

Fig.4 Preparation of L-Gulose from D-Mannose

 そこで、この方法を予め2位を区別して保護したマンノース誘導体12に適用してグロースシントン14を合成した。この化合物を別途合成したマンノースシントン15と縮合し、更に3工程を経ることによりBLMの二糖部分を合成する新規のルートを確立した。グロース等価体14は反応性に富んだアリルアルコールであるため、マンノース部位とのグリコシル化は極めて速やかに進行し、所望のアノマーのみを良好な収率で得ることが出来るのが、本方法の特徴である。

Fig.5 Synthesis of the Disaccharide Moiety of BLM

 【ヒドロキシヒスチジン部位との縮合】このようにして得られたヘプタアセタート体18はアノマー位のみを選択的に脱保護した後、トリクロロアセトイミダート体19に誘導してヒドロキシヒスチジン誘導体1と縮合させた。この反応は活性化剤としてTMSO Tfを用いることにより37%と低収率ながらも進行し、所望の-アノマー20を単一生成物として得ることに成功した。さらに、アジドの還元、ピリジンカルボン酸4との縮合、脱保護を行うことにより標的化合物21を合成することが出来ると考えている。

 

 【総括】このように、筆者はBLM糖部位の機能を明らかにすることを目的として本研究を行ってきた。その過程で、-ヒドロキシヒスチジン等価体に種々の単糖を導入する方法を確立した。さらに単糖を導入したモデル配位子(Glyco-PYML-6)を合成し、これらの酸素活性化能を測定することにより、糖部位が酸素活性化の際に立体環境因子として働くという従来からの説を強く支持する結果を得ることが出来た。また、新たにD-マンノースよりL-グロースを合成する方法を開発し、これを用いてBLMの糖部位の新規合成法を確立した。更に、この二糖をヒドロキシヒスチジン等価体に導入することにも成功した。標的化合物21の合成にはアジドの還元、4との縮合、脱保護の工程を残すものの合成上の本質的な課題は一応解決出来たものと思われる。更に21とグルコース等の種々の糖を導入したPYML-6の癌細胞への取り込みを比較することで、BLM糖部位の果たす役割を明らかにすることが可能であると考えている。

審査要旨

 本研究は、ブレオマイシンー金属錯体を機能性分子として再認識し、糖部位のもつ役割を有機合成化学的アプローチにより解明することを目指したものである。

Fig.1 Proposed Structure for BLM-Fe(II)-O2 Complex and Mechanism of Action

 まず、ブレオマイシンの活性発現に必要最低限の構造を有する化合物、すなわちその金属結合部位に類似した合成配位子にブレオマイシンに存在する二糖を結合した。そして得られた化合物-金属錯体の酸素活性化能、分子生物学的性質を検討することによりブレオマイシンの糖部位の役割を間接的にではあるが検証することを最終目的としている。

 本論文では、この標的化合物の合成上の問題点として二糖と-ヒドロキシヒスチジンの結合、二糖の内の一つL-グロースの合成が挙げられている。

 前者については、まず、より単純な単糖と-ヒドロキシヒスチジンの結合を検討した。そして、イミダゾール環上の窒素をトリチル基、-アミノ基に変換可能なアジドにしたヒドロキシヒスチジン等価体1と単糖のトリクロロアセトイミダート体2をルイス酸存在下反応させると対応するグリコシド3が良好な収率で得られることを見い出している。

Fig.2 Glycosylation of Hydroxyhistidine Synthon and Synthesis of Glyco-PYML-6

 ここで得た3は官能基変換後、ピリジンカルボン酸4との縮合、脱保護によりGlyco-PYML-6へと変換された。糖を結合したこれら配位子はESRスピントラップ法による測定の結果、ブレオマイシンと同定度の酸素活性化能を示した。この結果は糖の存在が酸素付加体の二量化を防いでいるという従来からの推察と良く一致するものであった。

 二糖の合成については、入手しにくいL-グロースの合成が問題点であった。本研究ではL-グロースはD-マンノースの5位水酸基の立体配置のみが反転した化合物と見做し、合成計画をたてた。

Fig.3 Retrosynthetic Analysis of the Disaccharide Moiety of BLM

 このアプローチの妥当性を検証する目的で2位を区別していないD-マンノースで先ず条件検討を行なった。マンノースの2,3,4,6位の水酸基を保護した後、ヘミアセタールをメチレンフェニルホスホランと反応させてアノマー位をエキソメチレンの形で保護すると同時に開環した。5位の水酸基の立体反転は種々検討した結果、酸化・還元によって達成することが出来、L-グロースの新規合成法の確立に成功している。

Fig.4 Preparation of L-Gulose from D-Mannose

 この方法を2位を区別して保護したマンノース誘導体12に適用しグロース等価体14を合成した。この化合物を別途合成したマンノースシントン15と縮合し、更に3工程を経てブレオマイシンの二糖部分を合成する新規ルートを確立した。グロース等価体14は反応性に富んだアリルアルコールであり15との反応において所望のアノマーのみを良好な収率で得ることが出来ている。

Fig.5 Synthesis of the Disaccharide Moiety of BLM

 以上、本論文には、1)-ヒドロキシヒスチジン等価体に種々の単糖、二糖を導入する方法を確立したこと。2)単糖を導入したモデル配位子を合成し、これらの酸素活性化能測定から、糖部位が酸素活性化の際に立体環境因子として働くという従来からの説を支持する結果を得たこと。3)D-マンノースからL-グロースを合成する方法を開発し、これを用いてブレオマイシン糖部位の新規合成法を確立したこと、が記されており標的化合物21の合成上の問題点は一応解決されている。現在21は合成中であるが、最終目的であるその酸素活性化能の測定、分子生物学的研究の実現に本研究は極めて近づいており,総合的に博士(薬学)の学位を授与するに値すると判断した。

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 以上のようにして得たヘプタアセテート体18はアノマー位のみを選択的に脱保護した後、トリクロロアセトイミダート体19に誘導してヒドロキシヒスチジン等価体1と縮合させた。この反応は活性化剤としてTMSOTfを用いることにより所望の-アノマー20を単一生成物として得ることに成功している。更にアジドの還元、ピリジンカルボン酸4との縮合、脱保護を行なうことにより標的化合物21を合成することが可能となっている。

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