学位論文要旨



No 111315
著者(漢字) 三浦,竜一
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,リュウイチ
標題(和) 卵巣20-水酸化ステロイド脱水素酵素の活性調節機構についての研究
標題(洋)
報告番号 111315
報告番号 甲11315
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1606号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 西原,真杉
内容要旨

 妊娠を維持するために、すべての哺乳類にとってプロゲステロンは不可欠である。プロゲステロンは、妊娠期間を通じて血液中で高い値が維持され、その妊娠初期の産生源は例外なく黄体である。齧歯類では、妊娠の終了に先立って黄体からのプロゲステロン分泌を減少させなければならない。齧歯類の黄体でプロゲステロンの産生を調節しているのは、20-水酸化ステロイド脱水素酵素(20-hydroxysteroid dehydrogenase;20-HSD;EC.1.1.1.149)である。ラット卵巣20-HSDは、プロゲステロシを生理的に活性のない20-dihydroprogesterone(20-OHP)に代謝する酵素で、性周期中の黄体や妊娠末期の黄体で発現する。すなわち、20-HSDは黄体の機能化や維持の制御因子である。従って、20-HSDの発現がどのように調節されるかを調べることは、ラットでの妊娠の維持機構を調べる上で重要である。

 本研究では、ラット卵巣での20-HSDの発現調節を分子レベルで解析するために、第1章では、20-HSD cDNAのクローニングを行った。第2章では得られた20-HSD cDNAと特異抗体を用いて、ラット卵巣での20-HSDの発現機構を調べた。第3章では組織特異的な20-HSD mRNAの発現について調べた。第4章ではアミノ酸配列から20-HSDの分子進化と構造について考察した。

第1章ラット卵巣20-HSD cDNAのクローニング

 ラット卵巣での20-HSDは完全精製されていて、分子量37kDaであること、等電点の異なる2種類の分子(20-HSD1と20-HSD2)からなること、20-HSD1の19個のアミノ酸配列がラット肝臓3-水酸化ステロイド脱水素酵素(3-HSD)、ウシ肺プロスタグランジンF合成酵素のアミノ酸配列と部分的に一致していることが報告されている。これら情報をもとにしてラット卵巣20-HSDのcDNAクローニングを行った。

 20-HSD cDNAを多く含むcDNAライブラリーを作製するために、ウマ絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)/ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)処置をして多数の黄体を形成させた卵巣mRNAを用いた。20a-HSDのアミノ酸配列をもとにして作製したプライマーでPCRを行い、スクリーニングのためのプローブを準備した。PCR産物(567bp)は20-HSD1のアミノ酸配列をコードする塩基配列を含んでいたことから、20-HSD cDNAのスクリーニングに用いてクローン(pHSD12-07)を得た。

 クローン(pHSD12-07)のcDNAがコードするアミノ酸配列は、ラット卵巣20-HSD1の19個のアミノ酸配列と完全に一致する配列を含んでいた。そして、このcDNAがコードするタンパク質は20-HSD活性をもつこと、ラット卵巣20-HSDの特異抗体と反応することが明らかになった。また、20-HSD2は20-HSD1とわずかに異なるアミノ酸配列をもっているので、得られたcDNAはラット卵巣20-HSD1 cDNAと判定された。このcDNAは1.2kbの塩基配列からなり、323個のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしていることが明らかになった。そのアミノ酸配列はウサギ卵巣20-HSDの他に、ラット肝臓3-HSD、ウシ肺プロスタグランジンF合成酵素、ヒト肝臓クロルデコン還元酵素、カエルレンズpクリスタリン、哺乳類のアルドース還元酵素のアミノ酸配列と高い相同性があった。これら分子はアルドケト還元酵素群に属していて、ラット卵巣20-HSDもこの一員であることが示唆された。

第2章ラット卵巣20-HSD1の遺伝子及び活性の発現調節

 ラットでは黄体のプロゲステロン分泌能の獲得には、下垂体から分泌されるPRL(プロラクチン)が必須である。これまでの研究で、PRLのプロゲステロン分泌促進作用は20-HSD活性の抑制であることが明らかになっている。PRLの分泌がない場合、黄体では20-HSD活性が誘導されプロゲステロン分泌能を獲得しない。また、妊娠や偽妊娠の後期ではPRLの有無に関わらず20-HSDの活性は上昇する。従って、ラット黄体の20-HSD活性に着目すると、PRLが存在すると活性が抑制されるPRL依存期(黄体相初期と中期)と、PRLの存在に関係なく活性が増加するPRL非依存性期(黄体相後期)が存在することになる。そこで、性腺刺激ホルモン(eCG、hCG、PRL)とPRLの分泌を抑制するブロモクリプチンを組み合わせて投与した幼若ラットの卵巣について、Northern BlotとWesternBlotにより経時的に20-HSD1 mRNAと酵素タンバク量を調べ、20-HSDの発現誘導機構と抑制機構の解析を試みた。

 ラット卵巣における20-HSD1 mRNAの発現は、eCGで開始されhCGによってさらに増加することが明らかになった。また、PRLによる20-HSD活性抑制はmRNAレベルで起きていることも明らかになった。性腺刺激ホルモンによる20-HSD1 mRNAの上昇は第9日目まで認められ、その後急激に増加した。hCG投与後9日目まではPRL依存的に20-HSD活性が抑制される時期にあり、その後はPRL非依存的であると考えられる。第3日から第6日にかけて行った実験ではブロモクリプチンにより20-HSD活性は上昇し、その上昇はPRL投与で完全に阻止できた。PRL依存性の時期(9日目まで)にはmRNA量、酵素タンパク量、酵素活性がよく相関し、主に20-HSD1 mRNAの転写が20-HSD酵素タンパク質の合成の律速となっていることがわかった。一方、PRL非依存性の時期(第12日目以降)にはこれらの相関が崩れ、第12日目の酵素タンパク量は第9日目と変わらないものの20-HSD1 mRNA量は著しく増加し、20-HSDの発現には多段階の調節が行われていることが示唆された。

第3章ラット20-HSD1の組織特異的発現

 ラットでは20-HSD活性は卵巣以外に胎盤などの組織で検出されている。また、20-HSD活性はラット以外の動物種でも報告されているが、そのほとんどが卵巣以外の組織である。従って、20-HSDは黄体の機能化や維持の制御の他に、別な生理的な機能をもつことになる。しかし、これら組織での20-HSDとラット卵巣由来の20-HSD1とはアミノ酸配列などの構造が相関しているのかどうかを調べる必要がある。

 成熟ラットの様々な組織での20-HSD1 mRNAの発現をNorthernBlotとRT(Reverse Transcription)-PCRで調べた。これとは別に妊娠各期の卵巣、子宮、胎盤、胎仔における20-HSD1 mRNAの発現も同様の方法で調べた。

 20-HSD1 mRNAは正常性周期ラットの卵巣で最も多く発現していることが確認された。発現量は極めて少ないが脳、肝臓、腎臓、子宮でも20-HSD1 mRNAの発現が観察された。一方、ステロイド産生器官である副腎や精巣ではその発現が認められなかった。胎盤で20-HSD1 mRNAの発現が12日目から20日目まで認められた。さらに子宮と胎仔でも発現していることが明らかになった。卵巣以外で発現している組織では、ステロイド分泌の調節よりもむしろステロイドの作用が及ばないように調節している可能性が考えられる。また、ラット卵巣由来の20-HSD1はウサギ卵巣由来の酵素を除くと、他の動物種の20-HSDとは分子発生学的大きく離れていることを示していた。齧歯類を除く動物種では、ラット卵巣由来の20-HSDと1次構造や基質親和性が似ている分子は発現していない可能性がある。

第4章ラット卵巣20-HSD1の分子進化

 ラット卵巣20-HSDの機能や構造を解析するために、アルドケト還元酵素の分子系統樹を構築した。ラット卵巣20-HSDは系統的にアルドケト還元酵素のタイプ2の酵素群に分類された。そして、20-HSD1は同群のラット肝臓3-HSDとは1次構造だけでなく、Chou-Fasman解析による2次構造でも類似していた。3-HSDはステロイドだけでなく胆汁酸や発ガン性物質などを基質とする多機能性の酵素で、様々な組織で発現する遺伝子群を構成している。ラット卵巣20-HSDはその遺伝子群の中の1つを起源としている可能性がある。そして、ラット卵巣20a-HSDの立体構造はアルドケト還元酵素に共通な/バレル構造で、基質の認識にはC末端側のシステイン残基が関係していることが予想される。

 本研究では、ラット卵巣から20-HSD1 cDNAのクローニングに成功した。卵巣での発現は性腺刺激ホルモンによってmRNAレベルで制御されていて、その後20-HSD活性が上昇する時期には転写・翻訳・活性レベルで多段階の調節を受けていることが示唆された。20-HSDの構造や起源はアルドケト還元酵素と関連していることが明らかになった。本研究によって、20-HSDの発現調節機構を遺伝子レベルで解析することが可能になった。

審査要旨

 ステロイドホルモンは生殖機能,糖代謝,ミネラル代謝さらにはタンパク質代謝において極めて重要な働きをしている。20-水酸化ステロイド脱水素酵素(20-HSD)は,プロジェステロン(P)20位の水酸化を行い,20a-ダイハイドロプロジェステロンに代謝する酵素で,本酵素が機能すると生体内の活性ステロイドの分泌が大きく変化することになる。本論文はラット卵巣由来の20a-HSDlの相補DNA(cDNA)のクローニングに成功し,そのアミノ酸配列を決定し,生化学的,生理学的に研究を展開したものである。その結果,本酵素はアルドケト還元酵素群に属すること,さらにそのラット卵巣での転写が性腺刺激ホルモン(ウマ絨毛性精線刺激ホルモンeCG,ヒト絨毛性精線刺激ホルモンhCG)で促進され,プロラクチン(PRL)で抑制されることを明らかにした。

 論文は4章よりなる。第1章ではラット卵巣から20-HSD cDNAのクローニングを行った。このcDNAは1.2kbの塩基配列からなり,323個のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしており,そのアミノ酸配列は,先に明らかにされていたラット卵巣20-HSD1の19個のアミノ酸列と完全に一致する配列を含んでいた。そのcDNAを用いてin vitroでmRNAを合成しアフリカツメガエル卵母細胞翻訳系で解析したところ,翻訳タンパク質は20-HSD活性を有していることが確認された。さらに大腸菌でガラクトシダーゼとの融合タンパク質をつくりWestern blotで解析したところ,融合タンパク質はラット卵巣20-HSDの特異抗体と反応することか明らかになった。また,ラット卵巣由来mRNAをもちいてNorthern blot解析を行い,mRNAの全長は約1.2kbであること,卵巣で多く発現していることが示された。以上より,ここで得られたcDNAはラット卵巣20-HSD1の全長を含むものであることが確認された。そのアミノ酸配列はウサギ卵巣20-HSDの他に,ラット肝臓3水酸化ステロイド脱水素酵素(3-HSD),ウシ肺プロスタグランジンF合成酵素,カエルレンズクリスタリン,哺乳類のアルドース還元酵素のアミノ酸配列と高い相同性があった。これら分子はアルドケト還元酵素群に属している。

 第2章では幼若ラットにeCGとhCGを投与して卵胞発育と黄体を形成させた偽妊娠モデルを用いて20-HSD1 mRNA,酵素タンパク質および酵素活性を経時的に測定した。その結果,ラット卵巣における20-HSD1 mRNAの発現は黄体形成前にeCGで開始されhCGによってさらに増加することが明らかになった。また,偽妊娠前期のPRL依存期にはPRL分泌阻害剤であるプロモクリプチンを投与すると20-HSD1 mRNAは著しく上昇し,PRL投与によりその上昇が押さえられることがらPRLはmRNAレベルで20a-HSDの活性を抑制していることを示した。PRL依存性の時期(9日目まで)にはmRNA量,酵素タンパク量,酵素活性がよく相関し,主に20-HSD1 mRNAの転写が20-HSD酵素タンパク質の合成の律速となっていることがわかつた。一方,PRL非依存時期(第12日目以降)にはこれらの相関が崩れ,20-HSDの黄体における発現には多段階の調節が行われていることが示唆された。

 第3章では,発現量は胎盤,子宮,胎仔,脳,肝臓,腎臓でも20-HSD1 mRNAの発現がみられることを示した。一方,ステロイド産生器官である副腎や精巣ではその発現が認められなかった。

 第4章ではアルドケト還元酵素の分子系統樹よりラット卵巣20-HSD1の起源を考察した。20-HSDは系統的にアルドケト還元酵素のタイプ2の酵素群に分類された。そして,20-HSD1は同群のラット肝臓3-HSDとChou-Fasman解析による2次構造でも類似しており,その立体構造はアルドケト還元酵素に共通な/バレル構造を示し,基質の認識にはC末端側のシステイン残基が関係していることが予想された。

 以上,本論文は多くの生化学的な実験を積み重ね20-HSD1の分子性状と生物学について新たな知見を付け加えた。この成果は生化学的,生理学的に有意義な貢献であることから,審査員一同は申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与して然る可きものと判定した。

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