審査要旨 | | ステロイドホルモンは生殖機能,糖代謝,ミネラル代謝さらにはタンパク質代謝において極めて重要な働きをしている。20-水酸化ステロイド脱水素酵素(20-HSD)は,プロジェステロン(P)20位の水酸化を行い,20a-ダイハイドロプロジェステロンに代謝する酵素で,本酵素が機能すると生体内の活性ステロイドの分泌が大きく変化することになる。本論文はラット卵巣由来の20a-HSDlの相補DNA(cDNA)のクローニングに成功し,そのアミノ酸配列を決定し,生化学的,生理学的に研究を展開したものである。その結果,本酵素はアルドケト還元酵素群に属すること,さらにそのラット卵巣での転写が性腺刺激ホルモン(ウマ絨毛性精線刺激ホルモンeCG,ヒト絨毛性精線刺激ホルモンhCG)で促進され,プロラクチン(PRL)で抑制されることを明らかにした。 論文は4章よりなる。第1章ではラット卵巣から20-HSD cDNAのクローニングを行った。このcDNAは1.2kbの塩基配列からなり,323個のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしており,そのアミノ酸配列は,先に明らかにされていたラット卵巣20-HSD1の19個のアミノ酸列と完全に一致する配列を含んでいた。そのcDNAを用いてin vitroでmRNAを合成しアフリカツメガエル卵母細胞翻訳系で解析したところ,翻訳タンパク質は20-HSD活性を有していることが確認された。さらに大腸菌でガラクトシダーゼとの融合タンパク質をつくりWestern blotで解析したところ,融合タンパク質はラット卵巣20-HSDの特異抗体と反応することか明らかになった。また,ラット卵巣由来mRNAをもちいてNorthern blot解析を行い,mRNAの全長は約1.2kbであること,卵巣で多く発現していることが示された。以上より,ここで得られたcDNAはラット卵巣20-HSD1の全長を含むものであることが確認された。そのアミノ酸配列はウサギ卵巣20-HSDの他に,ラット肝臓3水酸化ステロイド脱水素酵素(3-HSD),ウシ肺プロスタグランジンF合成酵素,カエルレンズクリスタリン,哺乳類のアルドース還元酵素のアミノ酸配列と高い相同性があった。これら分子はアルドケト還元酵素群に属している。 第2章では幼若ラットにeCGとhCGを投与して卵胞発育と黄体を形成させた偽妊娠モデルを用いて20-HSD1 mRNA,酵素タンパク質および酵素活性を経時的に測定した。その結果,ラット卵巣における20-HSD1 mRNAの発現は黄体形成前にeCGで開始されhCGによってさらに増加することが明らかになった。また,偽妊娠前期のPRL依存期にはPRL分泌阻害剤であるプロモクリプチンを投与すると20-HSD1 mRNAは著しく上昇し,PRL投与によりその上昇が押さえられることがらPRLはmRNAレベルで20a-HSDの活性を抑制していることを示した。PRL依存性の時期(9日目まで)にはmRNA量,酵素タンパク量,酵素活性がよく相関し,主に20-HSD1 mRNAの転写が20-HSD酵素タンパク質の合成の律速となっていることがわかつた。一方,PRL非依存時期(第12日目以降)にはこれらの相関が崩れ,20-HSDの黄体における発現には多段階の調節が行われていることが示唆された。 第3章では,発現量は胎盤,子宮,胎仔,脳,肝臓,腎臓でも20-HSD1 mRNAの発現がみられることを示した。一方,ステロイド産生器官である副腎や精巣ではその発現が認められなかった。 第4章ではアルドケト還元酵素の分子系統樹よりラット卵巣20-HSD1の起源を考察した。20-HSDは系統的にアルドケト還元酵素のタイプ2の酵素群に分類された。そして,20-HSD1は同群のラット肝臓3-HSDとChou-Fasman解析による2次構造でも類似しており,その立体構造はアルドケト還元酵素に共通な/バレル構造を示し,基質の認識にはC末端側のシステイン残基が関係していることが予想された。 以上,本論文は多くの生化学的な実験を積み重ね20-HSD1の分子性状と生物学について新たな知見を付け加えた。この成果は生化学的,生理学的に有意義な貢献であることから,審査員一同は申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与して然る可きものと判定した。 |